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    聞き手:前田圭蔵
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対話の庭

第12回:清水靖晃さん
聞き手:前田圭蔵
Date: February 04, 2010
清水靖晃 | REALTOKYO

伝説の実験的バンド「マライア」に続いて、1983年「清水靖晃&サキソフォネッツ」活動開始。以降、坂本龍一とともに出演したナム・ジュン・パイクによる衛星通信プロジェクト『バイ・バイ・キップリング』などの活動を経て、現在に至るまで、サキソフォンという楽器を通して、未踏の地平へと歩む清水靖晃。2月末にバッハ≪ゴルトベルク変奏曲≫コンサートを準備中の音楽家に、現在の心境を語ってもらった。

最近、都心から三浦半島に引っ越したそうですね。

 

いいよ、三浦。空気もいいし、波の音とか虫の音もいい。スタジオもコンパクトにして、ケーブル800本捨てました(笑)。

 

環境が変わると音楽も変わるのでしょうか。

 

それはどうだろう。もうあんまり変わらないかもしれないね。

 

昨年のキューバ公演はいかがでしたか。

 

バッハとペンタトニカの交互作戦。3回公演して、とても良かったよ! ハバナの現代音楽フェスティバルに出演して、その後は音楽大学でワークショップをしたりして。クラシックだけじゃなくて、ジャズをやっている人もたくさんいて、カルチャーセンターのようなところでも演奏してきた。夜は真っ暗で、とてもいいところだったね。

 

Yasuaki Shimizu and Saxohonettes in Havana | REALTOKYO
Yasuaki Shimizu and Saxohonettes in Havana

西洋と日本のはざまで

 

次回は待望のすみだトリフォニーホールでの公演ですね。準備は進んでいますか。

 

すでに3回リハーサルをしています。トリフォニーホールが企画しているバッハの≪ゴルトベルク変奏曲≫シリーズのひとつで、委嘱を受けました。いちから曲を解体して、僕に聞こえてくる音を抽出して編曲してという作業だね。演奏はサキソフォネッツ+コントラバス4人。全員でさらにリハーサルを複数回してコンサートに臨みます。プログラムは≪ゴルトベルク≫を中心に、構成に応じて僕の即興を少し加えるかもしれません。

 

バッハの『チェロ・スウィーツ』、オリジナルの『ペンタトニカ』、そして一昨年の無声映画『雄呂血(おろち)』のサウンドトラックなどの延長線上に今度のゴルトベルクもあるんでしょうが、そのあたりの流れについて聞かせて下さい。

 

Cello Suites | REALTOKYO
『Cello Suites』
(Victor VICP 63779)
Pentatonica | REALTOKYO
『Pentatonica』
(Victor VICL-62359)

基本的に、そろそろ大きな音楽的変化をする時期は過ぎてしまい、もうあまり変わらない中で、音楽の技術や構造的な部分というより、もっと大きい自分なりの視座に基づいてやろうということかな。例えばバッハで言えば、伝統的な西洋音楽に対して西洋的なアプローチをするのではなく、テクニックや構造を含めて自分の身体感覚にできるだけ忠実に行こうと思ってます。日本の伝統的な音楽のありかたはそもそも違っているでしょ。音の技術や構造のいい悪いではなくて、音楽への接し方というか感性というか……。西洋はやはり西洋の理屈に基づいたアプローチをしているけれど、日本の音楽にはそれとは違う原理が働いていて、僕はそのどちらでもない。強いて言えば、日本的感性のほうが馴染むのだけれど、そのはざまでやっているのだと強く思う。

西洋と日本では、やはり評価の仕方も違うと思うんだ。だからバッハに取り組むときにも自分の感性を大切にしているし、信じている。日本に住んでいて、様々な音楽に触れて、この地で生活をして、その中でバッハとペンタトニカに絞っているというか……。だから、いわゆる「バッハ弾き」のバッハでなくなるのは当然の帰結だとも思います。

 

多くの人は演奏家として、作曲家バッハの作品に向き合っていると思うんです。でも靖晃さんの場合は、作曲家としての顔と演奏家としての顔の両方がありますよね。

 

僕が思うに、演奏家が作曲家の意思を汲み取ろうとするのはいいんだけど、そのときにもう少し「自分が作曲家の気持になって」汲み取ってもいいのではないかな。自分の生まれた場所や育った土地の感性を大事にして。といっても自由に解釈していいということではなく、むしろ自分という制約に向き合うことなのかもしれないけれど。

 

エグベルト・ジスモンチがナディア・ブーランジェに師事していたときのエピソードを思い出します。フランスに音楽を勉強しに行ったジスモンチに、ブーランジェが「ドビュッシーの研究をするのもいいけれど、あなたはブラジルに戻って自分の国の音楽をもっと聞くべきだ」と言った。それを聞いたジスモンチは、その言葉通りブラジルに戻り、アマゾンなどで様々な音に触れて、その後あの独自の音楽活動を始めた、と。靖晃さんにも、非西洋的なアプローチをしようという意識があるのですか。

 

日本的かどうかは別にして、バッハとテナーサックスのコンビネーションはとても個人的なアプローチであって、批判もあるかもしれないけれど、僕にできることはそれを見せ、聞かせ続けることなんだと思う。そのユーモラスでもある変な滲み方が面白いと思うんだ。

 

演歌も現代音楽も好き

 

清水靖晃
Yasuaki Shimizu and Saxohonettes in Havana

いわゆるオリジナル信仰に偏ることなく、バッハの曲を演奏し、さらに靖晃さん自身の曲も表現することで、靖晃さんの音楽に向き合う考え方や特徴がより伝わっていきますよね。

 

そういう意味では、僕は武満(徹)さんとは違うかもね。武満さんも独特の立場で活動していたと思うけれど、サックスという楽器を通して場末のところからバッハに触っているというか……。でも品が悪くならないようにとか(笑)。

小泉文夫さんが言っていたことだけれども、保守的な人たちの中には「なぜわざわざ交流して自分たちの音楽を変えていく必要があるんだ?」という人もいるけど、それでもやっぱりゆっくりは変化していくんだよね。

思い出すのは、昔、僕が子供のころ、親父が音楽をやっていて、シャンソンのアコーディオン弾きとか、ハワイアンとか、ラテン親父とか合唱の指揮者の先生とか、いろいろな人が家にきて一緒に音楽をしているんだよ。子供心に、なんでこの人たちみんなばらばらなのに、共有できているんだろうって。ほんとに疑問だったんだけど、なんだか共有できている。あの感じは忘れられなくて、だから僕も演歌が好きで現代音楽も好き! みたいなところがあるのかもしれない。それが幸せなことなのかどうかはわからないけど。

 

同じ非西洋世界でも、インドや中国と日本はまた違うのですかね。

 

うん。尺八でエーデルワイス聴くと、気持悪いっていう感じはあるよね。日本では伝統音楽の演奏家でさえ、ほんとに耳が平均律に慣れてしまっているし。でも僕は雅楽を聞いて、あのトーンやピッチの変わり目のところに来ると、シェーンベルクよりぐっと来るんだよね。音程差から出てくる広がり感がすごくてさ。

 

スティーヴ・ライヒに聞いたんですけど、彼はいつも「雅楽最高!」って言うんですよ。ライヒの音楽を聞いていると、彼の音楽は一見理数的でロジカルな構造になっているようですが、実は同時に揺らぎとか広がりがすごくて、フェイズとかもダイナミズムがとてもある。彼自身が「音楽ってコントロールできないことが含まれていないと面白くないじゃん!」ということを言っていたのが印象的です。楽器の特徴や音色に対するこだわりもすごく強くて、つまりすべて「音の感覚」を大事に大事に作っているんです。

 

清水靖晃

僕もそれはそうかな。もちろんまずは譜面を書くんだけど、その後実際に演奏してみて、その濁りがいい感じに聞こえてきたときこそが幸せなんだよね。だから、間違いも含めて、演奏するときのぶつかりあいを演奏家みんなが感じていないとだめだと思っていて、譜面にもあえて(ブレスなどの)記号を何も入れていないんだ。基本的には演奏家それぞれが自分で探していくこと自体が面白いというか、方向性だけは決めるけど「歌い方」は決めない、という方法を取っている。これも日本的な方法なのかもしれないね。

 

今後のご予定は?

 

せっかく(曲を)書いたので、東京以外でもコンサートを開きたいし、録音もしたいと思っています。それと、イタリアにまた行きたい!

 

コンサート、楽しみにしています。今日はありがとうございました。

 

ゲストプロフィール

しみず・やすあき/1954年、静岡県生まれ。作曲家/サキソフォン奏者/音楽プロデューサー。80年代始めにマライアで活動し、83年にサキソフォネッツプロジェクトを開始。一方、テレビ、映画音楽などの制作も多数行う。90年代後半、バッハの『無伴奏チェロ組曲』に取り組んだアルバム『チェロ・スウィーツ』が反響を呼び、『バッハ・ボックス』(97年)でレコード大賞企画賞を受賞。2007年、サキソフォネッツはクインテットとして生まれ変わり、清水作曲の5音階作品を収めた『ペンタトニカ』を発表する。09年、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』をサキソフォン、コントラバスのために独自解釈し、編曲するプロジェクトに着手。本年(2010年)2月27日(土)に、すみだトリフォニーホール世界初演を迎える。

http://www.yasuaki-shimizu.com/

寄稿家プロフィール

まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。