

都市を舞台に活躍する、パフォーマー、アーティスト、デザイナー、プロデューサーなどの表現者たち。彼らがいま抱く、表現活動への姿勢やスタイルに迫るインタビュー連載。第9回は、自らがプロデュースし、演じ、舞うというシアターワーク「印象派」の最新公演をいよいよ間近に控えた、この方の登場です。
夏木さんは映画や舞台への出演、音楽活動などに加えて、東南アジアなどの子供たちへの援助活動、最近では『AERA』誌での連載など、ひとりの人間がこんなに多くのことをできるのか? と思うような精力的なご活躍ですね。なかでも、自らプロデュース・出演する「印象派」は国内外で公演を続け、なんと今年は16年目になります。舞台表現は、時間も手間もかかる作業だと思いますが、何が夏木さんを「印象派」へと突き動かすのでしょう。
1993年に印象派をスタートするまでは、「Play」(演じる)ということが好きでこの世界に飛び込んで、いろいろな形で続けてきたと言えます。でも、それだけでは解放されない自分がいた。どうしても自身で納得いくものをクリエイトしたくて、走り始めた感じですね。結果、もちろん演じることは続けていくのだけど、ひとりの表現者としてはクリエイション、ディレクションの部分により力を入れるようになり、今日の私があります。その意味でも、常に活動の中心にあるのが「印象派」なんです。

Photo: Shiratori Shintaro
歌、芝居、踊りなど、演者たちが各々のクリエイティビティを発揮する必要のある世界。夏木さんの活動の自由さは、その楽しさと厳しさを再確認させてくれます。舞台芸術の世界で言えば、ロバート・ウィルソンやピナ・バウシュなどの作品からも強いインスピレーションを受けたことがあると聞きました。昨年は「印象派」をワシントンのケネディ・センターで上演し、そしてまた、終演直後にはすぐに飛行機に乗り、ジャニスのミュージカルを観に行ったそうですね。そのバイタリティと好奇心はどこから?
遅ればせながら、いまは自分で創りたいものがあるからこそ、色々観ずにはいられないのでしょうね(笑)。岡本太郎さんも大好きで、あの「何じゃこりゃ!?」から始まる魅力が、自分も観たい、創りたいという気持ちにさせてくれる。自分で始めてみると、確かにアーティスティックな方向にいくほど、インディペンデントになる/ならざるを得ない傾向は実感します。でも、いま思えばそれまでやってきた歌や演技、すべてが自分にとって印象派のための「予習」だったのかな、と言えるくらい大切な活動になりました。
身体は楽器のようなもの

もともと自分が鈍い人間だと思うからこそ、体のいろんな場所を叩いて、不器用な自分のメンタル/フィジカルをどうにか引き出そうとしてきたところもあります。ダンスやパフォーマンスについて考えると、体は楽器だと思うんです。自分はたまたま質の悪い楽器を預かっちゃったものだから七転八倒ですけれど(笑)。でも、印象派の16年でずいぶん鍛えられ、チューンされたとも思います。自分にできる事と、できない事の理解という意味でも。それでも、作品を仕上げるまでの段階では、毎回のように「しまった、(とんでもない試みを)やってしまった!」という瞬間も訪れます。でも、そのほうが自分でも楽しめるし、観てもらう方々に対しても、同じことを続けるだけでは意味がないと思っています。
今回の公演は新たに「印象派NÉO」として、俳優、ダンサー、ミュージシャンなどあらゆるジャンルから「プレイヤー」を募り、オーディションとワークショップから生まれたパフォーマンス集団、MNT(Mari Natsuki Terroir)を率いての新作ですね。2008年、夏木さんがMNTを立ち上げ、東京都現代美術館で行った公演『イン・トランジット』は、美術作品の展示空間内で、パフォーマーと観客とが移動しながら進行する、実験性の高い作品でした。今回『わたしたちの赤ずきん』では一転、よく知られる童話をモチーフに選んだようですが、そこにはどういった思いがあるのでしょう。男と女、善と悪、若さと老いなど、様々な題材を内包する物語でもありますが……。

今回は、私を含め10人の個性も異なるプレイヤーで何をやるかと考えたとき、演じる側もお客さんも共有しやすいイメージ/ストーリーを用いたかったのです。加えて――あくまで作品の入口としてですが――あえて世俗的なものから始めたかった。いまでも世界中の家庭で語り継がれる赤ずきんの物語、それが仮に101通りあるなら、いまこの時代に私たちが102番目の物語を語りましょう、という感じです。
異なる才能のシャッフル
現在のMNTは、ひとりを除き、みな女性ですが、何か意図があるのでしょうか。
そのあたりも、赤ずきんを選んだことと関係しているかもしれません。MNTのプレイヤーはオーディションの実施時期からそれぞれ1期生、2期生という形で、かなりハードなワークショップや稽古を経た結果、現メンバーとなりました。作品について皆で話し合った時間も長くて、時間はかかっても、とにかくプレイヤーたちの「楽器」の気質を知らなければ、という思いも私にはありました。いまどきの東京の女の子の生態、愛、不安など……それらも舞台に反映されると思います。

夏木さんは自らも演じながら、各プレイヤーから最高の音を引き出す指揮者的存在でもあるわけですね。比喩的な意味とは別に、今回は全員が楽器を演奏するシーンもあると聞いています。
ダンサーならダンスだけ、シンガーなら歌だけにそれぞれに特化したスペシャリストが大勢いる中で、その場所には行かない、または行けない人々がいます。それをハンデではなく、いかに「チャーム」として成立させられるのか。それもMNTで試みたいことのひとつなんです。
振付に井出茂太さんが参加するなど、デザイナーやスタッフの多彩な顔ぶれも印象的です。
皆さん前から好きだった表現者で、今回はいろんな才能をシャッフルしたかったんです。16年も続けると、ムーブメントも決まりがちになったりする。そんな中で、私の「不安要素」をあえて増やしたかった。そんな風に、いつも志はこの辺に(頭のずっと上のほうを指さして)あるので大変です。ともあれ、可愛い赤ずきんちゃんの世界も夏木マリが創るとどうなるか……ぜひそこを楽しんでほしいですね。もしかしたら「女は強い」の一言で幕が下りるかも(笑)。それから、印象派の舞台には毎回、藁やパン、果物などを大量に使った奇景が出現します。日常見慣れたものが大量にあることで、何か意味を持ってくると思っているんです。今回もそんな演出を用意していますので、どうぞお楽しみに。
ありがとうございました。最後に、この東京という町をひとことでいうと?
そうですね、やっぱり「何だこりゃ!?」です(笑)。
ゲストプロフィール
なつき・まり/東京生まれ。舞台、映画、テレビなどでの「演じる」活動、ソロや『GIBIER du MARI』(ジビエ・ド・マリ)のヴォーカルなどでの「唄う」活動、さらに自らがプロデュースする舞台芸術プロジェクト「印象派」における「創る」活動まで、それぞれを意欲的に行う表現者。また、08年に4冊目の著書『泣きっ面にマリ』(講談社)を上梓。週刊誌『AERA』(朝日新聞社)にてコラム連載中。多彩なジャンルからオーディションでメンバーを集めた表現者集団、MNT(Mari Natsuki Terroir)を率いての『夏木マリ・印象派NÉO わたしの赤ずきん』は、4月2日から5日まで世田谷パブリックシアターで、また4月10日には愛知・春日井市民会館にて開催される。
≪編集部より≫
本連載は、今回をもって終了となります。これまでご愛読下さった皆さん、そして前田さんと、ご登場下さったゲストの皆さんにお礼申し上げます。本当にありがとうございました!
寄稿家プロフィール
まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。