

都市を舞台に活躍する、パフォーマー、アーティスト、デザイナー、プロデューサーなどの表現者たち。彼らがいま抱く、表現活動への姿勢やスタイルに迫るインタビュー連載、第2回のゲストは、コンピュータを使った映像・音楽表現で、この世界の「未知の既知」を切り拓くこの方です——。
今回は『datamatics [ver.2.0]完全版』公演を終えてのインタビューなので、池田さんの表現のこれまでとこれからについて伺えたらと思います。まず、「datamatics」では松川昌平、平川紀道ら、より若い世代との共同作業となっていますね。
やはり違う世代だと、お互い刺激にはなります。「そう考えるか」という発見や、新しいアイデアのきっかけにもなる。ただ僕自身は、いままで使ってきた技術も、新しい技術もすべて使います。無理に全部使おうというのではなく、例えばフェーダーを手でエイッとやるアナログ的手法も、それが有効なら使うということです。
池田さんにとってプログラミングとは、ある種、ミュージシャンが楽器を作ることから始めるような面もあるのでしょうか。

プログラムが出力するのはデータでしかなくて、0と1をどう編み込むかだけとも言えます。そのため、いわば「ものの理(ことわり)」の部分は抜け落ちている。それが面白くもあり、逆に脆弱さを感じることもあります。音楽で言うと、これを物理的な世界に落としていく作業は、指揮者や演奏者が担当するわけですよね。「datamatics」では、プログラムはスコア(楽譜)の代わりの指示書で、その指示に従ってコンピュータがオーケストラ団員として機能している感じです。両者が直結できる点では、楽をしているとも言えるけれど、それ自体は画期的なことでもない。ただ、コンピュータでしか出せない音や映像と、それによる説得力が確かにあるし、この作品ではそういうものだけを使って作っているつもりです。
池田さんの表現はしばしば、何かをストイックに「排して」できあがったものと捉えられがちですが、実はどの作品も、かなり多様な実験をしているように思います。こうした面は、例えばダムタイプのメンバーとしての活動と、ソロ活動とでは違いがありますか。

そもそも、ダムタイプというグループそのものが実験場なんです。約10年間、世界中の劇場で公演できたおかげで、図面を見て、どう音を配置したら良いかなど、大体のことがわかるようになりました。一方、共同作業というのは、当然ながら自分のやりたいことを100%出せる場ではない。それをわかった上でやっていましたが、その後、ソロでできることは何だろうと「Formula」に取り組み、その楽しさ、難しさともに体験しました。それから「C4I」「datamatics」とやってきて、自分のやりたいことが大体できるようになってきた。ここ数年は自分の時間を純粋に使えていると感じています。
これまでは、ある作品(シリーズ)の途中で、次の作品が立ち現れてくる、というかたちですね。
作品はコンセプトやテーマで分けていなくて、時期で切っているだけなんです。現行の作品がアップデートを重ねるうちに新しい何かに浸食されてきたら、それを新作としてスタートさせて、またアップデートを……ということです。ただ、これまでは新しいアイデアを盛り込む際に、以前の要素を捨て、入れ替える作業をしていました。その点「datamatics」では捨てることをあまりせず、約2年間、常にアイデアを足し続けることで完成版としました。これから1年ほどかけて、ゆっくり各都市を公演していくつもりです。
オーディオビジュアルコンサートとは別に、現在YCAMに出展中の「data.tron」「test pattern」といった新作インスタレーション作品もありますね。「test pattern」はCDもリリースされましたが、これらの関係性は?

「test pattern」は、インスタレーションやCDの他に、ライブコンサートも考えています。CDの「test pattern」はインスタレーションの音をそのまま入れた、といったものではなく、CD作品として独立した、あくまで音楽に特化したものになってます。「test pattern」は「datamatics」から派生したものですが、同じことを違う形で組み直すというか、「デジタル」という考え方の本質に触れる部分をやっている。これが次のステップなのか、大きな作品になるのかは自分でもまだわかりません。
でも、そういうことを自由に考えられる、それが一番楽しいんです。CDも、コンサートも、美術作品も、出版物も……といったことを全部同時にやろうとしたら、普通は相当数の人が集まってやらねばいけない。それを、規模が小さいとはいえ、個人でできる、それがアートの利点だと思います。いわば「ひとり事業」みたいなことです。大きな予算があって、それを細かく取り合ってというのではなく、まずアイデアがあって、必要なものは後からどうにでもなる。もちろん、そのぶん歩みはゆっくりになりますが、ストレスなしで、自分のしたいことが自由にできるというのは、何ものにも代えられません。
自然な流れのなかで生まれてきたものなんですね。いまはパリを拠点にしていますが、その前はNYでしたよね。海外を拠点に活動を続けていて、何か感じることはありますか。

昨年、北フランスの田舎町にある、ル・フレノア国立現代芸術スタジオという学校で教えたんですが——そこは写真や映画を軸にした大学院みたいなところで、「data.film」という作品ができたのもここでの経験とちょっと関係があります。学校といっても、教室はなくて、すごいスタジオがたくさんあるだけなんです。しかも、それぞれの生徒に作品制作の予算が与えられて、年度末に作品を完成させさえすれば、後はすべて自由。学校というより、アーティストインレジデンスですね。ヨーロッパは文化、芸術に対する甲斐性があるので感心します。
最後に作品について、お客さんにどう体験して欲しいというのはあるのでしょうか。池田さんの活動を評する言葉としては、「サイン波」「数学と美学」「ミニマムとマキシマム」など色々なキーワードが言われてきましたが、ご本人はほとんど語らないですよね。
作家が個々の作品について解説するのは、観る側の自由を奪うかもしれないと思っています。答え合わせをするために作品を観に行くような。でもそれは違うと思うので、なるべく何も語らずに、そのままを観てもらいたいんです。ともすれば誤解というか、お客に対して不親切だと思われるかもしれないけど、逆にそれこそが親切なことだと信じています。そしてつまるところ、作品が良ければ、その作品自体が一番のプロモーションになるとも信じています。
最後に「東京」のイメージをひとことでお願いします。
ドミノ。
現在、山口情報芸術センターにて、新作インスタレーション展『datamatics』が開催中(5/25まで)。09年春、東京都現代美術館での個展開催が決定している。最新CD「Test Pattern」(raster-noton)発売中。
ゲストプロフィール
いけだ・りょうじ/1966年生まれ。94年より、作曲家としてパフォーマンス集団「ダムタイプ」の活動に参加。95年以降は、コンサート、レコーディング、インスタレーションを通して国際的に活躍している。多彩なコラボレーションも行い、これまでに、建築家の伊東豊雄、コレオグラファーのウィリアム・フォーサイス、アーティストのカールステン・ニコライ、やはりアーティストの杉本博司らとの協働がある。2001年、アルス・エレクトロニカのデジタル音楽部門にてゴールデン・ニカ賞を受賞。
寄稿家プロフィール
まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。