4weeks

Tokyo 4 Weeks

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091:『プログレonクラシック』&『モルゴーア・クァルテット』
推薦:うにたもみいち
Date: January 29, 2014

病的で調子っぱずれなラブソングを歌う勝地涼に対して川島海荷は「プログレ?」と問いかける。「わたしプログレは嫌いなの!」彼女にとって難解な音楽イコール“プログレ”だった。……あ、これは先日私が観たクドカンの芝居の中の話である。パルコ劇場という“いま”の息吹を感じさせる場で、過去の化石の如き音楽への言及がなされることは、たとえそれが差別的な扱いであろうと、古くからの当該音楽愛好者である私にとって悦ばしかった。それどころか、舞台でクドカンの操縦するロボットの顔が『クリムゾンキングの宮殿』のジャケットへと変貌するに至っては、もしや彼自身が隠れプログレファンなのではないかと好感度も増したほどだ。

 

クドカンの所属する劇団の、その昔に観た芝居の記憶も甦る。腐った食べ物ばかりをお裾分けで持って来る隣人の話。その不気味な来訪シーンで決まってかかっていたのはキング・クリムゾンの『MOON CHILD』だった。以来その曲を聴けば我が脳内に腐臭が漂うようになった。同じ曲が、ヴィンセント・ギャロの映画『バッファロー'66』では、むっちむちのクリスティーナ・リッチの登場シーンにおいて効果的に使われていたことも憶えている。しかし、その映画ならばやはり、おっぱいパブの場面で流れるイエスの『燃える朝焼け』の印象こそ強烈無比であった。

 

そのイエスも、最近ではアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』のエンディングテーマ曲に『ラウンドアバウト』が採用され、日本の若い世代の支持を一気に取り付けている。そもそも『ジョジョ』には作者荒木飛呂彦の趣味が反映され、ブラフォードとかタルカスといった、プログレッシヴ・ロックに因んだ名を持つキャラクターが少なからず登場してくる。

 

『タルカス』の名が出た以上、避けて通れぬ話題といえば、2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』だろう。源平合戦など戦闘場面において必ずBGMとして流れていたのが、吉松隆の編曲したオーケストラ版『タルカス』である。噴火口から現れ、あらゆるものを破壊し、強敵と戦って傷つき、やがて海の中に姿を消してゆく怪獣タルカスの音楽が、平家の栄枯盛衰のドラマと妙にマッチして、一部のプログレ好き視聴者たちを興奮させた。

 

プログレッシヴ・ロック。それは1970年代初頭の数年間だけカンブリア爆発のように興隆した、先進的で知的なロックミュージックである。パンクやニューウェイヴの台頭により、1970年代中盤には絶滅したはずだった。しかし実はそこで成仏することもなくヨークシャーの荒野を彷徨い続け、時にはネッシーのように日常という名の湖面にひょっこり頭をもたげることもあった。しかし、ここに来てその潜在的熱量が急上昇したのか、意外にもクラシック音楽という異ジャンルの裂け目から復活のムーヴメントがタルカスさながらに噴き出さんとする勢いなのである。

 

その最も象徴的なイベントが、2月9日(日)に行われる『プログレonクラシック』、そして翌2月10日(月)に催される『モルゴーア・クァルテット』演奏会なのである。いずれもテレビ朝日開局55周年記念<なんでも!クラシック2014>という音楽フェスティバル企画の一環である。

 

『プログレonクラシック』&『モルゴーア・クァルテット』 | REALTOKYO

これまでも数回に渡り<プログレッシヴ・ロック・フェス@日比谷野外音楽堂>を主催してきたテレビ朝日であるが、今年は直球勝負ではなく変化球によってプログレ復興を目論む。それがつまり、70年代プログレッシヴ・ロックの名曲集をクラシック音楽のコンサートで演奏するという試みである。そこには2つのスタイルが用意された。1つはシンフォニー・オーケストラによる演奏、もう1つは弦楽四重奏団による演奏である。

 

藤岡幸夫 <指揮> | REALTOKYO
藤岡幸夫 <指揮>
Photo by SHIN YAMAGISHI
荒井英治 <ソロ・コンサートマスター> | REALTOKYO
荒井英治 <ソロ・コンサートマスター>

先ずオーケストラのほうが『プログレonクラシック』と題された2月9日のコンサートである。藤岡幸夫の指揮により東京フィルハーモニー交響楽団が、東京芸術劇場コンサートホールで演奏をおこなう。第I章と第II章、それぞれ1時間ずつの2つの公演に分かれる。第I章における演奏曲目は、キング・クリムゾン『21世紀のスキッツォイド・マン』『エピタフ』、ジェネシス『ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ』、ピンク・フロイド『虚空のスキャット』、イエス『危機』の計5曲。第II章における演奏曲目は、ピンク・フロイド『クレージー・ダイヤモンド』、ゴブリン『サスペリア』、エマーソン・レイク&パーマー『タルカス』(編曲:吉松隆)の計3曲である。

 

この錚々たる曲目の並びを眺めるだけで胸の鼓動が高鳴る人も多いのではないか。いずれも大編成のオーケストラで演奏されるのだから想像するだけで震えも来よう。クラシック音楽の演奏会としては……或いはポップスコンサートとしても、前代未聞のセットリストだ。既述の吉松隆編曲『タルカス』以外、今回の新しいオーケストラ編曲版7曲すべてが世界初演となる。このうちオーケストラ版『21世紀のスキッツォイド・マン』は権利者による許可の関係で今回1回限りの演奏とのこと、その意味でも貴重なライヴとなる。

 

プログレッシヴ・ロックの中には、シンフォニック・プログレという小カテゴリーがある。今回演奏されるプログラムもそのタイプの楽曲が幾つかある。その中には西洋クラシック音楽からの影響を受けていると思われる曲もある。作風は壮大だったりドラマティックだったり文学的だったりする(だから一曲一曲が長くなる)。また変拍子・転調・不協和音・対位法などの組合せによって楽曲が複雑に構築される。楽器面では、管楽器・弦楽器・打楽器などの音を電子的合成によって擬したシンセサイザーや、アナログ磁気テープのサウンドセット一式を内部に組み込んだサンプル音声再生楽器=メロトロンがよく使われた。前者はソロ演奏として、後者は生オーケストラの代用として活用されることが多かった。

 

たとえば今回演奏されるジェネシス『ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ』のオリジナル音源では、冒頭からトニー・バンクスの奏でるメロトロン(キング・クリムゾンから譲り受けたものらしい)が重厚なストリングス音を発して、聴き手をディープな幻想世界に誘い込むのだが……2月9日のコンサートでは、オーケストラの音を擬して作られたはずの、そのメロトロンの音を、今度は生のオーケストラが再現することになるのだから、事態は少々ややこしくなる。いやメロトロンのことに限らず、西洋クラシック音楽の影響を受けながら放浪を続けていたプログレッシヴ・ロックという“息子”が、ついにクラシック音楽という“父”のもとに帰還し、古典の枠組みの中で演奏がおこなわれるという、その歴史的な倒錯性がいかなる表現の妙味を醸し出しうるのかと、そんな考察に耽ることもまた、今回の企画が提起する愉しみであり意義深さなのである。

 

東京フィルハーモニー交響楽団 <演奏> | REALTOKYO
東京フィルハーモニー交響楽団 <演奏> Photo by Ayumu Gombi

さて、一方のモルゴーア・クァルテットによる2月10日の演奏会プログラムも非常にスリリングである。ピンク・フロイド『太陽讃歌』『原子心母』、イエス『危機』『同志』『シベリアン・カートゥル』、エマーソン・レイク&パーマー『悪の教典#9第一印象・パート1』、キング・クリムゾン『21世紀のスキッツォイド・マン』、これらすべて東京芸術劇場プレイハウスにおいて、弦楽四重奏で披露される。奏者による解説が付く可能性もある。愛好家にとっては、なんという至福の2時間であろう。

 

モルゴーア・クァルテットは、日本クラシック界の凄腕エリート奏者たちが集結した、いわば“スーパー・バンド”である。東京フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスターの荒井英治が第1ヴァイオリン、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスターの戸澤哲夫が第2ヴァイオリン、NHK交響楽団次席ヴィオラ奏者の小野富士がヴィオラ、NHK交響楽団首席チェロ奏者の藤森亮一がチェロを担当する。ソロ活動も頻繁に行なっている彼らが、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲を演奏するために1992年に結成したのが、このモルゴーア・クァルテットだった。以来、クラシック界では圧倒的な評価を受けてきた彼らだったが、1998年リリースのCD『Destruction~Rock meets Strings』で初めてイエスやキング・クリムゾンを採り上げ、さらに結成20周年目の2012年には全曲プログレッシヴ・ロックのCD『21世紀の精神正常者たち』を発表し、クラシック界に波紋を投げかけると同時にプログレマニア達から大いなる称賛を浴びた。

 

そんな彼らの今回の演奏会の目玉は、1972年に発表されたイエスのアルバム『危機』に収録された全3曲、すなわち『危機』『同志』『シベリアン・カートゥル』の完全演奏にある。プログレッシヴ・ロック史上の金字塔と称せられる傑作アルバムがまるごと、初めて弦楽四重奏として甦る瞬間に、どうして立ち会わずにいられようか……というのがプログレマニア、あるいはイエスマニア、はたまた『危機』マニアの心情であろう。そう、クラシック音楽リスナーに『ゴールドベルク変奏曲』マニアや『春の祭典』マニア等の存在するが如く、世の中には『危機』マニアという人種も多数存在する。イエスの『危機』の各種リマスター盤をすべて入手し、また他のアーティストによる『危機』カバー音源を蒐集する(たとえば私……)。

 

それにしても、である。イエスは5人編成で、重厚にして壮大なシンフォニック・サウンドを築き上げた。キーボードのリック・ウェイクマンは、シンセサイザー、メロトロン、オルガン、ピアノ、エレピなど何台もの機材を自分の周囲に積み重ね、左右の手指を別々の生き物のように操りながら、次々と楽器を弾きかえてゆくというスタイルを確立させた。ギターのスティーヴ・ハウも、エレキ、アコースティック、ペダルスティールなど各種ギターをどんどんチェンジさせながら様々な音色を展開していった。さらにイエスは、ビーチボーイズばりのコーラスワークをもセールスポイントの一つにしていた。

 

このような華麗なサウンドをモルゴーア・クァルテットはたった4人で、たった4台の非電気増幅の弦楽器でリクリエイトしようというのだ。無謀に思えるかもしれないが、そこは過去にリリースされた音源やライヴ動画などを検証することにより、知恵を振り絞ってきわめて戦略的な編曲が行われて来たことを我々は確認することができる。編曲もさることながら、ロックの楽器に勝るとも劣らぬ音の厚みや迫力が彼らの演奏から自然に感じられるのは、やはり超一級奏者たちによる緊張感みなぎる強力アンサンブルだからこそ成せる技なのであろう。これはコンサートという生の空間で体感的に味わうにしかず、である。

 

モルゴーア・クァルテット | REALTOKYO
モルゴーア・クァルテット

そのモルゴーア・クァルテットで第1ヴァイオリンと編曲を担当する荒井英治こそは、一連のムーヴメントの首謀者である。プログレ好きだった吉松隆に1997年『アトム・ハーツ・クラブ組曲』というプログレコラージュを作曲させ、やがて『タルカス』編曲への道を切り拓いていった仕掛け人だった。その『タルカス』のオーケストラ演奏では、東京フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスターとして、キーマン的役割を果たした。もちろん、2月9日『プログレonクラシック』でも彼のコンマスとしての活躍ぶりを存分に目の当たりにすることができるだろう。

 

今年2014年の正月にNHK FMにおいて『新世紀“プログレッシヴ・ロック”の波』という番組が4夜連続で放送された(NHK FMは『今日は一日プログレ三昧』などマニア心をくすぐる好企画を時折もたらしてくれる)。この番組に荒井英治がゲスト出演し、プログレッシヴ・ロックは病める屈折した音楽である、と語った。彼自身、若い頃はクラシックのレパートリーが大嫌いで、ロックと現代音楽をこよなく愛聴していたという屈折の過去がある。その彼が傾倒してやまないショスタコーヴィッチも、持てる才能をスターリンによって歪めさせられた最大の屈折音楽家だった。一方、そんなショスタコーヴィッチを高度な学術レヴェルで理解し愛聴してやまない現代の政治家もいる。日本共産党委員長・志位和夫だ。或る意味いろいろな矛盾を抱え込みながら屈折したコミュニストとして活動し続ける志位委員長もまた同病の匂いを嗅ぎ分けたのだろうか、ショスタコからプログレまで情熱的に駆け抜ける荒井英治の活躍ぶりを、イデオロギーを超えて褒め讃えていた。

 

プログレッシヴ・ロックとは、言ってみれば、クラシカルの品格とロックの行儀悪さの間を、どちらか一方に定着できずに屈折を繰り返してきた、永遠の振り子運動のようなものなのかもしれない。ここで唐突に、2月9日の『プログレonクラシック』で指揮を振る藤岡幸夫について言及しよう。名門科学者一族を出自とする彼は、2010年の『タルカス』初演や2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』劇伴も指揮した日本クラシック界の希望の星である。だが、一方で大の矢沢永吉ファンであることを公言して憚らないから驚きだ。彼という人物もまた、その振り幅の広さは指揮棒だけに限らないらしい。

 

しかし、最近つくづく思うのは、売れてなんぼの軽薄短小偏重型の現代日本的な資本主義にあっては、もはやプログレだけが屈折音楽ではないということだ。というか、いまやクラシック音楽こそが屈折の真の本丸ではないのか。だからプログレッシヴ・ロックをクラシックで演奏するという今回の企画は、屈折に屈折を掛け合わせたウルトラ屈折イベントであり、屈折者による屈折者のための屈折した音楽の一大祭典といえるのではないか。またはこれを、21世紀の統合失調者たちの狂宴と言い換えてもよいのだが……そんなことを書けば、せっかく公演を聴きにゆこうとしていた人が躊躇してしまいかねないから、過激な持論は胸奥に仕舞い込むとする。そのうえで、別の側面からこのイベントを眺めてみようではないか。

 

70年代プログレの洗礼を受けて来た人の中には、プログレ経由でクラシック音楽や現代音楽を知り、そこまで興味を拡げた向きも少なくないのではないか(たとえば私……)。イエスを聴いてストラヴィンスキーを知り、そこからさらにブーレーズにハマっていったとか。EL&Pでヤナーチェクの『シンフォニエッタ』を知り、そのおかげで、ずっと後に村上春樹の『1Q84』もすんなり読めたとか。そういう人々にとっては、クラシック音楽の魅力を教わり、芸術的了見を拡げてくれたプログレに対する、クラシック音楽側からの感謝祭として、今回のイベントを位置付けることも可能かと思う。

 

折しもイタリアではあのP.F.Mが『イン・クラシック~モーツアルトからの祭典』というアルバムを昨年暮れに発表、オーケストラと組んでクラシック音楽とのコラボレーションを実現させたことが話題だ(イタリアのプログレでオーケストラとの共演といえば、ニュートロルスの『コンチェルト・グロッソ』という過去の名作も思い出される)。ひょっとして、プログレのクラシック回帰は、いま世界的トレンドになろうとしているのだろうか。だとすれば、リック・ウェイクマンがロンドン交響楽団と共演した『地底探検』(1974)も40周年を記念して来日公演をおこなってくれたりするとなお嬉しい。そしてこの『プログレonクラシック』も、今回だけに限らず、シリーズ化されることが望ましい。イエス『錯乱の扉』全曲とか、ジェネシス『サパーズ・レディ』全曲とか、或いは先日P.F.Mがオケと共演して演奏した『La Luna Nuova』とか、東フィルには更なる名曲群にどんどん挑んで欲しいものだ。ただし、その夢を叶えさせるには、今回の『プログレonクラシック』『モルゴーア・クァルテット』の2日間を、なんとしても盛況のうちに成功させなければならない。

 

インフォメーション

プログレonクラシック 第I章&第II章 in 「なんでも!クラシック」

2014年2月9日(日)

第I章=15:30開演 第II章=17:30開演

東京芸術劇場コンサートホール

公式サイト:

http://nandemoclassic.jp/programs/9-2.html

http://nandemoclassic.jp/programs/9-3.html

 

なんでも!クラシック プレミア『モルゴーア・クァルテット』

2014年2月10日(月) 19:00

東京芸術劇場プレイハウス

公式サイト:http://nandemoclassic.jp/programs/10-5.html

 

公式Twitterアカウント:https://twitter.com/progreonclassic

寄稿家プロフィール

うにた・もみいち/演劇エッセイスト。これまで書いてきた雑誌連載エッセイは「演劇ヲタクの淫靡な快楽」「東京烈烈」「風に立て」「ワカラン子だらけ」「演劇崩壊」「なんちゅうか劇中歌」「エンゲキ東方見聞録」等。また、「地ノ果テノ舞踏会」「DRAMATRIX」「PerforMix」「演劇制作1-2-3」「シンポジウム演劇崩壊」「なんちゅうか劇中歌ライヴ」等、演劇舞踊関連イヴェントの企画制作も多数手掛けてきた。