グッチのディレクターを辞任後、自分のブランドを立ち上げるよりも早く、映画会社フェイド・トゥ・ブラック（「Fade to Black」は画面が徐々に闇黒へ移行していくという意味の映画用語）を設立したトム・フォード。初監督作品『シングルマン』は評論家の川口敦子氏が指摘するように、キューバ危機が起きた1962年のアメリカ─「“ドレスアップ”を究め得た最後の時代」「メロドラマの術が機能した最後の時代」（TIFF TIMESから引用）という節目を舞台にしている。ここにパートナーを失い自殺を決意した主人公ジョージの、最期となるはずの一日を追う物語が重なる。映像はフヘンテキな既知の題材と感動をなぞらない。色そのものが温度と質感を持ち、雄弁に人物の感情を、時に観る者を笑わせながら語っていく。ある時間の幅の中で光が捉えた色。その色が熱を帯び、豊饒に膨らみ続ける人物のドラマ。『シングルマン』の光（が捉える色）は映画の魔術そのものだ。原作はミュージカル『キャバレー』のもとになった『ベルリン物語』の著者でもある、クリストファー・イシャーウッド。ジョージと、かつての恋人で親友のチャーリーとの関係性は、『キャバレー』の異邦人クリフとサラを思い出させる。自身が濃厚に投影されたキャラクターたちの在り方は、フォードの私的な告白を目で聴くようで興味深い。

By 河内山シモオヌ October 15, 2010