
横浜(Y)と東京(T)を中心に、横浜在住の私が観聴きしたひと月分のカルチャーイベントをレポートする「Y⇆T Notes(ワイティーノーツ)」。イベント前後に立ち寄った、会場近くのお気に入り飲食店も紹介しています。
3/1 ART『ゆかいな若冲・めでたい大観』@山種美術館(東京・恵比寿)
今年は、生誕300年を記念した大規模な「若冲展」や、やはり生誕200年にあたる「勝川春章展」、同門兄弟弟子同士にあたる国芳と国貞を同時に展示するなど、見逃せない江戸美術展が続くが、本展はその幕開け的な企画。
若冲と大観を中心に祭事・婚礼などの吉祥画題に焦点を当て、暁斎や古径なども並ぶ。中でも《軍鶏図》や《河豚と蛙の相撲図》など、初公開の若冲の墨画が注目。ユーモラスでめでたい絵画たちは、まことに春にふさわしい。ただ、展示数が少ないのがやや物足りなかったけど、出だしとしては上々か。

3/1 CINEMA『火の山のマリア』@岩波ホール(東京・神保町)
なんていい顔をしてるんだろう。生命・生活に裏打ちされたその顔つきや表情、のっぺりと同じような顔ばかりが行きかう都市では、もはや見かけることのない生きた人間の重さが溢れている。本作は、グアテマラの高地、いまだマヤ文明の面影の残る集落に暮らす先住民の娘マリアを取り巻く物語だ。
昔ながらの習慣や伝統を守りながら、慎ましくも力強く生きるマリアの家族。でもそんな彼女たちの暮らす奥地にも、現代社会の抱える矛盾や格差の現実が及んでいる。が、それでも、彼女たちはたくましく生き抜いてゆく。その女性の有する女性ならではの、大地に根差した力強さがいい。実際の現地の人々を役者として起用したりと、ドキュメンタリーと見紛う空気感が迫っても来る。
先住民の言葉しか知らない故に公用語たるスペイン語さえ理解できず不利益にさらされ、地主たちの農園を回りギリギリのその日を送る。教育も所有も端から奪われた、権力や<中心>から遠く隔てられた人々、その差別の再生産へのフィルム・スタディーズとしても考えさせられる。

3/5 CINEMA『人魚に会える日』@ユーロライブ(東京・渋谷)
5年前、13歳のときに撮った話題作『やぎの冒険』で監督デビューを果たし、現在は現役の大学生である中村颯悟の最新作。監督をはじめとする主要スタッフは全て沖縄出身の大学生であり、基地と海に囲まれて育った若者達が「大人がつくる基地問題」の間で揺れ動く心の葛藤を作品化した。
中村監督は、東京の大学に進学してきて初めて、沖縄の基地問題に関する本土の人たちとのギャップを知ったという。主にメディアを通してしか知るすべの無い私たちにとって、重い基地負担を一方的に押し付けられた沖縄は、被害者以外の何者でもない。でも、現地の人々にとって事はそれほど単純ではなく、複雑に絡み合ったアンビバレントな状況に置かれている。
そうした葛藤や事情を、基地の新設に揺れるとある村部に伝わる神への供犠と、若者の基地への思いや消息を絡め描いている。直接的な社会批判や単なる告発劇などで終わらずに、濃密なミソロジーへと昇華させているのが素晴らしい。広報や配給も学生たち自身で行っていることもあり(意気に感じて、樹木希林さんが初日トークに登壇)、今回、東京では一週間の限定上映だったが、もっと皆に観てもらえるよう拡大上映できないものか。でないと、とてももったいない。

3/12 CINEMA『エヴェレスト 神々の山嶺』@横浜ブルク13(横浜・桜木町)
うぅ、平山カントクゥーっ、どうしちゃったんだ!『愛を乞うひと』や『OUT』の平山秀幸は、どこ行っちゃったんだよぉー!! 現役の日本監督の中でも、大好きな1人なのに……。
そもそも、夢枕獏原作のベストセラー山岳小説『神々の山嶺』は、かねてから実写映像化は不可能と言われてきたんだよね。まぁ、不可能と言われてたのを映像化して成功なんて例も少なくは無いけど、今回だけはやっぱ無理だったんじゃないか? 角川映画40周年記念作品とかで、TVバラエティに出演者が出まくったり、はるばる現地エヴェレストに赴いての撮影苦労話を派手に宣伝したり(超大作と自ら謳うのって、あやしいよね)、何だか嫌な予感もしてたんだ。それでも、平山監督だからと出かけたのに。
ただただ大仰でどこからどこまで力みすぎていて、わざわざ大変な思いしてエヴェレストで撮った意味も解らずじまい。無理な設定、つじつま会わない点も多数。クライマックス、小説の文章だから成立するのであろう山に憑かれた男たちの生き様、姿勢を滔々と詠ずる件も、セリフでやられちゃうと、こっぱずかしくて仕方ない。野心や注力の仕方や方向を、見事に誤ってしまった見本のような映画。

3/26 STAGE『HYBRID Rhythm & Dance』@新国立劇場(東京・初台)
<オレカTX>が奏でるスペイン・バスク地方の伝統打楽器「チャラパルタ」の響き、床絵美が歌い上げるアイヌ民族の唄ウポポの調べ、そして平山素子振り付けによるダンスの躍動……、まるで時代や空間を超えた幻のトライブによる祭祀のようなダイナミズムが実現した。
三者がときに共鳴し、ときに乱反射し会場の空気を揺さぶる様は、大地ガイアへの讃歌ででもあるように、新たな次元を拓いて見せる。それぞれの「気」が、さらなる高みへとレゾナンスを轟かせる。
太古や始原を思わせる打楽器や古歌に負けない、身体の根源へ開示。崇高な供物たる強靭さと繊細さ、動と静が入り乱れたダンス。ここで目指されたHYBRIDとは、タイトルにある通りRhythmとDanceの混成であるばかりではなく、音楽やダンスが本来有する両価、多価のHYBRIDでもあるのだ。プリミティブでいて斬新な、刺激に満ちた舞台だった。

3/26 STAGE『踊りに行くぜ!! Ⅱ vol.6』@アサヒアートスクエア(東京・浅草)
平井優子、梅田宏明、山崎広太3名の振付家による3作品が披露された。
平井優子作品は、女性のデュオ。照明やスモーク、音を駆使して幻視的な境域を現出。東南アジアの仮面劇を思わせるような仮面をつけたり、2人が互いに相手の影を演じたりとスピリチュアルで心理的な身体を体現する、深遠なドラマ性を持ったダンス。惜しむらくは、振りそのものがオーソドックスすぎて物足りなかった。
梅田宏明振り付け作には、4人の女性が出演。ノイズやインダストリアルな音楽の中でくねるような、あるいはロボット的なユニゾンとポリリズムを主体としたダンスは、いつもの梅田節をはみ出すものは無く、目新しさは無かった。身体の中心や軸の移動がぞんざいなのも感心しない。
最後の山崎広太の作品には、本人を含め男女4名が登場。山崎はステージ上で演技をしながら時折、創作の意図、踊りの解説、あるいは脈絡のない話などを客席に向かって語る。その間、ほかのダンサーたちは語りには関係なく、銘々が自身の思いつくままの即興のような振りをバラバラに踊っている。しかし、収拾がつかないかに思えた展開が、終盤に向かって徐々に高みへと上昇し、大音量のポップソングの中でカタルシスを放つクライマックスへと導く。こうした小品にも見事な構成と強度を見せる、山崎のベテランの技が光った。

3/29 CINEMA『リップヴァンウィンクルの花嫁』@横浜ブルク13(横浜・桜木町)
オーディションで黒木華を見出したのが4年前、それまでに大まかなアウトラインは決まっていたらしいが、主人公<七海>の設定やキャラクター、取り巻く逸話などの肉付けは、新たに彼女のために書き起こされたという。女優の原石を見つけ魅力を引き出すのを得意とする、岩井監督ならではの方法だ。黒木本人も自身の身の上に、<七海>という分身を上書きされていくような感覚を覚えたのではないだろうか。役柄をあまり作り込まない彼女の、自然さが際立った。
綾野剛の演じる、謎のなんでも屋の役回りも面白い。助けるのか思いきや陥れたりと、<七海>を不安定な局面へと放り出す。ジョーゼフ・キャンベルやウラジミール・プロップなどの神話学・民俗学の物語論でいえば、主人公を冒険へと召命する援助者であり、同時に試練を課すものでもある。少女の冒険を紡ぐことに勝れた岩井監督なら、きっとその辺りも計算づくなのだろう。
そのフォーカスの浅さや奥行きのないデジタル撮影を逆手に取った映像言語も、SNSで結婚相手を見つけてしまう様な、軽薄なリアル、真偽の境界のあやふやさなど現代的な浮遊感を上手く伝えている。
ちなみに岩井監督、きっと黒木華にメイド服やウエディングドレスを着せてみたかったんだろうなぁ(^^:)

寄稿家プロフィール
ふかさわ・めぐみ/CMクリエイター、アート映画ディストリビューター、舞台公演企画、雑誌へのコラム執筆、社会学講師等を経歴。その間、子供時代から続く劇場や美術館通いは止んだことが無い。著書『思想としての「無印良品」』千倉書房