
横浜在住の私が見聞きした(ときに食べ飲んだ※)、主なものをピックアップしてコメント。※飲食店に関しては、イベント前後に寄った会場近くのお気に入りの店を紹介しています。
12/5 ART『プラド美術館展—スペイン宮廷美への情熱』@三菱一号館美術館(東京・丸の内)
海外の大美術館の来日展って、ただ茫洋と網羅的だったり、あるいは名前負け的な貧弱なものだったり、ということが多くない?(私の気のせい?) 例えば、「本邦初公開の大作!」とかなんとか、そのうたい文句に出かけてみると、客寄せの1点だけが大行列で、あとはつまらないとは言わないまでも、お茶を濁した小品が並んでるなんてことも少なくない(つい最近も、そんなことがあったような……)。もちろん、貴重な作品たちを遠路運ぶ制約だったり、手間だとか予算だとか、学芸員さんたちを始めとする関係者たちの並々ならないご苦労があって、居ながらにして楽しませてもらってるのだから、悪し様に言ってばかりでは申し訳ないのも承知してのこと(だったら、お前が現地に行って観てこいってことですよね。まったくその通りです。ハイッ)。でも、ことさら最近になって、そういう傾向が増えているような気がする。各方面の文化的な予算が縮小してるとか、そんなことの影響が出ているとしたら気がかりだし、とても寂しい。モノの購入よりも時間やコトの消費に支出する傾向が高まる今、文化マーケットもなんとかやりようがあるのではないか。
そんな中での『プラド美術館展』、開催予告がアナウンスされてから、とっても待ち遠しかった展覧会だけに一抹の不安もあったのだけど、そんな心配は杞憂に過ぎない期待通りの内容だった。というのもこの企画、海外への貸し出し用に準備されたものではなく、プラド美術館が自分たちのために作った『Captive Beauty: Fra Angelico to Fortuny(囚われた美)』という展示を原型に再構成されたもの。歴代のスペイン王家のコレクションの中でも、「キャビネット・ペインティング」を中心に小品から選りすぐられている。「キャビネット・ペインティング」とは、貴族たちが私的空間として設けた小部屋(キャビネット)を飾るための30~50センチメートル四方ほどの絵画で、さほど広くない部屋に飾り、間近で作品を鑑賞することを前提としている。大作は工房などに依頼して完成させたものが多いのに比べ、これら小品は巨匠たち本人が自ら腕を振るい、細部にこだわり描いているため、その緻密で繊細な技量を手に取るように味わうことができるというわけ。
そしてこの、小さいサイズという点で共通する100点以上の絵画で構成された本展は、三菱一号館美術館という空間に見事にマッチしている。作品の大きさと展示室の広さはもとより、その佇まいや親密さといったものが、鑑賞にぴったりの空気を添えてくれる。願わくば、もう少し空いている平日の午前中にでも訪れたかった。
本展で真筆が初来日となり、話題になっているヒエロニムス・ボスの《愚者の石の除去》も、「キャビネット・ペインティング」として描かれたもので、ボスの絵画の中でも最小であるこの作品は、世界に残存するボスの真筆20点のうちの貴重な1点。そしてこの作品は「板絵」と呼ばれる木の板に描かれた絵画で、板絵は湿度に弱くデリケートなので、輸送・公開されることは極めてまれ。本展ではボスを含めてこの貴重な板絵が35点も並んでいる。
ほかにもエル・グレコやベラスケス、ティツィアーノにブリューゲル(あの《バベルの塔の建設》の本物が観られる!!)、ゴヤなどなど、名だたる巨匠たちの貴重な作品群で、15世紀から19世紀までの西洋美術の流れを接近して概観できる、文字通り巨匠の傑作たちとお近づきになれた気がしました。

12/5 STAGE:東京ELECTROCK STAIRS新作本公演vol.12『傑作は西に死す』@吉祥寺シアター(東京・吉祥寺)
CRUSH THE TYMKSの3人、横山彰乃、高橋萌登、泊麻衣子もメンバーとして参加している、ダンサー・振付家のKENTARO!! 主催の東京ELECTROCK STAIRS、2年半ぶりの新作公演。
いつも不思議な世界観とグルーブを展開してくれる彼らだが、本作においても真骨頂のグルーブ感はそのままに、エンタメ性とユーモア、叙情性など演劇的要素も盛り込んで、ヒップホップからコンテまでそのダンスの幅も大幅に拡大。見ごたえたっぷりな舞台を繰り広げてくれた。こうなると、TYMKSファンの私としては、ますます3人の新作も期待してしまう!!
Web: 東京ELECTROCK STAIRS新作本公演vol.12『傑作は西に死す』

12/12 ART:第4回都美セレクション グループ展『JIS is it ―みえない規格―』@東京都美術館(東京・上野)
壁のシミや錆、水の循環などをテーマに創作活動をしている町田沙弥香は、私の注目の若手作家のひとり。その彼女が、同窓のアーテイストたちとグループ展を開いた。
いつもは、キャンバスに水彩などで平面的な絵画を制作しているのだが、今回は珍しく立体的な作品が出展されていた。網状の綿布を円筒形にし、歳月を経たコンクリートの電柱に見立てて彩色し、天井から吊り下げられたそれは、まるで電柱の脱皮した抜け殻のようにゆらゆらと空調の流れに漂っている。
「ふーん、電柱にも年輪が宿るんだなぁ……」、おぼろに浮かぶ想念に身を任せながら眺めていると、別役実の舞台にポツンと佇む朽ちた電柱や、ロバート・フランクの中西部の片田舎の埃っぽい道路脇に写る電柱などのことをも同時に思い浮かべた。それは単に電柱つながりというばかりではなく、滲み出した水の染み痕などを描いても、決して湿っぽくはならない、無機質な物体に降り巡る時間や回帰をとどめる乾いた感慨といったものを、町田沙弥香も共有しているからに他ならない。

12/16 CINEMA『FOUJITA』@新宿武蔵野館(東京・新宿)
大杉栄は「美は乱調にあり。階調は偽りである。」といったとか。で、小栗康平監督は、この映画『FOUJITA』において、見事に"美を諧調"に宿らせた。
私は個人的には、HDR(ハイ・ダイナミック・レンジ合成)の映像は、やたら過剰な演出効果、ドラマチックに煽り立てたり、廃墟感的なものとかを無理にかもしたりするため、あまり好きになれない。ところが小栗監督は、CGやHDRといった最先端の技術を駆使して、静謐な"美"を描ききることに成功した。例えば、疎開先の田舎の森の風情、佇まいをこんなにもHDRで諧調の隅々まで描けることを初めて知った。
これは、藤田嗣治を題材としながらも、彼の生涯をただ伝えようとしたものではなく、"美"を司る天才2人、小栗から藤田への、そして"美"への供物だ。

12/18 CINEMA『アンジェリカの微笑み』@Bunkamuraル・シネマ(東京・渋谷)
2015年に106歳で他界した世界の巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ。そのオリヴェイラ監督が101歳のときに撮り上げ、第63回カンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門のオープニングを飾った『アンジェリカの微笑み』がようやく公開となった。
しかし、101歳でこんなに瑞々しく若々しい感性してるってだけで恐れ入ってしまう。生とか死とかが、とってもチャーミングに夢まぼろしの中で優しく微笑んでいる。生も死も美貌も所詮夢のようなもの。儚いけれど、でもとても愛おしい……、たぶんオリヴェイラ監督自身が至った心境そのものなんだろうな。

12/23 MUSIC:アンサンブル室町による『エドガー・ヴァレーズと室伏鴻に捧ぐ墓』@北沢タウンホール(東京・下北沢)
果たしてヴァレーズと室伏鴻って、共通するものがあるんだろうか。「このふたりの巨匠を繋ぐ要素は、数限りなくあります――途方もない創造力、先見の明、真理の厳しい探究、世界的な規模、シンプルな人間性、アウトサイダーという自覚もしくは主張、疲れを知らぬ精力的な職人芸、等々。」と、フライヤーの解説にはある。確かにその通りだが、"途方もない想像力"だとか"先見の明""アウトサイダー"云々って、優れた表現者として認められている人たちであれば、この2人ならずとも有している才能ではないだろうか。だから、この2人にだけ当てはまる共通項ってわけではない。むしろ、室伏が暴力的なまでに身体を酷使し強調したのに対し、非楽音や噪音を駆使しながらも静的な印象すらあるヴァレーズでは対極にあるようにさえ思える(かろうじて呪術的なところは似ているかも)。
なので、在りし日の室伏の舞台のプロジェクションや、室伏の弟子3人のダンサー(サルジョ・サンカレー、オリヴィエ・ティダティダ、ケヴィン・フラン)による生演技などは、取って付けたような感じが終止拭えなかった。(ただし、詳しいアナウンスがほとんどされていないので正確なところは定かではないが、室伏さんが元気であったなら、ヴァレーズ没後50年を記念してコラボ企画を行うはずだった節もあり、その追悼の意味が込められていたのかもしれない)
でも、ダンス方面は置いといて、演奏に関しては素晴らしかった。ヴァレーズへのオマージュとして日本人現代音楽作曲家4人に委嘱された新曲は甲乙つけがたく、ヴァレーズが白金フルートのために作曲した「密度21.5」を尺八で演奏する実験的な試みも実験に終わらぬ感動を残してくれた。
新曲の中では特に神本真理の「紅に漂う」が個人的に惹かれた。ヴァレーズが「Deserts」のスコアの最後に"Beat the silence"との指示を記したことに着目し、静寂やたおやかな残響を意識し創られたもので、25人の演奏家全てが休止する瞬間が随所に設けられている。そこで聴衆は、たおやかな残響に浸ることになるのだが、これは篠笛や笙、琵琶といった邦楽器や、バロックヴァイオリン、リコーダーなど西洋古楽器を採り入れたアンサンブル室町だからこその効果をもたらした。なぜなら、弾いた音だけをクリアに響かせることに洗練を促してきた近代以降の西洋楽器と違い、邦楽器や古楽器はノイズが残りその分倍音が豊かである。したがって休止したときには、豊穣な倍音に包み込まれるという至福の瞬間を味わうことができた。
Web: アンサンブル室町による『エドガー・ヴァレーズと室伏鴻に捧ぐ墓』

12/26 STAGE「Tokyo Experimental Performance Archive」PERFORMANCE@SuperDeluxe(東京・六本木)
実験的なパフォーマンスにおける継承と創作のサイクルを促す、創造的アーカイブのプラットフォームを構築していくプロジェクト『Tokyo Experimental Performance Archive』。そのプログラムのひとつ、サンガツのパフォーマンスに行ってきた。
会場のSuperDeluxeのフロアは、3ヶ所にゾーンが分けられ、それぞれ楽器らしきセットが用意されている。そこへサンガツのメンバーが現れ、ゾーンを移動しながらその場所ごとに違う楽器で違う音を奏でるという趣向。例えば最初のゾーンには、名前は分からないのだがビブラフォンの音板ひとつを取り出したような棒にマレットが付いていて、振ると音が出るモノが音階別に置いてあり、メンバー各人がそれぞれの音階を担当する。2番目のゾーンには、通常のドラムやギターが置いてあり、演奏するといった感じ。
サンガツといえば、最近はチェルフィッチュの舞台で音楽を担当したりして話題になっているが、聴かせるだけではない、音楽とパフォーマンスの垣根を取り払った彼ららしい表現を楽しませてくれた。ただ、40分ぐらいだったか、あっという間に終わってしまったのが、ちょっと物足りなかったな。
Web: 「Tokyo Experimental Performance Archive」PERFORMANCE

12/26 TOWN「TRAUMARISの忘年会」@Li-Po(東京・渋谷)
で、スーパーデラックスを後にして急ぎ駆けつけたのが、TRAUMARISの忘年会場。今年6月にスペースをクローズ、現在インディペンデントのアートオフィス/レーベルとして活動するTRAUMARISが、アートや舞台の関係者、作家などに呼びかけて開催。
場所は、渋谷駅再開発のために、このたび店舗を移動して12月に新装開店したばかりの「Li-po」。こちらもかねてから、カルチャー関係者が集う所として有名なお店。この日も、いろんな顔ぶれが大集合。15年を締めくくるに相応しい宴となりました。

12/30 MUSIC『纐纈雅代2015年ラスト・アルトサックスソロ』@Bitches Brew(横浜・白楽)
さて、仕事納めも無事済んで、大晦日と正月の支度でもしようかと思っていたところ、スマホに一件のお知らせが……。見れば纐纈さんが今年最後のソロライブを急遽やるという。しかもライブ後、忘年会も開くとか。これは行かねばなるまい!
アタフタと急いだ先は東横線沿線の白楽駅、雑誌『ジャズ』を創刊したり、『ジャズ幻視行』などの写真集をものしたりのジャズ界の大御所・杉田誠一氏が店主のジャズバー「Bitches Brew」。でも勢い込みすぎたか着いてみればまだ誰も居なくて、演奏家本人も着いていない始末。で、しばらくボーッとしてると、やっと本人到着、さっそく楽器を引っ張り出してのウォーミングアップ。しばらくぶりに見る纐纈さんは、ちょっと痩せたかな、髪の毛が前にもましてワイルドになったかな、でも元気そうでなにより。渋さ知らズに参加したり、ほぼ毎日に及ぶライブの様子を聞けば心配には及ばない。
この日もノッケから音圧大全開!! オリジナルやインプロ、そしてリクエストに応えて、渋さの代表曲「ナーダム」(林栄一作曲)やアルバート・アイラーの「ゴースト」を披露。かなり心にヒリつく境域にまで達する凄みある演奏、15年最後の最後で素敵なプレゼントとなりました。
Web: 纐纈雅代 / https://twitter.com/masayokoketsu

12/30 TOWN「居酒屋ごはん みつ」(横浜・白楽)
そして、予定通り纐纈さんを囲んでの忘年会に突入! ということで、「Bitches Brew」のすぐ向かいにある串焼き屋さん「みつ」へと移動。ここ初めてお邪魔したお店だけど、落ち着いてて料理も美味しくなかなか。普段、顔はお見かけするのですが、お話しすることはなかった他のファンの方々とも交流を深め和気あいあい。纐纈さん、来年も素敵なパフォーマンスをお願いします。
居酒屋ごはん みつ
横浜市神奈川区西神奈川3-152-21

寄稿家プロフィール
ふかさわ・めぐみ/CMクリエイター、アート映画ディストリビューター、舞台公演企画、雑誌へのコラム執筆、社会学講師等を経歴。その間、子供時代から続く劇場や美術館通いは止んだことが無い。著書『思想としての「無印良品」』千倉書房