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Y⇆T Notes ─ 横浜/東京カルチャーレポート

007:2015年8月
ふかさわ・めぐみ
Date: September 16, 2015

横浜在住の私が見聞きした(ときに食べ飲んだ※)、主なものをピックアップしてコメント。※飲食店に関しては、イベント前後に寄った会場近くのお気に入りの店を紹介しています。

8/1 CINEMA『雪の轍』@シネマ・ジャック&ベティ(横浜・若葉町)

第67回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した、トルコ・仏・独製作による作品。監督はヌリ・ビルゲ・ジェイラン、トルコ映画界の巨匠ながら同監督の作品は今回が本邦初の公開。カンヌ受賞時からその圧倒的な作品のことは伝え聞いていたけど、その3時間16分は聞きしに勝る濃密さ。揺さぶられ、射すくめられた。なぜ、これまでジェイラン作品が日本で公開されなかったのか、ちょっとびっくり!

 

ほぼ全編が対話劇、しかもその対話の中身というのが、絶対に日本では想像もつかない、むきだしの本音の投げつけあい。それは口喧嘩などというものですらない。互いに心の澱みを吐露しあうそれは、コブシなどよりも重い質量を伴って互いをえぐる。男と女、老いと若さ、愛と憎しみ、善と悪、太古から解決したためしのないすれ違いが言葉となって、観ている我々にも圧し掛かってくる。「地獄への道は善意でできている」という欧米の諺が、舞台となったカッパドキアの奇観、鬱屈した魂の象徴としての岩窟の中に響き渡るようだった。これを機に、ジェイラン監督の他の作品も日本で紹介されることを強く望む。

 

Web: 『雪の轍』公式サイト

 

映画『雪の轍』 | REALTOKYO

 

8/8 ART+STAGE『横浜美術館企画展鑑賞会と西馬音内盆踊りの夕べ』@横浜美術館(横浜・みなとみらい)

先月号で紹介した「横浜ダンス鑑賞部」からお知らせをいただいた企画。横浜美術館『蔡國強展:帰去来』(10月18日まで開催)の解説付き鑑賞と、秋田県西馬音内盆踊り(重要無形民俗文化財)の鑑賞・体験をセットにした納涼会に参加。

 

まず、横浜美術館の逢坂恵理子館長から、蔡國強展について、「今回蔡國強は、日本の風景や伝統美などに取材、岡倉天心や横山大観等にインスパイヤされ制作を行った」「初めて色付きの火薬を使用することになり、日本の花火師に協力を求めたところ、蔡國強の名は花火師たちにも知れ渡っていた」などなど、興味深いお話をいただき実際の作品鑑賞へ。火薬による爆発がもたらす破壊と再生、その生命感、ダイナミックさが、ひしと伝わる。

 

さらに、240枚の白い磁器製のパネルに、四季の草花や小さな生き物をレリーフで描いた「春夏秋冬」の繊細な美しさといったら……。また、99匹の狼が群れをなして空を飛んで疾走し、ガラスの壁に当たって落下する姿をオオカミの実物大のレプリカで表現した「壁撞き(かべつき)」には、躍動と哀感が綯い交ぜとなった不思議な感興を覚えた。

 

そして第二部、「日本三大盆踊り」のひとつ、秋田県西馬音内盆踊り(重要無形民俗文化財)の鑑賞と体験。幽玄で美しいと謳われ、いつか機会があれば現地に行ってみたいと思っていたが、なかなか叶わずにいた折、絶好の機会。もちろん、現地で観るのに敵うはずはないけど、映像でしか観たことがない者にとって、貴重な機会であることに代わりはない。

 

こちらもまず、美術館内の小ホールにて西馬音内盆踊り友の会の方々から、衣装や所作、お囃子などの説明を聞く。あでやかな端縫いや藍染めの衣装、顔を隠す笠にひこさ頭巾、それぞれに歴史や謂れがあり、亡者が連想されるなど、いやがうえにも幽玄への思いは盛り上がる。特に興味が引かれたのは、秋田音頭を基調とした軽妙な音頭に優雅でゆったりとした踊りをあわせ、「願化」という、ゆったりとした風情ある節に華やかでスピードある舞をあわせるところ。これって、すごくコンテンポラリー的なやり方だよね。そしてもちろん、踊りそのもの、そらせた指先や足さばきのえもいわれぬ美しさ、なまめかしさ。

 

ホールで解説と実演を鑑賞した後、美術館正面吹き抜けのグランドギャラリーに会場を移動。このグランドギャラリーには蔡國強の大作《夜桜》がどーんと構えている。その前でいよいよ西馬音内盆踊りの体験。基本のステップや手の動きを一通り教えられてから、踊り手さんたちを先導に輪になり踊る、といってもそこらの商店街の「ちょちょんのぱっ」的な簡単な盆踊りではない。一度さらったぐらいでどうにかなるものではない、足と手がこんがらがり冷や汗かきかき。でも、幽玄の輪に加わったという高揚感も湧いてきて、存分に楽しませてもらった。

 

そして最後にもう一度、今度は吹き抜けの大作《夜桜》の前で名手たちの演技を鑑賞。艶やかで神秘的、夢幻へと誘われた。

 

西馬音内盆踊り | REALTOKYO

 

8/8 TOWN「花葉根」(横浜・野毛)

横浜美術館を後にして、みなとみらい地区から根岸線を反対側に越え、野毛の飲み屋街へ。向かったのは「花葉根」。先ほどの納涼会ではビールが振舞われたので、今度はちょっと日本酒かな、だったらアソコだよな、などと心躍らせつつ……。

 

「本日のお薦め日本酒」を始め美味しいお酒が揃っているし、それに(日本酒以外にももちろん)合う、絶品料理のメニューが豊富。これまで何回かお邪魔して、いろいろ料理を頼んで外れた試しがない。

 

今宵は、広島の「旭鳳」という香り系のお酒と「サンマのゴマ焼き」をチョイス。お酒の芳しさとゴマの香ばしさ、サンマのほろ苦さが一体となって口から鼻へと至福が広がる。

 

無休で3時までというのもありがたい。いや、野毛から歩ける距離に住む私にとっては危ないか。腰を据えてつい飲みすぎてしまわぬよう気をつけねば。

 

花葉根

神奈川県横浜市中区宮川町2-54

 

「花葉根」料理 | REALTOKYO
「花葉根」外観 | REALTOKYO

 

8/12 ART『スサノヲの到来―いのち、いかり、いのり』@松濤美術館(東京・渋谷)

3月ごろ、DIC 川村記念美術館で開催されていて、行きたいけど遠いしどうしようと思い悩んでいた企画展が東京へ巡回、さっそく訪ねた。

 

「自然と人間の境界に生起する精神と芸術を、<スサノヲ>をキーワードに紐解いてゆく」という企画。古代の縄文土器や江戸時代は狩野時信の《素戔嗚神》から、赤木仁、恵藤求等の現代作品まで、スサノヲを直接テーマにしたものはもちろん、その精神や神話を感得させる作品など、網羅的に紹介。

 

<スサノヲ>って日本の神話に登場する神の中でも、一際人気があるとか。亡き母イザナミを慕って大泣きしたかと思えば、ヤマタノオロチを退治して娘を救ったりと、暴れん坊だけど情け深いというようなイメージと奔放さがその秘密だろうか。そういえば小さい頃、『わんぱく王子の大蛇退治』という東映アニメを観に連れて行ってもらった覚えがある。主人公の『わんぱく王子』とは、もちろん<スサノヲ>のこと。アニメにとっても、格好の題材ということだろう。

 

古くから日本画や彫刻のモデルとしても頻繁に描かれ、今回の展示ではその一端が紹介されていた。彼が体現する"破壊と再生"という象徴性は、アートにとっても重要な主題であり、単に物語や性格に人気があるということばかりではなく、普遍的なテーマの表象として採用されることが多いのだろう。

 

DIC 川村記念美術館に比べ狭い松涛美術館では、空間の制約から展示点数が削られているのはちょっと残念だったが、侘・寂・数奇とは違う日本人の基層に潜むもうひとつの心性、縄文やバサラに通じる荒ぶる感覚を垣間見るには十分だった。荒ぶる魂と繊細な美意識、この両義性を、日本人はいつの頃からか忘れてしまったような気がしてならない。

 

Web:『スサノヲの到来―いのち、いかり、いのり』

 

スサノヲの到来―いのち、いかり、いのり | REALTOKYO

 

8/15 ART『まるごと 佐野洋子展 ―「100万回生きたねこ」から「シズコさん」まで―』@神奈川近代文学館(横浜・山手)

これまでに何度も舞台化された『100万回生きたねこ』、今夏もイスラエルの演出家インバル・ピント&アブシャロム・ポラックの手でミュージカル化、成河と深田恭子の競演で評判を取った。その原作である人気絵本の作家、佐野洋子の特別展が開催された。

 

佐野洋子(1938~2010)は、絵本作家にしてエッセイスト。佐野洋子の名は知らなくても、『100万回生きたねこ』を知らない人はいないよね。その他にも『おじさんのかさ』『だってだってのおばあさん』『空とぶライオン』など、大人から子供まで読み継がれる名作をいくつも著した。またエッセイの分野でも、『ラブ・イズ・ザ・ベスト』『神も仏もありませぬ』『私はそうは思わない』など、独特な視点とシニカルで自由闊達なスタイルで多くの読者を獲得。

 

私も絵本はもちろん、エッセイにも魅了され、特に『恋愛論序説』なんて皆に薦めて回ってしまった。初恋から大人になるまで、手探りで不器用に辿った恋愛のひとつひとつのお話が、もう切なくてキュートで……。

 

今回の展覧会は、「没後5年を機に、佐野洋子の多彩な活動を絵本とエッセイを軸に紹介するもの」(神奈川近代文学館)。2部に分かれてそれぞれ絵本とエッセイにフォーカス。原画や自筆原稿、愛用の画材など貴重な資料展示から、作品に込められたメッセージや人生の軌跡をたどる。あらためて、彼女の多才さ、人や世間に向けた鋭い眼差しや切り口に感服。それにしても、亡くなってからもう5年も経ってしまったんだ……。

 

Web:『まるごと 佐野洋子展 ―「100万回生きたねこ」から「シズコさん」まで―』

 

『まるごと 佐野洋子展 ―「100万回生きたねこ」から「シズコさん」まで―』 | REALTOKYO

 

8/15 CINEMA『共犯』@シネマ・ジャック&ベティ(横浜・若葉町)

ホウ・シャオシェンの『恋恋風塵』(87)、エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』(91)、イー・ツーイェンの『藍色夏恋』(02)、そしてギデンズ・コーの『あの頃、君を追いかけた』(11)と、青春の光と影を描いた傑作を送り続けてきた台湾映画。その系譜に連なる新たな作品。

 

監督はチャン・ロンジー。本作は、長編監督デビュー作『光にふれる』(12)で台湾金馬奨新人監督賞を受賞した同監督による第2作。高校生たちの孤独や絶望、愛や希望といった、いつの世にも変わらぬ苦悩を、SNSやネットなど現代的な素材を用いながら、サスペンスフルな学園ミステリーの手法を借りて観客たちを引きずり込む。

 

少女の不自然な死をきっかけに、3人の少年が出会う。同じ学校に通っているにもかかわらず、これまで交流のなかった3人。1人は名うての不良、1人はオタク、そしてガリ勉君と、それぞれがそれぞれの孤独を抱え、接点は持ちようがなかったから。少女の死の真相を探り始めた3人は、少女へのイジメやそのイジメの首謀者を突き止めるうちに、友情のようなものを抱き始める。しかし、所詮は「死」や「イジメ」といった"負"や"欠如"を核に結びついた脆い絆であって(ここにも、閉鎖系の承認関係が認められる)、ほころびを何とかつなぎとめようと1人が取った策がもたらしたものは……、そして外在的であった「死」が内在化したときに訪れるものは……。

 

瑞々しくも切なく、危うくも美しい、見事に現代のティーンの心の揺れを描いている。映像の透明感がいい。台湾の町並みや高校生活が、日本とよく似ているためもあってか、切実感を伴い迫ってくる。台湾青春映画にまたひとつ傑作が加わったといってもいい。

 

Web:『共犯』公式サイト

 

映画『共犯』 | REALTOKYO

 

8/15 ART『浮世絵師・歌川国芳展』@そごう美術館(横浜駅)

辻惟雄の『奇想の系譜』以来、奇想の絵師として伊藤若冲とともに一躍人気の国芳。いま各地で巡回中の展覧会が横浜そごうで開かれていたので行ってきました。土曜日に行ったせいもあるのだけど、いやぁもうすごい混雑、人気の高さが伺われる。人を掻き分け、人の頭越しに観るようだったけど、迫力は十分味わえた。

 

国芳というと、「みかけハこハゐがとんだいい人だ」のシリーズの様に、人の身体を集めて人の顔にするなど、アルチンボルドに比せられる作品が有名だけど、それ以外にも武者絵や役者絵、美人画とどれも彼特有の誇張やユーモア、機知に富み、200点に及ぶ展示作品も飽きることなく鑑賞。混雑するのも仕方ないか。

 

Web:『浮世絵師・歌川国芳展』

 

浮世絵師・歌川国芳展 | REALTOKYO

 

8/21 ART:小林健二『土星夜』@墨瓦臘尼加 (Magallanica)(東京・小石川)

案内には茗荷谷駅近くの墨瓦臘尼加(Magallanica)という聞きなれないギャラリーが示してある。地図を辿って探し当てるとそこは、青いペンキに塗りたくられた扉が閉ざされた不可思議な場所。小さな倉庫か物置か、恐る恐る入ればボーッと壁に並んだ展示物、見れば紛れもなく小林健二の作品。ここでよかったんだとまずは安心。きっとこういうところから、彼なりの心憎い演出なんだろう。聞けば常設のギャラリーなどではなく、今回限りとのこと。やはり倉庫か何かだったところを借り受けての展示らしい。まるで秘密基地か隠れ家か、小林健二に導かれ子供時代の夢へとかどわかされたかのようだ。

 

今回はおなじみの樹脂を成形したオブジェのほかに、自作のレンズによる写真があった。淡い照明に浮かびあがった写真は、あまいフォーカスの中に色がにじみ、天空か深海の底か、ニルバーナ的な匂いを放っている。夢とわかりながらも抜け出せない夢のような、ちょっと怖くも懐かしい既視感的時間に遊ばせてもらった。

 

Web: 小林健二『土星夜』

 

墨瓦臘尼加 (Magallanica)外観 | REALTOKYO
小林健二『土星夜』 | REALTOKYO

 

8/22 ART『画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル』@三菱一号館美術館(東京・丸の内)

美術館が開館する数年前、三菱一号館復元が始まった頃、開館の準備に当たる担当の若い学芸員を紹介されたことがある。知人等を交えて軽く飲みながらの席で私は、その学芸員の方に、「せっかく三菱一号館を復元して美術館にするのであれば、杮落としの企画展は、ぜひジョサイア・コンドルと河鍋暁斎をやってほしい」と進言した。「さすがよくご存知ですね」などと相手は世辞を言っていたが、結局蓋を開けてみたら、開館記念展は『マネとモダン・パリ』展であった。初回から外すわけにもいかないだろうし、客の動員数が読める人気どころを選択したのだろう。その後も西洋近代美術を中心に開催、浮世絵展なども行われたが、暁斎にスポットが当たることはなかった。

 

それが今回、開館以来6年目にしてようやく「暁斎と弟子コンドル」をテーマにした展覧会が開かれた。河鍋暁斎は、幕末から明治期に活躍、「画鬼」と称され絶大な人気を博した絵師。一方のジョサイア・コンドルは、明治政府に招かれ日本に近代建築を伝えた英国人建築家。かの鹿鳴館の設計者である。彼は日本美術の愛好家としても有名で、暁斎に弟子入り、日本画を学ぶと同時に暁斎を世界に紹介した。そして、「三菱一号館」は、そのコンドルが設計した、三菱最初の洋風事務所建築。つまり、暁斎、コンドル、一号館は、深い結びつきがあるというわけ。

 

もちろん、件の学芸員氏もそんなことは私以上に百も承知だったに違いない。けだし、若い担当者が1人で企画できるわけでもないだろうし、大人の事情とかいろいろあっただろうことは想像に難くない。それでも、ようやく開催の運びとなったことは喜ばしい。

 

それも国芳同様、辻惟雄の『奇想の系譜』や若冲ブームのせいだろうか、印象派一辺倒だった日本の鑑賞客も日本画、それも写楽だ北斎だといったかねてからのビッグネームではない、芦雪や蕭白、国芳や若冲といった"異端"と言われていた絵師たちにも注目するようになった。おかげで暁斎までも、立派に企画を張れるようになった。

 

本展では、巨大な化け猫や武者絵、観音図などバラエティに富んだ暁斎の作品が数多く展示されており、全貌とまでは行かなくても俯瞰するには見ごたえ十分。貴重な下絵なども展示されていて、大胆な構図や力強い画筆からは創造できないほど、緻密にデッサンを繰り返していることに驚かされた。

 

ちなみに、暁斎は狩野派に入門する以前、最初に国芳に弟子入りしている、まさしく奇想の系譜の継承者。また、ジョサイア・コンドルは親しく接した師・暁斎の姿と、文明開化の中で廃絶した日本画の技法を克明に記しており、「岩波文庫『河鍋暁斎』ジョサイア コンドル著」として出版されている。興味のある方は、ぜひご一読を。

 

Web:『画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル』

 

画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル | REALTOKYO

 

8/28 STAGE:チェルフィッチュ『女優の魂』@新宿ゴールデン街劇場(東京・新宿)

2012年の初演で大評判を取った作品の再演。というか、初演以来ずぅーっと各地をツアーして回っているロングランの大人気舞台。岡田利規の小説を、一字一句変えずに舞台化したひとり芝居で、希代の女優・佐々木幸子のたくましくもしなやかな演技がその人気の理由らしい。

 

理不尽なことで命を落とした小劇場系の女優の霊が、演劇や世の中の種種を語る。その女優霊を佐々木幸子が務めているのだが、その語り口、せりふ回し、所作すべてが彼女の個人技のなせる業。演技論を語る場面では、まるでTEDでの上質なプレゼンテーションに魅了されるかのよう、強力な磁力でもって引きずり込まれる。そう、彼女は客席はもちろん小屋全体を、ぐいぐいと彼女特有の磁場に仕立てていく。飄々と滑稽でいて、しかしいつの間にか空間は心地よい緊張感に包まれ、観客は皆、佐々木幸子と同じ空間に在ることの幸せに満たされていた。

 

チェルフィッチュ『女優の魂』 | REALTOKYO
2012年8月 横浜STスポット 撮影: 前澤秀登

 

8/29 STAGE『SePT独舞vol.22 黒沢美香ソロ公演』@シアター・トラム(東京・三軒茶屋)

これほど多彩なミニマルがあるだろうか。彼女は、自身のポストモダンダンスがミニマルとの出会いから開花したと言っている。しかし、その強度や豊穣さは、ミニマルと一言で片付けられるものではない。

 

今回は、黒沢の30年前のソロデビュー作『Wave』、オーディションダンサーによる国民的体操曲の第二をモチーフにした『6:30 AM』、そして新作『この島でうまれたひと』で構成されている。確かに、いくつかの特徴的なムーブメントのパターンを組合せ、繰り返されるそれは、不必要な装飾や過剰さが慎重に削ぎ落とされ、ミニマルというカテゴリーにくくられるのかもしれない。

 

けれども、ミニマルアートにつき物の単調さや、あるいはミニマル音楽のように繰り返しが最後には高揚感をもたらすような、通常イメージされるようなものとは明らかに隔絶している。繰り返されるパターンはその度ごとに表情を変え、新たな価値を刻々と積み重ねてゆく。同じコトをしているのに、繰り返しに見えない。多面的で豊かで力強く、魔女にも弥勒にも変化する。

 

開演前に劇場の担当者Mさんに初日の様子を伺ったところ、「客席の緊張感が凄いですよ」とのこと。そのコメントの通り、小柄な黒沢が登場し、その体からは信じられないほど大きな動きが繰り出されると、確固たる存在が舞台の核を占め、その質量の波状に飲み込まれた客席には、本当にただならぬ緊張感がみなぎっていた。

 

Web: 『SePT独舞vol.22 黒沢美香ソロ公演』

 

SePT独舞vol.22 黒沢美香ソロ公演 | REALTOKYO

寄稿家プロフィール

ふかさわ・めぐみ/CMクリエイター、アート映画ディストリビューター、舞台公演企画、雑誌へのコラム執筆、社会学講師等を経歴。その間、子供時代から続く劇場や美術館通いは止んだことが無い。著書『思想としての「無印良品」』千倉書房