
横浜在住の私が見聞きした(ときに食べ飲んだ※)、主なものをピックアップしてコメント。※飲食店に関しては、イベント前後に寄った会場近くのお気に入りの店を紹介しています。
7/4 STAGE『ダンスクロス Dance Cross』@横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール(横浜・新港)
出演:ダミアン・ジャレ、クォン・リョンウン
先日、横浜市芸術文化振興財団が主催している赤レンガ倉庫ダンス・ワーキング・プログラムのひとつ、「ダンス鑑賞部」に入部した。といっても、大変な部活動が待っているわけではなく、ダンス・舞踊好き(観る人も演る人も)が、おしゃべりしたり、観に行ったり、交流を楽しもうという集い。で、その部活動として、この「ダンスクロス」を鑑賞した。
まずは、横浜ダンスコレクションEX2014で入賞した韓国の期待の若手クォン・リョンウンの作品。照明の落ちた舞台から徐々に明るくなるにつれ、裸でたたずんでいる女性(クォン・リョンウン)が顕になる。身に着けているのはショーツ、手には細い杖のような木の棒だけ。床にはズボンや上着など洋服が散らばっている。鳥のさえずりや自然音の中、緩慢な動きで舞台上を移動したりたたずんだり。やがて、散らばった洋服を不器用に身に着けていくと、音響もシンセなどの人工音がかぶさってきて…。その意味を慮ったり、説明したりしてしまうと、実に陳腐で面白くなくなってしまうだろう。余計な意味など持ち込ませない、もっと「在る」ことそのことに意識を向けたらはるかに良いものになっていたのではと思う……。
それに対し、鹿の角らしきものを頭部に頂いたダミアン・ジャレは、意味以前の「生命」そのものを体現して見せてくれた。跳躍や後ろ足で地面を激しく掻くしぐさ、それらは、「生命」とは足掻くことにほかならないと言わんばかり。この舞台の実物を見るのに先立って、「ダンス鑑賞部」の部室でビデオを見せてもらったのだが、その時はもっと儀式的な形の印象を持ったものだが、生で観ると、にじみ出る身体性が伝わり圧倒された。それは、ニジンスキーの"牧神"のあのエロスにも通じるし、神の使いとしての鹿の神秘性や無垢さにも通じるという、両義性を孕みながらの綱渡り的なパフォーマンスでもあった。鹿に扮した踊りといえば、日本では岩手や宮城、福島など東北地方に伝わる鹿踊(ししおどり)が有名だし、東南アジア、ネイティブアメリカンなど世界に広く分布している。本来、踊ることは神との交感を求める宗教の原点であったわけで、神の使い視される鹿と踊りは結びつきやすい関係にあったのだろう。そうした、人間の文明以前からほとばしる生命の潮流へと連なろうとするダミアン・ジャレのダンスは、静かで熱い印象を残してくれた。

7/5 CINEMA『フェデリコという不思議な存在』@ヒューマントラストシネマ有楽町(東京・有楽町)
長年の僚友、エットーレ・スコラが、フェリーニに捧げたオマージュ。かの魔術的映像の断片の再現が次々と登場し、あれは『アマルコルド』だ、これは『道』だ、と記憶の中の映写機が忙しく回りだすのが楽しい!
風刺雑誌の編集部に、風刺漫画を持ち込んで採用される若き日のフェリーニ。検閲に来たファシスト相手にやり過ごす編集部員たちとか、随所にイタリアらしいとぼけた味があふれているのも楽しい! そしてその編集部の後輩として入ってきたエットーレ・スコラとの長きに渡る交流。
チネチッタでの葬儀の模様(実写)、そしてフェリーニ作品の名シーンがまるで手品の箱から飛び出すように次々と映し出されるラストまで、フェリーニの魔法の種明かしもちょっぴり垣間見せながら、愛にあふれた作品。フェリーニ・ファンで良かった。
Web: 特集上映「Viva イタリア vol.2」『フェデリコという不思議な存在』

7/7 CINEMA『あん』@ユーロスペース(東京・渋谷)
また楽しみな女優さんを見つけてしまった。内田伽羅。まっすぐでいて気負わず素直な感じがかっこいい。実のお祖母さまである大女優・樹木希林との実質的な本格初競演にも臆することなく、14歳だというのに、その立ち位置に重みさえ感じる。永瀬正敏に対峙しても、まるで母親のような包容力でもって応える。怖いぐらいに先が楽しみ。
そして、永瀬正敏がいい感じに老けているのが好感だし、さらに、樹木希林と市原悦子の2人はともに役者人生50年のキャリアながら、なんと同作が初共演という、何とも美味しいところの詰まった本作(まさに、よりをかけた「あん」の詰まったドラ焼きさながら)。
人の尊厳や人生の苦難といった辛さ苦さが、本作のキーであるドラ焼きの「あん」と対比になって、人生の味の機微を描き出す(最後のほうで、ドラ焼き屋の永瀬は、甘さを引き立てるために、「塩ドラ焼き」作りに挑戦するのは、その象徴だろうか)。

7/8 STAGE:『cocoon』憧れも、 初戀も、爆撃も、死も。@東京芸術劇場シアターイースト(東京・池袋)
不覚にも13年の初演を見逃し、その好評判を聞くにつけ悔しい思いをしていたのが、再演があると聞き、満を持してチケット発売を待つもうっかり取りそこね、落胆しきりだったところ追加販売ありの朗報を得て、やっとの思いで手にしたチケット。期待はいやでも高まりつつ、ちょっと早すぎるぐらいに劇場に到着。いそいそと受付へ向かうと何やら不穏な人だかり。何事かと思ったら、「出演者一人の体調不良により、本日7月8日(水)19時の公演を中止とさせていただきます」とのこと……、えっ、えっえー! 中止!!! どうすんの?? どうしたらいいの???
担当の方曰く、「中止公演のチケット払い戻し方法、振替公演を含めた本日7月9日以降の公演の実施の可否について、明日、HPにてお知らせいたしますので、ご容赦ください」……
しばし、あきらめがつかず呆然とするも、まぁここで待ってたって仕方ない。ポール・マッカートニーだって体調不良で中止になっちゃったことあるじゃないか、などと関係あるような無いようなこと考えて自分をなだめつつ、振替公演だって在るかもしれないし、と少し気を取り直し、じゃまぁ飯でも食うかと向かったのは……
7/8 TOWN「中国家庭料理 楊2号店」(東京・西池袋)
程近くの「楊」。東京芸術劇場近辺に来た折には、高い頻度で訪れていたお店。なんだけど、数年前に、TV版『孤独のグルメ』に登場! 松重豊演じる五郎さんが、ここの汁なし坦々麺に唸って以来、行列必至、容易に入れない超人気店になってしまった。まぁ、もともと狭い路地のトッツキにある分かりづらい場所のくせして、結構な繁盛店だったから、味は間違いない上に(もちろん庶民価格)、TVで紹介されたものだから、当然と言えば当然。
ちょっとはほとぼりが冷めただろうかと試しに覘いてみたら、時間が早かったせいもあるのか、混んではいたけど席には着けた。汁なし坦々麺ももちろん美味しいが、他にも前菜、点心、主菜とどれも外れが無い。今回は、水餃子にピリ辛豚モツ炒め、凉拌菜などを注文し、久しぶりに(たぶん3年ぶり?)堪能。ご馳走様でした。
中国家庭料理 楊2号店
東京都豊島区西池袋3-25-5

7/11 CINEMA『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』@横浜シネマリン(横浜・伊勢佐木町)
これは、"Rock"だよ! エンディングに流れる椎名林檎が、とてもマッチしてかっこよかったのもそうだが(それにしても、邦画のタイトル曲って、どうしてああも取ってつけたような、タイアップ丸出しが多いのだろう)、そればかりじゃない。葛飾北斎の娘お栄の男前の気風、雑踏の江戸に暮らすそれぞれの孤独、破天荒さ、ストーリー展開すべてが"Rock"してる。
絵に色気が無いと言われたお栄が、男性経験を得ようと向かった先は陰間茶屋(=男娼宿)! こんなところも、"Rock"たる所以。普段は負けず嫌いで男勝りのお栄が、眼の見えない妹だけに見せる優しさ。その強弱、剛柔も、物語にリズム感を生んで気持ちいい! エンディングタイトルだけではなく、全編にBGMのギターがビートを刻んでいるのだが、イナセな江戸にこれほど似合うとは。
専門の声優ではなく、杏や松重豊、高良健吾などを配しているのも、粋な計らいだね……。

7/12 STAGE『cocoon』憧れも、 初戀も、爆撃も、死も。@東京芸術劇場シアターイースト(東京・池袋)
そうです、振替公演決行となりました。本来、この日のマチネで最終回だったのだが、先日の中止の振替分としてソワレが1回追加、取るものも取り敢えず、駆けつけた次第。場内に入ると舞台をコの字型に囲むように客席が設えられ、私の席は舞台に向かって左側の一番前。いつもは、舞台を俯瞰するように後ろの席で観たい派なのだけど、ここしか取れなかったので仕方ない。ロビーには、今日マチ子の原画などが展示されていたり、期待は盛り上がり、何はともあれ始まりを今かと待つ。
だって、2013年に初演された際には、あの蜷川幸雄に“打ちのめされた ” “ライバルだ”と言わしめるなど演劇界に衝撃を与え、その圧倒的な強度で各方面より21世紀最高の舞台とも激賞を受けた作品だもの。はっきり言って、他の作品を観た限りではマームとジプシーって、これまであまりピンと来なかったんだけど、これだけは観たかった念願の舞台。原田郁子が音楽を担当してるってのも、クラムボンファンとしては、見逃せない(初演は見逃しちゃったけど……)。
客電が落ちる前から、舞台上には白い女学生姿の役者さんが三々五々登場し、行進や体操のようなパフォーマンスから開演となり、沖縄戦末期の女学生である主人公に扮した青柳いづみが進み出て、あの独特で単調な台詞まわしによる独白が始まる……そして……
結論から言うと、やっぱりピンと来なかったのが正直な感想。後から、初演を観た人に聞いたところ、前回はもっとシンプルに仕立てられていたらしい。今回は大幅に改訂が加えられていて(まったく別物と言う人も)、より複雑な構成になってしまっていたようだ。初演時に喧伝されていたカタルシスや落涙も訪れることは無く、ただ苦行のような圧迫感だけが後味として残された。もしかしたら、沖縄戦の女学生の悲惨さを単なる涙で終わらせないための、客にも共有させるための演出の狙いだったのかもしれないが……。
ダンス作品かと思わせるほど、随所に激しいパフォーマンスが繰り返され(役者たちが汗まみれになり、舞台に撒かれた砂に汚れる姿が、落ち延び行く壮絶さを思わせる)、男優にリフトされ宙に舞う姿などは、原作の浮遊感を上手く舞台化していたように思う。しかし、そのほかの演出では、マームとジプシーの悪い部分が目立っていた。評判を取った作品だけに、再演に際し、肩に力が入りすぎてしまったのか……。

7/17 STAGE:柴崎正道プロジェクト演劇公演『カルテット』@blackA(東京・両国)
フランス社交界における背徳の愛の遊戯を爛熟の筆で活写したラクロの問題小説『危険な関係』を、東独を代表する現代演劇作家ハイナー・ミューラーが1981年に翻案した問題作。名うての女たらしの子爵と彼を取り巻く夫人や処女の3人の女性がからむこの作品に、柴崎正道が1人4役で挑むという。ここ数年、リオフェスティバル(岸田理生を偲ぶ催し)で問題作を発表し続けている柴崎だけど、今回はさらに難度の高い試みだ。
恋愛遊戯に興じつつ運命に翻弄される4人の登場人物、その関係性が一筋縄では行かない。遊びと本気が入り混じり、男と女が入れ替わり、元愛人が嫉妬ゆえに己が姪をけしかけたり……、さらにハイナー・ミューラーの戯曲は、彼特有の観念的な台詞がいっぱい。
これを、1人で演じるというのは柴崎といえども無謀にすら思えるのだが、扇や花、立ち位置などを巧妙に使い分け、しっかり演じきっていた。ただ、初日に観たせいもあってか、台詞回しにやや危ういところがあったりしたのが、ちょっと残念。もっと熟度が上がってから、もう一度観てみたい。
それと、両国のとあるアートカフェで行われたのだけど、内容と空間がミスマッチだったのでは。あまりに間近で滔々と観念的台詞を語られると、引けてしまって移入しづらい。もう少し広い場所で、距離を置いて観たい気がした。

7/17 TOWN「餃子会館 磐梯山」(東京・両国)
久しぶりの両国、観劇後に目指したのは、昭和39年に創業した老舗餃子屋さん「餃子会館 磐梯山」。開店以来おんなじ味、つまり昔ながらの餃子が味わえる。皮はもっちり、餡も肉と野菜のバランス良し、こういう何の変哲も無いシンプルな餃子は飽きがこない。2人前をペロリと平らげてしまいました。
餃子会館 磐梯山
東京都墨田区両国3-24-2

7/19 CINEMA『トイレのピエタ』@横浜ニューテアトル(横浜・伊勢佐木町)


ここ横浜ニューテアトルは、横浜でももうほとんどなくなってしまった、昭和の匂いプンプンの映画館。映写機の音がジャーっと、上映中に後ろから響いてくる。バタンと前に倒す赤い座席。スクリーンのカーテンなどなど、永久保存したいぐらい。
さて、「ピエタ像」は実はこれまでも、映画のひとつの重要なマテリアルとなってきた。例えば、スタンリー・カヴェルの『目に映る世界』には、映画『スミス都へ行く』について述べながら「上院の議場で、ジーン・アーサーは打ちひしがれ拒絶された格好のスミス氏の脇でひざまずき、彼の頭を誕生でもあれば死でもあるような嘆きの聖母像(ピエタ)の両義的なポーズで支える」とあるように。
しかし、それはあくまで隠された演出効果として使われてきたのだが、『トイレのピエタ』では、直接的なモチーフとして顕になっている。子供の病室に飾られたピエタ像とそれをめぐる会話、そしてクライマックスで描かれる女子高生の聖母。しかしそれが少しも嫌味ではない。ミュージシャンであり俳優としては新人の野田洋次郎の抑制された演技と相まって、むしろピエタの両義性、死と再生への思いが胸を打つ。
7/19 MUSIC『宮古島を唄う 與那城美和ライブ〜南国の唄と情け〜』@lipo(東京・渋谷)
「沖縄よりも神に近い沖縄県宮古諸島。ここには、沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。それは、厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ」と「神歌」だ」(『スケッチ・オブ・ミャーク』公式サイトより)
数年前、久保田麻琴監修のドキュメンタリー『スケッチ・オブ・ミャーク』を観た。音階などは沖縄民謡に似ているのだが、沖縄民謡がポピュラーになりポップスとしても親しまれるようになったのと違い、宮古の「唄」は鄙びた素朴な昔のままの形で心に染み入る。数世紀にわたり口承で伝えられてきた「唄」には、神や自然や集落の暮らしが今も生きている。


そんな、宮古の古謡を集め研鑽に努めるのが、「唄者」にして名三線奏者の與那城美和さんだ。普段、沖縄でもなかなか宮古の音楽に接する機会は無いという、貴重なライブが渋谷で実現した。彼女の初のCDとなる『宮古島を唄う~かなすあーぐ』収録曲を中心に、とっても和やかな雰囲気で楽しませてもらった。というのも、唄もさることながら美和さんの「気さくなおばちゃん」な人柄が、場をとっても柔らかくしてくれて、お客さんもリラックス。けれど、ひとたび三線の音色が奏でられ、歌声が響くと場は変貌。艶のある、凛としていて優しい、そんな美和さんの声と巧みな三線の音に包まれて、神の島に誘われたような豊饒の時に満たされた。
Web: 『宮古島を唄う 與那城美和ライブ〜南国の唄と情け〜』
7/24 STAGE『Dance in Asia 2015』@STスポット(横浜・北幸)
ニブロールの矢内原美邦は、今やその活動拠点を世界へと広げ、特にアジア各国を飛び回っている。この日、会場で会ったときも、越後妻有アートトリエンナーレが終わったら、またシンガポールを始め東南アジアへと行ってしまうという。そんな彼女が、アジアでの活動の中で出会った才能を発掘。台北、香港、ソウル、シドニーから振付家、ダンサーを招き、off-Nibrollと公募枠でセレクトされたこれからを担う若手の振付家たちとともに、『ダンス・イン・アジア2015』を開催した。
はっきり言って、新人・若手ということもあり、発展途上の感は否めない。だから余計、off-Nibrollの作品の完成度ばかりが際立ってしまった。けれど何だろう、熱いものだけは伝わってきた。途上だからこそ、何かを生み出したいという熱気や強い意志、停滞する日本や欧米のコンテンポラリーダンス界で倦み忘れてしまった、ダンスへの原点といったものだろうか。きっといつかここから新たな震源地が生まれる、そんな予感がする。
Web:『Dance in Asia 2015』(STスポット)
Web:『Dance in Asia 2015』(Nibroll)

7/24 TOWN「珍来」(横浜・鶴屋町)
この7月は、餃子の月というわけでもないのだけど、横浜でもぜひお気に入りの餃子どころを紹介しておきたい。STスポットから歩いて数分、ここも結構古くからあるお店。かつては、「鶴屋橋(現在架け替え工事中)を渡ってはいけない」と言われていた。橋の向こうは、18禁のお店やらサービスやらがひしめく場所だったから。でも今は、名残のラブホやソープは数件あるも、すっかり飲食店街へと様変わり。時代の波に追われて、ピンク映画館やグランドキャバレーの最後の灯も消えてしまったのは残念だけど……。
その鶴屋橋を渡ってすぐのところにあるのが「珍来」。色町から繁華街へと町の趨勢を、じっと見守ってきたかのように佇んでいる。横浜というと中華街の本格中華を思い浮かべがちだが、こうした庶民中華の名店? も少なくない。ここも人気店だけあっていつ行っても満員。この日も、詰めていただいて何とかカウンターに席を確保、さっそく餃子とネギ焼き、ビールを頼み堪能。ここの餃子は「磐梯山」と違ってパンチのある系。しめはラーメンにしようかな、ヤキソバにしようかな、ムフフっ。
珍来
神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町2-16-3

7/25 CINEMA『海街diary』@ムービル(横浜・南幸)
これは映像化しにくい作品ではなかったか。壮大なセットや莫大な予算を必要とする超大作というわけでもなく、入り組んだ構成というわけでもない。海辺の街を舞台とした、ささやかな家族の物語なのだけど。
吉田秋生の原作漫画『海街diary』をコミックス発売開始と同時に読み始めた私は、すぐに虜となり皆に勧めて回ったりした。その際、ストーリーの面白さと同時に言い添えたのは、「コマわりが凄いんだよ。このまま絵コンテとして、すぐに映画が撮れるよ!」ということ。かつて、自分でもCF関係の絵コンテを描く仕事をしていたため、漫画『海街diary』の、人物の横顔アップの切り返しや、例えば茶の間を鳥瞰から眺め降ろしたシーンに、まるで映画だ! とびっくりしたもの。
だからこそ、かえって実際の映像化には苦労したのではないだろうか。そのまま撮ったのでは芸がないし、かといって下手な細工をすれば世界観が壊れてしまう。でも、そこのところは手練れの是枝監督、原作の世界観を壊すことなく、随所に是枝節を挿し込んで、素直な作品に仕立て上げた。
難を言えば、男性陣のキャスティングへの違和感と、数巻続く物語を2時間に収めるため端折りすぎていること。原作は、細部の何気ない日常の風情にこそ魅力があるので、もう少し大切にしてほしかった。
あと、広瀬すずの眼力って凄過ぎ、あの圧力にちょっと疲れた(^^;)。

寄稿家プロフィール
ふかさわ・めぐみ/CMクリエイター、アート映画ディストリビューター、舞台公演企画、雑誌へのコラム執筆、社会学講師等を経歴。その間、子供時代から続く劇場や美術館通いは止んだことが無い。著書『思想としての「無印良品」』千倉書房