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Y⇆T Notes ─ 横浜/東京カルチャーレポート

003:2015年4月
ふかさわ・めぐみ
Date: May 11, 2015

横浜在住の私が見聞きした(ときに食べ飲んだ※)、主なものをピックアップしてコメント。※飲食店に関しては、イベント前後に寄った会場近くのお気に入りの店を紹介しています。

3/21 ART:松尾宇人 インスタレーションの展覧会「炭鉱のカナリア」
小崎哲哉×松尾宇人ギャラリートーク@MAKII MASARU FINE ARTS(東京・浅草橋)

カート・ヴォネガットは、芸術家や詩人を「炭鉱のカナリア」に例えたという。かつて鉱夫は炭鉱に入る際、カナリアの入った鳥かごを先頭に坑道を進んだのだが、なぜならカナリアは空気の変化に敏感な生き物で、鉱内の空気にほんの少し有毒なガスが含まれているだけで、たやすく死んでしまうから。つまり、鉱夫たちを有毒ガスの危険から守るための探知機代わりだったわけだ。1995年、オウム真理教が引き起こしたサリン事件の強制捜査でも、上九一色村の教団施設に捜索に入る機動隊が、実際にカナリアのかごを下げていた。そうしたカナリアになぞらえてヴォネガットは、感受性に優れた芸術家は、世の中の「不穏な空気」をいち早く察知し、警鐘を鳴らし危険を知らせる役目を担うべきと考えた。

いま現在、一段ときな臭さを増す状況にあって、その“カナリア”をテーマにした松尾宇人の作品展が開かれ、われらがREALTOKYO編集長・小崎哲哉を交えてのギャラリートークが行われた。『百年の愚行』を糸口に、ヴォネガットやオウム、さらにアーティストはいかに社会問題にコミットするべきか否かなどなど、オーディエンスも巻き込みながら興味深いトークが交わされた。話題は尽きず、時間内にとても収まりそうもなく、「では時間も時間だから、一献交えながら続きを」ということで、場所を改めることに……。

 

Web: MAKII MASARU FINE ARTS

 

小崎哲哉×松尾宇人ギャラリートーク | REALTOKYO

 

3/21 TOWN:「東僑飯店」(東京・浅草橋)

ということで、オーディエンスとして参加した批評家やアートライター、私の友人たちなども連れ立って、浅草橋駅周辺を探索。穴場やら隠れた名店やら、いい店があちらこちらに隠れて佇んでいそうな雰囲気が満ち満ちてるこの界隈、例えば少し前に知って以来贔屓にしている駅前の居酒屋「げんさん」なんか、夜ももちろんいいがランチ時、丼からはみ出たアナゴ天&海老天の乗る丼が680円! もちろん味だって悪くない。そんな店が事実多いのだが、ところがこの日は祝日とあってほとんどが休み。かのもつ焼きの名店の誉れ高い「西口やきとん」も定休日。しばらく駅周辺をさ迷い歩いて、たまに開いてる店があっても満席。なにせトーク終わりの流れだけにけっこうな人数のご一行で、入れる店はそうそう無い。で、あそこならとやってきたのがここ「東僑飯店」、ちょっと席など並び替えてもらったら、全員(たしか8人だった)すんなりおさまった。で、こう書くと消去法でしかたなく入ったみたいだけど、ここもそれなりに知られたお店。だって偶然店内で、パラボリカのK氏とばったり。アート関係の人間が通う店に悪いところがあるはずがない(ホントか?(^^;) メニューを見るとどうやら台湾小皿料理系らしい。定番の腸詰やら青菜炒め、小籠包などなど豊富なメニューのどれも美味しそう。しかも安い。あれこれ頼んで大いに飲み食い。先ほどのトークの続きも、アートと社会問題から、美やサブライムといった話題まで大いに弾みました。

 

東僑飯店 | REALTOKYO

東僑飯店
東京都台東区浅草橋1-20-7 朝騰ビル1F

 

 

4/4 ART:『幻想絶佳:アール・デコと古典主義』@東京都庭園美術館(東京・白金)

昨年11月に3年間の工事期間を経てリニューアルオープンした庭園美術館。新設されたモダンなホワイトキューブの新館展示室棟もまばゆく、歴史的建築の本館と絶妙なバランスを見せている。思えば、アンリ・ラパンに内装設計を依頼するなど、1933年の竣工当時全盛だったアール・デコ様式をふんだんに取入れた旧朝香宮邸=本館も、モダンの最先端だったわけで、新旧のモダンの粋が並び立って似合わないはずはない。今回の展示は、この場にこそ相応しい光彩を放つ企画。ゆかりのアンリ・ラパンをはじめ、ルネ・ラリックやアンドレ・ドランなど、華麗な作品が出品されていたのだが、これほど美術館自体に溶け込む展示もなかなか無いのではないか。どの作品も、もとから内部装飾として設えられた調度品と見紛うばかり。どちらが展示品でどちらが本来のインテリアか。現に、天井から下がるルネ・ラリックのシャンデリアは、今回の展示品ではなく、1933年当時から朝香宮邸の調度として使われてきたものだとか。家具、磁器、銀器、ガラス、ドレス、絵画、彫刻などなど、あたかもアール・デコの時代に迷い込んだかの、“幻想絶佳”への逍遙を楽しませてもらった。

 

Web: 幻想絶佳:アール・デコと古典主義

 

幻想絶佳:アール・デコと古典主義 | REALTOKYO

 

4/5 ART:『ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美』@Bunkamuraザ・ミュージアム(東京・渋谷)

ボッティチェリの絵画を観てるといつも、描かれた人物のふくよかさに思わずプニプニしたくなってしまう。聖母子像の幼子の、あの腿やふくらはぎなんてたまらない(^^;)。描かれた彼らはなんであんなにも福々しいのか、その秘密(というほどのものではないが)が今回の企画展を観たら、一気に納得。15世紀は花の都フィレンツェの栄華にフォーカスされた本展、メディチ家をはじめ、地中海交易で財を成した商人や銀行家たちパトロンが、ボッティチェリら名うての画家たちに、こぞって自分たちの邸宅や聖堂を飾る作品を依頼、それがフィレンツェ・ルネサンスとして花開いたというわけ。金満家たちの虚栄を満たすためだもの、貧相であっていいはずはない。よって、プニプニ……、中世の暗闇からルネサンスの開放へ、その人間らしさの回復に、“お金”がさらに磨きをかけた。

『ヴィーナスの誕生』や『春』は、今回も来てないけど(イタリア政府門外不出に登録されている《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》が特別展示されてた)、当時の金貨の実物や宝箱、鍵の展示で始まるこの企画、バブル時代の一時のメセナブームを経て、二極化が進むいまの時代に、経済と芸術の関係を新たに問うているような気もしたり……、現代の金満家たちは、アートに人間的なふくよかさではなく、何を求めるのか? やはり、投機的価値第一か……。展示されていた『高利貸し』がなんとも意味深だな。

 

Web: ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美

 

マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写 《高利貸し》 | REALTOKYO
マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写 《高利貸し》
1540年頃、油彩・板、100×76cm
フィレンツェ、スティッベルト博物館
© Archivio fotografico Museo Stibbert, Firenze

 

4/10 CINEMA:『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』@ムービル(横浜)

人生の隘路に陥った落ち目の映画スターが、劇場の迷路に迷う……、ハリウッド映画のヒーローものの大スターとして一世を風靡した主人公も、いまや高齢に差し掛かり、かつての栄光も名ばかりに。私生活も仕事もうまくいかず、もう一花と再起をかけて、独特な実力の世界であるブロードウェイの生身の舞台に挑戦する。これがたぶん最後のチャンスと、脚本、演出、主演と大いに張り切るのだが、もし失敗すれば、それこそもはや這い上がれぬ人生の奈落……って、劇場の舞台床下も日本では「奈落」と呼ばれてるけど、なんかシンボリカルだね。

これまで私自身が知り合いの役者の楽屋訪問など、訪ねたことのある劇場のバックヤードのほとんどは迷路のように狭く入り組んでいた。この映画の舞台(ややこしいね)となっているブロードウェイの劇場もご多分に漏れず迷路そのもの。その楽屋と舞台、非常口や屋上へとつながる複雑な通路を歩き回る出演者たちを執拗に追いかけるカメラ。まるで全編ワンカットで撮り上げられたかのようなカメラワークと巧妙な編集は、登場人物それぞれに抱えた迷いを(主人公以外にも皆が問題を抱えている)、まるで映像でなぞっているかのように見せる。通常対面する2人の会話のやり取りは、カットの切り返しで表現されるが、ここではカットを切らずにカメラが回り込むようにそれぞれの表情にパーンする。ワンカットと見紛う処理や手持ちで常に揺れるように追いかけるカメラ、パーンの多様などにより、観客はまるでリアルタイムで同じ時間を過ごしているような錯覚にさえ陥る。それを象徴するかのように、楽屋の場面では常にどこか片隅に置かれた時計から秒針の刻む音が聞こえているし、ドラムソロをメインにしたサウンドトラックも、追われるような「時間」の感覚をさらに強調する。

そのほかにも、キャスティングの妙やドラムソロの合間に薄く流れるクラシックの選曲のセンスなどなど、この作品を肴に語り明かせるほど、見所のたっぷり詰め込まれた映画。アカデミー賞は伊達じゃない。

 

Web: 『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』公式サイト

 

映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 | REALTOKYO

 

4/11 ART:『生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村』@サントリー美術館(東京・六本木)

同い年である以外、この2人を並べて展示する意味がどこかにあるのか……いぶかしみながら出かけたのだが、思わぬ発見! 結論から言ってしまうと、若冲が写真で言えばクローズアップ=マクロレンズの眼を持っているのに対し、蕪村はパンフォーカス=広角レンズの眼を持って描いている、その対比の妙が面白い。遠景の山並みから近景まで精緻に描き小さな人物を配する蕪村に対し、象でも鯨でも、さらに野菜や人物までも、最大の特徴を大胆にデフォルメしてアップで描く若冲。蕪村に並ぶと、若冲の奇想さがさらに際立つように見えるが、よくよく観ると2人は対象の捉え方の表裏をなしているのであって、大きな距離があるわけではないということが良く分かる。なるほど、ちょっとにくい趣向と感心。

 

Web: 生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村

 

『生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村』 | REALTOKYO
左から中村恩恵(©MITSUO)、首藤康之(©MITSUO)、小㞍健太(©momoko matsumoto)、渡辺レイ Copyright © Yokohama Arts Foundation. All Rights Reserved.

 

4/11 ART:『ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄』@国立新美術館(東京・六本木)

クエンティン・マセイス《両替商とその妻》 | REALTOKYO
クエンティン・マセイス《両替商とその妻》1514年 油彩/板 70.5×67cm
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Gérard Blot / distributed by AMF – DNPartcom

はっきり言って、かなりがっかり。「風俗画にみる」と断っているところが少し怪しかったのだけど、案の定というか、目玉のフェルメール『天文学者』以外は、オマケ感がはなはだしい。もちろんそれぞれ名画には間違いない。でも、ただ貸し出してくれたものを無理やりカテゴリー分けしてみましたって裏が透けて見えてしまっているような。ということで、とりたてて発見は無かったのですが、ひとつだけ。ボッティチェリ展の『高利貸し』と本展の『両替商とその妻』、両作品の金勘定、あくどいのと善良そう? なのと同じ時代の両側面が観られたのが拾いもの。『両替商とその妻』には、テーブル前方の鏡様なものに窓と謎の男の影が小さく映っていて(しかも逆三角形の構図の底点に位置するため見るものの眼をひきつけてしまう)、絵には描かれていない外部を示唆する入れ子的な感覚を生み出しているのが、なんとも判じ物めいて気になってしまった(様々に解釈されているけど、決定打はないようですね)。

 

Web: ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄

 

 

4/11 STAGE:HyouRe Theatre Company『SILVER to BLACK』 宮沢賢治『オツベルと象』より@アサヒ・アートスクエア(東京・浅草)

芝居×ダンス×コンテンポラリーアートの新感覚舞台ということで、『オツベルと象』をモチーフにした幻想的な作品。チベットの読経風やタイの舞踊を思わせたり、しばしイメージの飛翔を楽しませてくれた。ただ、出演者の出自・専門が違うから仕方ない点もあるのだが、ダンスなどのレベルの差が気になったし、セットなどもう少し完成度があっても良かったかなと……。

 

Web: SILVER to BLACK 宮沢賢治『オツベルと象』より

 

HyouRe Theatre Company『SILVER to BLACK』 宮沢賢治『オツベルと象』より | REALTOKYO

 

4/11 TOWN「たいめいけん」(東京・日本橋)

終演後、お腹がすいていたので、今回は飲みではなくがっつり何か食べたくて、浅草からの帰り道、日本橋で途中下車して「たいめいけん」へ。かつてこの近所の会社に勤めていたときからだから35年通いつめている、いわずと知れた洋食屋さん。メニューはいつも決まっていて、がっつり食べたいときには、レバーフライ! もちろん、コールスローとボルシチスープも追加(背後に琥珀色の泡の液体も見えるけど(^^;))。この牛のレバーフライ、少しも臭みが無く、ボリュームたっぷりで、つねに満足、ごちそう様!!

 

Web: たいめいけん

 

たいめいけん | REALTOKYO

 

4/25 MUSIC:篠原篤一&ReddTemple present “away”
出演:テニスコーツ、篠原篤一+谷口圭祐、ReddTemple

小岩を中心に活動しているSSW、篠原篤一とハードコアバンドTIALAのベーシスト谷口圭祐のデュオ。ナイーブでどこか懐かしい、お散歩のようなテンポで、黄金町の高架下にあるライブハウス「試聴室2」、ときおり頭上を通る京急の響きがかえって似合って気持ちいい。土曜の昼下がりに滲み込むようなメロディーと歌声。福島県を拠点に活動しているReddTemple は、普段はエレキでオルタナティヴロックを奏でる3ピースバンド。今回は、特別にアコースティックのセットで登場。はげしくアコギをかき鳴らしながらも、わざとチューニングを外したゆるいサウンドや変則リズム、変態メロが長閑さも醸してキュート。そして、特別ゲスト、テニスコーツ。さやさんの歌声は、この場の距離の近さのせいかも知れないけれど、以前にも増してさらに柔らかくなって包み込んでくれる。久しぶりに聴いたのだけど、新しい曲も増えていて、とてもフワフワした時間で満たしてくれました。最後は全員での演奏、充実した土曜の昼下がりに感謝!

 

篠原篤一&ReddTemple present "away" | REALTOKYO

寄稿家プロフィール

ふかさわ・めぐみ/CMクリエイター、アート映画ディストリビューター、舞台公演企画、雑誌へのコラム執筆、社会学講師等を経歴。その間、子供時代から続く劇場や美術館通いは止んだことが無い。著書『思想としての「無印良品」』千倉書房