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    菅付雅信
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インディペンデント編集者のTOKYO仕掛人日記

第16回(最終回):本作りの道の先に
菅付雅信
Date: March 18, 2009

2月某日

インドのベナレスにて。ガンジス川に沐浴する人々 | REALTOKYO
インドのベナレスにて。ガンジス川に沐浴する人々
インドのジャイプールにて。撮影中の写真家、藤原江里奈さん | REALTOKYO
インドのジャイプールにて。撮影中の写真家、藤原江里奈さん

ある本の企画で、インドにロケに行く。実は初のインド体験。隣国のネパールには行ったことがあるのだが、その時見事に腹痛に見舞われたので、今回おっかなびっくりの態度で臨む。7泊9日で、5都市に移動し、飛行機の搭乗7回、ホテルも5回変わるという強行軍。

最初デリーに夜遅めに到着し、翌日ジャイプールに移動。“ピンクシティ”との呼称を持つ、街全体が薄いピンク色に塗られた古都に着いた途端、インドの洗礼を受ける。ものすごい人混みと耳をつんざくクラクション。車、自転車、バイク、リキシャ、牛、人が渾然一体となって動いている。

ジャイプールに1泊した後、デリーに戻る。大都市デリーの渋滞もかなりのもの。このあたりまで、まだ本場のインド料理を面白がって食べている。デリーに2泊した後、今度はベナレス(ヴァラナシ)に飛ぶ。ガンジス川に面したヒンドゥー教の聖地。そのベナレスの中心に近い交差点にロケバスを停め、車を降りた瞬間、まるで映画の中にまぎれこんだかのようなスペクタクル感。ものすごい人の数、クラクションの5.1chサラウンド状態、排気ガスとほこり、聖者と乞食。渋谷のハチ公前スクランブルなど、ベナレスのカオスと比べたら、実に整然とした印象すら受ける。

ガンジス川に面したガトーという川沿いの寺院で毎晩やっている儀式を見て、ホテルに戻り、また早朝に起きて、ガンジス川の日の出を見に行く。朝の5時台だというのに、すごい人数が集まっている。隅田川の花火大会状態。そして川の向こう岸から昇る朝日を見つめる。なんらの宗教的啓示も授からなかったが、それでもガンジス川の日の出は美しい。

デリーのあたりから風邪を引き、体調はすこぶる悪い。インド料理にもだんだん飽きてくる。なにせ朝昼晩、そして機内食もカレーなのだから。ホテルで少し養生していると、何度も停電がある。どうもこの街全体の電力が不足しているらしい。

ベナレスからムンバイに飛ぶと、今度はうってかわってモダンな大都会。なにせ人口2200万人。高層ビルの建築ラッシュだ。ムンバイは人も車もアップデートされている。それでも乞食は多い。僕らのロケバスに時々ドンとすごい形相をした乞食が身体を寄せ付けてくる。まるで気分は『アイ・アム・レジェンド』。ガラス越しの彼らのせっぱ詰まった形相が、ここは世界でも有数の格差社会であることを物語る。

インドにいる間、常に地元のテレビのニュースは『スラムドッグ$ミリオネア』がアカデミー賞を総なめしたことを伝えている。ここムンバイのスラムを舞台にしただけあって、地元の新聞でも破格の扱い。そのスラムを車から見ながらムンバイの街を回遊。途中、有名カフェ「レオポルド・カフェ」で休憩。100年以上の歴史を誇る風情のある大型カフェの壁の至る所に弾痕が。聞くと、去年11月のムンバイでのテロ事件で、ここでも10名以上が射殺されたのだという。

ムンバイはわずか1泊で帰路に向かう。空港までの道は経験したことがないくらいの大渋滞。ところがこれが日常だと現地の人は言う。とにかく、どこでもいつでも映画のような体験をする国、それが僕にとってのインド。料理と同じく、激辛と激甘があってマイルドがない国。東京のカオスは、インドと比べると「ハウス印度カレー」程度の辛さ。でもそのマイルドさは日本の美徳なのだろうと思えてくる旅だった。

 

3月某日

亀田卓+寺嶋博礼『文化に投資する時代』 | REALTOKYO
亀田卓+寺嶋博礼『文化に投資する時代』
河名秀郎『自然の野菜は腐らない』 | REALTOKYO
河名秀郎『自然の野菜は腐らない』

共に1年以上の時間がかかった本が2冊同時に発売となった。河名秀郎さんの『自然の野菜は腐らない』と、亀田卓さん+寺嶋博礼さんの共著『文化に投資する時代』(共に朝日出版社)。自然栽培の食材の販売を長年手がけるナチュラルハーモニーの代表である河名さんの本は、現在の食の危機的状況、彼が提唱する無農薬・無肥料による自然栽培の野菜の本来の力を語り、いかに私たちの食生活が自然ではないかということ、そして自然の力を取り入れることの重要性とを語っている。自然栽培の普及に半生をかけた河名さんの生き方に裏打ちされた内容だけあって、説得力がある本に仕上がっていると思う。

もう1冊の『文化に投資する時代』は、元銀行マンで現在映画会社の執行役員である寺嶋さんと、広告会社でエンタテインメントへの投資を手がける亀田さんによる、文化と金融という、いわば水と油に見える業界をいかにつないで、いかに楽しくビジネスをやってきたかという、新しいビジネス書。「鷹の爪団」で知られるフロッグマンのイラストがかなりキャッチーな装丁になっている。

共に好評で、河名さんの『自然の野菜は腐らない』は発売1週間を待たずして増刷が決定。それぞれの刊行までの長い道のりを顧みて、ようやく安堵のため息が出る。本は大変。本は時間がかかる。でも、その分、残る。それは人生の縮図のようなもの。いま、別の本の作業で連日徹夜の日々。この努力の先に何かがあると信じて、今日もマックのモニターの背後の窓の向こうに立ち上がる朝日を眺めている。

 

≪編集部より≫

本連載は、今回をもって終了となります。これまでご愛読下さった皆さん、そして菅付さん、本当にありがとうございました!

<関連情報>

菅付雅信 編集作品展『編集天国/Editorial Paradise』開催が決定!
作品集『編集天国』も発売されます。

 

Sugatsuke Office http://www.sugatsuke.com

寄稿家プロフィール

すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。