
1月某日

久しぶりに女優の菊地凛子さんと会う。しかも、今回の会合は、彼女に自分をインタビューしてもらうというとんでもなくおこがましい目的。この企画、現在突貫作業中の自分の編集作品集『編集天国』(4月発売)に収録するためのもの。菊地さんとの付き合いは、彼女が映画『バベル』でブレイクする以前から何度か『コンポジット』誌の撮影に出ていただいていたことから始まる。そんなに何度も仕事でご一緒したわけではないのだが、会う時はかなり深い話をする間柄で、立場はまったく違うが目指しているものが似ているような気が勝手にしている。
そこで、この本に誰かによる著者インタビューを入れてみてはという、版元ピエブックスの釣木沢さんの提案で、有名人で(その方が本を売りやすい)/国際性があり(この本は日英バイリンガルだ)/美人で(僕は美人の前だと饒舌になる傾向がある)/気心しれた人、という条件で考えてみた時に、真っ先に思い浮かんだのが彼女だった。駄目元でお願いしたところ、光栄にもスケジュールが合えば是非との返事を頂いた。
しかし、『バベル』以降、世界中を飛び回る彼女。なかなかスケジュールが合わず、日程が二転三転してようやく実現。この1年の半分は海外で撮影だったという。エイドリアン・ブロディとの共演作やコン・リーとの共演作など、海外作品の公開が続々控えている。
菊地さんが編集に関することを実に率直に突っ込み、それに脳味噌オーバードライブ状態で応え、自分で自分の頭が実にクリアになった2時間となった。「なんだ、自分がやってきたのはこういうことだったのか!」と合点がいく不思議な体験。
海外作品に積極的に出演する彼女と、海外で仕事をすることの面白さについての話となった。「海外でやるときは、これはどういう役で、何を求められていて、どう演技しなければいけないのか、いちいち徹底的に話し合わないといけない。でもそれがいい」と彼女。これは編集もまったく同じ。「いつものあの感じ」では海外のクリエイターとはまったく仕事が出来ない。いつもうんざりするくらい意見を交換しないと前に進まない。でも、逆にそこまでやるから、テーマや手法が明確になる。有名人にインタビューされるという人生初の体験で、頭の中の霧が大分晴れたような得難い経験となった。
1月某日

まだまだおこがましい事が続く。この日は、『編集天国』に収録するコンテンツのひとつとして、坂本龍一さんと対談。半年ぶりに帰国した坂本さん、対談のテーブルにつくや「今まで菅付に何度もインタビューされたけど、対談は初めてだね」と言われ、ああ、僕は本当におこがましいなと改めて自戒しつつ対談は始まった。
坂本さんの亡父が河出書房の名物編集者だったのはよく知られる話。大編集者を父として育った坂本さんの異色の父との関係、坂本さんが始めた出版社「本本堂」の実務を行なっていた編集事務所で僕が学生時代にバイトしたことなど、過去のよもやま話から、創作と編集、自己表現と共同作業といった話に。特に亡き父を巡る激しい葛藤は、坂本さんの創作人生に大きな影響を与えていることを感じ入った。坂本さんのソロ作品がもつ文芸的な探求性のルーツはそこにあるのだろう。
坂本さんは、5年ぶりのソロアルバム『out of noise』(コモンズ)を完成させたばかりで、3月には全国20回以上のツアーも予定されている。新作を聴かせてもらったが、坂本さんの静と動の表現の振幅の中で、静の坂本さんの代表作になる仕上がりと言えるだろうか。
今回のプロモーションで、久々にテレビの歌番組で生演奏をするのだという。「いまだにテレビ番組って恥ずかしいんだよね」。彼ほどのキャリアがあってもこの発言。メジャーでありながら人一倍シャイ。だからこそ彼の音楽は信じられる。
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寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。