
11月某日

去年(07年)12月に、僕が名物編集者11名を取材した本『東京の編集』を出した後、様々な反響があったのだが、ここにそんな思いがけない反響のひとつとも言える本が誕生した。元『スタジオボイス』の編集者、深沢慶太さんが執筆した『記憶に残るブック&マガジン』がそれ。これは『東京の編集』よりも若手の編集者を取材して、「“編集”の意味を幅広くとらえ、本や雑誌、そのほかさまざまな企画を創り続ける9人のキーパーソンにインタビューを行い、“編集”に対する想いを探る」という趣旨で、『風とロック』の箭内道彦さん、BACHの幅允孝さん、『Numero Tokyo』の田中杏子さん、『Paper Sky』のルーカス・バデキ・バルコさん、『ブルータス』の鈴木芳雄さん、写真家・編集者の米原康正さん、『dankaiパンチ』の赤田祐一さん、いとうせいこうさん、そして僕も取材されている。Artlessの川上俊さんのデザインもとてもいい仕上がり。
最初にこの話が来た時には、『東京の編集』もこの本も世代論的な捉えられ方をするのではという躊躇があったのだが(僕はいかなる世代論にも与したくない)、編集という題材での出版物が少なすぎるのではと思っていることと、自分の仕事を振り返る経験などそうあることではないので、引き受けることに決めた。
それにしても9名それぞれが見事にやっていること、編集観が違う。自分のパートを含め、果たして誰の役に立つのやらと思うが、この多様さこそが編集の豊かさのひとつ。さらに言えば、編集とは編集という枠を捉え直すことだと思っている。『東京の編集』刊行後に、「あまりにも人それぞれなので、編集というものがよけいわからなくなりました」という感想を頂いたことがあるのだが、この本でもそうなるだろうと思うと、少しニヤニヤしてくる。
11月30日

池袋コミュニティ・カレッジで、篠山紀信さんとトークショウ『東京の写真/東京の編集』。僕が篠山さんと一緒に行なった仕事、『Tokyo Addict』や『六本木ヒルズ×篠山紀信』、『コンポジット』での特集の図版を示しながら、その経緯や舞台裏のエピソードなども交えて、東京という得体のしれない街を写真にすることの面白さ、東京で編集することの魅力などを語る。それらのすべてが8×10カメラ(通称バイテン)という大型カメラで撮影されているので、篠山さんが「菅付はバイテンに向いてない条件でも、なにがなんでもこれで撮れという。ひどいんですよ。K-1のリングサイドでも、係員に三脚を置いてはいけないと言われて、手持ちでバイテンで撮ってる。そんな馬鹿は私しかいませんよ」など、僕のバイテン偏愛をいじって笑いをとるなど、楽しいトークとなった。
実はこれ、来年5月から始まる、コミュニティ・カレッジでの僕の編集講座のプレイベントという意味合いで企画されたもの。おこがましくも「菅付雅信の編集力講座」というものを22回行なうことが決まり、それに先駆けての催しとなったのだ。自分が編集を教えるというのは、半分冗談のような気もしているが、ゲストに有名編集者やクリエイティブディレクターなど10名を招いて、自分もゲストや生徒からもう一度「編集とは何か?」を捉え直す場にしたいと思っている。この編集力講座のことを考えると、いまからドキドキしてくる。先に謝っておこう、「編集の神様、ごめんなさい」。
12月3日

本の誕生は、偶然の出会いから生まれることも多い。この本もそれのひとつ。去年の秋、世田谷文学館で行われた植草甚一展を見に行ったときに、会場で偶然再会した音楽評論家の渡辺亨さんが、「近くにニューヨーカーがやっているラーメン屋があるので行きませんか」と誘ってくれた。ニューヨーカーのラーメン屋? 半信半疑で訪れた、その小さいカウンターだけのラーメン屋「アイバンラーメン」は、雰囲気も味も普通のラーメン屋と結構違う。店主は威勢のいい白人男性。麺にはかなりコシがあり、スープはクリアだけど深みがある。「食後はアイスクリームどう? 手作りで美味しいよ」と勧められて食べると、高級レストランのアイスクリームのようなシルキーな質感。なんて変わったラーメン屋だろうと強いインパクトをもらって帰ったもの。すぐに再訪を決め、2度目の時には、白人の上品な老夫婦と隣り合った。「どこから来たのですか?」と話しかけると、「ニューヨークから。今日、初めて日本に来たの。なぜならここは息子の店だから」と言う。そう、店主のご両親だったのだ。彼らはラーメンを食べるのも初めてという。そのラーメンを食べる手つきのおぼつかない光景がなんともほほ笑ましく、美しく、ああ、この店にはストーリーがあるなと思い、その場で店主に名刺を渡して、「あなたの本を作りたい」と話しかけた。
それから1年ちょっと、ようやく完成したのが、この『アイバンのラーメン』。ニューヨーク出身のユダヤ人のアイバンさんが、伊丹十三の映画『タンポポ』をアメリカで観てラーメンに惹かれ、一度日本に来るも失意のまま帰国し、ニューヨークで料理を勉強、3つ星レストランのシェフとなり、でも満足出来ず東京に来てラーメン屋を始め、成功を収めるまでのライフストーリーと、独自のレシピ&料理紹介からなる本だ。アイバンラーメン同様、なんとも変わった本が出来上がった。
実に美しい装丁に仕上げてくれたのは、プラグイン・グラフィックの平林奈緒美さん。このカバーの紙の質感、ロゴの特殊インクの質感をぜひ手に取って味わって欲しいと思う。
アイバンさんは、この本の発売も相まって、連日テレビや雑誌の取材が目白押し。果たしてこの本がどのように読まれるのか予想しづらいが、僕が偶然にこの店とクラッシュするように出会って本が生まれたように、書店でこの本がたくさんの未知なる読者とクラッシュしてほしいと願う。
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寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。