
10月某日

写真家のマーク・ボスウィックと2年ぶりの再会。マルタン・マルジェラのブランド設立20周年を記念するパーティが東京・恵比寿のマルジェラのお店で催され、そこで彼がライブをやるということで招待された。僕は彼の写真集『シンセティック・ヴォイシズ』を編集し、その本でニューヨーク・アートディレクターズ・クラブ賞の銀賞を受賞する光栄に恵まれ、彼とは10数年公私共に付き合いがある。マーク・ボスウィックのライブ? と怪訝に思う人もいるだろうが、すでに彼は2枚のアルバムを友人たちとインディーズで出していて、彼の映像作品の音楽も自分で手がけており、最近はギャラリーなどで積極的に弾き語りのライブを展開している。
このマルジェラのパーティでは、マークがギター、パーカッションなどをひとりで演奏。しかし、相変わらず、ゆるい歌と演奏。そのゆるさを味と思うかどうかが評価の別れるところで、最初はギュウギュウだったライブの部屋も演奏が半分ほど進むと、3割ほどがその場を離れた。

1時間弱のライブが終わった後、マークと話す。彼はうまくいったとご満悦の様子。逆にライブが終わってからの方がマークに寄ってくる客が多いので、またメシでも食べようと、時間を決めて別れる。
その2日後にマークと再会。彼のホテルから中目黒のヒガシヤに移動し、前夜から朝まで飲んだと2日酔い気味のマークに、お茶漬けと玉露と羊羹を勧めて、もろもろ話し込む。彼が来年春にリッツォーリから出版する集大成的な写真集のダミー(素晴らしい出来!)を見せてもらいながら、ファッション雑誌がとことんつまらなくなってきていること、インディーメディアがそのスピリットを失いかけていること、そしてその中でいかに闘っていくかなど話はつきない。地価の異常高騰が続くニューヨークのブルックリンに住む彼は、いまの金融不況を「ハッピーなことだと思わない? これでみんながまともになるんだよ」と言う。虚飾ではない美しさや美しい生き方をする人々を撮り続ける写真の吟遊詩人である彼は、次に来日するときは、地方のオーガニック農家を撮りたいという。マークが撮るオーガニック農家、それはモダンで美しい写真になるに違いない。
10月25日

南房総の一宮へ。九十九里海岸に面したこの小さな町に訪れるのはこれが初めて。なぜここに来たかというと、建築家の馬場正尊さんの自邸のオープンハウスが行われたからだ。この自邸の成り行きは、東京R不動産〜房総R不動産の人気ブログ「房総の海辺に土地を買ってしまった 〜馬場正尊の脱・東京計画〜」に、その抱腹絶倒な顛末が詳細に書かれているので、そちらを参照して欲しい。そのネット上で話題の家とそのエリアのお披露目に伺った。
実は、僕はこの馬場さんのブログを元に本を作ろうと思い、いま突貫で作業している。馬場さんというひとりの建築家が、たまたま南房総の一反の土地を衝動買いし、そして自邸の設計をし、銀行や信用組合に住宅ローンの申請をして断られたり、受け入れられたりするうちに、その活動を知った彼の友人、知人がその周囲の土地を買い、彼に設計をお願いして、ひとつの村が出来ていく過程を本にまとめられないかと思い立ち、企画が進行している(12月に太田出版より発売。馬場さん、残りの原稿頼みますよ!)。
日本では、行政や大手デベロッパー以外での街作りというのは、ほとんど聞いたことがない。このように若い建築家が知り合いレベルでの交流でひとつのエリアをデザインするという草の根的建築活動というのはほとんどないのではないだろうか。馬場さんがやってきているR-PROJECTやR不動産、そしてこの南房総のプロジェクト(他の場所にも飛び火して進行中)は、日本の建築や街のあり方に対する楽しい問い掛けであり、解答例でもある。

このオープンハウスは、馬場さんがサイトで、「バーベキューをやるので、各自食材を持参してください」との呼びかけに応じて、皆がそれぞれ食材や酒を持ち寄り、この南房総に突如出現した真っ白い建物群の広い庭で焼いたり食べたりしながら内見出来るという、なんともカジュアルで和気あいあいとしたものとなった。馬場さんの友人知人に交じって、サイトで知って訪れた一般の方もバーベキューをつつきながら、建築家と語りながら内見出来るという都心ではあり得ないオープンハウス。初対面でも話の輪が広がるのは、この建築群の解放感なのか、南房総の気候がそうさせるのか。
帰りに同行した妻とお互いの匂いを確認。そう、モダン建築のオープンハウスなのに、ふたりともすっかり焼肉臭くなってしまったのだ。
Sugatsuke Office http://www.sugatsuke.com
寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。