
9月13日
この連載では私的なことは極力書かず、あくまで編集者として、編集の現場に関することを書こうとやってきているのだが、今回だけは人生で最初で最後のことがあったので、例外であることをお許しいただきたい。恥ずかしながらも自分の結婚パーティという、私的極まるイベントについて触れさせていただきたいのだ。
実は妻のはるみとは既に入籍を終えていたのだが、さすがに「式は?」「パーティは?」と聞かれることがやたらと多いので、これは避けて通れないものかと意を決してやることにした。なぜかというと、結婚式や披露宴、パーティにまつわるもろもろの慣習にちょっと辟易としていたのだ。やりたいことよりもやめたいことだらけの結婚パーティなので、極力シンプルにやることにした。
そこで、次のように考えた。 1:なるべく安い会費制・ご祝儀ナシ。その分引き出物もナシ。2:立食で軽食。ゆえに夕方にやる。3:お涙ちょうだいのスピーチや手紙の朗読、映像ナシ。4:司会ナシ。自分が司会。喋りは最小限度に。5:スピーチはひとり。乾杯の挨拶がひとり。6:素人芸の余興ナシ。7:集合写真大会アリ。8:最後には、お付き合いのあるミュージシャンでライブをやってもらう。
そんなことを決めて、いかなる業者も頼まず、自分たちだけでパーティをオーガナイズした。そう語ると手際よくまとめたように聞こえるかもしれないが、これは予想以上に大変。招待状の制作・発送から始めて、実に決めなければいけないことが山積みで、途中、何度妻と激論を交わしたことか。

そんなこんなを経て、ようやく当日を迎える。午前中は、神田明神で、僕ら2人と、両方の親と妻の兄だけが参加しての式。紋付き袴を着た自分と振袖の妻を互いに見て、まるで時代劇役者のような仮装大会状態に馴れないうちに式は滞りなく終わり、皆で山の上ホテルに移動し、「山の上」でてんぷらを頂いた後、中目黒へ移動。僕の事務所を控室代わりにしてMICHIRUさんによる妻のヘアメイクを始める。その間、未完成の受付名簿を突貫でまとめて、数軒先にあるレストラン「ヒガシヤマ・トウキョウ」へ。ここが今回のパーティ会場。
なぜ、そこを選んだのかというと、事務所に近いからというのが理由ではない。もともと、このお店とそのオーナーの姿勢が大好きで、このお店の近くに事務所を構えることにしたのだから。よって当然、自分たちの結婚パーティはこの店でやることにした。
お店に着いて受付担当の友人たちと綿密な打ち合わせをし、お店の方と料理とドリンクの内容を確認し、そして音響の人とサウンドチェック。ここで機材的なトラブルが発生し、最初のミュージシャンの音合わせに苦労し、次のミュージシャンも手間取る。どんどん押し寄せる開場時間。お店の方から「けっこうお客さんが来ているので、中に入れたい」ということで、結局、予定の16時にお店を開けたものの、サウンドチェックのリハは続く。お客さんが入ってくる中でのリハという、ミュージシャンには申し訳ないかたちになり、開場10分後にリハ終了。
今度は、肝心の妻がまだ来ない。ヘアメイクに時間がかかり、まだ事務所を出られないとのこと。妻に電話して「とにかく、もう来て!」と懇願して、ようやく10分後に妻が到着。衣装をお願いしたスズキタカユキ君も同行し、彼女のドレスを整えて、僕もスズキ君自らの手によるタイを付けてもらい、ようやく準備完了。お店の人に合図を出して、クインシー・ジョーンズの「ソウル・ボサノヴァ」が勢いよく流れる中、新郎新婦の入場を行なった。
最初に妻が一言、そして僕が本当に短く挨拶を述べた後、スピーチをお願いしたのは、僕ら2人両方と面識がある数少ない人物にして、スピーチの達人である写真家の篠山紀信さん。いかに僕が頑固でやりにくい編集者かということで皆の笑いをとった後、乾杯の音頭は、招待状のデザインも手がけてくれたアートディレクターの中島英樹さん。独特のノリで場を和ませてくれる。その後はご歓談に移り、5つのグループに分けての鶴田直樹さんによる集合写真撮影。


そして、この日のハイライト。清水靖晃さんに、サックスによるバッハのチェロ組曲のプレリュードの演奏をやってもらう。僕もいろんなところで彼のこの演奏を聴いているが、ヒガシヤマのこぢんまりとした空間の中でのこのプレリュードはまた格別。その圧倒的な演奏力に皆圧倒される。次に野宮真貴さん。ピチカート・ファイヴの隠れ名曲にして、結婚式にぴったりの曲「マジック・カーペット・ライド」を歌って頂いた。野宮さんを呼ぶとき、「実は自分が結婚パーティをすることがあれば、ぜひともこの曲を野宮さんに歌って欲しいとずっと思い続けていた」とコメントしたほど、この曲には思い入れがある。どうせなら、まだピチカートが解散する前、自分がマネージメントに関わっている間に僕の結婚が間に合い、やってほしかったもの。実際に目の前で野宮さんに歌って頂いて、涙腺が緩くなる瞬間があった。
野宮さんへのゲストからの盛大な拍手の後、全員で集合写真を撮って、パーティは18:00無事終了。
招待客が帰る際は、出口で迎えて挨拶しつつ、パーティのスタッフリストとこの日のために作った中目黒グルメマップを渡す。全員が帰られた後で、受付担当と、精算ともろもろの支払いを終え、事務所に妻と戻って、着替えて、頂いた花や贈り物の整理をして、ようやく一息。このころには、もう妻も自分も、疲れ果てて声も枯れている。「ようやく乗り切ったね」とは妻。
この結婚パーティも、自分にとってはひとつの編集物のようなもの。企画を立て、キャスティングして、予算表と進行表を作って実行する。ただ、自分と妻が皆から写真を撮られるということが普段とはまったく異なる。あるゲストが帰り際にこう言った。「面白かった。毎日でもやってください」。もちろん、もう2度とやりませんが。
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寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。