
5月某日
このところ、7月発売の本が4冊同時に進んでいるため、ほとんど事務所にこもって原稿のリライトや校正、ファクトチェック、レイアウト確認などに追われている。実に地味な作業。みなさん、編集とは、実は主にこういう作業なのです。グラフィックデザイナーやアートディレクターも、基本がデスクワークであるように。
その間隙を縫って、休日や時間があるときは、古本屋通いが続いている。主な理由は、前述の編集作業の資料やネタ探しなのだが、久々にはまってしまった。きっかけは、妻と一緒に上野の東京藝大の美術館で行われている『バウハウス展』を観た後、いま面白いと聞いていた千駄木方面にそのまま向かったときのこと。古本屋カフェという、いま注目の形態である「ブーザンゴ」、そして「オヨヨ書林」、「往来堂書店」などを見て回る。この谷中、根津、千駄木の辺りは、不忍通りを中心に個性的な書店、古本屋、そしてカフェが 集まり、今では“不忍ブックストリート”とも呼ばれる、本好きの表参道でもある。ブーザンゴのお客さんも遠距離からわざわざ来た感じの若い本好きカップルと地元の年配の常連客で、いい雰囲気。本が街おこしのきっかけになっている様子が、本好きとしてはたまらない。
そして、その数日後、今度は下北沢に。カルチャー系が充実している「古書ビビビ」、今年の春に出来た大型古本屋「ほん吉」を覗く。「ほん吉」のカルチャー系、なかでも80年代物の多さにため息。店主の好みがそこここに感じられ、店のフライヤーの「グローバルで個人的な本屋」というコピーがまさに言い得て妙。〆は下北沢のブックカフェの先駆け「いーはとーぼ」でコーヒーをいただく。すると、隣のテーブルにヨロシタミュージックの大蔵さんがいてびっくり。かつてYMO、坂本龍一のマネージャーであった大蔵さんとの十数年ぶりの再会に、四方山話にも花が咲く。
5月最後の日曜日は、西荻窪へ。荻窪~西荻窪~吉祥寺は“おに吉”とも呼ばれ、古本屋が集結するエリアということで探検に出向く。実は西荻窪は自分が20代前半を過ごした街でもあるのだが、十数年ぶりの久々の再訪。有機食品スーパーとオーガニックレストランなどがある西荻名物「ほびっと村」の3階の本屋「ナワ・プラサード」で、マクロビ系の本などを買い、絵本やアート系に強いお洒落な「興居島屋(ごごしまや)」、古雑誌などが充実の「ねこの手書店」、文芸関係にクセのある独特な新刊書店「信愛書店」を回って、自分の中ではカルチャー系では東京最強の古本屋だと思う「スコブル社」へ。本が雪崩を打っているかのような、カオティックなこの空間は圧倒的。福島県の倉庫を含めると、なんと100万冊の在庫があるという!

その雪崩の中で、店主の飯村さんと久々にお会いする。向こうも僕の事を覚えてくれていて、1時間ばかり雑談。朝日新聞東京版の連載「中央線の詩」でも3回に渡って紹介され、その書籍版でも巻頭で扱われているこの店は、カルチャーにおける傑出したアーカイブであり、彼はひとりグーグルでもある。とにかく話題が豊富で、あれこれ詳しい。
「最近は、新聞社の人がよく資料やアイデアほしさに来るんで、それはそれで商売にしているんですよ」と新聞記事のスクラップを見せながら語る飯村さん。そう、古本屋はもはや本を売るだけの商売ではないのだ。
いま話題の勝間和代の「自分をグーグル化する方法」ではないが、元々は本の店主も、編集者も、そのアーカイブと検索エンジン力が売りで、それに付加価値を付ける事が書店や編集のマジックのハズ。それを本という形だけで商売にするのか、他のサービスも提供するのか。ちょうど考え続けていることのヒントを、飯村さんから頂き、その後、西荻窪の名物喫茶店「それいゆ」の水出しコーヒーを味わいながら、編集者のグーグル化ということに思いを巡らせた。
Sugatsuke Office http://www.sugatsuke.com
寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。