
12月某日
年末進行狂想曲真っ只中。なにがなんでも年内に、という打ち合わせや締め切りや入稿が目白押し。その間隙を縫って、どうしても観たかった『アイム・ノット・ゼア』の特別試写会で渋谷シネマライズへ。ボブ・ディランを6人の俳優が演じて話題の作品で、監督は僕が偏愛するトッド・ヘインズ。映画はディランのネタがここかしこに仕込まれ、リチャード・ギアから男装のケイト・ブランシェットまでがディランに扮する演技合戦が見どころなのだが、ちょっとギミックに行き過ぎているところも。しかし、ケイト・ブランシェットのディランは、必見。この天才女優の底なしの演技力に身震いした。
そんな年末のちょっとした映像エスケープもなんのその、映画館を出るとすぐに過酷な現実に引き戻され、早朝までメールや原稿の整理。

試写の翌々日、青山のエイベックス本社の大会議室で、社員向けに坂本龍一さんのレーベル「コモンズ」のインナーイベントが、坂本さん出席のもと行われた。詳しくは、僕がディレクターを努めているコモンズのウェブに1月中にアップする予定だが、なかなか珍しい大物ミュージシャンとレコード会社社員との直接的な対話の場が実現。アーティストはレコードビジネスをどう考え、レコード会社はアーティストをどう考えるのか、とても興味深い会となった。アーティストとレコード会社とリスナーとの間の幸福な三角関係がうまく築けていない今の音楽業界で、それを探るための意味ある試みだと思う。
会の後、坂本さんに僕の本『東京の編集』の感想を恐る恐る伺うと、面白かったよと言われ、胸をなで下ろす。この本の中で、さまざまな編集者が坂本さんとの関わりについて語っていたので、とても気になっていたからだ。坂本さんは来年は、久しぶりのソロアルバムの制作に取りかかるという。楽しみ。
『東京の編集』は、坂本さんみたいに恐る恐る送った人が何人かいる。もうひとりのかなり反応を恐れていた篠山紀信さんからも、直接電話を頂き、「たいへん面白かった。一気に読んだ」との感想を伺ってひと安心。今までの編集者として本を出すこととは異なる緊張感を味わう日々を送っている。
12月26日

年の瀬ぎりぎりに行われたファッション撮影をディレクション。08年3月に創刊の『カイラス』という大人向け総合エコ雑誌のファッションページだけを依頼され、それを手がけた。エコでエシカル(倫理的)な内外のブランドの服をチョイスして、躍動感のあるイメージを創りたいと考え、モデルには康本雅子さんに出てもらう。康本さんは現在注目のコンテンポラリーダンサーで、Realtokyoでも何度か紹介済みのはず。予測不可能な斬新な動きとチャーミングなルックスで、ダンス界に限らず支持者が多い。清水靖晃さんのライブに客演した彼女のパフォーマンスに一発で魅了された僕も、そのひとりだ。

その康本さんに、スズキタカユキやステラ・マッカートニーなどの服を着てもらって、ひたすら踊ってもらった。撮影は玉川竜さん。卓越したライティングとフォーカシングで、彼女の動きを見事にバキバキに捉えてくれる。髪の毛先まで緻密に映し出されたモニターを見て皆で喝采。
ファッションモデルには不可能なその動きと、鍛えられた身体の美しさとを表現出来て、康本さんに依頼して良かったと安堵。撮影現場ではいろいろ気になって満足することが滅多にないのだが、今回は久々に撮影を編集する醍醐味を味わった。こういう快楽が年に1回でもあれば、この仕事は楽しめる。
Sugatsuke Office http://www.sugatsuke.com
寄稿家プロフィール
すがつけ・まさのぶ/編集者。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。近年編集した本は『六本木ヒルズ×篠山紀信』、マエキタミヤコ『エコシフト』、森山大道『フラグメンツ』など。ウェブでは坂本龍一のレーベル「コモンズ」のディレクションを手がける。マーク・ボスウィック写真集『シンセティック・ヴォイシズ』で、NYADC賞銀賞受賞。