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BankART1929代表のTOKYO仕掛人日記

第10回:横濱夢十夜 vol.10 ── 街づくりとアートの夢
池田修
Date: February 17, 2009
黄金町 | REALTOKYO
黄金町

『下見のため、すっかりこぎれいになったこの場所を訪れたとき、そう遠くない昔、遊女に声をかけられ、この川沿いを肩をすぼめて小走りに通り過ぎたことを思い出した。確かに行政と警察と地域が一体となった地域改善の施策のため、売春宿は一掃された。周辺も大型のマンション建設や橋梁工事、船着き場、遊歩道の整備などがはじまり、急速に変化しはじめている。だからといって、過去の街の記憶がそう簡単に消えるわけではない。やくざもいれば、ここを生業にしていた人たちが、まだたくさん住んでいるのだ。ここにアート系を中心としたチームを招き入れるという。この強烈な記憶が残る場所で、一体私たちに何ができるというのだろうか? 水辺を楽しむことも、散歩をすることも、この場所にとどまることも誰もが避けてきた街。どうしたらこの場所を親しみのある街に変換することができるのだろうか?』

『この界隈は道も狭く、店舗も少ない。雨宿りをしたり、休憩する場所もみあたらない。そこでこの建物の1Fを昼間は常にオープンし、誰もがちょっと休むことができ、将棋をさしたり、たまには談義を交わしたりすることのできる縁側のような空間へと変換させていきたい。…中略…もうひとつの日常は、この場所にアーティストに住んでもらうことだ。この街に興味をいだき楽しんでくれる、世界と交信する力のあるアーティストを招きたいと思う。アーティストが住むということは、生活や風景の他愛のないことの中に潜む可能性を見ようとする視線を持ち込むことである。彼らがここで生活し、地域の人たちと対話がはじまることで、建物が呼吸をはじめ、それが街に広がっていく。これまでの見知らぬ街から、常に見られる明るい街へと変化する。…後略…』

 

黄金町バザール(初音スタジオ) | REALTOKYO
黄金町バザール(初音スタジオ)

この文章は、横浜市中区が2006年に行った、元不法飲食店の一軒(現在のBankART桜荘)を活用しての運営コンペでBankARTが提案した企画案の一部だが、いま読みかえすとまるで夢のような印象を受ける。アートの脆弱さと届かぬ思い、それでいて、いつかは届くかもしれないという意志の往来が文体に表れている。

横浜駅から京浜急行で南に下ること10分程度、大岡川沿いの初音・黄金・日ノ出町地区は現在、かつての売春宿ゾーンから大きく変貌を遂げた。整備事業とは別に急遽決定した横浜トリエンナーレ2008と連動した『黄金町バザール』へと風景はめまぐるしく展開した。こうした誰も予想をしなかった街の急激な表情の変化は、2年前に記した文章をまるで実体のない遠い過去の記憶を映し出す走馬燈のようなものへと変換させる。

 

桜プロジェクト vol.2 | REALTOKYO
桜プロジェクト vol.2
桜荘 | REALTOKYO
桜荘
桜荘内部 | REALTOKYO
桜荘内部

黄金町バザールのあと、この2月から小さな『桜プロジェクトvol.2』がスタートする。遊歩道整備にともない伐採した桜の木を活用して何か制作し、地域に「還す」プロジェクトだ。プロジェクトとしては2度目になるが、今回は特に小中学校、地域のNPO、組合等に参加してもらい、餅つき大会等で活躍する「臼と杵」を制作することにテーマを絞った。

さてこうしたささやかな試みは、アートは、本当に街に効くのか?

街づくりシンポジウムのテーマとして幾度となく登場してきた「アートは街に機能するか?」という問いかけ。先日の建築士60人を前にしてのレクチャーでも「アートにお金をかけて市民にはなにが還元されるの?」という答えに窮する質問があった。

 

『アートはスカラー量でもベクトル量でもない、量も方向ももたいない質点です。点を打つことだけがアートの仕事です。生まれたての赤ちゃんの発語は言語ではありません。「あっ」とか「うっ」とか、何かを伝えようとしていることは確かですが、何かが伝わるわけではありません。繰り返す抱擁と対話の中から、両親や祖父母が、「ああ」といえばミルク、「うう」といえば「おしっこ」とかろうじて読み解き、ミルクを温め、おむつを用意し始めるのです。赤ちゃんの存在は周りにいる人々のクリエイティビティを喚起させ、社会を成長させていきます。これがアートのもつファンクションでありシステムです』

 

夢の中であろうとなかろうと、そして脆弱で届かぬ思いであろうとも、私達は何度も「アートの定義」を繰り返し夢のように唱えていくしかない。

寄稿家プロフィール

いけだ・おさむ/1957年、大阪生まれ。BankART 1929(バンカート1929)代表、PHスタジオ代表。84年、都市に棲むことをテーマに美術と建築を横断するチームPHスタジオを発足。ヒルサイドギャラリー(代官山) ディレクターなどを経て、2004年から横浜市が推進する文化芸術創造プログラム「BankART 1929」に副代表として携わる。06年より現職。