COLUMN

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BankART1929代表のTOKYO仕掛人日記

第5回:横濱夢十夜 vol.5
池田修
Date: March 25, 2008

正面にネクタイ、背中にTシャツを着ている夢をみた。

AをAという言葉だけで説明することはできない。「豆腐は豆腐だ。だから豆腐だろ」といくら話しても相手には伝わらない。別の言葉が必要だ。その差異に、悲劇と創造性が宿る。

二重人格。私たちのようなアートコーディネーター、アドミニストレーター、キュレーター、プロデューサーという肩書きを持つ人がなんとも胡散臭いのも、このあたりの事情からきている。私たちの仕事は、正面でネクタイをしめていて、背中ではTシャツを着ているようなものだ。アーティストの「世にまだ出現していない理解の困難な未知なる表現」を一般の人々に伝えようとするのだから、ある種の二枚舌にならざるをえない。でもこの二枚舌はけっこう本質的なものだ。例えば、食器についた油を洗剤がどのように落とすか。洗剤は、油に近い分子と水に近い分子が対になった分子構造をしている。お皿についている油たちに、「君たちは僕の仲間だよ」といって安心させて近づきくっつく。ところがどっこい、歌舞伎役者のように、くるっと一回転し、「ばーか、俺は水の友達なんだ」と水の中に潜り込んでしまう。これが洗剤の汚れを落とすメカニズムだ。この二枚舌すなわち二重人格こそが、情報を伝える本質だと言える。これはもちろん、一般的なDNAの二重らせん構造を基にした遺伝・情報伝達のシステムでもあるわけだ。

 

20年近く前、PHスタジオの活動の中でこんな文章を記したことがある。「きちんとしたゲリラ」のこと。

「過激なことや、へんなことをするときは、できる限りきちんとしていた方がいい。その方がより長くいき続けられるからだ。権威に向かってものをいうときも、ぼろは着てても背筋を伸ばして大きな声で言いたいものだ。重要なことはとどくことだ。この百年間、『アジア』と『地方の知性』と『自然』からエネルギーを奪い取ることで成立してきた私たち(都市)自身を覚醒させるためには、私たち自身がより深く都市に入り込み、思考し、勇気をもって発言していくことだ。自分の体を少しばかり変形し、敵意を歓待に変え、都市の経験を蓄積していくこと、そして、きちんとしたゲリラを続けることだ」

 

牛島達治のインスタレーション
丸山純子のインスタレーション
オフニブロールの映像インスタレーション
『寿』DVD。横浜寿町でリノベーションに挑戦する若手建築家たちのプロジェクトを映像で紹介する。

この思いはBankART 1929の活動がスタートしてからもあまり変わっていない。媚びてはいけない。けんか別れをしてもいけない。どう付き合うか、どう付き合わないかが重要。「きちんと」と「ゲリラ」の同時実現は常に困難が伴うが、社会(日常)とアート(未知なる存在)の往来は私たちの活動を支える楽しい旅であり、真骨頂だ。

 

『Landmark Project』もそんな試みのひとつで、眠っている、あるいは放棄されている未知なる空間の可能性を探っていくプロジェクトだ。BankART Studio NYKの3Fでの、牛島達治さんによる無用な機械たちや丸山純子さんの無音花。オフニブロールによる、1929ホールの内外を活用した映像インスタレーション。岡部友彦さんたちの『寿』プロジェクトのDVD化による推進、等々。これらの作品はすべて既存の時間や歴史や空間の可能性をするどく切り開いたものだ。この春には再び『Landmark Project 3〜国道16号線を越えろ!〜野毛にいこう』と題して、古くから続く横浜の大きな飲食店街、野毛地区に焦点をあてたプロジェクトを展開する。東横線横浜駅〜桜木町駅廃線に伴い大きなダメージを受けているが、今なおジャズ喫茶などが点在し、横浜らしい雰囲気が残る野毛地区本体。ホームレスや放置自転車を撤退させるための、金網で囲まれたボイド。空き店舗がやたらに多い駅ビルの地下街。ピンク街の一角にぽっかりと存在する白いペンシルビル。これらのシークエンスにアーティストたちはどのようにたち向かっていくのか?

いずれにせよここでも「きちんと」とした「ゲリラ」が必要なわけで、私たちは正面にネクタイ、背中にTシャツという夢を見続けることになるのだ。

■映画『船、山にのぼる』
2008年4月5日(土)よりレイトショー
ユーロスペース

 

BankART 1929 http://www.bankart1929.com/

寄稿家プロフィール

いけだ・おさむ/1957年、大阪生まれ。BankART 1929(バンカート1929)代表、PHスタジオ代表。84年、都市に棲むことをテーマに美術と建築を横断するチームPHスタジオを発足。ヒルサイドギャラリー(代官山) ディレクターなどを経て、2004年から横浜市が推進する文化芸術創造プログラム「BankART 1929」に副代表として携わる。06年より現職。