

新潮新人賞受賞作と選評を掲載。
9月X日
社内会議室で新潮新人賞選考会。編集部と外部協力者が4ヶ月をかけて2000を超える応募作から選んだ5篇の最終候補作を、日本を代表する文学者5氏(浅田彰、桐野夏生、福田和也、町田康、松浦理英子)が1ヶ月をかけて読み、この日、一堂に会した。新人賞選考会は、私がもっとも緊張する仕事で、数日前から情緒不安定になるくらいだ。10年にひとり、もしかしたら100年にひとりの逸材を編集部は見逃していないか? そもそも逸材は新潮新人賞に応募してくれただろうか? 選考会(私は司会担当)が紛糾したらどうしようか? 無名の書き手の作品を選ぶということは、顕在する欠点の奥に潜在する未知の可能性を見出すことだ。もし間違えたら、文学の神に厳しく裁かれる気がする。結果として、選考は紛糾し、一時は受賞作なしという意見まで出たが、辛うじてひとつの作品が選ばれた。受賞者としてデビューすることになった飯塚朝美さんが文学の世界をサヴァイヴしてくれることを心から祈っている。
9月X日
文芸評論家の福田和也氏が「部長代理」を務める写真部の「部活」のため、昼前に中目黒に集合。ほぼ月に一度のペースで部活が行われているが、不良部員の私は半年ぶり、二度目の出席。参加資格はライカに代表されるレンジファインダー式のカメラを持参するというもので(もしかしたら私の勘ちがいかもしれない)、この日はエプソンのデジタルカメラR-D1にミノルタの1970年代製のレンズをつけた。で、何をするかというと、路地をぶらぶら歩きながら撮影し、その合間に酒を飲む。やがて飲む合間に撮影するようになる。

最後はただ飲む、というものだ(これも勘ちがいかもしれない)。気温30度を越える路地を酔っ払いながら歩き回っていると、なにか目的も生産性もまったくない、だからこそもっとも贅沢な時間を過ごしているような気がしてきた。初めて参加したときは、いい写真を撮ろうという「邪念」があったが、二度目にして早くも解脱だ。集合から3時間後、祐天寺の焼き鳥屋でついにただの飲み会となり(店内で撮影したら怒られたのだ)、最後はなぜか祐天寺駅改札口前でワインをプラカップで立ち飲みしていた。部員の皆さんはさらに活動を続けたらしいが、私は残りわずかの理性を振り絞り、友人の結婚パーティに出席すべく、着替えのために一時帰宅した。したのだが……ソファで気絶し、目覚めたらパーティは既に終了していた。ごめんなさい、REALTOKYO寄稿者で新婚の菅付雅信さん!
激しく自己嫌悪しながら、タケニナガワ・ギャラリーの大竹伸朗『貼貼貼』展へ。大竹さん、いしいしんじさん他と再会。先月、宇和島で制作のゼロからを見ることができた作品とも再会。終電で三崎港へ。
10月X日

前夜終電で辿り着いた三崎港から東京へとんぼ返り。池袋のジュンク堂書店で作家・絲山秋子氏トークイベント。聞き手役を務める。話題は彼女が『新潮』で連載し、このたび単行本として発売された『ばかもの』という小説をめぐって。主人公の男性がアルコール依存症となり、最悪の状況を過ごしていたころ、主人公の内面に深く潜っていた絲山氏自身も本当に辛そうで、虚構の人物の苦悩をそのまま体感しているようだった。主人公の精神がどん底のどん底に辿り着いたとき、つまりこれ以上の悲惨はないという意味での救いがかすかに見えてきたとき、主人公とともに高崎の街をさまよっていた彼女から電話をもらったことなどを喋った。その後、池袋で打ち上げ。さらに神楽坂に移動して打ち上げ。
寄稿家プロフィール
やの・ゆたか/1965年岡山県生まれ、文芸誌『新潮』編集長。89年、新潮社に入社し、雑誌『03 TOKYO Calling』創刊編集部に所属。以後、書籍編集者として文芸書、思想書、美術書等を担当し、2003年から現職。趣味は年間百泊する三浦半島三崎港での地魚賞味・調理。音楽・美術鑑賞。