COLUMN

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  • 『新潮』編集長
    矢野優
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『新潮』編集長の東京編集長日記

第10回:あの時君はアツかった
矢野優
Date: September 10, 2008
『新潮』2008年10月号

8月30日

前回の当欄で、音楽についてのささやかな思い出を記したが、きっかけは、いにしえの音源が入ったアナログテープが10数年振りに<発掘>されたことだった。気恥ずかしくて、ほとんど聞き直していなかったが、校了明けのこの日の夜、1本のテープを再生してみた。ラベルには、関西の学生だったその当時に憧れていた画家の名が殴り書きされていた。だんだん記憶が蘇ってきたのだが……夜行バスで東京の個展に行き、偶然会えた画家と言葉を交わし、ちゃっかりサインをもらって、彼に地図を書いてもらった明大前のマニアックなレコード屋に行った後、バスで関西の下宿に戻った。それから間もなく、録音したのだ。聴衆をその画家ひとりに限定して作った音楽。その出来はともかく、「おいおい、キミ、やけにアツいな!」といまの自分は当時の自分のことを思う。憧れの画家に近づきたいというミーハー心? 「あなたの作品に感動した人間がここにいるゾ!」という500キロの距離を無視した遠隔自己主張? だが、感動を与えてくれた人間にむかって、なりふり構わず行動を始めた20年前の学生のアナログな思いは、職業編集者であるデジタルな時代の自分を背後から直撃する。あのときの気持ちを忘れていたかもと思った。作家から新作が届いたら、感想に替えて新曲をつくる編集者……やってみようかな。間違いなく伝説だ。作家は困るだろうな。

 

8月31日

08年最後の三浦スイカ。いくら残暑が厳しくとも、もう9月のこの時点では三浦での栽培は終わり(同じ畑で三浦大根)。もはやこの激甘旨スイカは食べることはできないはず。

三崎港の家で終日、原稿を読む。午後、農家の路面直営店にいって、スイカを買う。大好きな小玉スイカの時季は先週終わっていた。普通のスイカもあと数日で販売終了とのこと。三浦半島の甘いスイカは毎夏一番の楽しみだから、ついに夏が終わってしまった感じ。夜は馴染みの地魚鮮魚店「まるいち」で、夏商戦を乗り切った記念の打ち上げにまぜてもらう。海からの涼風が吹く店先の通りに椅子を並べ、食堂部の料理長が握ってくれた寿司を路上で食べる。マグロ、アジ、イナダ、タイ。八月は出張が続き、慌しかったが、港の家に十泊できた。夏休みはなかったけれど、出張先の愛媛県宇和島、和歌山県新宮での濃厚な時間と港での静かな時間が夏休みの替わりだった。スイカの8月が終わると、サバの9月がやってくる。そろそろ〆サバにできるくらい脂の乗った天然サバが近場の港に上がりだしたらしい。

 

9月5日

源氏物語を特集した『新潮』10月号が印刷所から届いた。その目玉は、今年千年紀を迎えた源氏物語から選んだ6つの帖を、江國香織、角田光代、金原ひとみ、桐野夏生、島田雅彦、町田康の各氏が短篇化した「新訳・超訳 源氏物語」だ。この企画では、設定などを大胆に変更した超訳でもいいことにした。結果として、ある作品は、一見すると直球の現代語訳なのに、その作家ならではの肉声が隅々にまで響いていたし、ある作品は、なんと現代アジアの悪い場所が舞台になっていた。読んでみると、これらすべてが半端なく面白い! それにしても、「千年に一度のお願いです」という依頼状をいきなり受け取った作家の方々は驚いただろう。しかも、千年にわたって読み継がれてきた古典中の古典を書き直すというのは、時にプレッシャーだったのではないか。だがいま、作家とのやりとりを思い返しながら、しみじみと嬉しく思うのは、「作家とは損得勘定抜きに<書くこと>に食らいついてしまう生き物なんだなあ」ということだ。千年の時を超えた紫式部と現代作家との稀有なコラボレーションをぜひ多くの人に読んでいただきたい。……と、実も蓋もなく自分の雑誌を宣伝しているが、源氏特集をゼロから企画し、大半の記事を担当し、特集全体を監督したのは編集長の私ではない、ひとりの若手編集部員だった。その編集者の創造性が伸びやかに発揮された場に立ち会えたのは、同じ編集者として、大きな収穫だった。

寄稿家プロフィール

やの・ゆたか/1965年岡山県生まれ、文芸誌『新潮』編集長。89年、新潮社に入社し、雑誌『03 TOKYO Calling』創刊編集部に所属。以後、書籍編集者として文芸書、思想書、美術書等を担当し、2003年から現職。趣味は年間百泊する三浦半島三崎港での地魚賞味・調理。音楽・美術鑑賞。