COLUMN

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  • 『+81』編集長
    森なほこ
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『+81』編集長の東京編集長日記

第12回(最終回):デザインで伝わること、言葉に気づかされること
森なほこ
Date: March 24, 2009

3月1日

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突然ですが、これが私の愛車(右写真)です。2、3年前に中古で買った、ピザ屋の配達でお馴染みの3輪車。うだるように暑い夏の日も、凍えるような冬の日も、毎日これに乗って移動しています。ちょっとばかし雨が降っても屋根があるし、一丁前にワイパーも付いている。後ろに巨大な荷台があるから、見本誌を何冊積んでも大丈夫。人混みの駅や電車が苦手な私にとって、今では欠かせない相棒です。これに乗って走っていると、普段は見えないヴィジョンが見えたり、ひらめきが降ってくることもある。徹夜明けに家の手前の橋を渡る時、澄んだ空気の向こうに富士山が見える朝もあって、ご褒美をもらったような小さな嬉しさを感じることも。屋根付き3輪原チャリを乗りまわす編集長なんて、他にいないかもしれないけれども……。

 

3月10日

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『+81 Vol.43』

先月の話ですが、最新号『+81 Vol.43』をリリースしました。カルチャー色の強かった前号のボード・カルチャー特集と打って変わり、今号では+81の原点に返り、グラフィック・デザインの根幹ともいえるタイポグラフィを特集しています。文字と言葉を扱うタイポグラフィ作品に触れ、今回の編集作業では“言葉”について多くを考えました。

デザインには明確なコンセプトがあって然るべきだけど、そのコンセプトが必ずしも言葉で言い表せるものであるとは限らない。と、私は思う。デザインが持つ重要な目的はコミュニケーションで、そのコミュニケーションは人間の感情から生まれる。そして、それは、相手の感性へ作用するもの。人間の感情や感性は、少ない言葉で全てを表わせるほど単純明快ではないのだから。「あらゆる色をした小さな粒が集まり、それを全体的に捉えると唯一の色味に見えてくる」。感情とはそうしたものだと思う。

あらゆる物やヴィジュアルが溢れ、次々と表れては消えていく現代だから、ひと目で強く印象に残り、それを見た誰もが共通の理解を得るような明快なデザインが必要とされている。けど、あまりに明確なデザインばかりに囲まれ、過保護にされすぎると、人間がせっかく備えている感性という才能は、衰え、貧弱化してしまうのではないかな。

言葉を扱う編集者でなくても、うまく言葉にならない憤りや悲しさを感じたことのある人はたくさんいるはず。その“うまく言葉にならない部分”や、曖昧なものを曖昧なままに表現できる点こそが、私がデザインに惹かれる理由であり、ヴィジュアルに嫉妬してしまう理由でもある。だからこそ、数学的要素だけでなく文学的要素も併せ持つデザイン、残り香のように余韻が漂うデザイン、見る側のイマジネーションや感性に委ねる余裕を備えたデザイン、そんなデザインがもっとあってもいいんじゃないかと思うんです。

話は戻って『+81 Vol.43』。表紙デザインはベルリンのデザイン・スタジオ、Nodeによるもの。こちらの無理難題にとことん付き合い、深い思慮と独創的な発想で、とても素敵なデザインを仕上げてくれました。本屋さんで手にとって、ご覧いただけると嬉しいです。

 

3月16日

今編集中の『+81 Vol.44』で、自分が編集長を務めるようになって9号目を迎えます。オトナといわれる年齢になって「子供の頃に想像していた“オトナ”と、今の自分は随分かけ離れているもんだ」と、唖然としてしまうのと同じで、これまで自分が進む道の先にいた編集長方と、今の私は程遠い。とはいえ、「編集長とはこうあるべきだ!」という理想像は特になく、いつも目前の問題に右往左往して、それに伴う感情の動きに踊らされてばかりです。

編集長になって変化したことといえば、悶々と考える時間が増えたこと。数字が関係する具体的な問題を解決しようと、慣れない頭で考える作業が増えました。そしてそれ以上に、「雑誌とは?」「+81とは?」という抽象的で普遍的な題材が薄い膜のようになって、常に心と頭を覆うように。REALTOKYOでは、そんな私の模糊とした憂いや所感を綴らせていただきました。

昔から日記を綴るのが苦手で、言葉や文字にするのが嫌いだった自分ですが、こうしてぽつりぽつりと気侭に書かせていただいたことで、ようやく気づけたことや消化できたことがたくさんありました。こういう場を与えていただき、本当にありがとうございました。

 

≪編集部より≫

本連載は、今回をもって終了となります。これまでご愛読下さった皆さん、そして森さん、本当にありがとうございました!

寄稿家プロフィール

もり・なほこ/1975年東京生まれ。スノーボード三昧の青春時代を過ごす。『warp』等いくつかの雑誌編集部に在籍後、サンディエゴへ短期遊学。2003年『+81』編集部に入社。05年よりフリーランスとして同誌をメインに、『DAZED & CONFUSED JAPAN』他、様々なクリエイティブプロジェクトにてディレクションを手がける。07年5月発行『+81 Vol.36』より編集長に就任。