
2015年夏、いちばん暑かったのは群馬か岐阜、埼玉かもしれないが、アート&カルチャーが熱かったのは新潟に違いない。湯沢町でフジロックフェスティバル(7月24日〜26日)、十日町市を中心に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ(7月26日〜9月13日)、新潟市では水と土の芸術祭(7月18日〜10月12日)、その関連企画でもあるNIDF2015—新潟インターナショナルダンスフェスティバル(8月21日〜9月4日)と、各ジャンルのアーティストとオーディエンスが国内はもとより海外からも新潟に集った。
似て非なるもの、だから面白い
今年スタートしたNIDFは、Noism(ノイズム)芸術監督の金森穣がかねてから構想していたプロジェクトで、金森がアーティスティックディレクターを務める。Noismが活動する劇場「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」に韓国・大邱(テグ)から大邱市立舞踊団(DCMDC)、中国・香港から城市当代舞踊団(CCDC)を招き、Noismのプロジェクトカンパニー、Noism0(ノイズムゼロ)も合わせ新作を含む4作品を上演した。8月21日・28日、9月4日と公演は毎週金曜日に、8月23日には各カンパニーの芸術監督による鼎談も行われ、ダンスファンは足繁くりゅーとぴあに通うことになった(ちなみに、劇場のユニークな名称は、かつて新潟が「柳都」と呼ばれていた歴史に由来する)。


2004年春に新潟市で誕生したNoismは、日本で唯一の公立のレジデンシャルダンスカンパニー(劇場専属舞踊団)。りゅーとぴあを運営する財団法人新潟市芸術文化振興財団が、舞踊家の給与から公演の諸経費まで、カンパニーを維持するための経費を賄う。今回招聘されたDCMDCも公立劇場専属、CCDCは半官半民、いずれも各国のコンテンポラリーダンスシーンを牽引する存在で、クオリティの高さはお墨付きだ。欧米にいればよく間違えられる、東アジアのよく似たルックスの私たちだが、振付、音楽、舞台の設え、演出、衣装、舞踊家の身体などに、どのような違いがあるのか。西洋発のコンテンポラリーダンスの中に、民族性やお国柄といったものを垣間見ることができるのか。日本で観る機会の少ない韓国と香港のカンパニーの公演を、Noismのホームである劇場の同じステージで味わって比較する。優劣ではなく差異の発見、そこにNIDFの面白さがある。
最初に登場したDCMDCは、1981年に設立された韓国初の公立現代舞踊団。昨年11月に芸術監督に就任した振付家ホン・スンヨプが6代目、団員45人という大所帯である。今回は12人の舞踊家が新潟を訪れ、テイストの異なる2作品、「自我の探求」をテーマに作り続けるホンの代表作『Moon-Looking Dog』と、就任後の初作品で今年5月初演の新作『I Saw the Elephant』第2部を披露。舞踊家たちの身体やヘアスタイルが個性的で、しっかりした筋肉が生み出すユニークでしなやかな動きに見惚れた。ダンサーでなくとも、興が乗ると体が自然と動き出す韓国の人々には舞踊に対する気後れなどなく、踊る側と観る側が一体となって喜びを分かち合う素地があるのかもしれない。カーテンコールでは「ブラボー!」という声も飛び交ったほど、劇場は熱気に包まれた。
日本の観客の拍手喝采をしっかり受け止めたDCMDCの次は、香港からCCDCがやってきた。DCMDCよりさらに歴史が古く、設立は1979年。36年にわたり200本以上のオリジナル作品を制作してきた。今回の演目は、ウィリアム・フォーサイスに師事した振付家サン・ジジアによる『As If To Nothing』。舞台美術もサン自身が手掛けたそうだが、引き出しのようにパタパタと動く装置、英語と中国語が混在するセリフと演技、エイドリアン・ユンによるエフェクトが利いた映像、実験音楽のアーティスト、ディクソン・ディーによる豊穣な音楽など、各種メディアを駆使し、ダンスという枠を大胆にはみ出していくアーティスティックなパフォーマンスだ。こちらも舞踊家は14人。他分野のアーティストを国内外から招き、コラボレーションを積極的に取り入れてきたカンパニーは、香港らしいダイナミックな旋風をりゅーとぴあに巻き起こした。


金森穣とNoismを支えるもの
そして最後が、お待ちかねのNoism。日本初レジデンシャルダンスカンパニーとして昨年4月に10周年を迎えたが、追随する舞踊団はなくいまだに日本唯一である。プロフェッショナルのNoism1 と研修生のNoism2に分かれ、国内外での公演が高く評価されているが、金森いわく"Noismの最高形態"としてプロジェクトカンパニー「Noism0」が初お目見えで新作『愛と精霊の家』を披露。演出振付家の金森が久しぶりにステージに立つということで、満席の客席には開演前から熱気があふれた。ほかに、Noism副芸術監督でもある井関佐和子、Noism2専属振付家でもある山田勇気、ネザーランド・ダンスシアター出身の小㞍健太、SPAC(静岡県舞台芸術センター)所属の俳優・奥野晃士が出演。ウージェーヌ・イヨネスコ原作『椅子』のテキストを使用し、金森と井関のプライベートユニット「unit-Cyan」が2012年に発表した『シアンの家』をベースに、女性舞踊家と男性俳優、3人の男性舞踊家が未来永劫ループする愛と死をテーマに踊り、演じた。ロマンティックでやるせない、ストーリー性に富んだ作品を生み出してきたNoismの真骨頂。5人が生み出す濃密な空気に呑み込まれ、劇場にいることをしばし忘れるほどの強い力で揺さぶられたが、それは私だけではなかったようで、カーテンコールの拍手がいつまでも止まず、舞踊家たちは何度もステージに登場して熱烈なアプローズに応えた。
りゅーとぴあでは、公演後に篠田昭新潟市長が登壇して自分の言葉で感想を語り、劇場に足を運んだ観客に謝辞を伝えるのが印象的だが、『愛と精霊の家』の後に登場した市長は「決してひいき目でなく、Noism0がやはり素晴らしかった」と満面の笑みを浮かべていた。Q&Aを交えたアフタートークでは、踊る金森を見るために東京や京都から来たという声も。関東や関西から訪れる価値がある公演が地元・新潟で行われた喜びに、市民や県民は浸ったのではないだろうか。もちろん私も。


Noism誕生から11年、すっかり新潟の街に欠かせない人となった金森は、昨年6月から新潟市文化創造アドバイザーも務める。新潟にりゅーとぴあがあり、りゅーとぴあにNoismがあり、NIDFが実現できたのは、彼と篠田市長の並々ならぬ情熱と辣腕、舞踊家たちの力量と魅力、そしてNoismを愛する市民のサポートも大きいだろう。人事異動の激しい行政と共に歩むカンパニーの苦労はいかばかりかと想像できるが、もし"私たちのNoism"になにかあれば市民が黙っていないはずだ。
公演のほかに3舞踊団の芸術監督による鼎談も開催された。興味の赴くままに金森が遠慮なく質問をぶつけ、DCMDCのホン・スンヨプとCCDCのウィリー・ツァオが本音で応えるというスタイルで、舞踊家や観客の育成、舞踊団の運営など、それぞれが抱えるリアルな問題がシェアされ、実に刺激的な内容だった。金森がホストとなり、ゲストを迎えて対談する「柳都会」でも彼のナビゲーター能力に驚かされるが、踊って、振り付けして、演出して、トークができて、ディレクションができて……、そんな人をほかに知らない。

鼎談も含め、私はNIDFをフルに満喫できたが、『愛と精霊の家』を除いて客席が埋まっていないことが気になった。新潟県民のダンスファンにとっては1週間おきの競演で問題ないが、まとめて開催したほうが県外からは訪れやすく、フェスティバル気分が盛り上がったかもしれない。Noism目当ての人がほかの公演や鼎談の観客になり得ただろうと思うと、それだけが少し残念だ。
新潟でしかなし得ないことを
昨年の夏に新潟県長岡市に移住するまで、私は人生のほぼすべての時間を関東地方で過ごしてきた。首都圏を離れてみると、地方が東京を向いているわけではなく、東京に憧れているわけでもないことがわかる。日本海を視野に持ち、その先に広大な大陸の気配を感じる新潟は、そういった土地の特性もあってアジアの未来を志向する。東京を経由せず、新潟と世界がダイレクトにつながるNIDFは、「東アジア文化都市 2015 新潟市」事業の一環として実施された。日中韓3ヶ国の文化大臣の会合で、文化芸術による発展を目指す都市を各国1都市ずつ選び、イベントなどを行って相互理解を深めようとするもの。2014年の横浜市に続き今年は新潟市、2016年は奈良市、2017年は京都市に決定している。背景には、昨今のこじれた関係改善という目的があるが、大陸や半島を仮想敵として険悪ムードを醸成し、国民の不安を煽る政権が続く限り、見通しは暗そうだ。
ならば、国や東京がやれないことを地方から始めよう。「こういう時だからこそ人と人との交流を」と金森は語るが、今後は助成金次第というシビアな実情も明かした。新潟でしかなし得ないことのひとつとしてスタートしたNIDF、その展開を注視していきたい。そして、主に首都圏にいるREALTOKYO読者のみなさん、ぜひ新潟へ!
インフォメーション
NIDF2015-新潟インターナショナルダンスフェスティバル
■大邱市立舞踊団(DCMDC)[韓国/大邱]
『Moon-Looking Dog』、新作『I Saw the Elephant』より第2部
8月21日(金)19:00開演
■城市当代舞踊団(CCDC)[中国/香港]
『As If To Nothing』
8月28日(金)19:00開演
■Noism0(ノイズムゼロ)[日本/新潟]
新作『愛と精霊の家』
9月4日(金)19:00開演
■文化鼎談-劇場専属舞踊団の課題とアジアの未来
8月23日(日)14:30〜16:30
会場:公演=りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館、鼎談=新潟県民会館
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中の1999年にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。