
渋谷シネ・ラ・セット、ヒューマントラストシネマ文化村通り、渋谷シネフロント、ライズX、渋谷シアターTSUTAYA、シネマ・アンジェリカ、恵比寿ガーデンシネマ、シネセゾン渋谷、シアターN渋谷、ミニシアターの灯がここ数年で次々に消えた。映画ファンにとって閉館のニュースはなんとも寂しい限りだが、銀座の映画文化発信拠点として四半世紀にわたって愛されてきた銀座テアトルシネマも、銀座テアトルビルの売却に伴う譲渡先との協議の結果、5月末日をもって26年の歴史に幕を閉じる。1987年に銀座テアトル西友としてオープンした当初から足繁く通った日々を懐かしく思い出しているが、『ラストタンゴ・イン・パリ』『さよなら子供たち』『偶然の旅行者』『IP5 愛を探す旅人たち』『友だちのうちはどこ?』『恋する惑星』『デカローグ』など、記憶に残る作品との数多の出合いがあった。

「私自身も、銀座テアトル西友で観た『ユージュアル・サスペクツ』が入社のきっかけなんです」と、支配人の野崎千夏さん。「面接でもその話をしたんですけど、学生時代は映画を観まくっていて、当時はミニシアターがにぎわっていましたから、人気のある作品は満席で立ち見や通路に座って観たことも」。ホテル勤務の後、テアトル新宿、シネセゾン渋谷を経て銀座テアトルシネマに配属された野崎さんは、2011年2月にシネセゾン渋谷の閉館に支配人として立ち会い、再び銀座で閉館を迎えることになった。「この劇場のお客様は、おしゃれして銀座へお出かけしようという、ショッピングや食事などのお楽しみのひとつとして映画をご覧になる中高年の女性がメイン。ヨーロッパの作品を中心に、映画祭受賞作や歴史ドラマなど、文化度の高い女性たちが楽しめるものを中心に選んできました。ここでやっているものなら何でも観たいとおしゃってくれる方もいて、信頼して足を運んでくださっているのはありがたいですね。閉館を惜しむ声がたくさん聞こえてきて、銀座一丁目に根付いた劇場の歴史の重みを感じます」
「支配人をやっていてうれしい瞬間は日々たくさんありますが、私がパンフレットを売ったりしていると、『あのシーンはこうだったわね』『ラストはどういうことなの?』などと、観賞後にお客様が話しかけてくださるんです。これから映画をご覧になる方もいるから、大きな声で話すわけにはいかないと思いつつ、スタッフに話しかけたくなるくらい楽しんでくださったんだなぁと、うれしい気持ちでいっぱいになります。劇場で知り合った方同士が、映画の話で盛り上がっているのを見るのも楽しいですね。思い出に残っている作品は『ダンシング・チャップリン』。11週のロングランを記録したヒット作で、子供から高齢の方まで、たくさんのお客様に観ていただきました。個人的にいちばん心に沁みたのはマイク・リー監督の『家族の庭』。メアリーに思いきり感情移入してしまいました(笑)」

(c)2011 Kaos Cinematografica - Stemal Entertainment- LeTalee Associazione Culturale Centro Studi "Enrico Maria Salerno"
銀座テアトルシネマの歴代興行収入ベスト20を野崎さんに教えてもらった。
- 『8人の女たち』2002/11/23~2003/4/4
- 『ユージュアル・サスペクツ』1996/4/13~8/2
- 『恋する惑星』1995/7/15~10/27
- 『HANA-BI』1998/1/24~5/15
- 『ピンポン』2002/7/20~10/11
- 『トーク・トゥ・ハー』2003/6/28~9/19
- 『ビヨンド・サイレンス』1998/5/16~7/24
- 『ウェイクアップ!ネッド』1999/9/25~12/17
- 『風の丘を超えて/西便制』1994/6/25~9/2
- 『さよなら子供たち』1988/12/17~1989/2/17
- 『から騒ぎ』1993/12/25~1994/3/4
- 『ダンシング・チャップリン』2011/4/16~7/1
- 『花様年華』2001/3/31~6/8
- 『白い馬』1995/4/22~6/16
- 『ぼくの好きな先生』2003/9/20~11/28
- 『萌の朱雀』1997/11/1~1998/1/23
- 『オー・ブラザー!』2001/10/20~12/21
- 『フェアリーテイル』1999/3/27~6/11
- 『裸のマハ』2002/5/3~7/19
- 『マカロニ』1988/9/10~11/11
「映画はシネコンで観るものと思っている若い人たちの中には、ミニシアターという言葉を知らない人もいます。この劇場に来て、『何番シアターですか?』って。うちは1スクリーンですけど、劇場にはたくさんのスクリーンがあると思っているのでしょう。私もほかのスタッフも、ヒット作品と客層をチェックしにシネコンに行きますが、シネコンで観る、あるいはDVDを借りたり、ネットでダウンロードしたりして家で観るのは映画好きな人ですよね。まったく映画を観ない人も増えている中で、ミニシアターとしては、映画好きな人に足を運んでもらうための魅力的な仕掛けをするなど、作品の選び方を含め、シネコンでやれないことを探っていかないと。また、作品がどんなによくても観客がいないとどうしようもないので、若い映画ファンを育てないといけませんね」

(c)2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinema - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk
閉館の経緯とミニシアターの未来について、同劇場を運営する東京テアトル広報の高原太郎さんにも聞いてみた。「1987年の竣工から25年以上が経過し、ビル全体のメンテナンスが必要な時期に入ったため、大規模改修や再開発による事業継続も検討した結果、断腸の思いでビル売却を決定しました。劇場の業績とは無関係で、必ずしもミニシアターが危機的状況であるとも言えませんし、むしろそれをチャンスとして捉えたい」。ミニシアターの苦境を後押ししたと言われる、35mmフィルムからDCP(デジタルシネマパッケージ)への移行については、「デジタル化にはデメリットもありますが、演劇や音楽などODSと呼ばれる映画以外のコンテンツを活用でき、より柔軟な企画上映が可能。メリットとなる部分を大きく生かしていきたいですね。そして、こだわりのあるお客様への訴求、作家やその周辺の方とコミュニュケーションできる場を創造するといった、ミニシアターならではの取り組みを実直に続けて潜在顧客を掘り起こすこと。コミュニティの形成が大切で、お客様と映画館の間でどのような関係性を築けるかが最大のポイント。シネコンとはひと味違った個性を発揮し、差別化していくことはまだまだ可能です」

(C)Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII
1月26日(土)から始まるラスト3作品は、有終の美を飾るのにふさわしいヨーロッパの傑作が並ぶ。それぞれについて野崎さんからコメントをもらった。まず、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したパオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟による『塀の中のジュリアス・シーザー』。ローマ郊外の本物の刑務所で、本物の囚人たちが『ジュリアス・シーザー』を演じるという、これまで体験したことのない映画のマジックを堪能できる作品だ。「出所後に役者になった人もいて、どこからどこまでが演技なのか、その境界線があいまいで、わくわくさせられます」
続いて、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞のミヒャエル・ハネケ監督作品『愛、アムール』。パリに暮らす老夫婦の最晩年の生活が淡々と描かれる静謐な作品だが、叔母が病いを苦に自殺したことが契機となり、愛する人の苦しみにどう寄り添ったらいいのか、監督自身が抱いた身近な問題が出発点という。「寓話的でもあり、リアリティもあり、老老介護という、高齢化社会の日本にとっても身近な問題をはらんだ作品。こういうことが起こりうるだろうなという怖さがありますが、やはり愛なんですよね」
クロージングを飾るのは、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したケン・ローチ監督作品『天使の分け前』。コミカルな演出と明るいエンディングがケン・ローチらしからぬ味わいだ。「タイトルは物語のモチーフになったウイスキーの用語ですが、銀座テアトルシネマからのお客様へのプレゼントという意味も込めているんです。新しい出発という意味で、爽快感にあふれたこの作品がラストでよかったなと思っています。閉館は残念なことではありますが、感謝の気持ちを込めて明るいお別れにしたいですね」
最後に1つ、高原さんからの気になる情報も付け加えよう。「閉館とはいえ映画興行を縮小しようということでなく、2014年度までに2サイト6スクリーンの新規出館を目指しています」。同社の新しいシアターがどこに誕生するのか、楽しみに待ちたい。そして、銀座テアトルシネマのラスト3作品をどうかお見逃しなく。

インフォメーション
銀座テアトルシネマ公式サイト
http://www.ttcg.jp/theatre_ginza/
「さよならカウントダウン5」プレゼントキャンペーン
http://www.ttcg.jp/theatre_ginza/topics/detail/16811
1月26日(土)より公開
監督:パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ
配給:スターサンズ
2012年ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作
公式サイト:http://heinonakano-c.com/
3月9日(土)より公開
『愛、アムール』
監督:ミヒャエル・ハネケ
配給:ロングライド
2012年カンヌ国際映画祭パルムドール〈最高賞〉受賞作
第85回米アカデミー賞 主要5部門ノミネート
作品賞・監督賞・主演女優賞・オリジナル脚本賞・外国語映画賞
公式サイト:http://ai-movie.jp/
4月13日(土)より公開
『天使の分け前』
監督:ケン・ローチ
配給:ロングライド
2012年カンヌ映画祭審査員賞受賞作
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中の1999年にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。