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037:from Tokyo - FabLab:「つくりかた」の未来
渡辺ゆうか
Date: November 22, 2010
FabLab 世界共通のロゴマーク 赤: LEARN 青:MAKE 緑: SHARE | REALTOKYO
FabLab 世界共通のロゴマーク
赤:LEARN 青:MAKE 緑:SHARE

20世紀初頭にヘンリー・フォードが確立した大量生産、大量消費の社会構造が、少しずつ草の根的に変わり始めている。ひとりひとりを対象とした「ものづくり」とは? アメリカ合衆国ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)から始まり、パーソナル・ファブリケーション(工業の個人化)を世界各国に広げている「FabLab(ファブラボ)」という活動から、「ものづくり」の未来を覗いてみたい。

 

FabLabとは

 

FabLab(ファブラボ)とは、Fabrication Laboratory(製作のための研究室)。Fabulous Laboratory(素晴らしい研究室)とも解釈できるという。提案者は、MITビット・アンド・アトムズ・センター所長、ニール・ガーシェンフェルド氏。物理学を専門とするガーシェンフェルド氏は、高度なデジタル技術と工作機械の普及により物質世界を「プログラム」し、パーソナル・ファブリケーション(工業の個人化)を可能にする時代が来ると考えていた。1998年、ガーシェンフェルド氏はMITで超音速のジェット水流、レーザー光線の工作機械などの「機械をつくるための機械」を一式揃え、『(ほぼ)あらゆる物をつくる方法』というユニークな講座を開く。クラスは学科を超えた学生から大きな反響を得るとともに、ガーシェンフェルド氏が進めていくパーソナル・ファブリケーションが持つ意味と、その用途の可能性を探る最初のきっかけとなった。その後、研究室(Lab)を学外へ設立するプロジェクトへと発展していく。2002年から本格的に世界各国で稼働し始めたFabLabは、インド農村部、ノルウェー北部、コスタリカ、ガーナ、オランダ、ドイツなど先進国から途上国まで現在30ヶ国以上で設立され、毎年その数を増やし、運営も各地でさまざまな形態をとっている。

 

FabLabをより楽しく理解していただくために、スペインにあるDisseny Hub Barcelona (DHUB) が作成したアニメーションをご覧いただきたい。

 

「デザイン」の地産地消

 

パーソナルコンピュータと高度な技術をもった3次元プリンタが接続されることにより、人々は世界中のネットワークにアクセスしながら「ものづくり」を楽しむことができる。FabLabの興味深いところは、高度な工作機械が集まる工房そのものが、新しくFabLabを作り出せる機能を持っていること。SFのようだが、機械が同じ機械を次々と生み出すことも可能なのだ。そして、その土地に必要なものを、その土地の素材で、その土地の人が生産することができる。途上国においては、生産者となるための手段を提供することこそが、「もの」を提供することよりも大きな支援となる場合が多い。先進国では、大量生産、大量廃棄のデザインを成立させてきた文脈とは異なる新領域となってゆく。原発を稼働させるよりもソーラー発電へ、熱帯雨林の伐採から国産の間伐材の使用へ、輸入食材から地元の食材へ、といった循環型コミュニティが形成される中で、FabLabを通じた「デザイン」の地産地消も充分に考えられる。家具や身の回りの製品以外にも、スペインではレーザーカッターとCNCで出力した板材でつくられたソーラーハウス「FabLab House」も実現している。

 

FabLab House | REALTOKYO
FabLab House photo by Institute of Advanced Architecture of Catalonia (IAAC)

オープンなデザイン、その先にあるもの

 

今日では、ウェブ上で料理のレシピを共有するサイト「COOKPAD」を日常的に使用している人も多いだろう。「デザイン」も同じようにレシピを通じて楽しめるという時代になってきている。例えば、「[UN]LIMITED Design Contest」や「Thingiverse」などに実際にアクセスしてみるといい。プログラミングの側面からも「Sketch Chair」、「Magic Box」などの驚くべきアプリケーションも登場している。これまでクリエイターは、著作権などにより「囲う」ことでデザイン価値を高めてきた。誰もが技術にアクセスでき、誰もが「ものづくり」に参加できる工作社会が到来するのであれば、プロフェッショナルと呼ばれるクリエイターの役割も変化せざるを得ない。情報社会から工作社会へと進むからこそ、消費者と生産者の距離が縮まり、見えてくる事柄もある。「ものづくり」の裾野が広がることで、伝統や職人の高度な技術へのまなざしや、より深い部分での理解を共有することができるのではないだろうか。ウェブが地方の生産者と消費者を結びつけ、新たな販売経路を生み出したように、テクノロジーは風土が培ってきた高度なアナログ技術や知恵を駆逐するものではなく、再発見するツールにしていくべきなのだから。

 

photo by FabLab Japan | REALTOKYO
photo by FabLab Japan

FabLab Japan

 

現在、東アジアにはひとつもFabLabが設置されていない。2010年春から慶應義塾大学准教授の田中浩也氏が発起人となり、多摩美術大学教授久保田晃弘氏をはじめ、デザイン、編集、建築、ファッション、エンジニアリングなどジャンルを超えた人材が有志で集まり、国内のFabLab設立を目指して準備を進めている。今年度、関西で行われた『DESIGNEAST 01』や東京で開催された『TOKYO DESIGNERS WEEK 2010』(以下TDW)など各地のイベントに参加し、周知やサポートメンバー募集に努めている段階だ。TDWでは、レーザーカッター、3次元プリンタなどの工作機械を持ち込み、会期中にイス、照明、食器類などをリアルタイムで製作していた。私自身も参加したのだが、「つくる」ことと「つかう」ことを通じて初めて理解できることがある。パーソナル・ファブリケーションという選択肢をまずは知ってもらうことが重要だ、とガーシェンフェルド氏が語るように、体験してみてやっと「ものづくり」の未来形という未知なる領域を感じることができた。

 

欧米諸国のようにDIY精神が浸透しておらず、寄付や公共の意識も希薄な日本において、FabLab設立には多くの課題があることも事実だ。だからこそ、一般市民が楽しめる開かれた工房、クリエイターの創造活動の支援、「つくる」ことで「つながる」新しいコミュニティの創設、日本から世界のネットワークへアクセスできる地盤の構築をより積極的に行うことは、これからの時代に必要不可欠なのではないだろうか。それは、「耕す」が語源である「CULTURE(文化)」にふさわしい。

 

もう少し時間のモノサシを伸ばすとすれば、FabLabは私たちの世代だけのものではなく、次の世代のためのものかもしれない。学校の時間割表に理数系のコマが増やされるよりも、FabLabで自由に遊ばせるほうが子供たちにとって、日本の未来にとって、有意義な時間になることは間違いない。カウンターカルチャーではなく、メインストリームへ。限られた人が使用する特別な工房ではなく、誰もが気軽に通う図書館のようにFabLabが設置され、「ものづくり」を楽しむ未来がくることを願っている。

 

photo by FabLab Japan | REALTOKYO
TDW会場風景(左:FabLab Japan Cafe Talk/右:レーザーカッターのデモンストレーション)
photo by FabLab Japan

FabLab Japan公式サイト

http://fablabjapan.org/

 

参考文献

  • ニール・ガーシェンフェルド『ものづくり革命 パーソナルファブリケーションの夜明け』(ソフトバンク クリエイティブ/2006)
    ※現在絶版のため、復刊リクエスト募集中
  • MAKE: Technology on Your Time Volume 01(オライリー・ジャパン/2006)

寄稿家プロフィール

わたなべ・ゆうか/1978年神奈川県生まれ。高校卒業後渡米し、卒業後に帰国。02年多摩美術大学環境デザイン学科入学。妻有アートトリエンナーレ2003、拡張版東京芸大曽我部ゼミメンバーとして参加。以降、美術、建築、街、日常に関わるデザインとして作品制作、及び色々とプロジェクトに参加。身近なひと、もの、ことを発見の日々です。個人ブログ:moshimotion