


今年5月から6月にかけて、東京ミッドタウン・デザインハブ(以下、デザインハブ)とアクシスギャラリーの2会場で『世界を変えるデザイン展』が開催された。来場者数はおよそ2万人を記録し、多くの関心を引きつけるものとなった。今回提示された「デザイン」は、20世紀とは異なる視点と価値から見出されたデザインフロンティアなのかもしれない。
開催までの道のり
本展覧会実行委員長を務めた本村拓人氏は、26歳のエネルギッシュな社会起業家だ。社会的な問題解決をビジネスとして実現させるためのネットワーク、プラットフォームづくりに特化した株式会社Granmaを設立し、社会貢献に対してアクションを起こすネットワークを広げてきた。デザイン界では2007年に米国のクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で『DESIGN FOR THE OTHER 90%』が開催される。世界全人口65億のうち、90%にあたる58億人の生活向上に焦点を当て開発されたプロダクトやプロジェクトが「デザイン」として提示され、大きな話題になった。この展覧会の試みに感銘を受けた本村氏は、デザイン展の企画を東京ミッドタウン・デザインハブに持ち込む。デザインハブの酒井良治氏や、社会課題に対するデザイン展を積極的に企画してきたアクシスギャラリー佐野恵子氏らの共感を得たことで、企画がより良い形で動き出す。ジャンルを超えて展覧会趣旨に賛同したデザイン関係者から成るクリエイティブチームが発足。日本で、新たな展覧会として実施されることとなった。

問題を可視化するデザイン
会場では、発展途上国の生活向上のために開発されたプロダクトやプロジェクト約80点が紹介された。デザインハブではプロダクトを中心とした構成で、重要度別に8つに分類し、緊急性が高いものから「water(水)」「food(食料)」「energy(エネルギー)」「health(健康)」「housing(住空間)」「mobility(移動・輸送)」「education(教育)」「connectivity(情報への接続)」の項目別に製品を展示した。水の輸送手段の軽減を目指して考えられた筒型の容器『Q Drum(キュードラム)』、泥水を安全な飲料水に変えるストロー型の携帯用浄水器『Life Straw(ライフストロー)』など、見ただけで現地が抱える問題を理解することができるデザインが並ぶ。さらに、今までデザインの領域にはあまり登場しなかった、ゴム製義足『Jaipur Foot(ジャイプールフット)』やトタン屋根にペットボトルを置き太陽光で水を殺菌する『SODIS(ソディス)』のようなアイデアも「デザイン」として展示され、これをデザインと呼んでいいのかといった驚きと発見にあふれていた。
アクシスギャラリーでは、プロジェクトの背景を詳しく提示することに力を入れていた。中でもIDEOが提供する『HUMAN CENTERED DESIGN TOOLKIT』は、国際的な企業との協働で蓄積されたプロジェクトのデザインメソッドを、途上国の支援に誰でも使用できるようにとウェブから無料でダウンロードできる、オープンソースのすばらしい試みだ。消費の20世紀からシェアする21世紀へ、デザインのひとつの方法論なのかもしれないと期待がふくらむ。

ダイレクトメッセージ
数多くのカンファレンスの中でも、今回の展覧会ポスターに使用されている、ジャイプールフット普及支援をするBMVSSの活動に携わってきたDevendra Raj Mehta氏のプレゼンが印象深い。インドで彫刻家ラム・チャンドラ氏によって現地の環境に合うように製作された義足が発端となり、1968年から本格的な開発が始まる。改良を重ね20ドルという価格を実現しながら、先進国で使用されている膝関節と同等の性能を持つ驚くべき義足だ。その背景には米国マサチューセッツ工科大学など外部の研究機関との共同開発があり、インドで培われた5万件ものケーススタディのフィードバックが基盤となっている。普及を促すために特許は申請していない。「歩けなくて施設に来た人が、歩いて帰っていく。すごいと思わないかい」と語る、Devendra氏の穏やかで凛としたまなざしが心に残る。日本初来日だったIlona de Jongh氏の活動も紹介しておきたい。NYを拠点として活躍するSproutDesignを主催し、「デザインは世界を変えることができる」と力強く世界へ向けて主張する注目すべきデザイナーの1人だ。プロダクト、食習慣、貧困、芸術に関する教育プログラムまで手掛け、「プロダクト・サービス・システム」のトータルなデザイン思考を惜しみなく提供してくれた。

変化する「デザイン」
会期終了後も展覧会で得た気づきを共有していこうと、デザインジャーナリストの藤崎圭一郎氏とデザインハブの呼びかけにより、デザイン関係者を中心としたトークセッション『世界を変えるデザイン展2.0』が開催された。デザインの持つコミュニケーション能力、オープンソースの可能性などさまざまな事柄が議論される。2回に渡るトークセッションで共通して語られていたのは、「デザイン」という言葉の意味が確実に変化していることだった。今までと異なる文脈や思考で成立するデザインが認知され始めたことは、これからのデザインにとって大きな意味を持つという。
「22世紀、デザインという言葉が、今よりもっと魅力的になっていてほしい」。セッション終了間際、藤崎圭一郎氏が述べた言葉に心躍る。未来へつながる「デザイン」のために、継続してトークセッションを行っていくという。デザインハブのウェブサイトでもトークセッションの詳細をまとめていく予定だ。ぜひ、一緒に考えていきたい。
寄稿家プロフィール
わたなべ・ゆうか/1978年神奈川県生まれ。高校卒業後渡米し、卒業後に帰国。02年多摩美術大学環境デザイン学科入学。妻有アートトリエンナーレ2003、拡張版東京芸大曽我部ゼミメンバーとして参加。以降、美術、建築、街、日常に関わるデザインとして作品制作、及び色々とプロジェクトに参加。身近なひと、もの、ことを発見の日々です。個人ブログ:moshimotion