

開通するなりトラブル続きの東京メトロ・副都心線に乗ってみた。代々木公園駅から明治神宮駅で乗り換えれば、勤務先の創形美術学校のある池袋まで10 数分。いままでは代々木八幡から通勤ラッシュでギュウギュウ詰めの小田急線に身体を押し込め新宿乗り換え、人波かき分け山手線。もうそれだけで人に酔い滅入り、始業前には体力気力萎え萎えの毎週金曜早朝のお勤めに辟易だった私にとって、これはとても便利で有難いと期待は高まっていた。されど、世の中そうは甘くない。とことん深い。よくまあここまで掘り下げて平気なもんだ。さらに、乗り換え通路の細く長く寂しいこと。二日酔いに響く頭を支えながらの小走りには辛すぎる。ともかく、こんな地底の奥底で死んでなるものか。地震がくれば逃げ場などあろうはずなく、生き埋めのまま窒息圧死のご臨終。そのまま墓になるならそれもまただがやはり無念。従来通りのルートに戻すことにしよう。

地上に出てもまた問題なのが山手通り。いったいこの工事はいつに決着を見るのだろう。東京名物、「普請中」。私が越したころには既に工事が始まっていたと記憶するから、15年以上、ダンプがなにかを運び入れなにかをまた運び出すを繰り返し、想像を絶する巨大なクレーン車にパワーショベルにさまざまな重機が、道の真ん中の仕切りの内、ドスンと居座ったまんま、上りも下りも蔓延渋滞。所々が広くなったりはしているようだが、車線の変更続くばかりで、私の生のあるうちに無事竣成開通するのかいぶかしい。
縦に横に地下にそこかしこに、伸び続けなければ気の済まない街、それすなわち、我が国日本の中心、東京である証と心得よう。ファンタスティック。さらにはさまざまなメディアを通して秒刻みにせわしく届く新旧真偽の情報とウワサ、過多の刺激に翻弄されるもいつも明快なる我ら東京人。大陸や東北に起こった地震に、明日はいよいよ我が身と怯えながらも、会合宴席恋愛社交に忙しく、エコ節約グルメ流行偽装に目を見張り続ける大胆かつ勇敢な姿勢。クスリ飲みながらリスク負うお父さん、我ながら感心するぜ、正気かい。なんと呑気な人種の集まったこと。もしくはただの気狂い集団か。四六時中お祭り気分トレビアン……

さあ、最終回である。随分と偏った案内を続けたものだ。芸術集団による紹介にしては、ギャラリーに美術館など、アートの施設にとことん触れたものもおらず、ましてやクラブにブランドおしゃれの先端、話題の人気飲食店について語ったこともない。なにを今更という優越感と、どうにもごめんなさいの共存したまま、のほほんと綴ったこの連載。前回の会田誠くんの苦言は確信と愛に満ち見事であった。私なりにもう一言付加させていただく、「地下鉄駅のリニューアルを即刻中止せよ」。有馬くんの回で紹介された表参道駅の地下デパ化による、駅商店街の活性とファッション化をして、人々が「まるでパリのようだ」と賞賛するのもそれはそれだが、なんにしたって安普請ではないか。インクジェットに新建材の羅列に気品も気迫もあったもんじゃない。ホームの柱もピカピカと真っ白に新しい輝きを見せるけれど、元あった古い柱に被せ物。その分膨張色あいまって、空間が狭く感じられ息苦しい。本来の古き良き日本の帝都である証を、このような形で消していく姿勢に私は抗議する。ツルピカよりも重厚で使い込まれた街のあちこちアレコレに、これ以上手をだすなかれ。無駄金使わず、もっと大事にすればまだまだもつんじゃあないかいバカ野郎。
言い残したことはまだあった。東京では、ベタベタの大阪人に遭う機会が少ない。冗談のようで本当だ。彼等プライド高き関西人は、東もさらに東、東京を無視してニューヨークに渡る。コテコテの関西弁が苦手な私が、暮らし良いと思える要因のひとつとして挙げても大げさではない。
さらに、ここにはいつの時代にも、本物が集まる。ミーハーの母は、その息子を訪ね上京した折、呑み屋に集ったNHKのアナウンサーたちに興奮するなりその輪に押し入り、あげくの果てに一杯ずつおごった。我が家から渋谷へ抜ける一方通行の道。ここにはいつだって、芸能文化著名人が出没、もとい、静かに徘徊している。昨夜も自転車に乗った内田有紀とすれ違った。馴染みのバーには人気俳優。スーパーに行けば大物演歌歌手。ましてやこのオレだって、観る人が観れば有名人、本物のひとりである。そこかしこでの遭遇にドキドキすることも、この街に暮らす醍醐味、いやはやそれにつきる。

以上、最後まで田舎者の都会暮らしから思うこと幾ばくか。もう充分だ。雪駄履き、散歩がてらの代々木公園。白人だらけの長閑な広場を一周して、代々木八幡神社。狛犬の足下で見事なクロ猫に遭遇。こいつも本物だろう、見事なスタイルだ。しかもこいつは東京生まれの東京育ち。悔しいこと。
(全撮影:松蔭浩之)
<編集部より>
約3年半に渡り続いた本連載は、今回をもって終了となります。ご愛読下さった読者の皆さん、また「案内人」としてご寄稿頂いた昭和40年会の皆さん、本当にありがとうございました!
また、本連載「昭和40年会の東京案内」の書籍化が決定しました! 8月刊行に向け、新規コンテンツも収録して現在鋭意制作中。
さらに8月8日から、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)にて、展覧会『昭和40年会の東京案内』も開催決定! 「東京案内」をテーマにしたメンバーそれぞれのポスター展となる予定です。
寄稿家プロフィール
まつかげ・ひろゆき/1965年福岡県生まれ。88年大阪芸術大学卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネチア・ビエンナーレ・アペルト部門出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンス、グラフィックデザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロックデュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。