
今回はついにネタも尽き、友人のオランウータン君に東京おすすめポイントを聞いてみました。
オランウータン(オ):そーだね、僕は猿だし、そんなに東京のことなんか知らないよ。僕の行動するところは木があるところだけだよ。しかも東京の木は低いから、丘の上の木がいいね。だから多摩丘陵って言うの? その付近のことしか知らないよ。
小沢(小):全然かまわないさ。多摩丘陵と言えば、西の奥の八王子から東に向かって長く連なる丘だよね。よみうりランドがあるよね。ジブリアニメの『平成狸合戦ぽんぽこ』の舞台だね。
オ:人間におすすめなのは、何と言っても多摩動物公園だね。ここは僕が普段暮らしているところだ。人間は動物を食べたり家畜にするだけじゃなくて、見るのも好きなんだね。僕ら動物園の動物も実は人間を観察して楽しんでいるのだけどね。
小:あそこは丘の上のものすごく広い動物園だよね。全部回るといい運動になりそうだ。
オ:ライオンバスっていうのが人気らしく、たくさんのライオンが放たれている広い場所に、人間がぎゅう詰めにされたバスがゆっくり巡回するんだ。僕は個人的には好きじゃないけどね。それよりも気になるのはライオン園の巨大なお城なんだ。どう見てもイスラム寺院なんだよね。今のアフリカにはイスラム教徒が多いらしいけど、なんか変な感じだね。オランウータンには関係ないけどね。
小:なんだか難しいことを言うね。たぶん子供の目にはその建物が百獣の王ライオンが住むお城に見えるとか、そんな演出じゃないのかな?
オ:そんなことより、我がオランウータン舎を自慢したいね。この写真を見てくれよ。

小:わ! これは君かい?
オ:そう、2つの離れたオランウータン舎を、高いところに張られたワイヤーで自由に行き来できるようになっている。人間はスカイウォークなどと呼んでいるよ。僕らからすれば何でもないんだけどね。
小:君たちの行動がいかに立体的かよくわかるよ。




オ:次に紹介したいのは百草園だ。時々こんなふうに動物園を抜け出して、のんびりしにいくんだ。ここは何がいいかって言うと、一歩足を踏み入れると森独特のひんやりした空気と、湿った土のにおいに包まれるんだ。沢の清水もなかなかいけるよ。人間の口に合うのかは分からないけどね。
小:百草園って庭園なのかい?
オ:そうさ、江戸時代に出来た大きな庭園で、春はツツジ、藤、ボタン、秋は紅葉、冬は梅が楽しめるんだ。
小:驚いたな、君は花が好きなんだな。
オ:おいおい、猿だからって馬鹿にするなよ。折々の美しさを感じながら生きることがどんなに尊いことかってことを知らないほど、ドジな猿じゃないぜ。
小:いやいや、失敬! おみそれしました。ならば俳句まで詠んでそうな……。
オ:さすがにそこまではしませんけどね。この百草園は数々の文人が訪れているんだよ。若山牧水と松尾芭蕉がここで詠んだ句碑があるよ。
小:ところで、ここでは団子とか食べられるの?
オ:食べ物は、秋の落ち葉焚きの時に焼いているアツアツ芋や栗が、嘘みたいにおいしいけどね。あれは11月だけだね。そうそう、茅葺き屋根の松連庵の甘酒がおすすめかな。
小:1年中甘酒なの?
オ:うん、江戸時代じゃむしろ夏の飲み物だったそうだよ。あの甘さは好きだな。砂糖なんか入っていないのに、なんであんなに甘いのだろう。でも、紙コップで出すのはいただけない。せっかく土間で囲炉裏までしつらえてあるのにね。渋い湯のみ茶碗でいただきたいよね。
小:はは、病院の検尿の紙コップを連想したりして。

オ:百草園で最もおすすめなのは、実はここからの見晴らしなんだよ。松連庵のすぐ前にひとついいポイントがあるんだ。北向きなんだが、多摩川と浅川の雄大な合流地点、中央高速道路、工場、数多の住宅が平らな土地に限りなく広がる。これは武蔵野の台地と言われている東京の郊外だ。次にそのポイントの先の階段を限りなく頂上まで登ると、見晴し台がある。そこからは東京タワーや新宿の高層ビル群が見えるんだ。
小:きっと、そこの位置は、それらのビルのトップと高さは変わらないんじゃないかな。

オ:さらにずっと奥の見晴らしのいいところがあるんだけど、そこからは西側の景色が見える。それは奥多摩の山々だ。要するに百草園からは東京のすべてが見えるというわけだ。静かに心を研ぎすませて見ていると、そこに暮らす人たちの喜びとか悲しみとか苦悩とか、いろんな輝きが光や音になって届いてくるような気がするんだ。ひとりでたたずんでいても孤独じゃないんだ。それで自分はそれらに何を反射すべきなのかとか考えたりするんだよ。
小:君はすごいね。
オ:だてに散歩ばかりしているわけじゃないんだよ。
小:僕もその見晴らしのいいところに行ってみようかな。
オ:君がここで僕と同じように感じられるかどうかはわからない。きっと皆それぞれ大事な場所があるのじゃないかな。
小:そうかもしれないね。僕も、町や野や山を徘徊して、自分にとって意味のある風景を探しに行くよ。
多摩動物公園
住所:〒191-0042 東京都日野市程久保7-1-1
電話:042-591-1611
交通:京王線、多摩モノレール「多摩動物公園駅」下車
百草園
住所:〒191-0033 日野市百草560
電話:042-591-3478
交通:京王線百草園駅下車徒歩10分、または聖蹟桜ヶ丘駅、高幡不動駅からタクシー10分
寄稿家プロフィール
おざわ・つよし/美術家。1965年東京生まれ。東京藝術大学在学中から、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める『地蔵建立』開始。93年から牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー『なすび画廊』や『相談芸術』を開始。99年には日本美術史への皮肉とも言える『醤油画資料館』を制作。2001年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ『ベジタブル・ウェポン』を制作。2004年には森美術館にて個展『同時に答えろYesとNo!』を開催。