COLUMN

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昭和40年会の東京案内

第62回:東京の「水の記憶」
小沢剛
Date: January 16, 2008
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子供の頃、水道水がまずいだなんて思ったことも無く、ことに小学校の1階の校門側の水道がどこの水よりもおいしいと思っていた。もちろんフィルターすら通さないただの水道水だ。ガキの頃は自分の行動範囲で、おいしい水はどこの水道なのか把握していた。通学路の小さな公園の水道だとか、団地の裏の水道だとか、下校時に喉が渇けばそれぞれの好きな水場で喉を潤していた。ところが、いつのまにか生水なんか飲まなくなっていた。

水道局のサイトを見ると、子供の頃飲んでいたのは東京の郊外に住んでいたので多摩川水系の水で、大人になってから暮らしたり、仕事をしたりしている都心の多くは埼玉や茨城方面の荒川、利根川水系の水だそうだ。そしてそれらは、奥多摩系よりも味が落ちるとのことだ。ところが最近東京都水道局は「安全でおいしい水プロジェクト」を始めて、現在進行形でがんばっているようだ。

ところで、長いこと飲んでいない東京の水道水を、ナントカ浄水器も通さず飲んでみよう。「ぐびぐび」。うーん。やっぱりまずい。水源や浄水場の整備は進んでいるそうだが、各家庭に繋がる水道管にカビや汚れがあって、まだまだ整備されていないのだろう。

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東京の水は水道水だけじゃない。都内に湧き水や井戸水が多数存在している。残念ながら飲用水として許可されているものはほとんど無いようだ。谷中付近の裏路地を散策すると、いまでもポンプ式の井戸が普通に存在する。いや、いまだからこそ見直されたいポンプ式井戸かもしれない。ポンプ式井戸のある風景は実に味わい深い。近隣のおばあさんの仕事なのか蛇口には木綿の袋状のものが靴下のように履かされている。フィルターの役割なのだろうか。そんなふうに見ているとポンプを押したい衝動にかられ、人様のものと分かっていながらそーっと押した。1、2回押し、一瞬だけ待つ。自分の足下の遥か深くに流れる地下水が、勢いよく目の前に吹き出る。思わず手でひと汲みして飲んでみた。冬の地下水は少し温かいというのは本当だった。おいしいとは思わないが、水道水には無い豊かな味の広がりを感じた。すぐ近くのもうひとつの井戸でも試してみた。さびの味さえなければおいしいのではと思った(一応、保健所の許可が下りていないので、井戸水を飲んで何かあっても自己責任なので良い子は真似しないでね!)。この近くの上野桜木町の言問通り沿いの「藤屋」という豆腐屋は井戸水で作っているそうだ。お店の人の話によると「昔はどこの店も井戸水だったけど、いまはうちだけかもしれない」とのこと。とてもずっしりと厚みのある豆腐で、なんともおいしそうである。家に持って帰るまで我慢が出来ずに豆腐の角をつまんで食べてみた。口に広がる大豆の香りと、しっかりとした味なのに柔らかいのどごし。歩きながらつまみ食いをしている俺は子供のお使いそのもの。

 

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上野公園の西洋美術館横にあるコンビニみたいなお店で「東京水」というペットボトル入りの水を買った。

東京都の水道局が発売しているもので、前述プロジェクトのPRの一環でもあるらしい。これ、何がすごいかと言うと高度浄水施設の水道水の塩素を抜いただけの水なのだ。何をふざけたことやっている訳? と思いつつ100円を払って飲んでみる。「ぐびっぐびっ」。こ、これは! 小学校の時飲んだあの味だ。学校の1階の校門側の水道の味だ。のどに優しい少し甘いひんやりとした味だった。一瞬のうちに、教室から見た遠くの林とか、黒板消しのにおいとか、膝小僧のかさぶたとか、算数のドリルとか、脈絡も無く小学校の思い出が吹き出る。どんより曇った薄ら寒い上野公園の真ん中で、ペットボトルの水を飲んだ僕は少年になっていた。

 

追記:ところで、日本は水の輸入大国とも考えられていることをご存知だろうか? 「仮想水」という考え方があって、肉や農作物を作るプロセスで使う水を輸出入で換算すると、とんでもなく輸入しまくっている(牛丼1杯で水1890リットルになるらしい)。自給率が低いので、そういう数字が出るのはあたりまえですね。だったら水を輸出して相殺すればいいのだが、まだまだそうもいかず、ひんしゅくを買っているそうだ。

一方、実は水の輸出大国!? という現実もある。バラスト水という何の資産価値もない水を莫大に輸出しているそうです。これは、輸入品を運んだ船が、帰りに空荷だと船の安定性等でいろんな問題が起きるので、港の海水を積んでいくというもの。しかし、その後に別の場所で排水する際、海水に含まれていた微生物などが生態系を壊しているそうです。

って、日本はせっせと海外のものを買ってあげているのに、しかられているばかり。

世界の中で、うまいまずいは別として、水道水をそのまま飲んでもいい国は日本のほかにはとても少なく、その恩恵に感謝しつつ(風呂最高! 塩素少なめのプールうれしい!)、排水にも気を使い生きていこうかと。今年は雨水の再利用を実践するのが目標。というわけで今年もよろしくです。

昭和40年会 http://www.40nen.jp/

寄稿家プロフィール

おざわ・つよし/美術家。1965年東京生まれ。東京藝術大学在学中から、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める『地蔵建立』開始。93年から牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー『なすび画廊』や『相談芸術』を開始。99年には日本美術史への皮肉とも言える『醤油画資料館』を制作。2001年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ『ベジタブル・ウェポン』を制作。2004年には森美術館にて個展『同時に答えろYesとNo!』を開催。