

昭和40年会といえば、酒だ。
このパブリックイメージはもちろん間違いではない。メンバー皆、酒好き、宴会好きで、会田や松蔭のように酒を作品のモチーフにすらしてしまうほど、酒とは切っても切れない関係なのは周知のとおりだ。しかしながら、好きな酒、そして呑むスタイルとなると、これがまた各メンバーの作風同様に、てんでばらばらで、それぞれの「型」は全然違う。
僕はといえば、宴の席ではTPOにあわせてホッピーや安酒から年代モノのシングルモルトまでなんでも飲むものの、一番好きな酒はと聞かれたら「リキュール、しかも薬草系の」(*1) と迷いなく答える。ある程度、酒に詳しい人ならこの分野はワインやウイスキーのように、さまざまな種類の酒があることをご存知だろう。しかし薬草系にかぎらずリキュール類はその国々、いや土地ごとにじつに多くの種類があるが、その多くは日本に輸入されてはいない。というかその土地でしか買えないものがほとんどだ。なので海外にいった際などは、時間があればこうしたリキュールを探すのが常だ。




日本ではこうした薬草系リキュールはあまり作られていないものの(*2)、ご当地リキュールはかなりあり、いつも目を光らせているが、意外にもごく近所に伏兵がいた。通常は捨てられてしまうピーナッツの渋皮の有効利用をめざして東京農業大学が開発した「ピーナッツの想い」だ。芋焼酎ベースで、ピーナッツの種皮から抽出されるポリフェノールを豊富に含むお酒である。以前にも書いたが、2年前に経堂付近に引っ越して以来、食がらみの公開講座を頻繁にやっている東京農大の存在はなんとなく気になっていたので、これを機に「ピーナッツの想い」を買いがてら東京農大と、同大学の施設『「食と農」の博物館』に行ってみることにした。
ここではその名のとおり日本の農耕の歴史や食文化、生物関連に関する展示が行われており、食物栄養学やエコロジーに関する書籍も多数ある。まだ見ていないという小沢はすぐに行くべきだ。ちなみに建物は隈研吾の設計。となりには展示温室の「バイオリウム」もあり、マダガスカルや中南米などの大型植物を見られるほか、ワオレムールなどのキツネザル類も100頭近く飼育されている。それぞれの展示は興味深いが、酒絡みだと常設展示されている「日本の酒器」と、ダミアン・ハーストのインスタレーションさながらに壁一面に展示されている、学生が醸造実習を行った酒蔵130社の酒の数々に圧倒される。
現在、日本には約2000社(05年度で1998社)の蔵元があるそうだが、その約8割が農大の卒業生が営む蔵元だそうだ。日本で唯一の「醸造学科」があり、全国から杜氏の跡継ぎが集まるといういわば酒づくりの東大なのだ。この他にも卒業生が開発に関わったという有名食品の数々も展示されている。
ちなみに「ピーナッツの想い」や同じく東京農大が開発した酵母を用いた米焼酎「ぎん」、ペルーの農村でコカ(麻薬)の代替作物としてカムカムを栽培・普及させ、貧困層の救済と環境保全を図るプロジェクトから生まれたカムカムのドリンク類は、博物館から少し離れた大学内の生協で買うことができる。


都内の大学が開発した酒は他にもないかと探してみたところ、さっそくもうひとつ見つかった。
沖縄の泡盛の歴史をひも解けば、1945年の沖縄での戦争で古酒や麹のほとんどが失われたとされているのだが、戦前の調査で採取された黒麹菌のひとつ「瑞泉菌」が東京大学の分子生物学研究所にて奇跡的に真空保存されていることが1998年にわかった。その麹を用いて醸造されたのが現在、東京大学コミュニケーションセンターで販売されている泡盛「御酒(うさき)」だ。
この東大のコミュニケーションセンターは、国公立大学が独立行政法人となるのを機に、東京大学の研究成果を具体的な商品として紹介するために設立された、いわば大学のアンテナショップだ。ここでは「御酒」のほか、2000年前の種子で有名な大賀蓮の香りのフレグランスや、光触媒をつかった防臭シートなど東大が開発した商品の数々があるほか、革製のステーショナリーや食器、Tシャツやトートバックといったファッション系グッズが並んでいる。で、いずれの商品も「大学のショップ」というイメージから想像されるような野暮ったいものではなく、ショップの内装も含めイマ風のデザインとなっているのがおもしろい。聞けば東京デザインセンターとのコラボとのこと。ショップの店員はみな現役の学生だそうで、各自がいろいろな研究室に行き、商品化できそうなものがないかどうかリサーチして商品企画会議にも参加するという。
さて、これらの酒の味はというと、「ピーナッツの想い」は想像される渋味はほとんどなく、ベースの芋焼酎にうっすらとした甘味と香ばしい香りが加わる。「御酒」は、まずはグラスを近づけるとふわっと広がるフルーティな香りがいい。味は泡盛としてはおとなしめなほうで、全体としてはとても上品な仕上がりだ。最近発売された、さらに寝かせた古酒のほうも気になる。というように2つともやわらかな香りと口当たりのよさが特徴だ。個人的には、研究でいえばまだ実験段階のような強い個性が前面にでた酒のほうが好みだが、これはこれでなかなかなもの。
口当たりがいいので飲み過ぎそうだが、大丈夫。東大で「東大サプリメント 乾杯式アミノ酸」をいっしょに買ったから(笑)。
東京農業大学「食と農」の博物館 http://www.nodai.ac.jp/syokutonou/
東京都世田谷区上用賀2-4-28
東京大学コミュニケーションセンター http://shop.utcc.pr.u-tokyo.ac.jp/
東京都文京区本郷7-3-1(本郷キャンパス内、赤門北隣)
*1
よく知られたものだとフランスのシャルトリューズやペルノー、ドイツのイエーガーマイスター、スコットランドのドランブイなど。カンパリやベルモットなどもこのカテゴリー。
*2
ご存知の方はぜひ情報を。ちなみに「養命酒」は立派な日本の薬草系リキュールだ。
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寄稿家プロフィール
ありま・すみひさ/1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、即興演奏からCD、サウンドインスタレーションまでジャンルを横断する活動を展開。同年生まれのアーティスト集団「昭和40年会」など美術家とのコラボも多数。国内外の展覧会への参加も多い。ジョン・ケージの『Europera 5』の日本初演など、最近は現代音楽の仕事が増えつつある。(Portrait: Matsukage Hiroyuki)