COLUMN

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昭和40年会の東京案内

第55回:豪飲'g MY WAY <新宿>
松蔭浩之
Date: September 14, 2007
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なにをしようが酒だ。展覧会のオープニングレセプション、各種イベント仕事の締めに打ち上げ、結婚式葬式同窓会入学式卒業式に行楽旅行、なにかにかこつけて乾杯に乾杯を交わす。いやそれを待つまでもなく、私にとっての飲酒はただひたすら日常の風景そのものである。プロジェクトのミーティング、ましてや集中力に鋭敏な反射神経を必要とする撮影など、対人しての仕事前に呑むことは決してない(当たり前だね。エチケットだよ)。が、それ以外、例えば、憧れの女性との初デートだって乾杯するなりたちまち本意のくどき文句もほったらかして、次のグラスへ挑む馬鹿。無論独り自炊の豪勢な夕飯に晩酌を忘れるなんて野暮。日が暮れれば、いや、日が暮れるのを待ちきれぬまま、うかうかとビールを空けて舐めれば早くもその日はお終いとばかり、続いてテーブル脇に並んだワイン、ウィスキー、ウォッカなど洋酒に流れ、それもなくなりゃ諦めつかずキッチン戸棚の奥の料理用の日本酒にまで手を伸ばして轟沈のくわばらくわばら。昨今はちょっと怠けて身入りが少ないので自宅にこもり安酒あおる頻度が増加。
ときにこの、『自宅独り飲酒癖』を、「なにが楽しいの」と多くの人がいぶかしがるが、私はただただ気持ちよく酒を呑み流したいだけだ。いらぬ音楽は御免だし、余計な干渉もご勘弁。なるたけ静かにじっくりとやりたい。であるからして独りでも充分、最早我が家が一番お気に入りのバーであり居酒屋である、とシンプルな姿勢でお答えする。で、酩酊。そんな暮らしが随分と長いこと続いているから、いろんなことが後回しになったり未解決のまま引き延ばされたり消えていったり。この執筆も、結局ビールの開栓から始める始末の悪さよ。またしても前置き余談が長くなりました。されどイイじゃあないか編集長、ごめんネもう一杯。
ああ、この夏も大いに呑んだ。よせばいいのに一つ返事で引き受けた舞台の主演(*1)。一夏かけての稽古の連続すなわちその後の居酒屋での反省会という名の酒席。それと並行してえっちらおっちらどうにかオープンさせた“新しい仕事場”に、だれ彼彼女訪れればやはり酒。朋友モブ・ノリオから贈られた単行本(*2)届けば晴天のベランダで即拝読しながら片手にはやっぱり酒。

 

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知る人ぞ知る、活弁映画監督・山田広野@「ソワレ」。現時点においてもっとも愛すべきクリエイターであり酒呑みだ。彼はひたすらビールを流し込む。されど酔わないから素敵だ。とことん話せる男の一人である。

「この酒呑み、その種類にこだわりをもたず」。安かろうが高かろうが、場所もどこでもかまわない。一都会的行為としてただひたすら飲酒を選択するまで。
「世界中の酒瓶を空にしろ」を合い言葉に、ロンドンではパブ、マドリッドではタパスバー、アムステルダムではカフェをはしごしながら、その土地土地のビールを浴びるように呑み干し、ミーハー処ではベネチアの落日を眺めながらヘミングウェイ気取りの「ハリーズバー」、熱帯のシンガポールは「ラッフルズホテル」のバー、再び東京に戻ったら、太宰や安吾など文士入り浸った銀座の「ルパン」なんかで、カクテルあれこれ浮気に流し込んで参りました。大人の仕業気取った背伸び、“行きつけ”探すにやっきになった日々もあったがもはや昔話。ちなみにこのリレー連載で一等最初に紹介した六本木の良心的優良店「もぐらのサルーテ」は、「ミッドタウン」のオープンを期にその三十数年の歴史に幕を閉じた。残念だが仕方ない。これぞ“酒とともに去りぬ”。

 

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まあいいじゃない……もう酔った。酔っぱらったから本当のことしか言えないんだ。私のご案内する今回の東京は、新宿、「ゴールデン街」。
昭和にレトロにモダンがしっかり残って、文壇系に寺山アングラ系の香り満載、森山大道にアラーキーにリアルなアナーキストもいまだしっかり徘徊している、微妙に貴重でしっかり奇妙な日本一の酒呑みエリア。70年代の映画のセットみたいな路地が何本も本気で機能している、こんな『箱庭』みたいなエリアは、そうめったにあるもんじゃない。ボラれそうなんて怖がらないで。老舗はどうだか知らないが、空いた店舗を若い世代が改装し、それぞれの思いで新しく出店しているところから攻めれば間違いない。愛すべきシャンソン歌手・ソワレくんがオーナーの「ソワレ」に、平成のジュリー・沢田王子の「ダーリン」。それから、「汀」に「原子心母」あたりからお試しあれ。静かにじっくりと呑むのもよし、隣に居合わせた人を運命のなにがしかと決めてかかるもよし。とにかく自由に呑んだあと、テレビの映画の週刊誌の、あの人なんかに遭遇することもないことはない。怖がらず出かけてみて飛び込めば、思いのほか楽しい場所であることに間違いはない。

新宿ゴールデン街ホームページ

 

*1 松蔭浩之“初”主演舞台
Picture Yourself Sound School Presents 俺たちがドラマだ!
C組公演『北国行きで』(作/演出:寿時利夫)
9/14(金)〜17(月)@中目黒・ウッディーシアタ

 

*2 文庫版『介護入門』 モブ・ノリオ著
いまさらながらに言わせてもらうのは、この名著を読了はおろか、知らない人の多いことを残念無念に思うゆえ。彼のデビュー作にして芥川賞受賞作の、晴れての文庫化である。重要な一文を改訂して、秀逸なる短編二本も追加収録されたうえ、解説は筒井康隆。これ絶句。ちゃんと買って読み干してもらわないと困るんです。

昭和40年会 http://www.40nen.jp/

寄稿家プロフィール

まつかげ・ひろゆき/1965年福岡県生まれ。88年大阪芸術大学卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネチア・ビエンナーレ・アペルト部門出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンス、グラフィックデザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロックデュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。