
忙しくしている。普段は暇で暇で、なにをやらかす気もおこらず呑むしかないようなヒマな態度で時間の無駄遣い、なんてある意味贅沢なことをやらかしているから、なおさら予定や締め切りが重なると多忙感が増す。
東京では3年半振りの展覧会(*1)の準備/津村耕佑さんとの作品集(*2)のためのやり取り/新しくオープンするバーの店舗内装のためのあれこれ、毎週末の講師のお仕事ひとつふたつみっつと並行。ゴールデンウィーク返上で取り組み、デザイン事務所〜現像所〜ギャラリー、店舗現場に学校、往ったり来たりの日々連続。そんな中、故郷・小倉に唯一のオルタナティブスペース「ギャラリーSOAP」の10周年記念の個展(*3)/イベントで帰郷。東京に戻り、これまた十年続いたがやむなく閉店の表参道NADiffのクロージングで最後のワンマンショー。2年前に出演した映画のレイトショーも目出たく決まって(*4)、舞台挨拶ノコノコと顔を出す。部屋の契約更新もしなけりゃならないのに、まとまった金手元に無しの、文字通りの貧乏暇なし、手帳に隙間なし。「春眠暁を覚えず」なんてどこの話か。四六時中電話にメール鳴りっぱなしでウカウカ酩酊すること許されず安らがず、腰に鈍い痛みかかえ血色悪くなった己の顔鏡に映るをあ〜あと眺めながら、煮詰まる余裕も許されぬこの多忙を嘆くでなく、「いや、実にありがたいこと」とつぶやく41歳の春。

ガラにもなく、散歩を覚えた。
A地点からB地点へ、さらに効率よくC地点へ、と脇目もふらず迅速に移動することを良しとしてきた私である。講義の帰りに行きつけで一杯ひっかけるとか、現像所からギャラリーへ向かう合間にラーメンを啜るなんて“寄り道”はあっても、好んでワケもなく戸外を歩くなんてことはもってのほかであった。端的な理由は多忙からの逃避であること間違いないが、ポカポカ陽気の真ん中に、多くは徒歩で、時にバイクで、近所のあちらこちら廻るうち、知らなかったことの随分と多いことに気付くから驚き、なぜだか頬がゆるんでしまうのである。歳か? 13年暮らして勝手知った気になっているこの町・代々木八幡界隈を、スニーカー引っ掛けプラプラと、曲がったこともない路地を昇ったり降りたりすれば、名前も知らない樹木草花がシミジミと心にしみてくる。歳か?!

さらには不可思議な建造物や意味をなさないようなサイン看板の類いに首を傾げたりにやけたり。どうにも、『無目的な徘徊』に一喜一憂するのである。「松蔭さん、普通にそれが散歩だよ」と指摘されればそれまでのことかも知れないが…さまざまな小さな発見につづいてさらには未体験初体験。たとえば、「ハチ公バス」。あれは、なにか子連れとか老人とか限られた人が乗るものだと決め込んでいたが、そんなことはぜんぜんなく、私だって普通に乗れた。気ままに途中下車し、中華料理屋のすすけた暖簾をくぐって腹ごなし。ラーメン半チャーハン口に運びつつ店内のテレビを観れば、NHKのお昼の番組『スタジオパークからこんにちは』。生放送で私のお気に入りの俳優を交えてのトークだから、興味深く観賞しているうち、「ア!」と声が出る。「生放送で、NHKなんだ。あそこに今、この人はいるのだ」。なぜ今まで気付かなかったのか不思議でしょうがないが、あそこに行けば、いつだって芸能人を生で観賞できるのだ。目と鼻の先に長いこと暮らしていながらなんてこった。若かった頃のミーハー根性丸出し、さっさと勘定を済ませ店を飛び出した。

代々木公園を登ってNHKまでひた走ることたったの10分。しかし時計はちょうど午後2時。遅かった。番組は1時59分までだったのだ。生観賞したお客さんをアナウンサーが丁寧に見送り握手などしていたが、お目当ての俳優の姿はない。消沈する私に「かっこよかったですよ〜」と乳飲み子を抱いた若い奥さんが高揚した顔で話しかけてくる始末。仕方なしとあきらめ、スタジオパーク内のアミューズメント施設(?)へ向かう。


名物番組のセットやハイビジョン体験マシーンに時代劇の衣装など見過ごしてすすむうち、人だかりのするブースを発見。さっきの若奥さんも並んでいる。「アフレコ体験ブース」とある。かつてのNHKの人気番組の名シーンのアフレコが出来る。私は迷わず『プロジェクトX』をセレクト。カップルや地方からの主婦連の見守る中、照れながらもトモロヲよろしくハスキーボイスで自分ながらのアフレコを試みた。例の奥さんはスヤスヤと眠る赤ちゃんを抱いたまま、『おしん』の別れのシーン、ひたすら「おっと〜おっと〜!」と叫ぶアフレコを楽し気にこなした。真昼の情事ならぬ、倦怠か。あの人の顔はもう忘れてしまったが、泣き出した赤子をあやしながら、それではと静かに去っていったその小さな後ろ姿は忘れない。
- *1
- 松蔭浩之×津村耕佑『妄想オーダーモード』展
ミヅマアートギャラリー
6/6(水)〜7/7(土)
※オープニングレセプション 6/6(水) 18:00〜20:00
19:00に康本雅子ダンスパフォーマンスを予定
※松蔭浩之×津村耕佑トークショー 6/23(土) 15:00〜17:00
ゲスト:佐藤直樹(ASYL代表)
司会:小崎哲哉(REALTOKYO/ART iT編集長)
- *2
- 『ファンタジー・モード』
著者:津村耕佑 写真:松蔭浩之
6/6(土) 発売(グラフィック社刊)
- *3
- 松蔭浩之個展『MATSUKAGE WORKS 2』
ギャラリーSOAP
5/27(日)〜6/24(日)
- *4
- 松蔭浩之出演映画『INAZUMA 稲妻』(監督:西山洋市)
シネマアートン下北沢
6/2(土)〜6/15(金) 20:30〜 レイトショー上映
寄稿家プロフィール
まつかげ・ひろゆき/1965年福岡県生まれ。88年大阪芸術大学卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネチア・ビエンナーレ・アペルト部門出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンス、グラフィックデザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロックデュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。