COLUMN

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昭和40年会の東京案内

第45回:さらば浅草
松蔭浩之
Date: March 14, 2007

「東京は広い。されど私の行動範囲は思いのほか狭い」

 

浅草寺の巨大な賽銭箱の前でふてぶてしくポーズする筆者

講師の仕事で池袋か神保町、撮影では遠方のロケでもない限りは渋谷区港区新宿区のスタジオ、取材会議会合は自宅付近の代々木界隈か所属画廊の中目黒。呑みに出るのも近所のいきつけか新宿ゴールデン街。I'm freeされどルーティーン。とりたてて行きたいところなんてない。電車にじっと揺られるのも10分以上を耐えられず、テレビ雑誌の奨めるお店をわざわざ訪ねるなんてシャレたマネも出来ない。湯治に旅行ももはや面倒、なにしろ私は無趣味である。バクチもやらない。かつて大好きだった「女たちとのアレコレ」も、いまや飲酒喫煙の次にランクダウンして久しく、気がつきゃ東京のド真ん中、家賃払ってじっとしてるだけの瘋癲中年独り酒に酔う毎日。この春先に襲来した寒波に冬眠気分の覚めぬまま「酒に呑まれた頭」、さて、東京のなにをどこを紹介したものか。ジュクジュク思い巡らすうち、あいかわらずの締め切り破りの土曜日晴天。ここはひとつガラにもなく、購入したてのデジタルカメラの試運転も兼ねて取材、もしくは観光気分で飛び出すか……『東京案内』なんだから、おのぼりか、外国人観光客の気分でうろつくか。

 

浅草名物のひとつ「あげまんじゅう」。通称あげまん(?)。お菓子というより、天ぷらを食べているような気持ちになるのは私だけか。無論つくりたてが一等旨い。写真はこし餡だが、カボチャ餡もさらに天ぷらっぽくって旨かった。
見事にスタンダードな「ヨシカミ」のオムライス。ハヤシにハンバーグにエビフライにステーキそしてグラタン、迷いに迷う洋食メニューよ。結局オムライスに落ち着く。でもやっぱりお値段ちょっと高いな、といつも思う。
元祖ゆうえんち「浅草 花やしき」のシンボル「Beeタワー」。見ても乗ってもとっても淋しい気持ちになる。デートで行っても見知らぬチビッコたちや家族と相席することになるからそこんとこ覚悟して。
昭和28年誕生の国産初のジェットコースター。流行最新型の絶叫マシーンに(死んでも乗るつもりはないが)ひけをとらないのではと思えるほどの怖さ。その閉塞感からくる体感スピード、なんたって古いからギシギシガタガタうるさくって危ない危ない。

「よし。浅草!」

 

思えば十六年前、東京に越してきて一等最初の仕事が浅草だった。テレビドラマの美術のデザインと建て込み。自分の部屋の荷解き後回し、閉店したボーリング場の地下室で泊まりがけの作業だった。さらにその一年前、悲願の美人女優との東京デートデビューを果たしたのも浅草。憧れの作家「檀一雄が暮らしていた浅草」として、思いをめぐらしていた場所でもある。

 

銀座線・渋谷駅から浅草駅。まさに端から乗って端っこまでをじっと揺られて待つこと半時間。改札抜ければ早速「神谷バー」の看板に誘われるも、ここはグッと我慢の雷門。観光客でギッシリの仲見世通りで「あげまんじゅう」ほおばって浅草寺。拝んでさっさと六区まで、昼間っから賑わう赤提灯の林立するさま見過ごし、目的の洋食屋「ヨシカミ」到着。名物のハヤシライスの売り切れにショゲることなくオムライス。行列気になるからさっさと完食するなり勘定済ませ、場外馬券場にたむろする男たち見やってお次は「花やしき」。なんとも中途半端なリニューアルっぷりに不快覚えるも、まずは「Beeタワー」に乗って浅草を見下ろす。それからやっぱり王道、「ローラーコースター」の列に並んでドキドキソワソワ。これはいつ乗っても本当に恐ろしい。絶叫とともに軽く逆立った薄い髪の毛を手櫛で直し、午後四時半。慌てて六区に戻って「浅草演芸ホール」。売店で缶ビールにおつまみ購入し、座りの良くない椅子にドカッと腰かければお囃子の太鼓に三味の音が小気味よく鳴り出して寄席のはじまりはじまり。

 

よく、「松蔭は饒舌だ」といわれる。上手いかどうかはさておき、私は、常に意図的に言葉に神経を注ぎ、なにはなくとも「言葉こそ最たる表現の道具」という見地に立つ。そこへ行き着いた元を探るなら、それはほかでもない“寄席”だったということを、ここで明かしておく。東京で最初に暮らした根津の近所、上野・鈴本演芸場にふと立ち寄り、桂文朝さんの語り口にまんまとハマッてから、月に一回は通ったものだ。その、久々の寄席である。若手の創作、小話に軽笑しながら、女マジシャンに戸惑い、紙切り名人・林家正楽さんの変わらぬ芸風に感嘆するうち、突如三遊亭圓歌師匠の飛び入りにドヨンとしかけた会場がとたんにどよめき沸き立ったには驚いた。私服姿のままの、10分弱の即興漫談であったが、まさに「言葉の王様」の堂々たる話芸に全感覚が鷲掴みにされた心地、これは大きな儲けものであった。その後お目当ての桂文楽さんなど控えていたが、どうにも集中力途絶えてウトウトするから、外に出ればもう真っ暗。からっ風に震えながら、人っ気の失せた仲見世を後戻り、仕上げの「神谷バー」に飛び込むなり、ビールにこれまた名物の「電気ブラン」の注文に及んだ。


夜の「仲見世商店街」。浅草は夜が早いから淋しくっていけないや。檀一雄もトボトボと千鳥足で歩いていたのだろうか。
浅草1丁目1番1号にデーンと構える「神谷バー」にて。老若男女みんな相席、とってもとってもうるさい。そして、ビカッと蛍光灯の光が眩しくって、一人になること困難、基NG。バーというよりこれはもう大衆食堂ですな。

さて、穴場もなにも知らず決め手に欠けた、ありきたりの観光コースを廻っただけのよなこの半日を回想しながら、中ジョッキにしては随分大きな生ビールを舐めつつ、ふと気付く。

 

「しまった。オレは浅草なんて好きでもなんでもなかったんだ」

 

寄席文字筆文字の応酬にこれみよがしの下町風情。名所取り囲む環境の安普請。中途半端に物価が高いことも不機嫌を催すに充分すぎる。これすべて日本中の観光地にあてはまる。浅草云々以前に、私は観光地が苦手だった。

 

なんにしてもこの私が、浅草のどさくさに紛れるには、まだまだ早いだろう。もとい、よっぽどの理由でも生じない限り、もう「こんな浅草」に来ることはないだろう。いや、なんだかだ言って、そんなこんなをまた忘れた頃にフラフラとやって来んだろうな……なんて考えるうち、酔いが廻って沸き上がる帰巣の念に促されるまま、浅草を後にした。

洋食 ヨシカミ 本店 電話: 03-3841-1802
木曜定休 営業時間:AM11:45〜PM10:30

 

花やしき 電話:03-3842-8780

 

浅草演芸ホール 電話:03-3841-6545

 

神谷バー 電話:03-3841-5400 火曜定休
営業時間 AM11:30〜22:00(ラストオーダー21:30)

昭和40年会 http://www.40nen.jp/

寄稿家プロフィール

まつかげ・ひろゆき/1965年福岡県生まれ。88年大阪芸術大学卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネチア・ビエンナーレ・アペルト部門出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンス、グラフィックデザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロックデュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。