

(写真:渡邊修 提供:森美術館)
「東京案内」って言っても、僕が今まで書いてきたことは、まともな観光案内とはほど遠いことばかりだった。他人がどう思うのかなど、何も気にすることなく、自分が面白く思う東京を、自分のために書いてきたようなものだ。
ところが先日、極めて普通に、海外から来た友人たちのために東京案内をした。
現在、森美術館で「笑い展」が開催されている。その展示のために来日した、中国のチェン・シャオション(第19回にも出てきた作家。今回も僕は彼との共作で参加した)と、今まで何度もグループ展で一緒になった韓国の作家のギム・ホンソックが、その案内相手だ。
お昼時に、たまたま僕ら3人は美術館で出くわした。「フィッシュマーケットはここから遠いのかい?」。一人が言う。「電車で15分ってところかな」。僕が答えると、「よし、すしだ。すしを食べに行こう!」。2人ともテレビなどで、築地の市場のことを見知っていた。


築地の食堂は、どこも1間ほどの間口で質素なたたずまいだ。僕らは程よく混んでいる海鮮丼屋の、のれんをくぐった。メニューはカラー写真で表示してあり、アルファベットでの表記もされている。どうやら外国人客が多いところのようだ。丼が運ばれてきた。予想以上にうまい! ふと横を見ると、ホンソックが、几帳面にネギトロ丼をかき回している。「おいおい、ビビンパじゃないんだから」とつっこむ。彼は「いつもの習慣がでてしまったよ」と苦笑い。韓国人に限らず、タイ人やインド人も麺やらカレーやらをしっかり攪拌して食べるのが好きだ。ぼくも現地では郷に入ったら郷に従えで、混ぜて食べる。そうすると、本当に美味しくなっているのが不思議だ。
さて、食後は神保町の北朝鮮の専門書店に向かった。ホンソックが、北朝鮮のDVDやビジュアルを買いたいというからだ。数年前に一度だけ行った陰気で狭いあの店なら、満足に値する物があるだろう。ところがその店は既に無くなっていた。本屋探しを諦め、とぼとぼと歩いていると、シャオションがちいさな公園で何かを発見したらしい。それは「周恩来ここに学ぶ」と書かれた碑だった。100年近く前、まさにこの公園のこの場所にあった東亜予備校というところに通っていたそうだ。毛沢東に次ぐ中国の大物政治家が、東京で学んでいたとは全く知らなかった。実はこの公園のすぐ横には、美学校(第39回参照)がある。僕もしばしば教えに来ていて、何度もこの石碑の目の前を通っているはずなのに、まるで気がつかなかった。

そのあと僕らは、再び地下鉄に乗り、3人一列で座っていた。少しだけ疲れた僕らは何となく、向かいの座席の女の子が、ケータイのメールを読んでいる姿を眺めていた。と、彼女は突然見たこともないぐらい大粒の涙をぼろぼろ流し始めた。ボーイフレンドから別れ話のメールでも来たのだろうか。初めは、流れ落ちる涙の美しさを感じていたのが、過剰な泣き方に違和感を覚えるのに時間はかからなかった。次の瞬間、不覚にも笑いすらこみ上げて来た。隣の2人を見ると、僕と同じように笑いを必死にこらえている。ぼくらは六本木駅で降りた後、開口一番同時に「あれは、韓国のテレビドラマだよね」と言い合った。彼女は、韓国ドラマの影響の元に、知らないうちにドラマのヒロインを演じているのかもしれない、というのが僕らの共通の解釈だ。僕らは、国も文化も言語も違う環境で生きてきた3人だが、たまたま同じものを見たときに、数少ないながら共有するもの=大衆文化のセンスを連想し、笑いあえた。この事実、この瞬間を思い出すたびに、すがすがしいぐらい嬉しい。とはいえ、泣いている彼女には失礼かも分かりませんが。ごめんねー。
こうして、僅か3時間足らずの東京案内は終わった。
行き当たりばったりの東京案内だったが、もう少しコースを考える時間や、客人の時間があったら、いったいどこを案内していただろう。まるで自己紹介のようでもあり、人をどう思っているかまでも問われるような気がするな。東京案内って。
『笑い展:現代アートにみる「おかしみ」の事情』@森美術館
開催中〜5月6日(日)
チェン・シャオション(陳劭雄)+小沢剛、ギム・ホンソック、会田誠ほか世界各国から約50作家が出展
岡本七太郎企画『ハチミツと極東と美術』展@オオタファインアーツ
3月2日(金)〜4月21日(土)
“岡本七太郎”は、小沢さんが生み出した空想上の8人兄弟「岡本兄弟」の7男。一太郎〜六太郎はアーティスト、七太郎は研究者/キュレーター的な存在として設定されている。会場では同展にあわせて出版される小沢さん自筆の小冊子「小沢剛の取扱説明書」(A4版24頁)も販売予定
寄稿家プロフィール
おざわ・つよし/美術家。1965年東京生まれ。東京藝術大学在学中から、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める『地蔵建立』開始。93年から牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー『なすび画廊』や『相談芸術』を開始。99年には日本美術史への皮肉とも言える『醤油画資料館』を制作。2001年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ『ベジタブル・ウェポン』を制作。2004年には森美術館にて個展『同時に答えろYesとNo!』を開催。