

開かれているのか閉じているのか良くわからない組織、その最たるものは自衛隊と靖国神社だと思う。その存在を支えているのが愛国精神であることは確実なのだが、それは諸外国(特に日本との戦争を経験した国々)から見ると、脅威や危険なものと映る部分があり、いずれにせよ世界はなかなかジョン・レノンの歌みたいにはいかないようだ。
靖国神社なんてものは、一応意味ぐらい知っておけば良いので、特に先祖が奉られている家族を除けば、年に一回も行けば十分だと思う。だが、実は最近目が離せないある事情があって、月に一度は足を運びたい状況になっている。それは、いわゆる常設展示や企画展ではなくて、あと戦没者の遺書でもない。
遺書は結構膨大な量が所蔵されていて、読むのに相当な時間がかかるので通うこともあると思うが、今自分が注目し、読みふけり、考えさせられているモノのひとつが「感想ノート」(靖国ノート)である。
日本は自由の国で言論が規制される事は(少なくとも建前上は)無いがそれだけに、この靖国神社という巨大な遺品博物館を色々な人種の人が観て、その感情が出口付近で爆発する。気がつけばそこに靖国ノートがあるわけだ。このノートはいつも4〜5冊位置いてあるのだが、全部読破するだけでも2時間はかかるだろう。以下に紹介するような書き込みが日々行われている現在、東京という街は今も超小規模ながら戦時中であり、大意でいうなら戦争前夜であることを感じてもらえたらと思う。
例えば、遺族の手記より拝見すると、
「感動して涙が止まりません、素晴らしい展示をありがとうございました。おじいちゃんがここで奉られていることを誇りに思います。今度は孫もぜひ連れてきます」
と書かれていた。国や家族の為に死んだ人が実際にいたリアリティを示すものである一方、いまや国どころか家族すら崩壊している日本ではどこかSFやファンタジーのような非現実性を感じさせる文章でもある。


さらに戦争に参加した経験のあるという老人が興奮ぎみに、
「今の日本が情けなくて英霊に申し訳ない。今の若いもんはみんなキチガイだ!」
と書いてあった。まあ、そう思うのは自由だが、取りあえず外国まで人殺しに行く当時の日本兵もそれはそれで正常な精神状態とは言えないと思うし。
つまり永遠に交わらない偏った主張が平行線のまま一方的に書き綴られ続けている、ノートチャット状態なのだ。
そこで読み続けているとさらにあることに気がついた。
「戦争美化が目立つ神社ですネ」
という書き込みに対して
「具体的にどこが(戦争)美化できないのか説明できないアホ」
と侮辱ツッコミを書き込まれていたのだ。他にも中国から留学している大学生が丁寧な日本語で
「この展示は、日本がアジアにした侵略行為の事実や反省が一切ないので残念です」
というような趣旨の書き込みをしたらそれを棒線で引いて
「チベット民族弾圧しとんのはどこの国じゃボケ!」
とこれまた抗戦ツッコミを入れられていた。


紙と鉛筆があれば誰でもいつでも、WARができる。しかも由緒正しき靖国神社の境内の中でだ。これはなかなかの趣向ではないだろうか。パソコンを使わない2ちゃんねるとでも評せば単純だが、ノートの中で起きている戦争はネットよりは息づかいを感じる。
ところがそこで、まったく誰を相手に何かをしているわけでもない、ものすごい膨大というか長期間に渡る書き込みを発見した。以下にいくつか引用すると
「歯を大事にする人が政治を行ってほしい」
「血の中のウイルスさんたち戦争状態?」
「宇宙人の性病ウイルス全滅作戦参加希望」
「UFJ銀行をみるとUFOがいたと騒いだ小学生時代の英語塾の夕焼けを思い出す」
この人の主張によると、自分はサイキックウォーズの最前線に立っていて、今現在、日本政府がばらまいている細菌兵器と戦っているそうで、ウイルス全滅作戦に参加しようと、ここ数ヶ月、毎日参拝しては靖国ノートで仲間に決起を呼びかけている事がその日付から確認できた。たった一人の戦いを続けていた。

つまり靖国ノートを見る限り、ここに来る人は皆それぞれの戦争をかかえている。最初から東京には平和などない事はうすうす気付いていたが、あるのは敵だけだった。それは、見えない敵だ。ノートには昭和という敵もいれば、外国という敵もいた。日本の中の戦いがあり、年寄りと若者の戦いがあり、混沌たる未来へと繋がっていた。
そんな中、ある小学生は
「ぼくはしょうがくせいなのでせんそうのことはよくわかりませんがへいわなじだいにうまれてよかったとおもっています」
と書いていた。
寄稿家プロフィール
ぱるこ・きのした/1965年徳島県生まれ。漫画家、芸術家。教育家。股間で絵を描く表現に端を発し、全身を使った様々なパフォーマンスを国内外でゲリラ的に行い、今では世界中の大規模展覧会の常連ゲリラアーティストとなる。異なる文化圏の世代間の人々と言語を超越した懇親を行う事を作品化している。主な作品に『絵を結婚させるワークショップ』『なぐり描き』『おむすび1ユーロ』『緊急カラオケ会議』映像作品は『特撮ワークショップ』『十日町防衛隊』著書に『漂流教師』『教育と美術』がある。ミクシイネームは公園の木の下。www.digipad.com/digi/parco