

昨年、世田谷区の経堂の付近に引越をした。ここに移っての大きな出来事のひとつが今回紹介するカフェ・ギャラリー「appel」(アペル)が近くなったということであった。
この「appel」はtattakaこと高橋辰夫と、泉沢儒花というふたりのアーティストが運営するスペースだ。年間約6回の企画展もこなす現代美術ギャラリーで、さらに実験音楽のライブ、アートやサブカルチャー関連のトークイベントを頻繁に行うなど、住宅街によくあるカフェ・ギャラリーとは大きく性格の異なるものである。東京には意外と少ない、美術と音楽とサブカルの接合点であり、とくに実験音楽では高円寺の「円盤」などとともにポスト「OFF SITE」とも言える機能を果たしているのではないだろうか。

実はtattaka氏とは旧知の間柄であったが、残念ながらこれまで訪問する機会を持てずにいたので、引っ越してまもなく店に行ってみた。突然の訪問にtattaka氏も驚くも、その後は展覧会やトークイベントに訪れたり、コーヒーを飲みつつダベりに行ったりもした。そして今年に入り、僕とヲノサトル、前林明次とのユニット「rec*rep」で、数年ぶりの再起動のためのライブシリーズをやらせてもらった。心地良さと、ほどよい緊張感とが同居したこのカフェは、ここしばらく僕のなかでも重要な場所のひとつとなっていた。
が、そのappelが10月をもってクローズするという。そこで、あらためてtattaka、泉沢のご両名にここを始めた経緯や、今後の展開について尋ねてみた。

「以前から『appel』という現代美術に関するミニマガジンをふたりで制作していたんです。で、3号ほど作ったころに、そのコンセプトを実際の作品展示も含めて空間的に展開してみたいと考え始めて。そこに、もともとカフェ・ギャラリーであったこの場所が空くという話があり、冊子の延長上としてのショップをやってみることにしたんです」(tattaka)
最初にカフェありきではなく、コンセプチュアルなミニマガジンの空間化という狙いが、多くのカフェ・ギャラリーとは一線を画す点であったわけだ。

© Bit Rabbit
「ミニマガジンの『appel』を始めるにあたって、当時たくさん出始めたフリーペーパーをリサーチしたんですが、情報誌や個人誌的な評論集、あるいはグラフィックメインのアートブックは結構あるものの、テキストと作品の両方で、個人的な視点から現代美術を捉えなおす、という本はなかった。そこで、僕らは単に気になる作品を紹介するのではなく、毎回テーマを決め、美術作品と内容的にリンクするであろうテキストとを並列的に編集していきました。まあ世代的には『GS・たのしい知識』とか80年代の雑誌の影響が大きいから。有馬さんもそうでしょう(笑)」とtattaka氏は語る。これまでの特集には、東浩紀のテキストと坂本政十賜らの作品をコンパイルした「風景的」、また「詩的×映像的」「少女|趣味」「映像/政治」といったタイトルが並ぶ。そのコンセプトを、場を構えることで、作品展示とともにより実際のものとして提示してきたわけだ。
「作品が店の“飾り”になるのではなく、しっかりと鑑賞できて、そこでお茶も飲める空間にしたかった。また、現代美術ファンだけでなく、いろいろな人に見てもらい、さまざまな“異なる交通を可能とする場”としたかったんです」
冊子発行だけでは見えにくかった読者やお客と対話でき、作家や音楽家、評論家との交流も多数生まれ、大きな成果があったそうだ。また、ここでの展示を経て、自分の作品に対する考え方が変化したと語る作家もいるという。


では、内容的にも成功し、場所の知名度もあるにも関わらず、なぜクローズするのか?
「最近、作家と作品と場をめぐる関係が少しずつ変わりつつある気がしているのと、ここでの展示やイベントがルーチンワークになるのは危険かと感じていて。あと、勝ち負けばかりがクローズアップされ多様性が減っているにも関わらず、一方では批評がない今のアートシーンについても考えることが多い。それで一度リセットして、まずは刊行ペースの落ちていたミニマガジンに本腰を入れつつ、新しい場をめぐる関係を模索していきたい」
ちなみに、率直に「やはりこういった店は儲からないの?」と聞いてみたところ、大きな儲けはないが赤字ではない、とのこと。手間はかかるが飲食部分を充実させたり、物販部分の面積を増やすなど、儲けを増やす方法はいろいろあるそうだ。REALTOKYOの読者も、新しいスタイルのカフェ・ギャラリーにトライしてみてはどうだろうか?
現在、最後の展覧会となる原美樹子の写真展が開催中(10/19まで)。また10月20〜22日には、appelと関わりのあった豪華メンバーの音楽家たちによるライブシリーズが繰り広げられる。
今後の東京のアートスペース運営を考えるためにも、ぜひこの機会に訪れてみてほしい。
appel 〒156-0052 世田谷区経堂5-29-20
tel & fax : 03-5426-2411
寄稿家プロフィール
ありま・すみひさ/1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、即興演奏からCD、サウンドインスタレーションまでジャンルを横断する活動を展開。同年生まれのアーティスト集団「昭和40年会」など美術家とのコラボも多数。国内外の展覧会への参加も多い。ジョン・ケージの『Europera 5』の日本初演など、最近は現代音楽の仕事が増えつつある。(Portrait: Matsukage Hiroyuki)