COLUMN

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昭和40年会の東京案内

第27回:東京登山 〜山に登るとわかること〜
小沢剛
Date: May 17, 2006
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高尾山から陣馬山に続く尾根より
写真:monkey inoue(以下すべて)

人生の大半を花粉症に悩まされていたが、ついにレーザー治療で春の訪れの爽快さを取り戻した。本当に長いこと忘れていた芽吹く新緑の眩しさ、野の花たちのきらめき、小鳥のさえずりに春を満喫している。そうとなったらもっと自然の中に身を置きたい。最近は気軽にできる東京の登山を楽しんでいる。

東京都の地図を見れば分かるとおり、横長の東京都の左1/3は奥多摩と呼ばれる山岳地である。場所によっては都心まで3〜4時間もかかるエリアもあるが、代表的な登山口へは新宿から2時間足らずで到着できる。

 

子供の頃、遠足などでいやいや登山をさせられてそれがトラウマとなっている人は、ぼく以外にも少なからずいるかと思う。しかし登山靴など装備を揃えて臨むだけでずいぶん快適になると、入門書に書いてあった。そしてその、いやいや登らされた高尾山から陣馬山への尾根を歩くコースに臨んだのは、2月の末であった。

 

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友人3人で黙々と登る登山は想像以上に眠っていた五感を刺激し、楽しいものであった。今にも芽吹きそうな淡い緑、日陰にはデリケートにきらめく霜柱や霜が静かに心をくすぐる。木々の葉が出ていないので、見晴らしがとても良く、遙かな山々が我々を歓迎しているかのようだ。不思議だ、歩いても歩いてもこの愉快な気持ちは消えない。途中の山小屋で、ナメコ汁をいただく。少し冷えてきた体を芯から温めてくれる。ようやく陣馬山頂にたどり着き、ザックを置いて一息つくと360度のパノラマの景色が心を打つ。そこでのんびりしすぎたために、日が沈み始めていたことを忘れ、あわてる。うっすらと空が赤らみ始めたかと思うとかなりの早さで暗くなり始める。都会にいると気が付かない太陽のスピードを実感するというか、山で夜に向かう時間の恐怖感が足を速めさせる。ようやく人里に降り、畑や民家を確認するとホッとする。 週末の新宿駅付近の居酒屋で、ずいぶん早い時間にのれんをくぐる登山グループをしばし見かけるが、なるほどこういうことだったのかとようやく理解できた。

 

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三月の末、前回の体験をもとに、なるべく登りが少なくかつ、より早い時間のスタートと少し高い山を目指した。御嶽山から大岳山そして奥多摩駅に抜けるルートだ。1ヶ月前と違って、あちらこちらで花が咲き始めている。暖かくなったためか登山客は増えていた。昼食中に管弦楽器の様な音が遠くから聞こえる。その音はゆっくりとぼくらの方に近づいてくる。やがて林の中から現れたのはまるで天狗のような衣装でホラ貝を吹く山伏のご一行であった。

奥多摩駅付近の雑貨屋の店先で老婆が新鮮そうなわさび菜を売っていた。いかにも山暮らしといった出で立ちのほっかむりとシミだらけの割烹着の老婆の言葉は、今まで聞いたこともない方言であった。帰宅後、言われたとおり、熱湯をかけ、味噌と日本酒で和え、鰹節をかけて食べた。ほどよい苦みと、爽やかで柔らかいわさびの、つんとくるこの感じは、絶品だった。いくつもの尾根を超えたものへのご褒美なのかも知れない。

 

そして4月の末の今日、ネパールのカトマンドゥーにいる。明日は中国の国境を目指しチベットに入り、4000m以上の高地での山歩きを企てている。初心者にふさわしくもないコースであるが、綿密な計画と装備なので、何とか乗り切れるのではないかと思っている。さて、ご褒美は何だろうか?

昭和40年会 http://www.40nen.jp/

寄稿家プロフィール

おざわ・つよし/美術家。1965年東京生まれ。東京藝術大学在学中から、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める『地蔵建立』開始。93年から牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー『なすび画廊』や『相談芸術』を開始。99年には日本美術史への皮肉とも言える『醤油画資料館』を制作。2001年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ『ベジタブル・ウェポン』を制作。2004年には森美術館にて個展『同時に答えろYesとNo!』を開催。