COLUMN

40nen
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昭和40年会の東京案内

第9回:永遠のガキ大将が住む町、向島
パルコキノシタ
Date: May 23, 2005

僕は田舎で育ったコンプレックス故、かなり都会が好きだったりするわけだが、もう東京で暮らす期間が20年を超えてしまい、いつの間にか東京探検に以前ほど貪欲ではなくなっている。上京直後は、営団線に1日乗り継いだ地下鉄のザジ体験。用もなく羽田空港やまだ埋め立て地だったお台場で1日過ごすというプチ冒険もさんざんやったが、それも今となっては青春の思い出だ。

 

そんな自分に最近ぐっとくるビューは、町や建物ではなく人のいる風景である。多種の人を見る為に東京を散策するという楽しみだ。今は東京に潜む田舎を探している。元々田舎者から如何に脱却するかというのが自分の上京のコンセプトであったにも関わらず、江戸の地方色というものに惹かれているのだ。僕の田舎では既に、アーケードの商店街は崩壊して、にぎやかの中心は郊外の大型ショッピングモールになっているが、この東京では未だに商店のパワーが健在である。

 

今回歩いた町、向島で自分は演芸会を企画した。向島はご存知の通り浅草から隅田川を隔てた閑静な下町で、商店に町工場といった自営業者が密集している。ここには、古くから続いた江戸の風情がかろうじて生き残り、芸者の町にふさわしく芸達者な年寄りが多数暮らしている。町の実力者に尋ね、そんな実は凄い人というのを探しに歩いた。

 

言言問橋を常泉寺方面に渡ってすぐにある小料理屋の上総屋は、10人前はあるだろう巨大な厚焼き玉子で有名な墨田区の老舗のーつだが、そこの大将にはもう一つの顔がある。詩吟のそれも古来の伝統的な詩を現代風にアレンジした現代詩吟の大家である。早速出演交渉に伺った。ランチタイムを敢えて外して準備中にうかがったのだが、のれんをくぐると平日の昼間から酒盛り宴会が繰り広げられていた。この墨田区の住人は自営業が多いから、好きな時に働いて好きな時に酒を飲む。労働時間を自分で決められるから、こうして平日は常連客だけの和みの空間になっているのだ。最初、どこのだれかと、不思議そうな表情をしながらも、部屋の奥から歌詞と詩吟に使う携帯キーボードを持って来た大将はこういった。

「あんたはどっかから噂を聞いてわしに出演交渉に来た。だがあんたはまだわしの詩吟を聞いた事がない。だから今からプロのわしが演奏してやるから聞け」

演奏が始まった、地面の底から揺さぶりをかけるような凄い迫力の松尾芭蕉がそこにはいた。

「これはわしがやってる現代詩吟、松尾芭蕉の詩に、続きの詩をつけて曲もつけた」

恐るべき発想である。そして演奏が終了した。

「どうだ? 初めてわしの詩吟を聴いた感想は?」

「はい、なんて表現して良いかわかりませんが、こういう音楽は生まれて初めて聞いたと思います。かなり今びっくりしてます」

満面の笑みを浮かべた大将はこういった。

「聞いたな。じゃあ帰れ」

結局彼から出演交渉を勝ち取るために僕は何度も店に足を運んだ。これが向島だ。その輪の中に入れてもらうには、なにか見えない炎の柵を飛び越える覚悟がいるのだが、それを積み重ね、たどり着いた人はファミリーとして迎えられる。そんな街なのかもしれない。彼は5月29日に現代美術製作所で詩吟を演奏する。

 

次に浅草のウンコビル(注)をまっすぐ行って、江戸の伝統的な本染めを先祖代々受け継いでいるトウオリ産業(住所非公開)のところへ、昭和40年会のリーダー、松蔭浩之同伴でお邪魔した。昭和40年会の浴衣を本格的な江戸染めで作ろうという企画からだ。この業者さんは相撲部屋の力士の浴衣を一手に引き受ける正真正銘の江戸職人であるが、その方に見せていただいた数々の図案の美しさに我々は絶句した。

「なんていうか、仁義やモラルっていうか、基本的に一度使った柄は二度と使わないんだよ。だがしかし、今はその反物に図案を引ける職人がみんな年寄りで、もう居ないんだよ、だからこの商売もいつまで続くのか」

とはいうものの全然危機感とか商売っ気とかもなく淡々と語る。一応現代の図案家である松蔭浩之はMacでのデザインは了承してもらったが、そこからが大変な事だと知った。

「もう本当に、伝統的な技法で仕立てる職人は死んじまってるからね。このデザインが決まったらまず反物を栃木に送り染める作業に1カ月、そしてそれを浜松の和裁専門の仕立て屋に送って縫うのは早いが順番待ちで2カ月、合計3カ月くらい見てもらえばできるよ」

間に合わない。大変なことである。浴衣1着作るのに3カ月、しかも安くない。僕らは必死で交渉するも、さすが江戸の職人。頑固というか一旦言った事は決して曲げない。むしろ、出来れば仕事したくないくらいのポジションで別の相談に乗ってくれた。

「俺たちは昔のやりかたでしか出来ないから何もかも全部手作り、ミシンとかでパパッとやっちまう手もあれば、中国とかの3000円くらいの安〜い値段でもう出来てる浴衣使えば早いかもしれないけど、早い話自分達のやり方でしか出来ないから」

 

僕は感動した。小料理屋の大将といい染め物屋の社長といい、自分の宇宙というものをはっきり持っている。現代は要領よく生きる事こそが賢い人間と決めつけて、漠然と流される若者のなんと多い事だろう。でもしかし、向島にはまだ本物の江戸っ子が、年をとっても永遠のガキ大将が生き生きと暮らしている。このマイノリティ加減こそ、僕らが40年迷い生きながらえて来た中での一つの答えでは無かったか。東京向島、ここには敢えて芸術というカテゴリーを定義するまでもなく、生まれた時からこだわりを持つアーティストのような恐るべき人が何食わぬ顔をして、日々暮らしている。

注:ウンコビルとは日本のアート界をメセナ活動でささえているあの! アサヒビール本社の事で、ウンコは屋上にくっついたオブジェの事だが、墨田区に住んでいる住民は愛着を込めてこういう人が多い。正確には、人の魂、命を造形したオブジェだそうだ。

上総屋 墨田区向島2-2 TEL: 03-3622-7418

 

『向島演芸会〜昭和40年会大喜利大会』
日時:2005年5月29日(日) 午後3時〜6時半頃終了予定
入場料:1000円
場所:現代美術製作所 墨田区墨田1-15-3
TEL/FAX 03-5630-3216
浅草」より東武伊勢崎線に乗り、3つ目「東向島駅」にて下車、下り方面へ徒歩3分。東武線「北千住駅」からは浅草方面行きに乗り、4つ目「東向島駅」で下車。

 

昭和40年会 http://www.40nen.jp/

寄稿家プロフィール

ぱるこ・きのした/1965年徳島県生まれ。漫画家、芸術家。教育家。股間で絵を描く表現に端を発し、全身を使った様々なパフォーマンスを国内外でゲリラ的に行い、今では世界中の大規模展覧会の常連ゲリラアーティストとなる。異なる文化圏の世代間の人々と言語を超越した懇親を行う事を作品化している。主な作品に『絵を結婚させるワークショップ』『なぐり描き』『おむすび1ユーロ』『緊急カラオケ会議』映像作品は『特撮ワークショップ』『十日町防衛隊』著書に『漂流教師』『教育と美術』がある。ミクシイネームは公園の木の下。www.digipad.com/digi/parco