
—酒は茶の代りになるが、茶は酒の代りにはならない—
「松蔭さんってほんっとに酒強いですねえ」とよく言われる。が、それは嘘だ。
私は酒がなにより大好きなのであって、決して強いワケではない。たしかに、日々の飲酒において私は常に、酩酊せぬように心掛けている。いつの頃からか私は本気で、慌てず騒がず荒立てず、出来うる限り悠々とした大きな態度で酒場に棲息し、静かに(なるたけバレないように)大量の酒を効率良く体内に流し込みながら、多くの事を考え、柔らかくなった心で人の話をよく聞くべし、という身勝手なポリシーを拠り所にした飲酒を実践している。それは、祝い酒、弔い酒、想い出酒に独り酒、あらゆる酒との格闘の果てに行きついた境地である。「ああ、飲酒が仕事になればどれだけ幸せだろう? いや仕事とは一番程遠いから、飲酒を心底愛せるのか?」


今日はこのくらいにして、外に出よう。もっとも効率良く、意味なくカラリと呑むには「移動する」ことが一番。ひとっ所でジメジメ呑んでいても埒が開かぬ。夕暮れとともに、思いあたる呑み屋をハシゴ、なんて贅沢な時間の使い捨てをやらかす。
まずは新宿東口MYCITYの地下のスタンド「BERG(ベルグ)」に飛び込む。
なんの色気もない駅地下のスタンドカフェだが、なんてったってビールが旨い。
歴史や雰囲気バリバリのバーなんぞより、実はこういう場所のほうが、哲学が生まれたりする。
映画の前、フィルム購入の後、必ず独り立ち寄るこの場所で軽く腹ごしらえもしながら作戦を練る。


「世界中の酒をやっつけろ!」が鳴り響く


よし、お次は大江戸線で六本木だ。
元防衛庁辺り、ホテルアイビスの地下、「もぐらのサルーテ」。
馴染みというほど、通い詰めた場所では無いが、東京に来て、一等最初に気に入ったバー。
愛すべきボトルたちの、すべて逆さに吊るされたインスタレーションは圧巻だ。
そのボトル一本一本に丁寧に酒の名前銘柄、生産国、そしてワンショットの値段が明記されているのも珍しい。
若気の至り、背伸びをしたくとも財布と相談どころかビクビクしていた私にとって、まさにここは「世界の銘酒博物館」、大人の世界の勉強部屋を探し当てた心地、各国の洋酒を片っ端から試したものだ。
さらにこのバーの最大のチャームポイント、いや、強烈な磁力であり魅力は、壁に設置されている藤城清治作の「影絵」。この作品に背を向け、襟を正し姿勢良く静かに呑む。それだけで充分だ。
さらにもう一言。どういうワケかこの店はチャージを取らないから文句無し。
終電真際、店を出て乃木坂駅へ向かって歩く。お触りパブの呼びこみのお兄ちゃんの「チクビ! オッパイ、チクビ!」の連呼に、頬緩ませ、後ろ髪ひかれつつ早歩き。代々木公園。暮らして10年目のこの街の一番馴染みでもう一勝負。


4年前に惜しくも亡くなった先代のマスターには随分といろんな酒の呑み方を教わった。大好物のシェリーも、初めて呑み比べをしたのが此処であった。
現在はその愛娘たちである美人双児の笑顔、いつまでも初々しいママの魅力に惹かれ、連日大にぎわいで和気あいあいの店内。店員もカウンターにひしめく客もすべて顔見知り、独りになることはおろか、お忍びなんて全く無理。
まさに「ホーム」での最終戦は、アシスタントのボトルの残りから始まり、最近ようやく味を覚えたバーボンのニューボトルの開栓に至り閉幕。あとは自宅へ戻り死んだように眠るだけだ。
※最後に。ここで私のボトルを呑んでもらってかまわない。しかし、その後でもっと格の高いボトルを入れ直すこと。
(全撮影:池田晶紀)
BERG(ベルク)
新宿区新宿3-38-1 MY CITY B1 TEL:03-3226-1288
営業時間:7:00〜23:00 定休日:無休
もぐらのサルーテ
港区六本木7-14-4 アイビスビルB1 TEL:03-3403-3463
営業時間:月火水木土 18:00〜3:00 金 18:00〜5:00 日祝 18:00〜23:30
定休日:無休
G.G.C.
渋谷区富ヶ谷1-44-4 いずみマンション1F TEL:03-3469-0453
営業時間:18:00〜2:00(祝日は24:00まで)
定休日:日曜日
昭和40年会 http://www.40nen.jp/
寄稿家プロフィール
まつかげ・ひろゆき/1965年福岡県生まれ。88年大阪芸術大学卒業。現代美術家。90年アートユニット「コンプレッソ・プラスティコ」でヴェネチア・ビエンナーレ・アペルト部門出展。以後個展を中心に国内外で活動。写真、パフォーマンス、グラフィックデザイン、ライターなど幅広く手掛け、アート集団「昭和40年会」、宇治野宗輝とのロックデュオ「ゴージャラス」でのライブ活動でも知られる。