4weeks

Tokyo 4 Weeks

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090:未来の体温 after AZUMAYA
推薦:白坂ゆり
Date: October 24, 2013

「時代」から「未来」へ体温を送る

1999年2月11日、雪。「僕の育った時代の雑多なエネルギーを感じた」「作家との親近感をもてる。人を連れて来たい」「奈良美智の作品が好きで来たが、皆個性的で楽しめた」「混沌とした雰囲気が伝える“熱”に熱くなった」。私が『WEEKLYぴあ』で約2年、展覧会出口調査をしていた頃、『時代の体温』で行ったアンケートをもとに掲載した回答だ。インディペンデント・キュレーター、東谷隆司が世田谷美術館在籍時に初キュレーションした展覧会である。

 

そして今、1年前に彼が人生を断った10月16日を挟み、生前親交の深かった美術批評家の椹木野衣が新たにキュレーションした『未来の体温』が開催中だ。もし東谷が生きていて、東日本大震災と原発事故以後の『時代の体温2』を立ち上げることになっても誰かの力を借りた気がする。きっと彼も表現者として参加したい気持ちが湧き、だが、自らを含みキュレーションする矛盾を、監督主演映画のように引き受けられなかっただろう。

 

『未来の体温 after AZUMAYA』山本現代展示風景 | REALTOKYO
山本現代展示風景

だから本展に東谷若き頃の作品展示があってよかった。初めて見たが、マドンナから生まれるなんて、やっぱりベタ(で)メタな人だったとも思う。キリスト教社会を背景に論議を呼んだヒット曲「Papa Don't Preach」に引っ掛けていたりするのだろうか。展覧会や執筆物のように多重に伏線を張っているのかもしれないが、やっぱり直截な再生願望があったのだろう。単純な解釈に落とし込んではいけないけれど、生前は宇宙と社会と人生のバランスがとれないつらさがあるように見えたから。

 

ほかに、ストロークも生々しく絵具が層を成す高橋大輔の絵画を見ながら、田中敦子が『時代の体温』で再評価につながったことや、フィールドワークから映像や絵画を展開する竹内公太らを見ながら、大木裕之は映画、根本敬はマンガをフィールドワークと混合させていたことを思い出す。途中経過をドキュメント的に見せる行為を美術館に持ち込んだのも異例のことだったし、ライブでラウドな音楽的要素のある多田正美や大竹伸朗を美術館に引き入れたのも画期的だった。東谷が遺した「なんにもないところから芸術が始まる」「身体で感じろ」という言葉がどれにも通底する。先の命日には、山川冬樹が、東谷のいる向こう側の世界へ行き、帰ってくることに力点を置いてライブを敢行した(確かに、心臓音が一時止まっていた)。

 

『未来の体温 after AZUMAYA』ARATANIURANO展示風景 | REALTOKYO
ARATANIURANO展示風景

ただ、当時はインディペンデントだった『時代の体温』も、今の若い世代には現代美術ってこういうものだと躊躇なく映ることもあるだろう。そこで『未来の体温』では、ほぼ色鉛筆で野良猫を描く山口県の吉村大星が、現代美術の判断基準を揺るがしているように見える。震災での避難時に絵画をほとんど処分せざるを得なかったという赤城修司は、高校教師をしながら福島市の様子を写真に撮り続けている。

 

会場を撮影していたとき、革ジャンがゆっくり半回転して背中の文字がこちらを向いた。「殺すな」。それは2003年の反戦運動に限らず、今後さらに切実な言葉になるのかもしれない。東谷に2005年にインタビューしたときには「本当に大切なのは、家族とか命とか基本的なこと」と語っていた。東谷と関わり、見た人の数だけ彼はあり、不在の人間のことを語るのは難しい。野良猫にでも生まれ変わって自由に暮していてくれればいいな。

 

インフォメーション

未来の体温 after AZUMAYA

10月15日〜11月2日、ARATANIURANOと山本現代で同時開催

寄稿家プロフィール

しらさか・ゆり/WEEKLYぴあ編集部を経て、1997年、フリーのアートライターに。『美術手帖』『SPUR』『マリソル』などに寄稿。共編著に『作家名でわかる逆引き美術館手帖』(世界文化社 2011年)など。