「夢は叶う！」と絶叫して走り出す。「妖怪になる！」と熱いメッセージを路上で語り尽くす。変人のようだけど、話をしてみるとまともで真面目な加藤くん、36歳。そんな彼に関心を持って撮り始めたという元OLの綿毛監督は、甘ったるい声のふしぎちゃん？　製作・撮影・編集もひとりでこなしてドキュメンタリーを作り上げた彼女もユニークで、いったいどういう人なんだろうと、むしろ私は監督が気になった。カメラで撮影していることが隠れ蓑になっているが、それがないとアヤしい人たちに見えただろう。絵本作家でもある加藤くんの作品『とりかえちゃん』『ぐるぐるぽん』『クッツケロ』は、予期せぬ展開に大人も子供も大笑い。愛すべき妖怪志望の加藤くんを見よ！

ビートルズ研究において国際的にも評価されている著者が「ビートルズ来日時に4人に接した人々」に10年以上に渡ってインタヴューした集大成である。知識と愛情をもってインタヴューイの記憶を丁寧に掘り起こし、新事実をどんどん発掘していくさまは実にスリリングだ。なによりもこの本から伝わってくるのは「何事も好きなことを深く追求すればここまでの次元に到達できるのだ」という感動だ。ビートルズに詳しくなくてもそこに感動させられた。ましてやファンであれば、貴重な写真350点を含め、重要な1冊となるはずだ。著者はRT寄稿家の一員でもあるがプロフィールにある「桑田佳祐氏も愛読し『月光の聖者達（ミスター・ムーンライト）』を書き上げたきっかけと公言している」という理由も今更ながら納得させられる。

1974年NY、ワールドトレードセンター（WTC）ツインタワーの屋上に張った１本のワイヤーの上を歩いた奇跡の男フィリップ・プティの半生をロバート・ゼメキス監督が映画化。9.11同時多発テロによって崩壊したWTCのあの勇姿、ワイヤー上のプティ目線の当時のNYの街並みがそっくり目の前に現れる。そんな視覚効果の名手ケヴィン・ベイターの仕事に劣ることなく、存分にプティにシンクロするジョセフ・ゴードン＝レヴィットは繊細に大胆に、ボディもメンタルも、天才か狂人か、紙一重の冒険に挑むリアリティをどっぷり映画に注入する。建物侵入だけでもスリル満点なのに、本番シーンはかなり心臓がバクバク。でも快感。

妻と愛人が共謀して夫を殺害しようとする、エミール・ゾラ「テレーズ・ラカン」を原案に越川道夫と脚本家佐藤有記が生み出したオリジナルストーリー。静かな湖畔で遊ぶ男女３人のボートが転覆し、夫が姿を消す。果たして事故か、それとも…？　夫（川口覚）の溺死体があがるのを待つ妻（山田真歩）と愛人（渋川清彦）のふたり、衝動に任せて湖畔のラブホテルで獣のように求め合う。まるで格闘技のようにアクロバティックな動きに合わせて躍動するカメラ。寂しげな空気に16ミリフィルム撮影の質感がしっくりくる。これまで数々の良作をプロデュースし、インディーズの強力サポーターを果たしてきた越川の満を持しての初監督作品、見応えあり。

新人作家ウィアーによるオンライン連載小説を原作に、リドリー・スコット監督とマット・デイモンの初タッグでおくるスペクタクルSF（3D/2D）大作。火星探査計画＜アレス３＞の６人の乗組員が嵐によって撤収を余儀なくされたが、ひとり、マーク・ワトニーは死亡と判断され、置き去りに…。ところがどっこい彼は生きていた。そこから始まる過酷なサヴァイバル劇はほぼデイモンの一人芝居。植物学者の頭脳をフル回転、そしてユーモア精神をエネルギーに。「絶望」はどんなときも有害以外何ものでもないのだ。ワトニー生存を知る鍵となる衛星画像が個人的にツボ。デヴィッド・ボウイ「スターマン」が流れる神タイミングに嗚咽が止まらない。

元日本大使夫人マルタの家に住み込み看護師として働くリザ（モーニカ・バルシャイ）は、日本の恋愛小説を心のより処とする孤独な独身女性。リザにしかみえないユーレイのトミー谷（デヴィッド・サクライ）は友達だ。30歳の誕生日に休暇をもらったリザが憧れのメック・バーガーで食事をしている間にマルタが不慮の死を遂げ、そこからトンデモ展開が始まる…。昭和歌謡（？）と変なダンスがお約束の嫉妬深いトミー谷の登場シーンは中毒になりそう。ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督は寿司から始まり、日本の映画、小説、音楽に傾倒したとか。お醤油をかけた70年代ハンガリーテイストのような妙にクセになる不思議な味をぜひ試食してみて。

ジェームズ・ディーンとデニス・ストック。無名の新人俳優にマグナム・フォト所属の若い写真家が興味を抱き近づいていく。すでに『エデンの東』を撮り終え、目下売り出し中の役者の写真を撮って成功することは、ハングリーな写真家自身のためにも必要だった。しかしひとつでもボタンが掛け違えば、あのタイムズスクエアの見事な一瞬の写真は存在しなかったのかも…。大量のリサーチの中から、ディーンの故郷インディアナでの宝物のようなエピソードを発掘し、プライベートの柔らかな表情を捉えた奇跡的な時間を再現する。ディン・デハーン、ロバート・パティンソンも好演し、音楽PV監督でもあるアントン・コービン監督のセンスが冴える逸品に。

タブーを恐れず、常に新しい映画の形を模索し続けた監督、ロバート・アルトマン、アメリカ・インディペンデント映画の父と呼ばれ多くの映画人に影響を与えた。ロン・マン監督は、妻キャスリンの全面協力を得て、現場オフショット、メイキング、初期の未公開作品、プライベートお宝映像も満載し、様々な角度から”アルトマネスク”、つまりアルトマンらしさの真髄に迫る。ハリウッドと衝突しても撮りたいものを撮るガンコな姿勢、破天荒で、時にお茶目な、愛される人間力。世界三大映画祭すべての最高賞を受賞し、どん欲に撮り続け、ビッグファミリーに囲まれて81歳で閉じた巨匠、その波乱万丈の人生を振り返り、生誕90周年をお祝いしたい。

ベント・ハーメル監督８年ぶりの最新作は、クールな“リケ女”が主人公。ノルウェー計量研究所勤務の科学者マリエ（アーネ・ダールトルプ）は急病の父の代役で急遽キログラム原器を持ってパリの国際セミナーへ。重大ミッションに緊張が走る。秩序優先のマリエだが、実は私生活はゴタゴタしてる。科学者パイとの出逢い、大好きな父の死を境に、彼女の世界は揺らぎだす…。青い車、青い傘、シンメトリックで硬質な映像美が、マリエの心境変化と共に次第にホットにカラフルに。ミニマル表現の中に挿入されるユーモアも健在。実際のノルウェー計量研究所やパリ国際度量局ロケも、神経を注ぎ込まれた音楽や音もクール！　さて、人生は何グラムだろう？

インドの新鋭女性監督のジョナリ・ボースが１歳下の従姉をモデルに描くヒューマンドラマ。障がいを持つ19歳のライラ（カルキ・コーチリン）は、両親や親友のサポートの下、青春を謳歌中。失恋も経験し、いざ作家になる夢のためNYに留学、母と共に旅立つ。大学でミステリアスなハヌムと出逢い、親密になり…。“パーソナルな映画”と語るボース監督は、障がいのある女性を主人公に、アイデンティティやセクシュアリティという、インドではまだタブーでセンシティブなテーマに鮮やかに切り込む。さらに誰もが通る“親離れ、子離れ”の関門も、厳しく優しく、通過の道を探り当てる。見事な演技で魅せた可憐なコーチリンは大ブレーク待ったなし？

セザンヌの絵画「愛の闘い」から着想を得たというジャック・ドワイヨン監督。父の葬儀のために故郷に帰った女（サラ・フォレスティエ）は、かつて想いを寄せた隣家の男（ジェームズ・ティエレ）を訪ね、それから毎日、儀式のように激しく愛を交わす。家族とうまくいかない女は苛立ち、そんな自分を孤独に生きる男にぶつけ、男は受けて立つ。ワンシーンワンカットの長回し、あたかも即興のように見える“決闘シーン”は、実は綿密に振り付けされ、「古典的なウェスタンのように」撮ったのだと。男と女には名前が無く、それゆえ普遍的で原初的な愛。すべてを曝け出し、泥にまみれ、闘い尽くしたふたりと同じくらい、清々しい瞬間を掴めるだろうか。

美しい草原で父親とふたり暮らすジーマ（エレーナ・アン）は、幼なじみの少年と遠方から来た金髪の少年から求愛されるモテモテの美少女だ。父親は毎朝出かけていく。軍関係の仕事らしいがはっきりとはわからない。セリフは一切なく、饒舌なカメラワークから想像力を膨らまし、淡々と繰り返される彼らの営みをじっと眺める。仄かに進むラブストーリーがあり、少女は誰を選ぶのだろう、とワクワクする。とは言え、お父さんはどこへ連れて行かれたのか…？　彼らの小さな幸せをハラハラして追っていたのに、一体何事が起こるのだ!!　ロシアのアレクサンドル・コット監督が提示する現代の黙示録。静寂が不気味に訴えかけ、背筋が凍り、言葉を失う。

５年をかけた紀里谷和明監督渾身のハリウッドデビュー作。カナダ人による日本の忠臣蔵を題材にした脚本に魅了され映画化を決意、主演クライブ・オーウェン、モーガン・フリーマンと贅沢なキャスティング、他にノルウェーのアクセル・ヘニー、イランのペイマン・モアディ、韓国のアン・ソンギ、日本からは伊原剛志（難しい役を熱演）、さらにメキシコ人撮影監督はじめスタッフも多国籍編成で、すべてがチャレンジング。陰謀で領主（フリーマン）の首を自らはねてしまった重臣ライデン（オーウェン）は放蕩三昧の仮の姿で世を欺き、虎視眈々とその日を待つ…。雪の美しさが映える東欧チェコの古城や修道院ロケもばっちり。もうしくじらない？

1939年のミュンヘン、演説中のヒトラーを狙って爆弾が仕掛けられたが、予定より早く切り上げた彼は難を逃れ、13分後に爆発。8人が死亡し、36歳の家具職人ゲオルグ・エルザーが逮捕された……。『ヒトラー 〜最期の12日間〜』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が、暗殺未遂の実話を描く。ナチス政権下のドイツで、後ろ盾もなく単独で行動を起こした男。黒幕を吐けと過酷な拷問を受けるが、過去の話と思えず背筋が寒くなった。人々がファシズムに呑み込まれていく中で、たったひとり覚醒し、抗うことができるだろうか。なぜ日本はドイツのように歴史を客観的に検証できないのか。時空を超えて問いかける。

「俺、死んだよ。」そう言って３年間失踪していた夫が突然妻の前に姿を現し、一緒に旅に出ようと言う。湯本香樹実原作の不思議な物語だが、異界現界混在の世界は黒沢清監督の十八番。その融合、あるいは移行する時間、奇妙なノイズが入り混じり、心をざわめかせる。黒沢が信頼を寄せる浅野忠信のユニークな存在感に、黒沢組初の深津絵里が絶妙なマッチング。さらに蒼井優と深津の対決シーンのクラシックな切り返しの応酬は鳥肌もので、芦澤明子のカメラワークが際立つ。ダグラス・サーク映画のようにと注文された大友良英の音楽も特徴的。脇の小松政夫、柄本明らも含めて俳優の持ち味を最大限に引出す演出で、新たな“メロドラマ”を誕生させた。

クルド系のバフマン・ゴバディ監督が母国イランからトルコへ亡命中に撮影した。イラン・イスラム革命時、不当に逮捕、投獄された詩人サヘル（カネル・シンドルク）は、30年後に釈放され、先に釈放されていた愛妻ミナ（モニカ・ベルッチ）を探す。しかしサヘルは政府の嘘によって死亡したとされて…。ミナへの異常な執着愛と恨みを抱く元運転手のアクバル（ユルマズ・エルドガン）の陰謀に陥り、地獄を彷徨う男と女。政変によって立場が逆転したとは言え、底知れない人間の憎悪に背筋が凍る。ゴバディ監督の映像美は健在、時間を前後しながらサスペンスフルに練り上げた物語は迫力を増し、ゴバディ自身の苦悩の深まりを感じずにはいられない。

古代の遺跡が残るトスカーナ州境の地に、父と母、４人姉妹と居候のココ、動物、そこに口笛の得意な少年も加わり暮らす。自由かつ独善的な父の養蜂を手伝う長女ジェルソミーナ（マリア・アレクサンドラ・ルング）は、ある日、外の世界の魅惑の司会者（モニカ・ベルッチ）と遭遇、視聴者参加番組「ふしぎの国」に参加したいと言い出す。父からの巣立ちなるか…？　ドキュメンタリー出身のアリーチェ・ロルヴァケル監督は自身の生い立ちをモチーフに、あえて自分とは違う「姉の視点」で、異国の血が混じり合う“ハイブリッド”な世界を描き出す。これが初演技となるマリアの瑞々しさが印象的。監督の実姉アルバ・ロルヴァケルが母役を演じている。

私生児として生まれ、母と暮らす12歳のステット。交通事故で母が他界し、初対面の父には拒絶され、国立少年合唱団付属の寄宿学校に転校する。卓越した歌声を持つ彼はすぐに頭角を現し、海外公演にも参加するが……。オペラや演劇など舞台の演出家でもあり、中谷美紀主演の『猟銃』を手がけたことでも知られるカナダのフランソワ・ジラール監督作品。久しぶりの映画となった本作では、劇中で「ほんの束の間、神様から借りる声」と形容されるボーイソプラノの合唱を軸に、ひとりの少年の葛藤と成長を描く。ストーリーはシンプルだが、ステットが歌う「アディエマス」など、とにかく見るよりも聴く映画。ぜひ耳を澄ませて！

「15歳のパキスタンの少女がタリバンの銃撃を受けて重症」という衝撃ニュースに世界が固唾を飲んで生還を祈ってから３年。少女を取り巻く環境は劇的に変化し、去年ノーベル平和賞受賞も見届けた。当初はフィクションを企画していたという本作のプロデューサーらは直接マララに会い、本人とユスフザイ一家に魅了され、ドキュメンタリーを決意。グッゲンハイム監督の手腕によって、フィルターのかからない彼女の姿、タリバンの恐怖とそれに打ち勝つ強靭な信念、さらに弟たちのマララ評によって「ふつうの女の子」であることも実感。だからこそ「すべての女の子に教育を！」という彼女の活動の真の意味が伝わる。タリバン解説もわかりやすく有難い。

お人好しで不器用で楽観主義のチャーリー・ブラウンに空想好きでスマートなビーグル犬のスヌーピー＆その仲間たちを描いたチャールズ・M・シュルツの「ピーナツ」、連載は1950年から2000年まで50年間続き、その人気はいまも盤石。今回、シュルツファミリーは、『アイスエイジ』シリーズを手掛け、「ピーナツ」には欠かせない“冬のシーン”が得意なブルースカイスタジオに映画化OKを出した。シュルツ手描きのアナログ感を殺さないようにいかにしてハイテクアニメーション化するか、それはそれは途方もない工夫と学習を重ねた結果、こだわりの“ピーナツスタイル”が誕生、「ぬくもり」はそのまま、ライナスの毛布もイイ感じに。

目が見えない子供たちに、音の反響から周囲の状況を知る「反響定位」を教えるイアン。彼のメソッドは、生徒たちと隣室の女性エヴァに自信と希望を与えるが……。匂いを嗅ぎ、かすかな音に耳を澄まし、足先で段差を探り、情景を掴み取る。劇場で同時期に公開されていた『ザ・トライブ』の舞台はウクライナの聴覚障害者の学校だが、こちらはリスボンの視覚障害者の診療所。アマチュアで盲目のキャストとプロの役者を起用した、ポーランドのアンジェイ・ヤキモフスキ監督による長編第3作にして日本初公開作品だ。視覚で得る情報は80％以上といわれるが、それを遮断して見えてくるものもある。

アトム・エゴヤン監督が児童搾取捜査班の刑事に精力的に取材をして練り上げたサスペンスミステリー。ダイナーでパイを買っている隙に車に残した娘キャスが失踪、父親マシューに疑惑がかけられ、夫の不注意を許せないとした妻とは別居、家族の幸せは突然崩壊してしまう。探し続けて８年後、刑事がキャスの画像をネット上に発見し、生存に一縷の望みが。しかし一体は娘はどこに…？　カナダ、ナイアガラの雪に閉ざされた街、ネットや監視カメラ社会の影響力、サイコパス、非合法ポルノなど不気味な社会の闇に切り込み、観客にもトリックを仕掛けながら問題の核心にじりじりと迫るエゴヤン手腕はあっぱれ。前作に続き充実した仕上がりに。