惑星アルカナル、それは地球より800年くらいの遅れの、だいたい中世ルネサンス期ほどの進化度の星。地球からの学者派遣団30人のなかにドン・ルマータがいた。惑星人に比べたらまるで神のごとき未来人、だが政治介入は許されない。圧政、殺戮、知的財産の抹殺、カオスの惑星はどこぞの国のメタファーか。とうとうルマータも逮捕され…。ストルガツキー兄弟による（タルコフスキー『ストーカー』原作）SF小説『神様はつらい』の、アレクセイ・ゲルマン監督念願の映画化。制作完了近くに監督が死去し、妻と息子が完成させた。構想に35年、製作に15年かかった凝りに凝ったモノクロ映像の迫力、これにもし匂いが付いてたら強烈すぎる…！

鎌倉に住む三姉妹が、彼女たちを捨てた父の死をきっかけに腹違いの妹を迎え入れ、やがて家族になっていく…。原作の吉田秋生の人気コミックに魅了された是枝裕和監督、『そして父になる』のカメラマン瀧本幹也との再タッグで、生命力溢れる四姉妹と鎌倉の四季の美しさを贅沢に映し尽くす。長女（幸）綾瀬はるか、次女（佳乃）長澤まさみ、三女（千佳）夏帆、そして末っ子（すず）広瀬すず。それぞれのキャラクターの巧みな演出、複雑な心の揺れを繊細に表現する姉妹に、気づくとシンクロしている。広瀬の"いま"の輝き、女優たちのみずみずしさ、小津安二郎を意識したという是枝の真骨頂を堪能する。豪華な脇役陣の中、前田旺志郎の成長ぶりにも注目！

『ウォレスとグルミット 危機一髪』のスピンオフとして"ショーン"が育ち、TV人気シリーズを経てとうとう映画化。代わり映えのしない牧場の毎日に飽き飽きしていたいたずら好きな羊、ショーンが仕掛けたいたずらで牧場主が窮地に陥り、おっと大変！　羊たちの大冒険が始まる…。セリフ無しのサイレント映画の豊かさが、軽々と老若男女、国境を越えて笑みを広げる。グルミットシリーズの生みの親のスターザックとバートンの共同監督の指揮の下、クレイアニメとVFX技術を駆使し、コツコツと２年弱をかけて仕上げた職人芸エンターテインメントを心ゆくまで堪能。喜劇王バスター・キートンを参考にしたというショーンの深みのある表情に注目！

長野県北安曇郡の真木集落に佇むアラヤシキ（新屋敷）。大きな茅葺き屋根の下、十数人の男女が暮らしている。年齢も様々、家族もいれば独身者もいて、障害のある人もない人もいて、去る人も来る人もいる。『アレクセイと泉』の本橋成一監督による6年ぶりの新作は、監督の自由学園時代の恩師だった宮嶋眞一郎が、1974年に創設した真木共働学舎が舞台。住人は助け合って農作業に勤しみ、ヤギや鶏を飼い、屋根の雪を下ろす。個性豊かな彼らがそれぞれ得意なことをこなす様は、「みんなちがって、みんないい」という金子みすゞの詩のよう。経済最優先で置き去りにされた福祉をカバーするのは、志の高い人々の自発的な試みなのだろう。簡単ではないが、こんな方法もあると教えてくれる。

薬物捜査で踏み込んだ家で、育児放棄されている赤ん坊にふと目が留まった刑事アンドレアス。彼にも生まれたばかりの息子がいて、美しい妻と3人で満ち足りた生活を送っているが、ある夜、愛する息子に異変があり……。デンマークのスサンネ・ビア監督最新作。魅力的なキャストを配し、コントラストが際立つ2つの家族を通して、白黒はっきりさせ難い人間の業と心の闇をミステリー仕立てで描く。主人公の罪は決して許されないが、共感できないわけでもない。モラルと衝動の間で引き裂かれる彼の姿に、観客もモヤモヤした気持ちになるかも。湖畔の家など水辺の風景をとらえた映像が美しく、深い余韻が心地いい。

美術館の改修工事の舞台裏、てんやわんやの日々を綴ったドキュメンタリー『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』の日本公開は2010年の夏だった。その後どうなったのかという続編。当初4年を予定していた工期が遅れに遅れて、結果的に10年を費やした。「みんなの美術館」であることを目指すあまり、泥沼にはまっていく過程で館長の交代劇も。忍耐力がない人（＝私）は観ているだけでジリジリするが、美術館というハコがそこに携さわるすべての人の汗と涙、愛と情熱で運営されている生き物であることを目の当たりにし、親近感が湧いた。とりわけチャーミングなアジア館部長、メンノ・フィツキさんのインタビューもご一読を。

お見合いで婚約した判事、加納と同居中の恵。堅物で多忙を極める加納にかまってもらえず、同窓会で再会した元恋人の山岡に心変わりするが、過って山岡を死なせてしまう……。元婚約者同士が被告人と裁判官として向き合う後半が見どころの、高橋玄監督による法廷ドラマ。司法とは何か、人が人を裁くことの意味を考えさせられる。多分にそれぞれの私情を絡ませながら裁判が進行するという、普通はありえない驚きのシチュエーションと思いきや、法律的には可能なのだとか。塩谷瞬が堺雅人にも負けず、法曹界の専門用語が盛り込まれた難解で長いセリフをこなし、小島聖が女の業を情感たっぷりに演じる。

1999年チェチェン、９歳の少年ハジは、ロシア兵による両親殺害を目撃、ショックで声を失った。姉も殺されたと思い、赤ん坊の弟と隠れたクローゼットから逃亡。なす術なく弟を他人の家の前に置き去りにし、辿り着いた隣国でEU職員のキャロル（ベレニス・ベジョ）と出会う。一方、ロシアの青年が残酷な兵士に変貌していく姿も同時に追う。戦争がもたらす激変と悲しみ、そして人間の強さを感動的に描いたミシェル・アザナシウス監督、『山河遥かなり』(フレッド・ジンネマン監督、1948）を原案に、無力を装う国際社会の中、"個人"は何が出来るのかを追求する。ハジ役アブドゥル・カリムの声無く"語る"表情が凄い。またひとり天才誕生だ。

矯正施設を退所したADHDの息子スティーヴ（アントワン＝オリヴィエ・ピロン）と母親ダイアン（アンヌ・ドルヴァル）の楽しく、壮絶な共同生活。ふたりは病気休職中の教師の隣人、カイラ（スザンヌ・クレマン）と親しくなり、スティーヴもカイラも変化していくが…。比率１：１の画面が作るなんともパーソナルな感覚、その後強烈なインパクトを生む瞬間が見事。または観客個人の記憶を刺激するサントラなど、緻密に計算されたドランの引力の強さにますます恐れ入る。デビュー作『マイ・マザー』に続いて"母親"がテーマ。ドランは理由は言えないが「この作品を通して母の仇をとろうとしている」のだと。チャレンジングな仕上がりに。

2012年、ディオールの新アーティスティックディレクターに就任したラフ・シモンズの密着ドキュメンタリー。ベルギー人で、知名度低く、オートクチュール界での経験が皆無、と三拍子揃った異例の起用、それだけに新しい才能への期待が高まる。重圧の中で鋭い才能を次々と発揮、古参のお針子たちと共に挑むパリコレ本番までの怒濤の８週間。パリのディオールメゾン心臓部の"アトリエ"にフレデリック・チェン監督のカメラが入り、職人の手縫いの凄技が見られるとは幸せだ。「ショーで挨拶なんかしないから」とプレスを困らせる繊細なラフ、その傍ら10年来の"右腕"ピーター・ミュリエーがあれこれと気を配る。さあ、ショーが始まる！

カナダの劇作家ニコラス・ビヨン26歳の時の初戯曲が原作。有名なオペラ歌手の母の愛を渇望しながら受け入れられずに育った精神病患者マイケルを、「これは僕だ」と主演を買って出たグザヴィエ・ドラン。ひとりの精神科医が失踪した件について、院長（ブルース・グリーンウッド）から事情を聴かれるが、逆に院長に条件を突きつけ、したたかな頭脳戦に持ち込む…。監督のシャルル・ビナメには「現場に監督はひとりしか必要ないことを忘れないように」と釘を刺されたというが、複雑で奇妙なサイコキャラを演じるドランは水を得た魚のよう。密室心理劇に広がりと深みを持たせて再構築した脚本もスリリング。衝撃のラストまで目が離せない。

鬱病の休職期間を終えた職場復帰の前日、同僚たちの「投票」によって解雇を言い渡されたサンドラ（マリオン・コティヤール）。「サンドラか、ボーナスか」そんな理不尽な選択を迫られた16人の同僚を説得し、解雇回避を試みる…。偶然出会ったコティヤールに一目惚れのダルデンヌ兄弟、オファーを受けた彼女は華を一切消して役に挑み、痛々しいほどに「むき出し」の演技で応える。絶望の中に沈む人が浮上するのは容易じゃない。でも今回、"夫（ファブリツィオ・ロンジォーネ）"という強力なサポーターを投入し、大事な役割を託す。労働問題のみならず、孤立し悩んでいる人は誰でも、リアルな問題解決のヒントを掴めそう。まずは行動を！

天保の改革で粛正ムード漂う江戸時代後期、政府公認縁切寺の東慶寺と、入山前リサーチを担う御用宿「柏屋」で繰り広げられる人間ドラマ。お吟（満島ひかり）やじょご（戸田恵梨香）、他にも命をかけて駆け込む女たちを援ける柏屋源兵衛（樹木希林）や戯作者の信次郎（大泉洋）が大活躍。井上ひさしの小説『東慶寺花だより』を原案に原田眞人が脚本と監督。大泉と樹木の洒脱な掛け合いが楽しく、山崎努、堤真一ら脇も豪華だ。監督念願の『ラストサムライ』舞台になった書寫山圓教寺でのロケが実現、その風格と佇まいは代え難い。「離婚は、幸せの始まり!?」というキャッチコピーにいささか疑問を呈していた原田だが、さて女性方々どうでしょう？

寄宿学校に入ったセルゲイ。寮では不良グループ「族（トライブ）」による暴力、恐喝、売春などが横行していた。リーダーの愛人アナに恋した彼は……。少年少女たちの青春＆犯罪映画のようだが、舞台がウクライナの聾学校で、演じているのは役者ではないろうあの若者たち。音はあるが声も音楽もなく手話で会話が交わされるので、目を凝らしてスクリーンをくまなく観察し、状況を想像する作業を強いられる。無言のパフォーマンスを観ているようでもあるが、静謐とは程遠く、喧嘩もセックスもけっこう激しい。聴覚に頼らずに何が可能なのか、新しい映画体験をぜひ。観終わった後、何かが変化し、感覚が目覚めた自分自身を発見できるはず。

釜山の国際市場で店を営むドクス。立ち退きを迫られているが頑なに拒む彼には、どうしてもこの店を守らねばならない理由があった……。70代の男が回想するスタイルで朝鮮戦争以降の激動の時代を描いたユン・ジェギュン監督作品。自身の父親がモデルの個人史から現代史が見える本作は、韓国人の感情を揺さぶり大ヒットした。生き別れた離散家族に象徴される民族分断は固有の悲劇だが、闇市から始まる戦後の復興など日本と似ている部分もあり、なにより家族を思う気持ちはいずこも同じ。ファン・ジョンミンの怪物めいた老けメイクが気になるけれど、冷え切った日韓関係の中で隣人を知る機会になれば。

NYの街角、魅力的なシニアマダムに声をかけてはスナップ写真を撮る怪しい、いや、品の良い男アリ・セス・コーエン。彼が始めたブログAdvanced Styleが業界の注目を浴び、素敵なドキュメンタリーになった。登場する７人のマダムたちのオシャレ術と生き方のチャーミングなこと！　93歳の画家イロナ、ビル・カニンガム常連のジポラ、ダンサーのゼルダ…、「"美"に年齢は関係ない」を体現してみせる彼女たちの、いつも前向きな姿勢に学ぶところ多し。アリとリナ・プライオプライト監督、それにカメラ。小さなチームが大きなうねりを生み出した現象も興味深い。最近、日本マダムもかなりおしゃれなことにこれを観て気づいた…。

ヨークシャー郊外、友人ジョルジュの発病の秘密情報を共有したサビーヌ・アゼマとイポリット・ジラルド、カロリーヌ・シオルとミシェル・ヴュイエルモーズ演じる２組の夫婦が動揺しつつも色めき立ち、さらにジョルジュの元妻役サンドリーヌ・キベルランが加わり、（出てこない）ジョルジュを巡って物語が展開する。年を重ねて艶っぽく可愛らしい女たちと翻弄されながらも優しく見守る男たちが語る愛も、舞台と映画を行き来する空間遊びもクール。エイクボーンの戯曲映画化は本作が３作目のアラン・レネ監督、ベルリン国際映画祭受賞の２週間後に逝去の訃報が届いた。91歳。すでに４作目の第１稿を書き上げていたと…。楽しみに待ちましょう。

人間嫌いで孤独な天才プログラマー、コーエン。難解なデータ解析に勤しみながら、人生の意味を教えてくれる電話を待つ彼に、謎の数式「ゼロ」の解読というミッションが舞い込む……。カラフルでポップ、意外とレトロな近未来を舞台に、人生の謎に迫るテリー・ギリアム最新作。便利でお手軽に使っていると思っていたコンピューターに、実は支配されている現代人への警鐘か。サイケな街並みが面白い冒頭のシークエンスは秋葉原のイメージとか。プロダクションデザインや衣装、傾いたカメラアングルなどビジュアルに惹かれるが、特に注目すべきはコーエンのミューズをコケティッシュに演じたフランス人女優、メラニー・ティエリーだろう。

ジプシー初の女流詩人パプーシャの生涯と閉ざされたジプシー世界の内側を"外部の視点"から叙情豊かに描く。その視点とは、ポーランドのレジスタンス運動に加わり、ナチスから逃亡中にジプシーと共同生活をした詩人イェジ・フィツォスキによって生み出された。ジプシーにとって文字で記録を残すことの危険性、パプーシャは掟を破った裏切り者としてジプシー社会から追放されてしまう…。第２次世界大戦中のナチスによる迫害や戦後の定住化政策によって翻弄された祖国を持たない民族の悲哀、"ブリューゲル・フレーム"と名づけられたユニークなカメラワークで静止画のような映像で奏でる。クシシュトフ・クラウゼ監督の遺作となった、妻ヨアンナ・コス＝クラウゼとの共同監督作品。

1928年、中国人奇術師としてベルリン興行中のスタンリー（コリン・ファース）は友人ハワード（サイモン・マクバーニー）から、とある占い師の真偽を見抜いてほしいと依頼される。若く魅力的な占い師ソフィー（エマ・ストーン）の化けの皮を剥がそうとやって来たコート・ダジュール。ところが逆に別物の"マジック"にかかった…？　ウディ・アレン監督とは初コラボとなるコリンとエマ。アンティーブ、ニースと、南仏の輝く陽光の中、20年代ファッションを纏うソフィが美しく（『バードマン…』のサムと同一人物！）、シニカルが売りのマジシャンなのに恋にはめっぽういじらしいスタンリー、アレン流セリフを器用に操るファースに舌を巻く。

美大を卒業後、ビルの窓拭きをしながら暮らす宏。仕事中に倒れ、余命宣告を受けた彼は、病院で出会った女子高生・真衣に「一緒に死んじゃおうか？」と誘われて……。俳優でドキュメンタリー『ピュ〜ぴる』の監督でもある松永大司が、手塚治虫の病床日記に想を得て脚本を書き、構想から10年以上を経て劇映画の監督デビュー。宏にシンクロして主演のオファーに応えたミュージシャンの野田洋次郎が、杉咲花、リリー・フランキー、宮沢りえ、大竹しのぶ、古舘寛治らに支えられ、初めてとは思えない入魂の演技を見せる。死を目前にして生への渇望を漲らせ、巨大なフレスコ画を描くシーンが圧巻で、本作に関わったすべての人の熱が伝わる。

元ヤクザの龍三は引退後すっかり居場所を失い、息子の家に肩身狭く同居中。ある日、オレオレ詐欺に引っかかり凹んでしまうが、昔の仲間を結集して、社会の"悪"との対決を決意…！　藤竜也、近藤正臣、中尾彬、小野寺昭ら錚々たる顔ぶれの平均年齢72歳のジジイたちが大活躍するエンタテインメント活劇。ヒール役に安田顕、萬田久子はお色気担当、音楽は鈴木慶一が盛り上げる。北野武流、「義理と人情」を語る"旧人類"による世直し術、歪み淀む若者の感覚に喝を入れる。老人はもっともっと活躍すべき、しかもおしゃれでかっこいいジジイなら大歓迎。ババアに負けずに頑張れ！　武監督、本領発揮のお笑いセンスが知的に光る爽やかな１本。

成田国際空港建設に争う地元農民のレジスタンス。空港を利用したことはあっても、若い世代は知らないかもしれない「三里塚闘争」についてのドキュメンタリー。闘争に関わった人々へのインタビューをカラー映像で見せながら、1960年代から70年代当時の様子を記録した小川紳介監督率いる小川プロのモノクロ映像を織り交ぜ、三里塚の現在と過去を往来する。轟音を立て飛び交う飛行機の下で収穫に勤しむ農民たちはみな老いた。しかし彼らの中で闘いはまだ終わらない。一生続くのだ。原発や基地、安保などいまも問題は山積している。三里塚を知らない若い世代にぜひ観てほしい。これからはあなたたちの時代なのだから。

よしもとばななの初期小説、"眠り三部作"のひとつが原作。寺子（安藤サクラ）は不倫の恋人、岩永（井浦新）の電話を眠りながら待つが、徐々に眠りは深くなる。寺子の親友しおり（谷村美月）は"添い寝屋"という不思議な仕事をしていたが、帰らぬ人に…。岩永の妻は植物状態で眠り、他のふたりの女性もとにかく眠る。人間は何かフェーズの変わり目にはとても眠くなるという話をどこかで聞いたことがある。小説が発表された1989年は平成に変わった年。精神世界にも通じているよしもとのフラジャイルな世界を写真家若木信吾監督のカメラがやさしくせつなく撮る。安藤サクラのにゅるりとしたリズム感も心地いい眠りを誘う。

不況と不漁のあおりを受け、廃船目前の漁船チョンジン号。金策に悩んだ船長は、朝鮮族を中国から密入国させる裏稼業に手を出すが、予期せぬ事態に陥って……。『殺人の追憶』の脚本を手掛けたシム・ソンボの監督デビュー作。ポン・ジュノが脚本を共に書き、製作も務めている。キム・ユンソク、ムン・ソングンら名優が演じる6人の船員たちが、絶海の閉ざされた空間で狂気に駆られていく、その様子がまるで演劇を観ているようだと思ったら、2001年に韓国で起こった事件を題材にした舞台の映画化だそう。波に揺れ動く船のエンジン音と振動、幻想的なブルーの霧の中で秘密裏に行われたおぞましい犯罪に悪酔いするかも？

フランス人クロード・ランズマン監督がユダヤ人ホロコースト（大量虐殺）の全貌を暴き出す、1985年制作のドキュメンタリー。４部構成、トータル９時間27分の長尺を通して、生存する関係者から粘り強く、時に強引に、または危険を犯して得た膨大な量の証言が巧みな構成で編集され、想像を遥かに超える当時の出来事が細部までリアルに浮かび上がる。ヘウムノ絶滅収容所で特別労働者だったユダヤ人（当時13歳）生存者の証言、トレブリンカ収容所の元SS伍長への隠しカメラ取材、ワルシャワゲットーでの悍ましい実態など、感情を排した淡々とした語り口によって事実が事実であることを揺るぎないものにする。

ソウルから海辺の村に赴任した女性警官ヨンナム。学校でいじめられ、家庭で虐待されている14歳の少女ドヒに出会い、彼女を救おうとするが……。ペ・ドゥナ＆キム・セロン主演、イ・チャンドンがプロデュースということで大いに期待したが、同じくセロン主演でイ・チャンドンプロデュースの、ウニー・ルコント監督作品『冬の小鳥』には到底及ばない。あれもこれもとドラマチックな要素を詰め込みすぎたせいか、どれもが薄っぺらく説得力に欠け、物語の軸がぶれまくる。映像は美しいし、キャストもいいのに残念。監督・脚本を務めたチョン・ジュリのセンスなのだろうが、次回は「あえて削ぎ落とす」作業をぜひお願いしたい。

実は1年前に退職していたと夫に告げられた主婦、乃梨子。パート先で知り合った戸高の誘いに応じ、金がほしいと切り出す。逢瀬を重ねて金を得るが……。瀬々敬久監督らに師事し、助監督経験が豊富な坂本礼監督の新作。夫と妻、その愛人、その婚約者という、ミニマムのキャストで人間の不可思議な行動と感情を描く。平凡な幸せを望んだだけの女が堕ち、のっぴきならない状況に突き進んでいく。『へばの』でも恋人役だった吉岡睦雄、気になる作品が続く川瀬陽太を相手に、乃梨子の脆さとしたたかさ、渇きや揺らぎを西山真来が繊細に演じる。共感はできないが、乃梨子の過去と未来が気がかりで仕方ない。

コンピュータの世界で知らない人はいないアラン・チューリングの名前。功績は有名だが、その人生とはどんなだったのか。第二次世界大戦中、ドイツ軍の暗号エニグマ解読チームに採用されたケンブリッジ大生のアランは、暗号解読機（クリストファーと命名）を開発し、戦争を勝利に導く。同僚のショーン（キーラ・ナイトレイ）と幸せを掴みかけたが…。複雑な人間性、同性愛者でもあり、国家機密に関わったが故に不当な扱いを受けたまま人生を閉じる。天才数学者の孤独と困難、ベネディクト・カンバーバッチが見事にシンクロし、引き込まれる。奇しくも天才物理学者ホーキング博士の映画も同日公開、現在に脈々と繋がるアランの魂を感じたい。

ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、スロベニア、リヒテンシュタイン、スイスにまたがるアルプス山脈の様々な表情を、ダイナミックに鳥瞰したドキュメンタリー。米国諜報局が軍事偵察目的で開発したヘリコプター用カメラ「シネフレックス」で撮影された、なめらかでヴィヴィッドな映像がたまらない。アルピニスト憧れの名峰の数々、バックカントリーを滑走するスキーヤー、氷河に渓谷、動物たち……、まるで私自身が鳥となり、悠々と飛行して眺めているかのよう。小林聡美のナチュラルなナレーションが耳にやさしく、アルプスについて教えてくれる。山ガール＆山ボーイは必見、おつかれ気味の人にもおすすめ。

コリアンタウンで巫女を始めた在日韓国人のミンジョン。やがて悩める信者が集い、新興宗教「真教・神の水」を設立した彼女は、真の教祖として世界の救済に乗り出すが……。山本政志監督が立ち上げた実践映画塾「シネマ☆インパクト」。第一線で活躍中の監督たちが講師となり、受講生と作り上げた作品群が公開されてきたが、大根仁監督『恋の渦』に続き、山本監督自らメガホンを取った。ミンジョンを演じた女優、玄里（ヒョンリ）の凛とした佇まいが美しく、済州島へ飛び、巫堂（ムーダン）の聖地、堂（タン）を訪れるラストが印象的だ。エンタテインメントでありながら、日韓の歴史や民俗の一端にも触れられる快作。