80年代イギリスのサッチャリズムの真っ只中、LGBT活動の若者が、炭坑ストライキを支援を思いつき、LGSM（炭坑夫支援レズ＆ゲイ会）を立ち上げる。しかし得体が知れない彼らの援助はことごとく拒絶され、唯一受け入れてくれたのはウェールズ炭坑労働者会のみ…。実話をベースに、まったく異なる者同士の不思議な交流がユーモラスに描かれる。カルチャー・クラブ、ブロンスキー・ビート…、懐かしい80'sUKポップが時代の空気を運び、若いゲイ役の俳優たちをビル・ナイ、イメルダ・スタウントンら熟練俳優が盛り立てる。ピッツ・アンド・パーバート（炭坑とヘンタイ）ライブ再現やジョナサン（ドミニク・ウェスト）のダンスは必見！

「１円も使わずに生きていく」と腹をくくり、わざわざ過疎化が進む"かむろば村"へやって来たタケ（松田龍平）とは何者？　お金に触るだけでめまい、失神と、尋常じゃない反応を起こす"お金恐怖症"になったのには深いワケが。村長（阿部サダヲ）やその妻（松たか子）、自称（そして他称）神様（西田敏行）ら村人のおせっかいの下、なんとか理想の生活を実行していたタケだが、思わぬ邪魔が入り、なぜか政治問題に巻き込まれ…？　いがらしみきお原作の渋い漫画を松尾スズキ監督（脚本・出演）が映画化。松尾と阿部、松田の呼吸と瞬発力で醸し出される小気味好い笑いのリズム感、さらに佐橋佳幸の"ラテン"音楽がなんとも気持ちいい。

潟（かた、lagoon）を拠点に新潟市で開催中の「水と土の芸術祭2015」参加作品。石川直樹が新潟市西区と西蒲区で撮影した写真を収めた写真集であり、芸術祭では撮影時のドキュメンタリー映像も発表されている。海でも川でもない、池でも沼でもない、それらが入り混じった曖昧模糊として幻想的な潟は、水になり陸になり、有機的に変容しながら人々の暮らしと共に在る。タコ漁、托鉢する僧侶、ジャージ姿の中学生……、石川が地域に入り込んで活写した風景、風土、風習。どの写真も、じっとりした湿り気を帯びているのが新潟らしい。原発建設予定地だった角海浜について紙幅が割かれた椹木野衣によるテキスト、地元の郷土研究家で「囲炉裏の火焚き爺さん」こと斉藤文夫氏インタビューも読み応えあり。石川自身のテキストには「日本海を巡る自分の旅は、今はじまったばかりだ」とある。ゆっくりページを繰りながら、彼の旅に同行してみよう。

徹（染谷将太）が若い店長として勤める新宿歌舞伎町の小さなラブホテル。そこに集う男女の群像劇になっている。時効が明日に迫る逃亡犯の松重豊とかくまう南果歩。風俗スカウトマンと家出少女の忍成修吾と我妻三輪子。不倫刑事カップルの河井青菜と宮崎吐夢。日本で暮らす韓国人カップルのイ・ウンウとロイ。徹の同棲相手のミュージシャン志望の前田敦子とプロデューサー大森南朋、他にも村上淳ら個性派が印象的なシーンを残す。廣木隆一監督は果敢に新宿ロケを敢行、ヘイトスピーチなど社会問題も取り入れ、歌舞伎町の"いま"を生々しく写し取る。過激なシーンに体当たりで熱演しているイ・ウンウと河井青葉がこの映画の実質の核とも言えよう。

NYブロードウェイの老舗セント・ジェームズ劇場バックステージ、落ちぶれた往年のハリウッドヒーロー俳優のリーガン（マイケル・キートン）は、レイモンド・カーヴァー作、自ら脚色・演出・出演をする舞台『愛について語るときに我々の語ること』で再起を狙う。しかし共演者の代役の血気盛んなマイク（エドワード・ノートン）とぶつかり、娘とも折り合わず、自分自身に苛立つ、そんなリーガンの前に現れた不気味な"バードマン"。現実と幻想の境界は揺らぎ、嘲笑を浴び、まさに崖っぷち状態。はたして幕が上がる…。イニャリトゥ監督と劇作家を含め4人で練り上げた脚本は見事オスカーを獲得、さらに3部門受賞の話題作。全編がワンショットに見えるエマニュエル・ルベツキ驚異のカメラワークも、アントニオ・サンチェスの粋なドラムスコアも、実生活とダブる役を演じたキートンも、噂にたがわぬ凄みを見せつける。

失踪した夫を探しにロンドンからコルカタへ飛んだ妊婦のヴィディヤは、勤務先にも夫はいない、入出国記録すらないと言われ、謎が拡大。大きなお腹を抱え右往左往、警官ラナの助けを借りてコルカタ中の捜索を進めるうち、国家情報局や殺し屋が絡み、ヴィディヤにも危険が迫る。緻密に伏線が張られた脚本にスジョイ・ゴーシュ監督の腕が冴え、芯の強い美貌のヒロイン演じる才色兼備のヴィディヤー・バーランやコルカタの祭りの躍動感など見どころ満載。だけど身重なのにやけに軽快だなあ、なんて突っ込みつつ、歌も踊りも出てこないインド映画らしからぬ真剣サスペンスに引き込まれると、やがてどんでん返しが…！　インド映画の深みに嵌まりそう。

ソウルメイトだと信じて愛した妻と別れ、新しい恋に生きる男アントワーヌ。バネッサ・パラディ演じるシングルマザーのジャクリーヌは、ダウン症の息子の一途な初恋に翻弄される。現代のモントリオールと1969年のパリ、時空を超えて２つの物語が絡み合い、スピリチュアルな光を放ちながら、ひとつに結ばれていく。なぜ人は突然、理由もなく激しい恋に落ちるのか？　ゾクッと鳥肌が立つような因縁が明かされる過程がミステリアス。随所で使われている楽曲「カフェ・ド・フロール」やピンク・フロイド、シガー・ロスなどの音楽も際立つ。映画ファン待望、YEBISU GARDEN CINEMAこけら落としの1本として上映された。

朝鮮王朝末期、民衆は凶作と飢餓、流行り病、圧政であえいでいた。そんな中、極貧の屠畜人トルムチは武官ユンにある仕事を依頼され、2人の運命が動き出す……。『悪いやつら』のユン・ジョンビン監督が作りたかったというアクション活劇が実現。兵役を終えたカン・ドンウォンが4年ぶりにスクリーンに復帰、見目麗しく凶暴な剣豪をクールに演じる。ハ・ジョンウは凄みのあるスキンヘッドで肉切り包丁を振りかざし、粗野で暑苦しいという明快なコントラスト。スタントなしで剣術や乗馬チェイスに挑んだ彼らの、美しい竹林での対決が見どころ。疾走する馬を駆る男たちの姿はまるで西部劇のようだ。

ロンドンの地方公務員、民生課のジョン・メイはひとりで亡くなる人の弔いの仕事を粛々としている。しかし突然リストラを言い渡され、彼の中で何かが揺らぐ。最後の案件は、近所に住む見知らぬ男の弔い。男の縁者を探す旅に出たジョンに微かな変化が起き……。6年前に離婚を経験したウベルト・パゾリーニ監督。「ひとりで死ぬことがどういうことなのかを考えるようになった」と、ジョンのような職業に関する新聞記事に触発され、綿密なリサーチをして本作を撮ったことで人生観が変わったと語る。人間は最期はひとりとわかっていても、それまでどう生きるか、考えさせられる。かなり印象的な顔を持つ、エディ・マーサンの静かな演技がすばらしい。

シリル・ジェリー作の舞台『Diplomatie』が原作。舞台キャストと同じアンドレ・デュソリエとニエル・アレストリュプが円熟の二人芝居で"外交"の真髄を魅せる。ヒトラー「パリ壊滅作戦」実行前夜の1944年8月25日、ドイツ司令官コルティッツ（アレストリュプ）が駐留するパリのホテルの部屋にスウェーデン総領事のノルドリンク（デュソリエ）が忍び込み、繰り広げた丁々発止の駆け引き。この夜の密会がなかったら、いまの美しいパリ、また独仏の関係はどうなっていただろうか…。『シャトーブリアンからの手紙』に引き続き、シュレンドルフ監督が取り上げる独仏のナーバスな問題。重厚にして繊細、エスプリ効いた手腕が鮮やか。

ビートルズの楽曲にインスピレーションを受けて作ったネッド・ベンソン監督の意欲作。あるカップルに起きた悲劇、それがふたりの関係性にどんな影響を及ぼし、それぞれどう乗り越えて行くのか。ユニークなのは、『コナーの愛情』と『エリナーの涙』の２作品に分け、個々の視点からひとつの体験を描いていること。いかに人間は主観的生物で、記憶はそれに基づいて生成されているか。２本の作品を観ることによって、まったく別の出来事であったかのような記憶の差異を認識、だからこそ孤独で、だからこそ人との繋がりを求めるのだと、柔らかな光を感じることが出来る。ジェームズ・マカヴォイ、ジェシカ・チャスティンが好演している。

トマス・ピンチョン（小説『LAヴァイス』）、ポール・トーマス・アンダーソン、ホアキン・フェニックスという３人の奇才がぶつかる夢のコラボ（さらにピンチョンのカメオ出演！）が実現。ヒッピーの私立探偵“ドック”（フェニックス）の事務所に元カノ、シャスタ（キャサリン・ウォーターストン）が突然現れ、今カレの不動産王“ミッキー”を、ミッキーの妻とその恋人がハメようと共謀しているから調べてほしいと依頼して消えたが、調査を進めるうちドック自ら陰謀にハメられ、事件はとんでもない迷宮へ…。ジョシュ・ブローリンやベニチオ・デル・トロほか奇抜なキャラクターが次々現れ、ホアキンと共に起こすケミストリーが最高。ジョニー・グリーンウッドの音楽が象る70年代ポップカルチャー、マリファナ充満のLAの空気が中毒になっても仕方ない。

宮部みゆきミステリー原作映画化の後篇。ついにクライマックス「こどもによるこどもだけの裁判」が始まる。転落死した柏木卓也（望月歩）は自殺か、他殺か。告発状の差出人は誰か。検事の藤野涼子（同名）、弁護人の神原和彦（板垣瑞生）が真実を求めて対決する。藤野は事件を探るうち、柏木の死亡当夜、柏木にかけられた４本の電話に事件の鍵があると気づく。誰かが嘘をついているとも…。いじめ、自殺、DVと、現代の社会問題満載のストーリー、巨大な体育館を再現したセットに4000人のエキストラが参加して撮影された裁判シーンの充満する緊迫感がリアルを増す。でもなぜ嘘をつく必要があったのか…？　偽証の真意は深い。

宮部みゆきの人気ミステリーを成島出監督が映画化。１万人から選ばれた33人のフレッシュな中学生たちがベテラン俳優と共に熱演する。23年前、冬の校庭でクラスメート柏木卓也の死体を発見した涼子と健一。"自殺"と片付けられたが、その後「柏木はイジメグループによって殺された」と記された告発状が届き、なおも不穏な出来事が続いた。他殺か自殺か、告発状の差出人は誰？　謎が深まるなか、涼子たちは「こどもによるこどもだけの裁判」を決意した…。役名でデビューする藤野涼子はじめこどもたちの個性を際立たせた演技は見もの。過去を回想しながら事件の全容を紐解く「偽」満載の前篇と同時に『後篇・裁判』もリリースに。

ジェーンの著書を原作にジェームズ・マーシュ監督が描くのは、スティーヴン・ホーキングとジェーンのラブストーリー。オックスフォード大学でのお互い一目惚れの出逢いからスティーヴンの発病と余命宣告を乗り越えての結婚。ジェーンの献身的な支えで研究に没頭した時代。介護に疲れきったジェーンが頼った男性、ジョナサンが自然に加わり、不思議に調和した３人の関係。そして結婚生活の終わりと新生活の始まり…。宇宙の起源の謎を解く天才科学者の素顔は子煩悩なマイホームパパ、日々の暮らしを愛するシャイでチャーミングな人間だということになんとも心温まる。オスカー受賞のエディ・レッドメイン、心身の変化を伴う超絶演技は文句なし！

アメリカの17歳のヘイゼル（シャイリーン・ウッドリー）と18歳のガス（アンセル・エルゴート）の爽やかな恋物語、ふたりが重病患者だということ以外は、なんら普通と変わらない。ヘイゼルの憧れの作家にガスが手紙を書き、「どうぞお立ち寄りを」との返事に、意を決してアムステルダムまで会いに行くのだが…。主演のふたりが切なく、清々しい。原作はニューヨーク・タイムズ2012年ベストセラー小説。恋が始まりときめき、悩み、精一杯生き、風のように駆け抜けて行くふたり。ジョシュ・ブーン監督は、見守る家族の想いも含めて繊細に描く。癖のある作家（ウィレム・デフォー）が説く難解な量子論的世界観が映画のキーになっている。

よくぞこんな場所で？　という数々の現場で、60年代からドキュメンタリーを撮り続けている御年85歳のフレデリック・ワイズマン監督。今回は美術館に約12週間通い詰め、来館者で賑わう表側からスタッフが奔走する裏側まで好奇心の赴くままじっくりと観察、170時間もの素材から181分の作品を作り上げた。絵画についてトークを行う学芸員、混み合うダヴィンチ展とターナー展、美術教育としてのヌードデッサン、紛糾する会議……、そして数多の名画たちも登場。ラストは美術館主催イベント、ティツィアーノ作品前でのバレエというのが舞踊好きなワイズマン監督らしい。本作を観たら、きっと過去の作品も観たくなるはず。『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』などDVD化されている作品をぜひチェックして。

海岸沿いの駐車場で車上生活を送るフレッドは、ダブリンに帰郷したばかり。家出中の若者カハルと出会い、美しい未亡人ジュールスに一目惚れして……。ドキュメンタリー出身のダラ・バーン監督による初の長編劇映画。すべてを失った元時計職人の男が、壊れた時計を直すように自分自身と周囲の人々を癒し、原題『Parked』に象徴される停止中の人生が少しずつ動き出す。失業率が日本の3倍というアイルランドで、ホームレスをテーマに撮っていた監督が人々の声を拾い、主人公のキャラクターを作り上げた。海辺や夜空の花火など澄んだ空気を切り取った映像が美しく、孤独な魂が寄り添う物語が心に響く。

事故で意識不明になったミュージシャン志望の弟ヘンリーの感覚に働きかけようと、姉のフラニー（アン・ハサウェイ）は、弟の好きなブルックリンの街の音を採録する。そんななかで出逢ったミュージシャン、ジェイムズ（ジョニー・フリン）が不意に病室を訪ね、歌ってくれた。それぞれ不安と孤独を抱えるふたりは自然に惹かれ合い…。シンプルな物語だが密度濃く、力強い。『プラダを着た悪魔』で監督アシスタントをしたケイト・バーカー＝フロイランドが初監督し、脚本に感動したアンは初プロデュース参加、さらに歌も披露している。バンド活動もするフリンの儚い存在感と素直な歌声が印象的。音に耳を澄まし、都会の静寂の心地良さにしばし浸る。

驚愕のゴーストペインター騒動に興味をそそられ、その絵のファンでもあったティム・バートン監督が描く、目の大きな女の子の絵の秘密。夫から逃れ、幼い娘とふたりで家出し、絵で食べていく決意をしたマーガレット（エイミー・アダムス）だが、簡単には絵は売れない。そんな折に出会った再婚相手のウォルター（クリストフ・ヴァルツ）は、マーガレットの絵をライブハウスで売ろうと思いつき、さらに絵にWalter Keanとサインしてしまう…。60年代アメリカアート界を騒がせた愛憎絡むドロドロの実話だが、バートン独特のファンタジックアートセンスが炸裂するエンターテインメントに。実際のマーガレットカメオ出演も探してみて。

祖父が養蜂家だったというマークス・イムホーフ監督が、ミツバチと人間の関係を美しい映像で紡いだドキュメンタリー。野菜や果実など人間の食物の1/3はミツバチによる受粉の賜物だというが、近年その大量死や失踪が世界中で報告されている。原因を探ろうと旅に出た監督。マクロ撮影、ハイスピード撮影など最新技術を駆使したダイナミックなアプローチでミツバチの生態を見せてくれる。かのアインシュタインは、ミツバチが絶滅したら４年で人間も滅びると語ったとか。人間の文明社会が小さな昆虫に与える多大なストレスは、いずれ私たち自身に降り掛かってくる。その現実から目を背けることはできない。

タンゴのルーツはアルゼンチンかフィンランドか。アキ・カウリスマキも息巻く"フィンランド、タンゴ起源説"に興味を持ったヴィヴィアン・ブルーメンシェイン監督。三人のアルゼンチンミュージシャン、チーノ、ディビ、パブロ・グレコがフィンランドへ旅する、音楽ドキュメンタリーを撮った。ご当地ミュージシャンやタンゴ好きな人々と交流し、お約束のサウナにも入り、長閑なフィンランド文化と自然を満喫するうち、すっかりフィンランドに魅せられる。憧れの『マッチ工場の少女』出演歌手のレイヨ・タイペレとのミラクルな共演は圧巻。言葉がなくても音楽で通じ合えるミュージシャンの旅はひと味違う。タンゴに酔い、タンゴに遊ぼう。

1932年、内戦終結から10年後のアイルランド。祖国を追われたジミー・グラルトンが10年ぶりに帰郷する。彼自身が建設し、閉鎖されていたコミュニティホール再生に向け動き出すが……。イギリスの名匠ケン・ローチ監督の最新作。自由を希求した無名の活動家の物語を、実在したジミーの故郷リートリムにホールを建て、地元密着のキャスティングでロケ撮影を行ってヴィヴィッドに描く。集い、語らい、歌い踊り、学ぶ。芸術・文化が生まれる場であり、自由の象徴としてのホール。人生を謳歌する人々が権力により弾圧される悲劇は、80年以上前の話でありながら他人事でなく、いま私たちが直面する状況とオーバーラップしてしまう。

愛する人を探しにソウルを訪れた日本人の男モリ。しかし、彼女となかなか出会えず、そうこうするうちにカフェのオーナー・ヨンソンと仲良くなって……。いつものホン・サンス組のメンバーに、かねてから監督のファンという加瀬亮が加わった。お互い母語ではない英語を使ってコミュニケーションを図る日本人と韓国人、そのぎこちなさともどかしさがいい。モリがクォンに宛てた手紙がバラバラになるように物語の時間軸がシャッフルされ、67分という短い尺の中で時間が行ったり来たり。落としたままの１枚には何が書かれていたのだろう。英語タイトルは「Hill of Freedom」＝自由の丘。想像力が膨らむ作品だ。

1970年のNY、酒場でバーテンダー相手に身の上話を始めたジョン。女児として生まれ孤児院で育った"彼"とバーテンダーの数奇な運命が絡み合い……。SF小説の巨匠R.A.ハインラインの短編『輪廻の蛇』をドイツ生まれのオーストラリア人監督、スピエリッグ兄弟が最小限のキャストで映画化。ネタバレになるので観てもらうしかないが、2役（？）を演じ分ける女優サラ・スヌークが特筆もので、『オルランド』のティルダ・スウィントンを思い出した。似て非なる者が対峙する摩訶不思議なシーンは双子の監督ならでは？　時空を超えて自分の尻尾を食べる蛇、ピリリと締まった良質なSF映画の醍醐味を堪能して。

西炯子の人気コミックを廣木隆一監督が映画化。都会で不倫に疲れきったつぐみ（榮倉 奈々）は田舎の祖母の家で長期休暇をとっていた。しかし祖母が亡くなり独りに。そこへ50代独身の大学教授、海江田（豊川悦司）が突然現れ、合鍵で離れに上がり込む。一体祖母とはどんな関係…？　年の離れた男女が徐々に気持ちの距離を縮めていく様を、ほどよい湿度とポップな音楽で描いていく。脇には安藤サクラ、根岸季衣、濱田マリ、徳井優、木野花ら個性派キャストが固め、さらにつぐみの元カレ役、向井理がスパイスを効かせる。廣木作品の豊川は柔らかい印象があるが、より渋味と色気が増し、チャーミングな関西弁が女子の心を鷲掴みする（のだろう）。

昨年末、日劇での先行上映で観て、あまりの素晴らしさに翌日も観に行った『ビリー・エリオット ミュージカルライブ』。言葉が歌になり、歌がダンスになる躍動！　英国でのライブの楽屋裏からダブルカーテンコールまで長丁場なのですが、観ていると力が沸いてきます。「ナマイキで才能があってかわいいビリーが、バレエに目覚め、心の底から踊りたくて踊りたくてどうしようもない姿」だけでも1つの物語になるのに、困難や愛情や希望や絶望、友情、恋、全部つまっていて、どうしようもなく心が燃えるのです。ビリーを演じるエリオット・ハンナさまの美しさ、まさに「リトル・ダンサー」である少年としての彼が、スティーヴン・ダルドリー監督によって映像として残され、何度でも再生できる感激。最初の曲の中で交わされるちょっとした日常の挨拶がエンディングとさりげなくリンクしていて、そんな細部まで心ニクいのですが、この、エンディングの少年たちの表情だけでも、ずっとおかわりし続けたい。これほどまでに心ゆさぶられるミュージカルと、世紀の美しい少年エリオット・ハンナさまに出会えるのは同時代に生きた者の特権です。この発売と同時期に、ダルドリー監督の『スカイライト』もナショナル・シアター・ライブで上映。そこで主演をつとめるビル・ナイさまの『パレードへようこそ』、1997年に日本公開された『ブラス！』とともに、炭鉱三部作として、ずっと心の中で大切にしたい作品です。

人妻と独身男が出逢い、愛し合い、口論し、叩き合い、犬が田舎を彷徨い、男と女は再会し、元夫が全てを台無しにする…。85歳のゴダールが初の【3D】で仕掛ける様々な試みや新たな遊びに心躍る。撮影監督ファブリス・アラーニョがゴダールの実験を緻密に実現し、ゴダール自身の編集により、【3D】の概念を覆すとんでもない映画が生まれた。カンヌ国際映画祭で審査員特別賞、キャストの愛犬ロクシーはパルムドッグ審査員特別賞受賞の快挙。ロクシーの軽やかな動きに目を奪われ、ゾエ・ブリュノーの透明な美しさに息をのむ。蓮實重彦が本作に寄せた言葉のごとく、これまで以上に「とんでもないゴダール」を目の当たりにすることは間違いない。

またまたエグい「愛」を提示するキム・ギドク最新作。全編通してセリフがなく、不穏な空気を醸し出す。家族と言えど男と女。妻と夫を越えて究極のところ母と息子に行き着く愛はギリシャ神話のよう。父、母、息子の３人家族。夫の浮気を知った妻は夫の性器を切り取るという過激な行動に出るも失敗。果たして息子の性器を切り取り、家出する。自信とアイデンティティを喪失した息子のために、父のとった妙な解決策とは…？　過激なドラマの底には、避けることのできない人間の根源的なトラウマ、生きる証、生命力が流れる。母と愛人の壮絶な二役を演じた『さよなら歌舞伎町』でも印象的なイ・ウンヌ。チョ・ジェヒョンも哀れな父役を好演している。

ザヘッル＝マゾッホの自伝的小説をモチーフに書かれた戯曲をロマン・ポランスキー監督が映画化。ポランスキーの妻であるエマニュエル・セニエと、芸達者なマチュー・アルマリックが見事に演じる二人芝居だ。オーディションに遅刻しつつも謎の魅力で演出家トマを幻惑する女優ワンダ、ふたりの立場がクルクルと逆転する状況に観客も目が眩んでいく。廃墟となっていたテアトルを復元した劇場を舞台に繰り広げられる魅惑の世界。ポランスキーとは阿吽の呼吸の撮影監督パヴェル・エデルマンの１台のカメラと工夫を凝らした照明、さらに円熟の演技で作られる緊張感たっぷりの時間に身を浸す。"ワンダ"とは一体何者か…？　哲学的な問いに囚われそう。

鉄道、歴史、和物、枯れ専にクラゲが趣味のオタク女子たちが古アパート天水館に住む。自ら"尼〜ず"と称する男嫌い揃い。妙にジャージが似合う月海（能年玲奈）がある日、女装男子の蔵之介（菅田将暉）と兄の修（長谷川博己）と出逢い、なにやら変化が。天水館取り壊しの危機にオタクたち、どうする…？　旬の才能が集結して創り出すキラキラ女子の夢物語かと思ったら、東村アキコの漫画原作の渋めのオタク女子が主役の変化球。衣装も美術もkawaii満載、さらに前山田健一が紡ぎ出す音楽が逸品。変身していく月海に寄り添う切なくポップなメロディが映画中に魔法をかけ、SEKAI NO OWARI書き下ろしの主題歌もバッチリ決まる。

イギリスの人気コメディアンでもある新鋭アイオアディ監督が、アヴィ・コリン（ハーモニーの弟）と共同脚本で描くユニークなドストエフスキー。『ベルトリッチの分身』(1968)以来の原作の映画化は、独特のブラックユーモア漂う空間に、監督が『エドサリバンショー』で知ったというブルーコメッツや坂本九の昭和歌謡が流れ、日本人にはなんとも懐かしくも新しい、奇妙な感覚に満たされる。ジェシー・アイゼンバーグがまるで正反対な二役を、以前ザッカーバーグ役で魅せたように今回も絶妙に演じきり、さらに本人と分身の間に挟まれるハナ役ミア・ワシコウスカも透明でクール。隅々まで凝った映像美もたまらなく、何度でも観たくなる。