"世界のニナガワ"よりさらに10歳年上、御年89歳のイギリス人演出家ピーター・ブルック。その貴重なワークショップ風景を隠しカメラで撮影した、演劇ファン必見のドキュメンタリーが公開される。「真実があるからセットは不要」「この真実に向き合う勇気なしでは一定のレベルは超えられない」などなど、杖を突きながらもかくしゃくとした巨匠が語りかける言葉には、"なにもない空間"にこだわった彼の演劇哲学が凝縮されている。おなじみヨシ笈田、音楽担当の土取利行らの姿もあり、現場には親密で和やかな空気が流れる。演劇ファンはもちろん、そうでなくても必見！

「ウェスト・メンフィス３事件」と呼ばれる、1993年アメリカで実際に起きた陰惨な殺人事件を追った原作（マラ・レヴェリット著）をもとに、アトム・エゴヤン監督が映画化。自転車で遊びに出かけた３人の８歳の男の子が暴行を受けたあと手足を靴ひもで縛られ、森の小川で発見された。まもなく悪魔崇拝のカルトメンバーの少年３人が逮捕され、死刑求刑されたが、何か腑に落ちない。死刑反対派の私立探偵ロン・ラックス（コリン・ファース）は疑問を抱き、現地で調査に乗り出す…。様々な社会問題を孕む未解決事件を、リアルかつドラマチック、多面的に描き、「あなたはどう考える？」と迫るエゴヤン監督、一瞬たりとも目が離せない。

手術をしなければ余命3ヶ月と告げられているのに、妻の命日に勝手に退院した不二男。息子の言葉にも耳を貸さず、ミイラになると言って自室に篭城するが……。『春との旅』に続き、小林政広監督が仲代達矢を主演に撮った最新作は、余命わずかの老人と、うつ病で仕事と家族を失い、父親の年金で暮らす息子の関係を描いた重厚なドラマ。見たことがない表情を見せてくれる北村一輝の迫真の演技に打ちのめされ、こってり濃密なふたり芝居に釘付け。モチーフは高齢者所在不明問題と年金不正受給事件だそう。監督は自分では社会派ではないと言うが、この国が抱える現実を突きつける本作は、社会をしっかり映し出している。

海外でより評価の高い日本のマンガ家、辰巳ヨシヒロ。彼の著書『劇画漂流』を原作にシンガポールのエリック・クー監督が映画化、第24回東京国際映画祭アジアの風部門のスペシャルメンション受賞した。マンガ家を目指した少年時代、病弱な兄との関係、「劇画」誕生の瞬間からブームの到来、手塚治虫との遭遇など辰巳の半生が描かれ、さらに原爆直後の広島を描いた『地獄』や、ヨーロッパでウケたという『はいってます』など、辰巳の５つの短編マンガを原作に作られた味のあるアニメーションも挿入、ユニークな辰巳の伝説的な"大人向け"マンガに、技術巧みなクー監督の手腕のおかげで出会うことができる。

85歳のポドロフスキー監督の23年ぶりの新作。監督が語る「人々を癒し、家族を映画中に再生し、私の魂を癒す映画」とは、ロシア系ユダヤ人としてチリに生まれ、葛藤を抱えたアレハンドロ少年が現在（つまり未来）の自分に導かれ、本当の（リアルな）自分を探す旅。故郷のチリ、トコピージャでロケをし、共産主義者で強権的な父とオペラ歌手志望だった母を、それぞれの夢を果たすべくスクリーンに蘇らせ、さらに3人の実の息子も父、行者、アナキスト（音楽も担当）として登場、ファミリーが集結して盛り上げる。マジカルでミステリアス、シュールとリアルを行き来する、時空を超えた壮大なクエスト。そんなトリップ感の後に癒しが…。

芸術家ダリ、ミック・ジャガー、オーソン・ウェルズ、ウド・キアとビッグアーティストを口説いてキャスティング、漫画家メビウス、特殊効果ダン・オバノン、ピンク・フロイドと錚々たるスタッフを揃えたとんでもないSF映画プロジェクトは、遂に頓挫…。その顛末に驚いたクロアチア系アメリカ人監督のパビッチはホドロフスキーにインタビューを敢行、完成しないことで繋がれた黄金のスピリットが浮かび上がる。これをきっかけに最新作『リアリティのダンス』が誕生したというから凄い。「失敗してもかまわない、大切なのはやってみること！」次々と名言が飛び出す豪快でチャーミングな監督。クリエイターもそうでなくても元気が湧くこと受け合い。

仲良し6人組が通う小学校に、美人でイケイケな教育実習生のアンナ先生（満島ひかり）がやってきた。担任のアチキタ先生（森下能幸）はじめ子供たちもウキウキソワソワ。そんなある日、アンナ先生はある生徒の万引き現場に遭遇。しかし彼には深いワケがあった。そこから話は急展開、近所のタカオさん（森岡龍）の倉庫スタジオと楽器を借りてライブの練習を始める6人組。初めて触る楽器、初めてのバンド、そしてライブの日が近づく…。「子供に映画のプレゼントを」というコンセプトで、小学生の入場料は無料になる企画。『茶の味』の石井克人テイスト復活の脱力ギャグも楽しい。確かに楽しいけれど、本当に子供のリアルはここにあるのか、どうだろう？

朝のテレビ番組から受けたインスピレーションによって妙な出逢いをしたふたりの男、マキタスポーツと池松壮亮。中年男の伊藤（マキタ）の車強奪現場を目撃した不良少年、黒田（池松）がバイクで追いかけると、なんと後部座席に赤ちゃんが…。あわやふたりは誘拐犯、と思えば政治腐敗とヤクザが絡む、予測のつかないスラップスティック追跡劇に。新鋭月川翔監督が原点回帰の自主映画スタイルで撮影した疾走感たっぷりの男の"ロマン"映画は、年の離れた男たちのそれぞれ抱える鬱憤が気持ちよく爆発。昔パンクバンドを組んでいた、今はしがないサラリーマン伊藤が歌う「弾丸アームストロング」がお腹に残り、後からじわじわ効いてくる。

シェアハウスリアリティ番組の吸血鬼編??　ディーゴン183歳、ヴィアゴ379歳、ヴラド862歳、ピーター8000歳の４人が住むシェアハウスに、ドキュメンタリークルーが密着撮影している"てい"で進む。ある日、人間ニックをうっかり噛んで新米吸血鬼にしてしまい、そこから波乱が。さらにニックの友達のIT専門家のスチューはなぜか吸血鬼の人気者に。はて吸血鬼と人間の共同生活はできるのか…？　タイカ・ワイティティとジェマイン・クレメントが8年かけて作り上げ、共同監督・脚本、共演をしている。狼、コウモリ、ヴァンパイアハンター、ゾンビと吸血鬼事のお約束がてんこもり、人気作品パロディも満載の抱腹絶倒の85分に。

まったく冴えない高校生の拓郎が、すべての情熱を注ぎ込むもの、それはロックンロール。結成したバンド仲間と上京した彼は、突如目の前に登場したカリスマアイドルの咲に「曲を書いてほしい」と頼まれて……。音楽映画といえばこの人、入江悠監督の新作は、榎屋克優原作の同名コミックの映画化。SRシリーズにも通じる疾走感、グルーヴと切なさ、やるせなさとほろ苦さ……。音楽へのあふれる愛情も存分に感じられ、入江監督らしさ全開だ。若手女優はもう彼女しかいないのかと思うけど、二階堂ふみがギターにダンス、歌を披露して本作でも魅力炸裂。忘れがたい名場面、土砂降りの中の絶唱シーンなど、この熱を体感して。

『スパニッシュ・アパートメント』、『ロシアンドールズ』に続くシリーズ。"グザヴィエの旅の三部作"と呼んでもいいと言うセドリック・クラピッシュ監督、グローバル時代に生きる青年たちを「移動する世代」と捉え、旅する青春を軽快に描いてきた。最終章（？）は、移動する人々のメッカ、NYを舞台に、40歳のグザヴィエ（ロマン・デュリス）、妻のウェンディ（ケリー・ライリー）、元恋人マルティーヌ（オドレイ・トトゥ）、そしてレズビアンの親友イザベル（セシル・ドゥ・フランス）の主要キャストがパリから集結。離婚協議中の妻との親権争い、偽装結婚、精子提供とイベント満載。お馴染みの彼らとともに人生を進んでいくのは悪くない。

スミソニアン博物館から名誉な科学賞を受賞した、モンタナの天才少年T. S. スピヴェット君。授賞式スピーチのためワシントンD.C.へ、大陸横断の旅に出るも、家出同然、冒険たっぷりのひとり旅!?　てっきり大人が来ると思っていたスミソニアンは小さな少年の到着に仰天するが…。原作者ラーセンが描く"飛び出す絵本"のような世界に惚れ込んだジャン＝ピエール・ジュネ監督、まさに天才子役のカイル・キャトレットを見い出し、こだわり満載の映像力は威力倍増。昆虫科学者の母、ヘレナ・ボナム＝カーターの迫力の存在感も楽しい。圧巻のスピーチで明かされる天才少年の切ない思い、そして"T.S."って何…？

メキシコの新鋭女性監督サント＝リュスが自身の実体験を映画化。スーパーで働く天涯孤独なクラウディア（ヒメナ・アラヤ）が虫垂炎で入院中、マルタとそのファミリーに出逢って知った家族の温もり、生きることの尊さを描く。長く辛い闘病だけでも精一杯のはずが、４人の子供たち、さらに他人のクラウディアへも隔てのない愛を注ぐ、母として、女としても充実して生きたいと願うマルタ。減量をしてAIDS患者らしく役作りをしたリサ・オーウェンが懐深く演じている。撮影監督アニエス・ゴダールの美しい映像、実際のマルタの二女が本人役で初演技をしているのも見どころ。人の死に方とは、すなわちどう生きるかなのだとつくづく…。

一審で"国家の安全を脅かした罪"により懲役６年、20年間の映画製作禁止、さらに出国、マスコミとの接触禁止という厳しい判決を受けたイランのパナヒ監督。海外の映画人は即座に抗議し「フリー・パナヒ運動」を続行中だ。その渦中のひと自ら、自宅軟禁の様子をやんわりユーモラスに、しかし事の重大さ深刻さを忍ばせて、友人の映画監督の協力を得て記録していた。そのデータはお菓子箱の中に入れられ…、カンヌ国際映画祭ワールドプレミア上映で世界をアッと言わせた。ペットのイグアナの愛らしさも含めてお茶目で創造的、ラストの緊張感にゾクゾク。どうかエンドクレジットの"メッセージ"をお見逃しなきよう。

先日『対話の庭』に登場した清水靖晃さんであるが、彼の率いるサキソフォネッツの最新アルバムがリリースされている。いうまでもなく、清水靖晃のバッハ・プロジェクトの最新作『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』だ。今年生誕330年というアニバーサリーであるヨハン・セバスティアン・バッハが、1742年に出版したのが「ゴルトベルク変奏曲」であり、最も知られているのが1955年と1981年に録音されたグレン・グールドの演奏だろう。そして、清水靖晃＆サキソフォネッツのバッハというと、「無伴奏チェロ組曲」にサックス・ソロで取り組んだ『チェロ・スィーツ 1.2.3』（1996年）と『チェロ・スウィーツ4.5.6』（1999年）で驚くべき反響を呼び、いわば同時代のバッハをアップデートして以来、約20年ぶりになるのが本作である（勿論、2007年の5音階音楽を探求した『ペンタトニカ』も素晴らしい！）。清水は「ゴルトベルク」を、既に2010年すみだトリフォニーホールでのコンサートで世界初演しているが、その後、周到な編曲と長期間に渡るリハーサルを経て、2014年7月に音響の素晴らしい岐阜のサラマンカホールで5日間をかけて録音を行った。演奏家は、清水と４人のサキソフォン奏者に加えて4人のコントラバス奏者という、初演と同じ9人編成という最先端のサキソフォネッツだ。ともかくまず聞いてみると、鳴っている音が何の楽器が分からないような宇宙的な響きが何だか気になってしまう、という様な体験になる。清水靖晃＆サキソフォネッツのバッハは、ソロでもアンサンブルでもまだまだ続くというし、特に「フーガの技法」に取り組みたいとのことなので、本作を聞きながら、今後の清水/バッハを楽しみにしよう。

モノの必要性について、究極の方法でトコトン考えてみる。一体生きるためにモノは何個必要なのか。フィンランド気鋭のルーッカイネン監督（脚本、主演、たまに自撮りも）の実験はまさに全裸から始まった。自分の持ち物すべてを倉庫に預け、１日にひとつずつ取り出す。１年間続け、新しいモノは買わない。友達や弟からはドン引きされ、母には（実験のことじゃないが）心底笑われる中、おばあちゃんは味方してくれた。モノより大切なものがあると教えてくれたおばあちゃんとの会話が素敵だ。サックス奏者ティモシー・ラッシーの音楽が心地よく、洗練と叙情に満ちている。可愛いラブストーリーでもあるところがちょっとニクい。

認知症の人にiPodで音楽を聴かせたらどうなるか？　そんな試みをアメリカで続けるソーシャルワーカーのダン・コーエンを、マイケル・ロサト＝ベネット監督が３年にわたって追ったドキュメンタリー。ゴスペルを聴いた途端、若い頃の記憶を話し出す認知症の老人、イヤホンを付けてサルサを踊り出すうつ病の女性、ルイ・アームストロング、ベン・E・キング、ザ・ビートルズが次々と人間の感情を刺激し、記憶を呼び覚ましていく様子を目の当たりに。こんなにコストパフォーマンスの高い方法があるとは！　医療行為ではないため保険対象にならないなど苦労も多々あるが、症状が改善するのなら、やってみない手はない。目から鱗の"治療法"。

角田光代の小説を吉田大八監督が映画化。銀行の契約社員として勤める主婦、梅澤梨花が顧客の孫息子と恋に堕ち、少額から始まったちょっとした"立て替え"から、巨額の横領に至る…。「施し」の意味を問い続ける映画の副旋律もおもしろい。美し過ぎる説得力を放つ、主婦役の宮沢りえ。『桐島、部活やめるってよ』に続いて快調の吉田監督が「いちばん想像つかなかった」、だからこそ「観る価値のあるものになる」と思ったという彼女の起用は、想像以上のハイリターンに。恋人役の池松壮亮は"あざとい無垢"という矛盾した空気が巧い。終盤、梨花と小林聡美演じる先輩行員との対決シーンは圧巻、なぜか妙に爽やかに背中を押された気分になる。

アニーになりたい歴30年近いわたくしは、これまでの舞台版、映画版、ディズニーのテレビ映画版、どれも大好き。今回のかなり大胆なリメイクは、現代に生きるアニーを描いており、ニューヨークのアッパー・マンハッタンの道を歩きながら「Tomorrow」を歌う際、「♪And Say Oh」の字幕が「つぶやくよ」になっていて、これがまさに、21世紀版の展開の伏線でした。舞台版では、孤児であるアニーの両親を探す際に活躍するのはFBI、しかし今回は……これも、デジタル時代の方法。だけれども、いつの時代も、前向きに歌うアニーが周りの人をハッピーにする方程式は変わらない。ラストは、アニーのために●●が作られるのですが、それは過去のどのバージョンとも違う完全オリジナルです。お楽しみに！

自身の同名小説を映画化した安藤桃子監督。ユニークな若いヘルパーのサワちゃん（安藤サクラ）と、ワケあり老人たちが織りなす人間模様が清々しく胸をえぐる。妙な事故から仕事を失ったサワだが、天性の人懐っこさと計算（？）で、寂しい老人たちの懐に入り込み、逞しく前進、さらには寂れた心に希望の種をまく。井上竜夫、坂田利夫、津川雅彦らが演じる個性的な老人たちとサワちゃんが起こす化学変化が楽しい。ただし柄本明のケースは、ちょっと勝手が違って…。監督の介護経験も踏まえて、高齢化＆複雑になる社会に一石を投じる安藤姉妹のパワー全開。セクシュアリティに悩むマコトを体当たりで演じる新人土屋希望の存在感もかなり気になる。

フィリップ・ガレル監督の最新作は、父モーリス・ガレルの若き日のリアルな物語。妻と幼い娘を置いて恋人（アナ・ムグラリス）と同棲生活をする貧しい舞台俳優（ルイ）の父を息子のルイが熱演する。愛と嫉妬に揺れ動く男女と翻弄される子供の振る舞いと感情、『灼熱の肌』に引き続き撮影監督ウィリー・クランが捉える深遠なモノクロ映像が美しい。４人の共同脚本に妻が参加、さらに娘のエステルもルイの妹として出演し、まさにファミリープロジェクトに。ガレルと子供（ドワイヨン監督『アナタの子供』のオルガ・ミシュタン）とのレアなコラボにも注目。音楽はガレル熱望のジャン＝ルイ・オベールがロックにキメる。すべてがカッコ良過ぎる。

自己啓発メソッドを開発して成功しているセラピストのスタッフォード・ワイス（ジョン・キューザック）が妻とスーパーアイドルの息子ベンジーと暮らすハリウッドのセレブ家族。そこへ、落ち目の大女優ハバナ（ジュリアン・ムーア）の秘書として雇われたアガサ（ミア・ワシコウスカ）が現れ、ワイス家の秘密がどんどん暴かれていく…。映画『サンセット大通り』にインスパイアされ、さらにハリウッドでリムジン運転手として働いた実体験を生かして撮ったというクローネンバーグ監督。いつものカナダではなくアメリカロケに初チャレンジ、おまけに"家族ドラマ"であることも意外で斬新。もちろんクローネンバーグ流のエグい毒と華もたっぷりだ。

今回は出演せずに、脚本と監督業に腕をふるった「西遊記」熱烈ファンのチャウ・シンチー。三蔵法師と名乗る前の玄奘（若き妖怪ハンター）を中心に、沙悟浄は水の妖怪の姿、猪八戒は美男子に化け、さらに美貌の女性妖怪ハンター「段」を加えてロマンスも。おなじみの物語をベースに、新しく艶っぽい"誕生物語"を作り上げた。忘れちゃいけない孫悟空は、仏様に500年間洞窟に閉じ込められた設定でみすぼらしく禿げた老人の姿（実は獰猛な猿）で現れ、やがて金の輪っか"緊箍児"の秘密も明かされる…。アクションもCGも冴えわたり、「段」のスー・チーも躍動。エンディングの"Gメン75"にもシンチーの茶目っ気と才能が溢れ出る。

冒頭、書きなぐる青いインクの文字に目が釘付けになるグザヴィエ・ドラン待望の4作目は、カナダのミシェル・マルク・ブシャールの戯曲からドランが脚本を書き起し映画化した。これまでの3本の作品とはまったく異なるアプローチを見せるドランの新境地。事故死した恋人ギヨームの葬儀のため恋人の実家の農場を訪ねたトムは、母親と兄から異質な歓迎を受ける。いまだ保守的な田舎での同性愛への抵抗、嘘と建前、孤独と暴力をサスペンスタッチで描く。音楽のガブリエル・ヤレド始め、ケベック州ゆかりのキャスト、スタッフで独特の世界を作り上げる。危うく、繊細な金髪のトム役も熱演した、25歳の底知れない才能ドランから今後も目が離せない。

1941年、ナチ占領下のフランスで起きたおぞましい出来事。ひとりの将校を暗殺されたドイツは報復として150人の人質の死を求めた。苦悩の末、フランス側が作った処刑リストには17歳の少年ギィ・モケも含まれていた…。複雑な状況をコンパクトに、しかも多角的な視点で本質を突く。若い頃にブルターニュに留学し、政治学を学んだ後に映画の道へ入ったフォルカー・シュレンドルフ監督、『ブリキの太鼓』で知られ、とりわけフランスとドイツの関係改善に関心を持って映画を撮ってきた。最新作はエルンスト・ユンカーの記録に基づき、若いドイツ兵の新たなエピソードを加え、戦争の虚しさを訴える。未来への可能性を掴むために。

戦争孤児として修道院で育てられたアンナ。修道女になるための修練を積む中、院長からおばヴァンダの存在を知らされ、会いに行く。「あなたはイーダ。ユダヤ人よ」とヴァンダに告げられた彼女は……。ポーランド映画祭2013で好評だったパヴェウ・パヴリコフスキ監督の話題作がいよいよ劇場へ。舞台は1962年のポーランド。1人の少女が出自に向き合い、新たな自分を見出していく心の旅路が、スタンダードサイズのモノクロ映像で繊細に綴られ、ホロコーストに象徴される戦後ポーランド史の暗部が浮かび上がる。主人公の心に寄り添うジャズとクラシックのサウンドトラックも魅力的で、80分の短い作品ながら見応え十分。

老人ホームで暮らすアラン。100歳の誕生日に窓から逃走、札束が詰まったスーツケースを手にしたことでトラブルに巻き込まれて……。スウェーデン発、世界で800万部超えのベストセラー小説が原作。欧州を席巻した「おじいちゃんの冒険活劇」が、高齢化が進む日本にやってきた。現在進行形の物語にアランが回想する過去の物語が織り込まれ、ただ者ではない老人の半生が浮かび上がる。フランコ、トルーマン、スターリン、レーガン、ゴルバチョフ、なぜか近現代史の巨人たちと渡り合いながらも、とことんボケっぱなしのアラン。彼の人生訓は「なるようにしかならない」。シニカルでちょっぴりブラック、成熟した北欧のユーモアを堪能して。

血まみれで倒れていたジョーを路上で発見したセリグマン。彼の家で介抱されながら、憔悴しきった彼女が自身の半生について語り始める……。合計4時間、8章から成るラース・フォン・トリアー監督の新作。「色情狂」と題してセックス依存症の女性の性遍歴を描きつつ、人間の計り知れない欲望とその先にあるものを提示。回想で語られる物語は章ごとに趣きが異なり、オムニバス映画のよう。エピソードの合間に、聞き手である謎のインテリ紳士セリグマンがうんちくを挟み、長尺ながら飽きさせない。ラストはそうなる予感がしたが、「人間は簡単に解放されない。死ぬまで苦しみ続けるのだ」ということか。毎度お騒がせの監督の、その底意地の悪さもまた魅力的。

三浦しをん人気小説のお馴染みコンビ、多田と行天、つまり便利屋と助手兼同居人が帰ってきた。１回目と同様に大森立嗣が監督。瑛太と松田龍平が醸し出すなんとも言えない空気の気の置けない関係も相変わらず。今回は、行天の（同性愛者の）元妻、凪子（本上まなみ）から５歳の娘を預かってほしいと依頼を受けた便利軒。行天に隠していた多田だが、知らせないわけにはいかない、そのくだりのテンポがツボにはまる。怪しげな健康食品団体、地元ギャング、多田の恋、さらにバスジャックと、盛り盛りのコンテンツに、永瀬正敏、真木よう子、高良健吾、麿赤兒、大森南朋と豪華過ぎるキャスト。期待のはるか上をいくギョーテンの連続!?

ドキュメンタリー作家でもあるオーストリアのウルリッヒ・ザイドル監督が鋭く問うのは人間の欲望の正体。『愛（Love）』は旅行先のケニアで黒人男性とのセックスにのめりこむシングルマザーのテレサ、『神（Faith）』は宗教布教に過激に傾倒するテレサの姉、アンナ・マリア、そして『希望（Hope）』は年輩の医師への恋に突っ走るテレサの娘メラニー、これら3人の女性の独立した３つの話が描かれる。欲望に溺れるどのキャラクターも過激だけど否定できない感がある。プロとアマチュア俳優の混合起用や即興が特徴の"ザイドルメソッド"と名付けられた独特の撮影法、そこから生まれる奇抜でユニークなテンションはちょっと中毒になるかも……。

デヴィッド・フィンチャー監督のサイコ・スリラーは、ギリアン・フリンの大ベストセラー小説の映画化、脚本もフリンが担当した。NYからミズーリ州に移住してきたセレブ夫妻の結婚5周年記念日に妻が失踪。モダンな邸宅には犯行の跡が残され、第1発見者の夫は容疑者として疑われる。仕方なく敏腕弁護士を雇い戦う相手は誰？　そして妻はどこに……？　夫婦役のベン・アフレックとロザムンド・パイクが好演。とりわけパイクが暴走する演技は狂気と笑気が混ざり合いなんとも言えない。事件をきっかけに暴かれる夫と妻の真実、さらに種明かし後にくる虚脱感。一体夫婦とは何なのか、フィンチャー特有のダークユーモアに、しばし悩むことになりそう？

ローマの公立高校で働く3人の教師たち。ビジネスライクな女性校長ジュリアーナ、理想に燃える若い国語補助教員ジョバンニ、世捨て人のような枯れた風情の老美術史教師フィオリート、それぞれ問題を抱える生徒やかつての教え子と対峙する……。教師である前にひとりの人間、生徒と一緒に人間臭く揺れ悩む姿が生々しい。作家マルコ・ロドリのエッセイ『赤と青』を原案に、ジュゼッペ・ピッチョーニ監督とフランチェスカ・マニエーリが現代的に練り直した共同脚本（赤は落第、青は進級の意味）。人生のうちの儚くも濃密でかけがえのない時間、何を学ぶか、何を教えるか。イタリアのリアルな教育現場を日本のそれと対比するのもおもしろい。

「人間立て看板」として日銭を稼ぎ、空き家に住んでふたりの子供を育てる父親シャオカン。スーパーの試食で空腹を満たし遊ぶ兄妹、買ったキャベツを嬉しそうに抱えて眠る妹に、兄は「変だよ」と突っ込む。貧困も苦しみもツァイ・ミンリャンの魔法でファンタジックに変身、片やキャベツを齧るシャオカンの慟哭は天を突く。本作『郊遊 ＜ピクニック＞』を引退作にするという衝撃の発表の真相、そこにはマーケットに対するツァイ監督の苦悩があるようだ。長年の盟友（名優）リー・カンションは、自然に演じることは難しく、監督の要求は厳しいとインタビューで告白。ふたりにしか辿り着けない映画の境地をまだまだ観たい……。常連主演女優3人が出演していることも見逃せない。

11歳で死別した奔放でチャーミングな母。しかし彼女には秘めた恋があった……。女優サラ・ポーリーが自身の家族を捉え、出自を巡る旅を記録したドキュメンタリー。繊細なテーマながらユーモアたっぷり、家族や友人たちへの取材を重ねていくプロセスがスリリング。笑いあり涙あり、個々の視点によるエピソードの食い違いも面白く、語る人の数だけ物語が作られていく。レコーディング風景や再現ドラマ風のシーンもあり、映画の作り方もユニーク。聡明で勇敢、愛情あふれるサラだから『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』『テイク・ディス・ワルツ』という傑作が撮れたのだと納得、ますます彼女が好きになってしまった。

70年代、当時18歳の女子高生だった中沢けいのデビュー小説がとうとう映画化。高校新聞部の部室から始まった恵美子（市川由衣）と洋（池松壮亮）の初々しくも殺伐とした関係は時と共に刻々と変貌していく……。恵美子と母親との軋轢、価値観の違い、そこに新しいエピソードも加えてぶ厚い仕上がりに。荒井晴彦（脚本）と安藤尋監督のタッグで、マグマのように蠢く若者たちの熱を捉え、観客の心にしっかり刻みこむ。市川の捨て身の演技、池松の天性の表現力、微妙な心と肉体の動きを絶妙に撮る安藤組の手腕に唸る。「子宮感覚」という言葉を生みだしたウェットな情愛は、ドライな現代人の心にどう響くだろう？

大老井伊直弼が暗殺された桜田門外の変にまつわる、浅田次郎の短編が原作。彦根藩士の志村金吾が主君を守れなかったことを悔い、13年間に亘って義を尽くし、武士の矜持を貫いた様を描く。やるせない仇討ちに説得力を与えるのは大老役、中村吉右衛門の存在感。金吾と共に清貧の中で耐える妻セツの広末涼子の強さ、儚さ。また仇、十兵衛役の阿部寛の車引きも見もの。さらになんと言っても、時代に取り残された無骨な武士の信念を繊細に演じる金吾役の中井貴一の円熟は特筆すべき。豪華なロケ地、京都映画職人の凄技が活きた心温まる時代劇をじっくり堪能したい。ちなみに柘榴坂は品川駅のすぐ近く。観賞後にちょっと立ち寄るのもいいかも。

アニメーション＋実写風景の融合で描く、フランス発のキュートなムシの世界。仲間からはぐれた一匹のてんとう虫が心優しい黒アリと出逢い、角砂糖入りの箱を協力して運ぶも、赤アリの攻撃で過酷な旅に……。無事に角砂糖は運べるか？　いつか仲間に再会できるのか？　ムシの微細な表現、豊かな表情、リアルな音、スピード、大道具小道具の質感、すべてがフランス国立公園の雄大な自然をバックに絶妙に表現される、エレーヌ・ジロー＆トマス・ザポによる監督、脚本、企画作品。パロディ好きのふたりは随所にオマージュを仕掛ける。例えばクモは「まっくろくろすけ」をイメージ、宮崎アニメへの愛を示す。子供も大人もすっかり夢中に！

知人女性から赤ん坊を預けられたアイドルオタクの平田。彼女が死んでしまったことで、いきなり父となり育児が始まる。17年後、高校生になったアンナを理想のアイドルに仕立て上げようとするが……。父娘の特殊で濃密な関係というテーマは、同時期に公開されていた熊切和嘉監督作品『私の男』にも通じるが、趣はまったく異質。「アイドルは太陽だ。その光は万人に降り注ぐべきなんだっ」と力説しつつ、娘にカメラを向ける育ての父はコミカルで愛らしい。ドロドロもエグさもなく、意外にもさらっと軽め、ほろりとさせられるドラマに仕上がっている。しかし、ゴダール監督も登場するとはビックリ！