カリティ・パニュ監督の、カンヌ国際映画祭＜ある視点部門＞グランプリを受賞した最新作がいよいよDVDに。35年前のクメール・ルージュ大虐殺の犠牲者たちが眠る土で作られ、息を吹き込まれた"土人形"が語るものとは……？　家族や友を失い、13歳で強制収容所からたったひとりで脱出したパニュ少年、その目に映ったポル・ポト時代の過酷な現実を、作家クリストフ・バタイユとパニュの言葉で鋭く暴く。パニュは、アラン・レネ監督の『夜と霧』に強く感化され、あまりに残酷な経験の痛みを越えて、その記憶を映像で表現することを決意。以来、数多くのカンボジアの悲しい記憶に関する作品を作ってきた。記憶が伝える人間の愚かさ、悲しさを心に刻もう。

ブルジョワの家に育ち、スポーツ万能な父には男らしくと期待され、つねに優秀な兄たちと比較されたコンプレックス満タンなギヨームの成長期。最大のショックは憧れの母から完全にゲイだと思われていたこと、なぜなら「僕は女の子なのに…」。複雑なセクシュアリティの悩みを綴った自伝的舞台劇が大反響を呼び、自ら監督・脚本・主演で映画化したギヨーム・ガリエンヌ。熟練のコメディ・フランセーズ俳優はボクとママの２役、舞台と映画、時間を縦横無尽に瞬間移動するなど映画の旨味を存分に引き出す。『イヴ・サンローラン』のベルジェとはまるで違うキャラに動揺しつつも大笑い。それにしてもママに扮したギヨームの違和感のなさったら……。

天才デザイナー、イヴ・サンローラン。アルジェリア中産階級出身の青年が「モードの帝王」へ駆け上がるめくるめく日々が描かれる。財団初公認、ピエール・ベルジェの全面協力、舞台俳優ピエール・ニネという新しい才能を得て、華麗でヒリヒリするファッション界の舞台裏を撮った（ベルジェ役のギョーム・ガリエンヌも絶賛する）ジャリル・レスペール監督。神経衰弱を繰り返すガラス細工のような繊細さ、天才ゆえの孤独と苦悩、壊れやすいイヴを公私に渡って支え続けたピエール・ベルジェの献身、切なく燃えるふたりの関係をじっくり捉える。ニネの美しさも、ガリエンヌの卓越した演技力も、財団アーカイブの豪華衣装も、すべてすべて垂涎もの！

謎のカリスマミュージシャンのフランクとバンドメンバーは小屋に籠ってアルバム作りに打ち込むも、完成と同時にマネージャーが自殺。ひょんなことからバンドに加わった会社員のジョンが、こっそり動画をネットにアップして音楽祭出場が決まった。が、バンド決裂…？　マイケル・ファスベンダーはほとんどマスクを被りっぱなし。哀愁漂い、顔が見えないことでなおさら想像をかきたてる。奇抜な才能の中に放り込まれ、平凡さが際立つジョンを『ハリーポッター』シリーズで活躍したドーナル・グリーソンが演じてはまり役。生きることの難しさや人の優しさを繊細にオフビートに。バンドの演奏は生収録でリアルに。やけに涙腺をツンと刺激する。

気鋭の作曲家を世に送り出した2002年の1stアルバム「よろこびの機械」。新曲を加えて新装リリースされた2015年版は、氷雪が溶け、水ぬるむ早春にぴったりの作品。薄いガラスのように儚く、木漏れ日のように眩しい音の連なり。キラキラと駆け巡る光で心が満たされ、踊るリズムにときめき、妖精のおしゃべりのようなヴォイスで夢心地に。音楽と共に味わいたい24ページのブックレットは、マットな質感の白い表紙とメタリックな箔押しで浮かび上がる繊細な意匠が印象的。西村佳哲によるライナーノーツに続き、ジャケットデザインを手がけた小阪淳が曲ごとに描いたグラフィック10点が1曲ずつ見開きで掲載されている。ブックレットを見ながら聴くもよし、タイトルが由来するブラッドベリの短編小説を読みながら聴くもよし。

幼くして両親を亡くし、それ以来言葉を失った33歳のポール（ギョーム・グイ）、厳格な伯母姉妹に世界一のピアニストになるべく育てられ、人生がこじれてしまった。ある日、同じアパルトマンに住むマダム・プルーストの部屋を訪れ、謎のハーブティーをごちそうに。すると失われた記憶が蘇り、ポールの心は揺れ動く…。『アメリ』のプロデューサー、クローディ・オサールが惚れ込んだアニメーション作家のシルヴァン・ショメ監督、これが初実写長編作品になる。『ベルヴィル・ランデブー』の曲から受けたインスピレーションと作家プルーストのエッセンスを込めた、カラフルでダンサブルで幻惑的な哲学の旅、無事に「ぼく」は見つかるだろうか。

ミカ・カウリスマキ監督、10年ぶりの新作は音楽満載お得意のロードムービー。仕事中毒で妻と娘に家出され、淋しい人生を送るピアニストのティモの前に、35年間音信不通の父親のレオが現れる。なにやら胡散臭いレオにうまく乗せられ、ふたりは北へと旅に出た。ヘルシンキを出発し、存在さえ知らない母親違いの姉に会うやら、歌いまくってナンパするやらの珍道中。そうこうするうちティモの出生の秘密が発覚、こじれてしまったティモの人生はどうなる…？　フィンランドのカリスマミュージシャン、ヴェサ・マッティ・ロイリの再起の映画でもあり、ダメだけど前向きな父親を豪快に演じてホロリとさせる。人生ちょっと凹んだときにはこれお薦め。

タイムシェアリゾートビジネスで億万長者となったデヴィッド・シーゲルと妻のジャッキー。ブッシュ大統領選にも影響を与えたとか。頂点とドン底で撮影を受け入れる寛容、それになんとも素朴で謙虚なキャラは憎めない。しかし意地でも"ベルサイユ宮殿"は手放さないって…。成功者の記録として2007年から撮影を始めたローレン・グリーン監督は、2008年のリーマンショックを境に、奇しくもアメリカンドリームの体現者が堕ちていく様の記録に成功、ただし営業妨害で訴えられるというおまけ付きだった。撮影のタイミング、偶然のドラマ性、見応えあるドキュメンタリーを観ない手はない。なぜってバブル崩壊はまた来るかも！

「宇宙に感情はある？」なんてクールな疑問を真剣に考える18歳のシモンはアスペルガー症候群。気に入らないことがあると「宇宙船」（ドラム缶）に籠ってしまう。そんな弟の理解者、兄のサムは、弟のせいで恋人に振られ心の余裕を失う。そこでシモンは、兄に最適な恋人探しを決意する…。ビル・スカルスガンドが演じるマイペースだけどユニークで魅力的なシモン。このキャラクターを作り上げたスウェーデンのアンドレアス・エーマンは弱冠25歳の監督、すべての人間の奥底にはスペルガー的傾向が潜んでいることにもっと注意すべきという持論を持ち、ポップでニュートラルでユーモアに満ちた世界観を提示する。想像力たっぷりの空間がなんとも心地よい。

他人の記憶に潜入して事件を調査する「記憶探偵」のジョン（マーク・ストロング）は、富豪の娘、16歳の知的な美少女アナ（タイッサ・ファーミガ）の拒食の原因を探ってほしいと依頼を受ける。ジョンはアナの記憶を探るうち、アナがもっと重大な問題を抱えていることに気づく。実父の事故死、掌の傷、性的虐待…。だがその記憶は本物なのか？　ジョン自身のトラウマを逆手に取られ、コトは思わぬ展開に。スペインの新鋭監督ホルヘ・ドラドがフィルム撮影で演出する深い黒が印象的。気づくと記憶のラビリンスに入り込み、出て来れなくなる、なんていうリスクは無いけど、何が嘘で何が本当か、自分の記憶に自信が持てなくなったらごめんなさい。

第二次世界大戦末期、両親と裕福な生活を送っていた双子の少年が田舎の祖母の家に疎開する。粗暴で吝嗇、モンスターのような老婆との貧しい暮らしで世界が一変、過酷なサバイバルが始まるが……。アゴタ・クリストフの名著が待望の映画化。多くの人の手を経た映像化権を受け止めたヤーノシュ・サース監督が、アゴタ本人の許諾を得て亡命作家の故郷に舞台を設定して作り上げた。大いに期待して観たが、期待をはるかに上回る面白さ！　2011年に他界した彼女がもし映画を観たら、双子がハンサムで驚くかもしれないが、きっと気に入るだろう。戦争という非常事態で苛まれる子供の心を描いた本作、たくさんの人に観て考えてもらいたい。

夫が家を去り、由希子はシングルマザーに。幼い子供たちとの3人暮らしが始まり孤軍奮闘するが、少しずつ歯車が狂い始める。子供たちを置き去りにした部屋が荒れ、ついに……。暴力やネグレクトなど、児童虐待のニュースは後を絶たないが、緒方貴臣監督による本作は、3年前に大阪で起きた2児餓死事件がモチーフ。若い母親が女になっていくと同時に、幼い命の懸命なサバイバルが始まる。うんざりするような過酷な状況が驚異的な長回しで映し出され、非難も擁護もせず淡々と綴っているので、なおさらゾッとさせられる。観るのに覚悟が必要だが、現実を直視し、なぜこんなことが起こるのか考えなければ。

北京からパリにやってきた教師の花（ホワ）は移民の建設工マチューと出会い、瞬く間に恋に落ちる。激しく愛し合うふたりだが、それぞれ相手には言えない秘密があった……。パリ在住の作家リウ・ジエの自伝的小説『裸』をロウ・イエ監督が映画化。天安門事件に関わる作品を作ったことで5年間の映画製作＆上映禁止処分を言い渡された監督が、当局の禁令が解ける前にパリを舞台にのびのびと撮った。異邦人同士として愛を交わすふたりの、親密で濃密な空間の匂いを伝える映像は、ユー・リクウァイ撮影監督によるもの。なにがあっても撮り続けるべきだと語る、映画監督としての矜持が見える本作に、次回作以降への期待も高まる。

マット・デイモンとジョン・クラシンスキーの共同脚本にガス・ヴァン・サント監督、というミラクルなアンサンブル。話題のシェール革命を背景に、人間の本当の幸せとは何かを巧妙な脚本で問い直す。アメリカ原風景のような田舎町に掘削権の交渉に乗り込んだエネルギー企業エリートのスティーブ（デイモン）と同僚のスー（フランシス・マクドーマンド）、地主たちの欲望を巧みに刺激し、順調に進めていたと思った矢先、反対派の科学教師、さらに謎の環境活動家（クラシンスキー）の横やりで窮地に。本質への鋭い切り込み、絶妙な会話とテンポの良さ、展開の巧さに舌鼓。『グッド・ウィル・ハンティング』好演のR・ウィリアムズを惜しみつつ。

中国雲南省の精神病院に入り込み、入院患者の生活に密着した、前後編合わせて約４時間の濃密で超貴重なドキュメンタリー。"異常なふるまい"をするという理由で人々が「収容」されている、その場所に強い興味を持ったワン・ビン監督、例えばひとつのベッドに眠るふたりの男、収容されたばかりで帰りたいと騒ぐ男、女性患者と格子越しに愛を語らう男、妻が面会に来てもそっけなくする夫、繊細すぎる青年…、孤独でよるべない彼らにじっとカメラを向ける。それにしてもこちらの世界は鉄格子の中より自由なのか、そんな疑問が湧く。一度だけ、カメラは帰宅措置の患者を追って病院の外へ出る。その男の後ろ姿が語るものになんとも愕然となる。

元レジスタンス闘士ステファン・エセルによる若者の心を動かした奇跡のメッセージを、トニー・ガトリフ監督が沁みる音楽とドラマチックな映像美で伝える。アフリカから生きるためにヨーロッパにやってきた主人公の少女が運命的に行き着く、アテネ、バスティーユ広場、そしてスペイン。SNSで繋がり集まる若者たちの新しい革命が起きた場所だ。その真っ最中にカメラが入り、運動の熱とうねりを体感させる。坂道を転がる無数のオレンジに、「アラブの春」の発端、チュニジアで焼身自殺した成果商人の青年の影がある。「怒り」のエネルギーを、非暴力で世界を動かすパワーに変えよ！　無関心でいるな！　他人じゃなく自分の問題だ！　希望を持って立ち向かう強さを。

母の再婚で、血のつながらない姉と暮らすことになった高校生の吾朗。母が亡くなり、登山家の義父は留守がちで、ふたりきりの生活が始まるが……。累計60万部発行の人気コミックス、五十嵐藍原作の４コマ漫画を今泉力哉監督が実写映画化。モテない童貞くんには拷問まがいのシチュエーションで、ぐっとガマンの吾朗を前野朋哉が好演。ちょいエロ＆お茶目ないたずらアネキ役、谷桃子は溌剌とした色気ムンムン。吾朗の同級生でアネキに想いを寄せる女子高生を演じた佐藤かよもアヤシい魅力を発揮して、３人のアンサンブルが絶妙だ。脱力系コメディのようでいて、人間をしっかり描き、ほろりとさせるところが今泉監督らしい。

ジャ・ジャンクー監督が最新作で描くのは、中国で実際に起きた４つの事件。山西省の山道、鮮烈な銃撃シーンで幕を開け、重慶市、湖北省、広東省へと移動する。社会の理不尽と闘う男、閉塞感に抗い強盗する男、自分の尊厳のために闘う女、そして社会の波間で苦悩する若者、いずれも市井の人々に起きる切ない暴力だ。「自分たちの社会は果たして発展しているのだろうか？」深い疑問を武侠映画に映し込み、アクション、ダンス、音楽、京劇を大胆に融合、現代を捉える。急成長の陰で格差が拡がる社会、暴力の背景を理解することの大切さが伝わればと願う監督。隣人としても中国の"いま"はかなり気がかり…。"ウェイボー"を語る監督インタビューもぜひチェックを！

1810年、ナポレオンが初めて敗戦したポルトガルでの「ブサコの戦い」を軸に、フランス軍、イギリス・ポルトガル連合軍、それぞれを率いる男たちと彼らを取り巻く人々を描いた壮大な歴史ドラマ。企画準備中のラウル・ルイス監督が惜しくも70歳でこの世を去り、パートナーで彼の作品の編集を手掛けてきたバレリア・サルミエントが遺志を引き継ぎ完成させた。女性監督ならでは、戦時下の女性たちの生き様にもフォーカスが当たり、複眼的な視点で描かれている。見どころが多い152分の大作だが、ルイス監督へのオマージュとして加えられた、ドヌーヴ、ユペール、ピコリが食事をするシーンも印象に残る。

今年は原作シリーズ出版から70周年、昨年はトーベ・ヤンソン生誕100周年。これを記念した手描きアニメも公開されたが、本作は愛らしいフェルト製パペットが動き出す、独特の質感が美しいアニメーション。ビョークのファンタスティックなボーカルがオープニングを飾り、観客をムーミン谷へと誘う。彗星が地球に激突し、世界が終わってしまうかも!? という、ちょっぴり不穏な物語はトーベの戦争観を反映したもの。危機的状況を乗り越えようとするムーミンと仲間たちの活躍がユーモラスに展開されるが、怖がりでわがままなスニフの声はマッツ・ミケルセンが演じていて、そのミスマッチがなんだか微笑ましい。

叔母に誘われ、海と山に抱かれた町にやってきた浪人生の朔子。夏の終わりをそこで過ごすことになった彼女は、その町で暮らす叔母の友人と娘、福島から避難している甥に出会い……。『歓待』の深田晃司監督＋杉野希妃プロデューサー（出演も）が再タッグを組んだ新作。キラキラとまぶし過ぎる二階堂ふみと、鶴田真由や古舘寛治らチャーミングな役者陣が織り成す絶妙なアンサンブルが楽しく、軽やかな会話劇はホン・サンス作品のよう。脱原発集会や避難者差別など3.11後の空気が薫り、特に大事件は起こらないが、深い余韻が心地いい。演技が上手くてビックリの、想田監督の出演シーンもお見逃しなく。

家族を失った寄る辺ない少女、花を引き取った遠縁の淳悟。孤独なふたりが身を寄せ合う生活が始まり、やがて花は成長し……。桜庭一樹のセンセーショナルな同名小説を熊切和嘉監督が映画化。『海炭市叙景』に続き、監督の出身地でもある凍てつく北の大地を舞台に挑発的な作品が誕生した。花の結婚から時系列を逆行するスタイルの原作と、順行を採用した映画は別の味わいだが、ギギーッ、キュキュキュと流氷が苦しそうに軋む音が不穏な物語を予感させる冒頭から、冷えきった映像と濃密なドラマに釘付け。浅野忠信と二階堂ふみの演技、ジム・オルークの音楽、近藤龍人のカメラワーク、どれも出色。

独自の手法でユニークなドキュメンタリーを作り続ける、想田和弘監督の観察映画第5弾。第1弾『選挙』から6年、同じ川崎市議会選挙、同じ選挙区、同じ候補者＝山さんを追うが、自民党公認の落下傘候補として東奔西走した前回と完全無所属で孤軍奮闘した今回の選挙戦は、まったく別モノ。カメラを向ける監督も巻き込まれ、自身をも含めた観察映画になっているのが面白い。2012年12月の衆院選の結果にひらめくものがあり、編集を開始したという監督。製作の裏話はぜひREALTOKYOのインタビューページ（Interview 087）をチェックして。昨年末の衆院選で投票した人はもちろん、しなかった人にもぜひ観てほしい。

母子家庭の界人は男の影がちらつく母に嫌悪感を覚え、界人に恋する同級生の杏子は "ユタ神様"の母の最期に寄り添う……。自身のルーツがある奄美大島を舞台に、河瀬直美監督が循環する命の煌めきを活写した最新作。まばゆい陽光、潮の香りやふたりの髪の匂い、風や波や木々が奏でる音に島唄など五感が大いに刺激され、山崎裕のカメラワークにため息が出る。ヤギを屠るシーンは胸が痛むが、ダイナミックな自然の営みの中に人間も在り、死によって命が紡がれていく現実を突きつける。日焼けした顔とすらっと伸びた手足が野生動物のようなふたりが愛おしく、母たちを演じた渡辺真起子と松田美由紀の佇まいが美しい。紛れもない河瀬監督の最高傑作。

生涯斬られた数は５万回を越すという筋金入り、殿堂入りのキャリア、独創的な殺陣が印象に残る斬られ役俳優福本清三の、70歳にして初主演作品となる。舞台は京都太秦撮影所。長寿のテレビ時代劇ドラマが打ち切りとなり、香美山清一（福本）はじめ、"大部屋俳優"たちの仕事は無くなってしまった。やむをえず引退を決意する香美山。しかし彼を再びスクリーンに呼び戻したいと願う新人女優伊賀さつき（山本千尋）は殺陣の稽古を申し入れ……。物語はシンプルだが、人生の夕陽のなかでいぶし銀に輝く福本の殺陣に、チャップリンの名作をかけたところが憎い。時代劇の礎を築いてきた職人芸にリスペクト溢れる秀作、"本物"の仕事人に刺激を受けたい。

脳がもし100%覚醒したら…。マフィアの闇取り引きに巻き込まれ、運び屋となったルーシー。お腹に埋め込まれた謎の物質の袋が破裂、内部で化学反応を起こし、脳が覚醒する。そんな未知の領域の儚く強い女性を描くリュックベッソン監督。『レオン』『ニキータ』系譜のヒロイン、スカーレット・ヨハンソンは『her〜世界でひとつの彼女』のAIの延長線上のような役だが、セクシーに加えて、マッチョにトランスフォーム、頑強かつ血を流す生身を魅せる。心を置き去りに超能力を使う不条理に耐える表情が切ない。スピード、パワー、知能、すべてが暴走し、もう謎の物質中毒。行き着くところは、え？　そこ？　うーん。やはり10%が幸せか…？

5年間服役し、出所したシングルマザーのローズ。さっそく愛息ミカエルに会いに行くが、思春期の息子はそっけない。スーパーでレジ係の仕事に就いたローズは、彼の気を引くために同僚とプロレスに入門するが……。フランスにおけるプロレスの発祥地という北部の田舎町を舞台に、4人のワケあり女子がプロレスに挑戦しつつ自分の人生を見つめてリセットを試みる、悲喜こもごもが交錯するスポ根ドラマ。コメディ要素満載ながら社会問題も映し出し、華やかな見どころもいっぱい。マリルー・ベリ、ナタリー・バイら、トレーニングを重ねて大部分をスタントなしで演じた女優陣にも喝采を。

恋人の家で目覚めたニコは、慌ただしく彼女に別れを告げて街へ。飲酒運転で停止中の免許証は返してもらえず、ATMに入れたカードは吸い込まれ、大学を中退したことが親にバレて……。ベルリンを舞台に、空回りし続けるニコの１日を描いたヤン・オーレ・ゲルスター監督のデビュー作。お金がない、機械が故障中など、１杯のコーヒーになかなかありつけない彼が、タバコを吸い続けながら、奇妙な人々との邂逅に巻き込まれていく。個々の断片に笑いあり、涙あり、人生あり。背景には、うっとりするようなジャジーな音楽と美しい街並みが広がる。全トリュフォー作品を入念に研究したという監督の、次回作が今から待ちきれない。

毒舌が止まらない70歳のマルスン。老人ホームに送り込まれそうだと悟り、遺影を撮ろうと入った写真館で奇跡が訪れる。いきなり20歳に若返っていたのだ……。憧れのオードリーばりの体を手に入れた老女が、「オ・ドゥリ」と名乗って若さを満喫。『トガニ 幼き瞳の告発』のファン・ドンヒョク監督最新作は、ハチャメチャコメディのようでありながら、苦しい時代を生き抜いた1人の女性の半生を肯定する。春公開のドイツ映画『バチカンで逢いましょう』でも『ローマの休日』を髣髴させるシーンがあったが、こちらにも。名作へのオマージュは何度でも捧げられていい。ナ・ムニとシム・ウンギョンの熱演に大きな拍手を。

パリ、瀟洒なホテルの一室で執筆中の小説家マイケルを愛人アンナが訪ねる。仕事でローマにやってきたアメリカ人のスコットはバーでモニカに出会う。NY、元女優のジュリアは息子の親権をめぐり元夫と係争中だ。監督・脚本を手掛けた『クラッシュ』でアカデミー賞最優秀作品賞と脚本賞を受賞したポール・ハギス監督の新作は、三都市のエピソードが交錯する緻密な構成で作られたチャーミングな群像劇。作家はいったい何を犠牲にして作るのか。家族や子供を犠牲にしてまで作るべきものなのか？　自身を悩ませる自問を反映したと監督は語る。「Watch me」というキーワードを手がかりに、ミステリアスな物語を読み解こう。