高層マンションで暮らし、恋人と倦怠期にさしかかっている大学講師アダム。ある日、同僚に勧められた映画を観ていた彼は、自分に瓜二つの男を発見して驚く。俳優の住所を調べ、ついに対峙したふたりは……。『灼熱の魂』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による新作は、ポルトガルのノーベル文学賞作家サラマーゴの小説を映画化したミステリー。「カオスとは未解読の秩序である」という冒頭のテロップを念頭に置いて観始めるも、ドッペルゲンガー？　精神の病い？　カフカ的不条理ワールド？……と脳みそフル回転。ジェイク・ギレンホール演じる主人公（たち）の苦悩と葛藤が観客にも伝わる。自由な解釈を存分に楽しみたい人におすすめ。

ピッピやロッタちゃんの生みの親、スウェーデンのリンドグレーンの人気作品が原作。これまたプクッとした体型の明るくおしゃまな女の子、チョルベンが大活躍する。ウミガラス島に住むチョルベンは、セントバーナード犬の水夫さんや仲良しの友だち、家族、動物たちと毎日、元気いっぱいに暮らしている。ある日、迷い込んだアザラシの赤ちゃん（モーセ）をもらい大喜び。一方、大事なウサギのヨッケが何モノかに襲われ、なんと水夫さんに疑惑が降り掛かる……。1964年製作作品がデジタル修正版で色鮮やかに蘇り、子供や動物の躍動感、自然の美しさが印象的。時代性もあるけれど、この国独特ののどかなリズム感はたまらなく魅力的だ。見習いたい。

9月に『Alone Together』を上梓し、「in)(between ShaShin Book Award 2014」に輝いた写真家ミーヨン。続けて発刊されたこの写真集は、彼女の作品を追い続けている人にとっては懐かしいシリーズ。ある夏の日に出会った路傍の雑草（いや、ちゃんと「ヒメムカシヨモギ」という名前がある）が、すくすくと育って朽ちるまで定点観測を行った記録である。草の背景には、半袖の制服姿の生徒たち、散歩するレトリバー、宅急便の車などが通り過ぎ、見つめ合うミーヨンとヨモギを、もしかしたら不思議そうに見ていたかもしれない第三者の気配も。どんなにワクワクしながら会いに出かけていたのだろう。小さな存在への愛おしさがこみ上げる一冊。

REALTOKYO編集長と一般社団法人Think the Earthが12年前に企画制作した『百年の愚行』の続編。戦争、差別、暴力、格差、核、環境破壊など、21世紀に入っても止む気配のない人類の愚行を、50葉の写真と10万字のテキストで振り返る。本文中に引用された多数の本、映画、記事は、オンライン書店やウェブマガジンにアクセスするためのQRコード付き。取り上げた事件や事象は特設ウェブサイトで随時アップデートされる。B・アンダーソン、B・スティグレール、I・トロヤノフ、山極寿一、王力雄によるエッセイも力作ぞろい。前書と併せて読んでいただきたい。

1961年のNY。売れないフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスは、家もなく金もなく、知人宅を転々としながら居候生活を送っている。脱走した猫とギターを抱えて彷徨い、シカゴでオーディションを受けるが……。"ボブ・ディランが憧れたシンガー"デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録にインスパイアされ、コーエン兄弟がメガホンを取った。思わず笑いがこぼれるシーンを散りばめながら、崖っぷちに立たされた男の苦悩の日々を描く。人生はままならない。「負け犬！」と罵られても、殴られても、音楽を諦めきれないルーウィン。決して日の目を見ることのない、たくさんの名もなき表現者たちへの愛があふれた傑作。

人気コミック映画化の続編。"人斬り抜刀斎"の名で幕末に恐れられた緋村剣心、明治になって平凡に暮らしていたのに、大久保利通から「人斬り"志々雄真実"を倒せ」とのご指名に、渋々ひとり京都へ旅立つことに。剣心の不殺（ころさず）の誓いはどうなる？　江戸に残した愛しい神谷薫の運命は…？　完璧なヒール役を楽しむ藤原竜也と、トボケた天才剣士がすっかり同化している佐藤健の美しく切ない決闘は見もの。武井咲、青木崇高、蒼井優らのレギュラーに、伊勢谷友介、田中泯、遠藤賢一、神木隆之介と個性派が加わり、殺陣、美術、音楽もますます嵌まる。テンポの良さをキープしつつ、完結編へ「つづく」。絶好調の大友啓史監督、焦らすでござるよ。

ノーベル文学者ドリス・レッシングの『グランド・マザーズ』（まさに納得のタイトル！）が原作。オーストラリアの静かな入り江に住む美しいふたりの母親ロズ（ロビン・ライト）とリル（ナオミ・ワッツ）とそれぞれのひとり息子たち。成長した自分たちの"作品"（息子たち）を眺めて悦に入る母親たちに違和感を感じないのは、アンヌ・フォンテーヌ監督の手抜きのない完璧な美の追求のなせる技か…。パラダイスのような場所で遊ぶ神々たちが口にする禁断のリンゴ。お互いの（と書くのもなんだが）母と息子が恋にハマり２組のカップルが出来たとしてもなんら不思議はない。人間の愛は、本来かくも自然で自由であるべきなのだと思わせてくれるほどに…。

明治初期、岡倉天心は文部省の役人として廃仏毀釈から仏像、絵画を救うため奮闘。その後、東京美術学校（現・東京藝術大学）の設立と校長就任を経て、日本美術院を創設。晩年は茨城県の「六角堂」で、弟子とともに日本美術院の活動を続けた…。「日本近代美術の父」といわれた岡倉天心の半生と、我が身を顧みず人生を美術に捧げた弟子達との交流が丁寧に描かれる。奇想天外な振る舞いから時に奇人とも称される岡倉天心は、役にぴったり、竹中直人が演じている。その他にも、下村観山役の木下ほうか、木村武山役の橋本一郎など、面影の重なる配役が見事。東日本大震災によって滅失した「六角堂」。その再建後の姿も劇中では見ることができる。

近未来のロサンゼルス、手紙代筆ライターのセオドアは妻と離婚協議中。ある日、サマンサと名乗る"声"のAIを起動させ、ハッピーで不思議な"同居"生活が始まる。孤独な心は癒されるが、果たしてAIとの恋はありか、なしか…。スカーレット・ヨハンソンのセクシーなハスキーボイスと背中が淋しい中年男のホアキン・フェニックス。AIデートシーン、ラブシーンも温かい。ロケを取り入れた未来都市の柔らかな質感、優しい音楽、秀逸なサウンド効果、初めて脚本も手掛けたスパイク・ジョーンズ監督の未来世界に躊躇なく引き込まれる。ロボットが相棒になるかもしれないちょっと先の未来、妙にリアルなAI感触をここらで予習しておくのもいいかも。

一体なぜ100万人規模の虐殺が成功したのか？　加害者たちは断罪されず、現在も"国民的英雄"として暮らしている。1960年代のインドネシア大虐殺の加害者を取材したジョシュア・オッペンハイマー監督。アンタッチャブルな謎に迫るため、加害者に過去の殺人行為を再現する演技をしてもらうという、まさに前代未聞の試みをした。ドキュメンタリーは60以上の映画賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされ、全世界に虐殺の一部始終が公開されることとなった。さらに意義深いのは、この再現演技によって自らの犯した行為を図らずも客観的に観ることになり、加害者たちの心に徐々に変化が起きたことだ。それにしても巧妙な殺人システム、取り込まれていく人間の恐ろしさに戦慄する…。

5年前のTIFFで特集が組まれたメキシコのカルロス・レイガダス監督。カンヌの常連でありながら、この2012年の最新作で日本の劇場デビューとなる。闇と光を巧みに操った映像は中央にフォーカスが合い、周辺はふんわりとぼやけて、にじんだように溶け合うテクスチャーが独特だ。ストーリーは要約不可能にして不穏で呪術的、スピリチュアルな空気が満載。直感と衝動に突き動かされて誕生した怪作に目は釘付け、観たあと摩訶不思議な高揚感に包まれる。カンヌでの会見で「観客の知性をリスペクトしている」と語った監督。レイガダス作品を未見というREALTOKYO読者はぜひ本作で体験して！

アマゾンの密林で黒人の中年男として老婆から生まれたマクナイーマ。闇夜のタバコを吸って王子様に変身、さらに魔法の泉の水で美しい白人男に生まれ変わった彼は、兄たちと旅に出る……。ブラジルのジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督が手がけた1969年の珍品が、デジタルリマスター版で蘇った。不吉な名を持つ主人公の、マジカルでファンタスティックなロードムービー。フェイジョアーダ（豆料理）のプールにダイブしたり、美しい人食い人魚と遊んだり、呪術的で土着的な熱気、カラフルな衣装、独特のラテンビートの音楽と共に、極彩色のキテレツな夢に浸ろう。インディオに伝わるおとぎ話を紡いだマリオ・デ・アンドラーデの原作もぜひ。

ポルトガルの俊英ミゲル・ゴメス監督が描く禁断の恋物語は、監督が親族から聞いたという話が元になっている。ピラール（テレーザ・マドルーガ）が孤独な老婦人アウロラ（ラウラ・ソヴェラル）から昔の恋人べントゥーラの話を聞かされる前半と、50年前の旧ポルトガル植民地、アフリカタブー山麓でのアウロラとベントゥーラの若き日々を回想する後半の２部構成。16ミリと35ミリ、モノクロとカラーの巧みな使い分け、サイレントや即興演出を駆使し、"時間の流れ、消えていったもの、記憶、幻想、亡霊"という物質化できない対象物を強烈に胸に刻みつける。ザ・ロネッツの曲に胸が騒ぎ、狂おしい恋に身悶えする…？

1970年代、アメリカであった実話を元にトラヴィス・ファイン監督が描く心優しい３人の愛の物語。母親に育児放棄された少年マルコを保護したダンサーのルディと、ゲイを隠して生きている弁護士のポールが恋に落ち、ふたりは障がいを持つマルコを育てる決意をする。しかし差別や偏見がまだ強い時代、ゲイカップルが養子縁組することの困難と試練が立ちはだかる…。トニー賞受賞俳優アラン・カミングが歌う名曲"I Shall Be Released" 、ギャレット・ディラハントの好演、さらにマルコ役、アイザック・レイヴァの純粋で美しい笑顔にやられる。切ないラブストーリーと養子縁組の問題、現実は厳しく心痛むがカミングの歌と魅力が温かく包み込み、胸に迫る。

婚約者と共に、和歌山にある彼の実家を訪れた真知子。ママ、カカ、ハハと呼ばれる3人の母親、それぞれ問題を抱える同い年の子供たち、そして全員のチチという家族構成に戸惑うが……。美しい棚田が広がる山間の村を舞台に、黒川芽以が演じる主人公が特殊な大家族に異物として入り込み、翻弄されつつ変化していく姿を描く。みかんの名産地、有田川でロケ撮影が行われ、地域のボランティアが製作に参加。クラウドファンディングで目標の3倍以上の額を達成し、地元のバックアップを得て戸田彬弘監督が作り上げた。個性的な家族の面々を演じたキャストと風光明媚なロケーションが魅力的。

女子高生アデルは、道ですれ違った美大生エマにひと目惚れ。その後再会し、みるみる彼女にのめり込むが、愛に満ちた日々を経て、やがて別れが訪れる……。ジュリー・マロ原作のコミックをベースに、チュニジア生まれのアブデラティフ・ケシシュ監督が映画化。昨年のカンヌで、監督＆主演女優ふたりにパルムドールがもたらされるという史上初の快挙を成し遂げた。女性同士の恋愛物語だが、それがことさら強調されるような描き方ではない。誰かを猛烈に愛し、そして痛手を負った経験がある人ならグッとくるはず。ふたりが愛を交わすシーンは、豊満な肉体から迸るエネルギーに圧倒され、官能的な美しさに息を呑む。

脳腫瘍が見つかった母（原田美枝子）に下された「余命１週間」の宣告、オロオロするばかりの父（長塚京三）と、育ちっぱなしだった息子ふたりは若菜家の危機に直面する。母親がこれまでひとり背負ってきた心配の重さ、さらにすでに崩れていた家族の現実も露呈し…。妻夫木聡と池松壮亮が実にリアルな兄弟を好演。妻夫木はマジメな長男の悲哀を、池松は絶妙な距離感で家族のなかでの次男の立ち位置を表現し、カンの鋭さが光る。快進撃を続ける石井裕也監督がストレートに描く「家族」とは…。早見和真の原作小説を「僕自身の話だ」と思って撮ったと石井は語る。しかし、"若菜家"はタイトルの文字通り、まさに観客自身の"家族"のことなのかもしれない。

ケネディ大統領暗殺事件現場周辺の仔細な事実がドラマチックに開示され、時事ネタとしても興味深い。ジャーナリスト出身のランデズマンが初監督。製作のトム・ハンクスから渡された著書"4days in November"を元に脚本を書き起こし、さらに４年間の取材成果も詰め込まれている。事件当日から４日間、フォーカスするのは、大統領が救急搬送された病院の担当医や救命スタッフ、シークレットサービス、FBI、容疑者オズワルドの家族、そしてその瞬間を撮影して"しまった"８ミリカメラ愛好家。実力派俳優が顔を揃え、歴史的大事件に偶然巻き込まれ、振り回された一般市民や大統領側近たちのカオスぶりがリアル！　派手さ控えめ、ジャーナリスティックな視線がいい。

炭坑の仕事を辞めフラフラしていた達夫と、バラックに住む刑務所帰りの拓児、ふたりの出逢いは、拓児の姉、千夏をたぐり寄せる。寝たきりの父が待つ家を支える千夏は身体を売り、また腐れ縁の中島（高橋和也）とも不倫していた。しかし達夫に惹かれ、愛し合い、幸せを感じたのも束の間、運命の糸がもつれていく…。『海炭市叙景』に続き２作目の映画化となる、函館出身の作家、佐藤泰志の小説。呉美保監督が柔らかくもヒリヒリと描く世界で、綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉が存分に生き、生身でぶつかり合う。とりわけ綾野はこれまでにない存在感を魅せ、爪痕を残す。佐藤が残した渾身の小説の陰影、行間の美しさが鮮やかに映し出されている。

ヨーロッパ東端、ズブロフカ共和国のさびれたホテルに滞在中の作家が、オーナーのゼロから聞いたお話。彼がベルボーイとして働き始めた1932年、ホテルは栄華を極めていたが、"伝説のコンシェルジュ"グスタヴとゼロは殺人事件に巻き込まれて……。ウェス・アンダーソン監督の最新作は、現代、60年代、30年代と時代ごとにスクリーンサイズを変えて差異を際立たせるなど、目を楽しませてくれる仕掛け満載のダイナミックなドラマ。老婆役のティルダ・スウィントンほか、エイドリアン・ブロディ、マチュー・アマルリック、おなじみビル・マーレイら脇役陣も超豪華、軽快にリズムを刻むユニークな音楽に誘われ、めくるめくマジカルな世界へ。

オペラ歌手になることを夢見る少年ポールは、内気でぽっちゃりしたいじめられっ子。大人になり、コンテストで優勝した彼は、パヴァロッティの前で歌う機会を得るが……。冴えない風貌、病気と交通事故、これが最後のチャンスとしてTV番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に登場し、携帯ショップ店員から一気にスターダムを駆け上がったポール・ポッツ。ドラマチックな彼の半生を、『プラダを着た悪魔』のデヴィッド・フランケル監督が映画化した。楽曲の吹き替えをポッツ本人が手掛けているだけあり、聴き応え十分。あきらめず、やり続けることが夢実現への唯一の道。そんな王道すぎるメッセージがシンプルに響く。

毎年瑞々しく刺激的な才能を送り出す東京藝術大学大学院映像研究科のオムニバス企画。今年は気鋭の漫画家ふみふみこ原作のファンタジックな３話に挑む。桝井大地監督の『いばらのばら』は特異体質に生まれついた女子高生たちの切ない関係をスウィートに、五十嵐耕平監督『豆腐の家』は外の世界と隔離されたような白い家で起こる不思議な話をミステリアスに、一見正隆監督『恋につきもの』は、死後も恋人が気になる幽霊の愛をコケティッシュに描く。現代の若者たちが生きる社会の隅々に光を当て、イマジネーション豊かに自由に映画の可能性にチャレンジする才能の原石たち、今年もお見逃しなく。

西海岸の空港に降り立ったジャスミン。見るからにセレブ妻だが、実は転落して一文無し。安定剤と酒で気を紛らわしつつ、妹宅に身を寄せてどん底からの再生を試みるが……。ケイト・ブランシェットに初のアカデミー賞主演女優賞をもたらした、ウディ・アレン監督の新作。ストーリーやキャラ設定が『欲望という名の列車』に似ているが、ブランシェットは『欲望～』のブランチを舞台で演じた経験ありだとか。ブランチが白ならジャスミンはブルー。美しき虚栄の陰に隠された憂鬱がずっしり重く、ひたすら痛々しい。積み重ねた嘘と妄想が崩壊し、化粧もはがれてボロボロな素顔をカメラは映し出す。その容赦ないラストカットは必見。

チャットをきっかけにネットで嫌がらせを受けた少年。息子のために立ち上がり奔走する父親は、息子のことを何も知らなかったことに愕然とする…。またはチャットで個人情報を盗まれ、口座から預金を盗まれてしまう夫婦、さらにチャットによって違法ポルノのスクープを入手したテレビレポーターが巻き込まれる事件。いまや日常茶飯事になったSNSやチャットから起こる事件と、そこに絡み合う人間模様も丁寧に描かれる。トリュフォーを敬愛するヘンリー・アレックス・ルビン監督はドキュメンタリーで鍛えた演出が冴え、こだわりのリアルな映像がスリリング。なんとデザイナーのマーク・ジェイコブスが"らしくない"衣装で出演しているのも必見！

無味乾燥な新しい土地で仕事についた梶くん（水澤紳吾）は、同じく友達のいなさそうな病気持ちの先輩田中くん（宇野祥平）と、同じ日に面接を受けた岡田（淵上泰史）と名乗る謎の同僚に出会う。トモダチとは何だろう。イケメソ（ン）とブサイクの違いは何だろう。ブサイクは生きていてはいけないのだろうか。女の子とつきあってはいけないのだろうか。心に愛が芽生えた梶を待っていた運命とは…？　デビュー以来、作品の様相を自在に変化させつつ、社会に疑問を投げ続ける大森立嗣監督。新作は秋葉原連続殺傷事件がモチーフの完全創作。「梶に人を殺させていいのか」と悩んだという。映像とジャムセッションしているかのような大友良英の音楽も最高！

物憂げなサム・シェパードの横顔、そこにエリック・クラプトンが流れる。渋い冒頭シーンにシビレながら始まるのは、予想外に展開する家族劇。父が失踪し、持病のために薬漬けの母の元へ、三姉妹やそのパートナー、娘、叔父叔母、総勢９人が集結、ワケあり家族の秘密が次々と暴露されていく。毒舌家の母（メリル・ストリープ）とマジメ過ぎる長女（ジュリア・ロバーツ）は激しくバトルし、次女は秘密の恋をし、三女は奇妙な婚約者を連れ…。トレイシー・レッツ原作、トニー賞とピューリッツアー賞、W受賞のブロードウェイ舞台の醍醐味が炸裂する。結末はなんともアメリカ的だが、世界共通の現代の家族の形とも言えるのかも。

自由のために闘い続け、ノーベル平和賞を受賞したポーランド「連帯」初代委員長レフ・ワレサ。「ワレサを描けるのは自分しかいない」と、自らも深い関わりを持つ88歳のアンジェイ・ワイダが監督した。"英雄"としてより、気高く、家族思いで、ユーモアがあり、時に弱く、時に傲慢な、人間ワレサの姿を描き出す。80年代、「連帯」設立から勝利するまでの闘争、逮捕、戒厳令下の拘束、そして解放。そんな激動の人生を支えた妻ダスダの存在は大きい。レフをルックスもそっくりなロベルト・ヴィェンツキェヴィチ、ダスダには『ソハの地下道』に引き続きアグニェシュカ・グロホフスカが好演している。"自由"のために闘う勇気、ワイダは特に若者に向けて届けたいと。

ラルフ・ステッドマンのアトリエをジョニー・デップが訪ねる。ダヴィンチやベーコンに強い影響を受けた作風、「ユーモアを持てば過激な表現も許される」をモットーに風刺マンガを描いてきたアーティストの制作現場だ。『ラスベガスをやっつけろ！』の著者で、型破りなジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンとの出会いはまさ人生の分岐点だった…。CMやPVのクリエイターでもあるチャーリー・ポールが監督、技術を駆使したステッドマン漫画のアニメーション化やクールな音楽使い、デップのインタビューぶりも魅力的。「世界を変えたい！」と孤独に闘い続けるアーティストの美学の核心にじわり接近していく。

1969年12月12日、ミラノのフォンターナ広場で銀行の爆破事件が発生。100人超の死傷者を出す惨事となり、警察は次々に容疑者を逮捕する。リーダー格の鉄道員ピネッリが取り調べ中に転落死を遂げて……。44年前の未解決事件をモチーフに重厚なサスペンスドラマを作り上げたのは、『輝ける青春』のマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督。自身の青春時代に事件を目撃し、いつか映画にして真相究明したいと思っていたという。公権力により闇に葬られたと思われる事件はどこの国にもあるだろう。しかし、それについて自由に語れる国は限られている。この先の日本では、こんな映画を作ることは可能なのだろうか。

1841年、妻子と幸せに暮らしていた黒人バイオリニストに起きた実話を元に、注目のイギリス人監督スティーヴ・マックイーンが描くアメリカ奴隷制度。その真実と、人間の不屈の精神、自由の意味に迫る。生まれながらに自由を保証された"自由黒人"ソロモンが、突然家族から引き離され、奴隷として隔絶された世界に閉じ込められた12年間…。主演キウェルテル・イジョフォー、ルピタ・ニョンゴ、マイケル・ファスべンダー、ポール・ダノが圧巻、善も悪も含め、それぞれの内面を深く掘り下げ演じきる。残酷なシーンに震え上がった後、製作も務めるブラッド・ピットのクールな登場に救われる（ちょっとカッコ良過ぎ？）ともあれ、納得のオスカー３部門受賞である。

夫に先立たれた未亡人マルガレーテ。母を案じた娘マリーの家に呼び寄せられるが、老人ホームを勧められ、念願だったバチカンへ単身で旅立つ。どうしてもローマ法王に会って懺悔したい秘密の罪があったのだ……。不朽の名作『バクダッド・カフェ』の日本公開から25年、あの"ふとっちょおばさん"といえば思い浮かぶでしょう。マリアンネ・ゼーゲブレヒト主演、イタリアの名優ジャンカルロ・ジャンニーニ共演のラブコメディ。2人がベスパにまたがり街を駆け抜ける姿は、さながら高齢者版『ローマの休日』!?　おばあちゃんになっても、ますます元気いっぱい。チャーミングなマリアンネからエネルギーをもらおう。