ソウルで生まれ、パリで写真を学び、東京で暮らす写真家ミーヨン。文筆家でもある彼女には、日本語で綴ったエッセイ、小説、詩集などの著作があり、テキストとの組み合わせで写真が掲載されているものもあるが、写真集は意外にもこれが初めて。表紙は布張りで、手に取るとずっしり重い。厚みのある紙に印刷されたモノクローム写真は、粗い粒子と深い陰影が印象的で、ざらりとしたテクスチャーが際立つ。光の中で風景と人物がにじんで溶け合い、ミーヨンの「見ている私」を追体験して被写体への愛おしさが込み上げる。と同時に、そこはかとない寂寥感も押し寄せ、１枚１枚に付随する物語が去来する。

DNA、ラウンジ・リザーズ、アンビシャス・ラヴァーズ......それら幾多のユニット活動に並行してのソロアクト。80〜90年代にはデヴィッド・バーンやマーク・リボー、ジョン・ゾーンらとも盛んにセッションを重ね、同時に現在拠点とするブラジルでも、カエターノ・ヴェローゾやマリーザ・モンチらと活動を展開。さらに、坂本龍一やCORNELIUS、UA、大友良英、菊地成孔など、数多くの日本人ミュージシャンとのオーバージャンルなコラボレーションしてきたアート・リンゼイ。こうして書いていても、その活動範囲があまりにも多岐にわたるため、アートは意外と「像を結びにくい」アーティストなのかもしれない。そんな彼の「像を結ぶ」ための３枚組CD+DVDがついに発売される！　Panderosa Music & Art. から5月にリリースされた2枚組ソロベストアルバム『Encyclopedia of Arto Lindsay』をもとにした２枚組CDに、さらにボーナス・ディスクとしてCD1枚とDVD1枚をコンパイルした、日本限定発売の、その名も『アート・リンゼイ百科事典』。1枚目には1996年から 2004年に発表された6枚のソロアルバムから自らセレクトした楽曲、2枚目には2011年と2012年に行われたライブ音源、3枚目にはボーナストラック3曲、そして2014年4月にニューヨーク・ブルックリンで行われた、新編成での初ライブのDVDという充実した内容。今年10月に、バンドでの久々の来日公演も決定したアート・リンゼイ・ファン必聴のマスト・アイテムだ！

俳優ジョセフ・ゴードン＝レヴィットが実現に４年をかけた初長編監督作品。マッチョなモテ男ドン・ジョンを自身が演じる。クラブで女性をナンパし次々モノにするドン・ファンぶり、しかし実のところはネットポルノにハマる妄想男、先進メディアに囚われる哀しい現代人の性も描かれる。そんなジョンが恋に落ちたゴージャスなバーバラ（スカーレット・ヨハンソン）は"王子様"を追いかける（ある意味）乙女、ジョンの法則にはまらない。一方で、ナンパとは無関係に出会った風変わりなエスター（ジュリアン・ムーア）はポルノ中毒のジョンも受け入れ…。刺激的なR指定コメディだが、リアルよりもバーチャルに惹かれる若者の真意に迫る洞察は鋭い。

母と弟、義父と一緒にバカンスを楽しむイザベル。ひと夏の恋を経験し、夜の海辺で初めて恋人と抱き合う彼女は、数日後に17歳の誕生日を迎えた。秋になり、パリに戻ったイザベルは、見知らぬ男たちとホテルで密会を繰り返すが……。フランソワ・オゾン監督の新作は、少女が自身のセクシュアリティを発見していく途上の物語。イザベルは自分が何者かまだわからず、その不確かな存在を他人の体で確かめるかのように惜しげもなく男たちに体を売る。しかし、その理由は誰にもわからない。監督に見出されたモデル出身のマリーヌ・ヴァクトが、言葉も表情も控えめに謎めいた少女を熱演。ラストカットで見せた強い眼差しが印象的だ。

麻薬密売で服役して出所したアランは、行き場がなく、老いた母の家に身を寄せる。長年のわだかまりが積もり、折り合いがよくない母は、脳腫瘍に冒され死期が迫っていた。ある日、引き出しの中に「尊厳死の表明」を記した書類を見つけた彼は……。終活ブームの日本に、究極の臨終の一例を見せつつ、家族の愛情を描いた映画が届いた。監督は『愛されるために、ここにいる』のステファヌ・ブリゼ。生は、死は、いったい誰のものなのか。家族は本人の選択を尊重すべきなのか。観る人によって、母の選択については是非が分かれるところだろう。横顔に憂いがにじみ出ている老母を演じたエレーヌ・ヴァンサンが美しい。

カール・ラガーフェルドが"デパート文化の最高峰"と讃える場所、世界にニューヨーク五番街の１店舗しかないオンリーワン、創業112年の歴史。そんな神聖かつアートに満ちたバーグドルフの舞台裏に密着する。ブランドを選ぶ名物バイヤーのスゴ腕、セレブ担当のパーソナルショッパーのおもてなし術、さらに誰をも虜にするウィンドウディスプレイを作るクリエイティブデザイナーの妙技、世界最高峰を作り上げるプロ中のプロの仕事ぶりにゾクゾクする。デパート苦境の今日、同業者ならずとも興味津々。やはりウィンドウに惚れ込んだたマシュー・ミーレ監督が撮るセクシーかつエレガントな世界、劇場を出たらきっと顔が華やいでいるに違いない。

アニオタの麦子（堀北真希）は、パチンコ店でバイトをしている頼りない兄（松田龍平）とふたり暮らし。そこへ突然、自分たちを捨てて出て行った母親（余貴美子）が転がりこむが、まもなく他界してしまう。麦子が納骨のために母の故郷へ行くと、じろじろと不気味な視線に囲まれ…。堀北も松田もいい具合に脱力しつつ、脇では麻生祐未、温水洋一の奮闘ぶりも楽しい。エンディングの楽曲「赤いスイトピー」無しには映画は成立しなかったと吉田恵輔監督が言うくらい、松田聖子の歌声（オリジナルバージョン）がじわじわ胸を締めつける。ポップなテイストだが、泥くさいほどどっぷりと母娘の関係を見つめている。

インド洋の楽園モルディブ。2008年に独裁政権から民主化を勝ち取り、41歳で大統領に就任した元活動家のモハメド・ナシードは、温暖化による水没危機に取り組んでいる。「命を守るための闘い」と各国に働きかけ、キャンペーンビデオに出演、オバマ、サルコジ、温家宝ら各国の首脳が集う国際会議でスピーチ。そして、中国、インド、アメリカが二酸化炭素輩出削減に合意というドラマチックな瞬間が訪れる。小国の小柄な大統領がヘトヘトになるまで東奔西走、その奮闘ぶりを追うが、残念ながらクーデターで辞任。「安定した民主主義がなければ環境問題に取り組むのは困難だ」という言葉に無念が伝わる。

イスラエル領内パレスチナ人地区。ヒップホップ・グループDAMは、彼らが置かれた境遇について歌い、ストリートからメッセージを発信する。差別や貧困、そして占領で生じた、あらゆる壁を乗り越えようと彼らが放つ音楽は、自由を希求する若者たちの内なる声を代弁し、アラブ人へのステロタイプなイメージを塗り替える。DAMの楽曲「Who is the Terrorist?」に感銘を受けたというジャッキー・リーム・サッローム監督は、NYを拠点に活動するアラブ系アメリカ人。父がシリア、母がパレスチナ出身という彼女は、イスラエルの入国にも困難が伴ったという。このところのガザ地区の情勢を知るにつけ、もはや私たちも傍観者として観ていられない。

「100万ドル当選しました！」よくあるインチキ手紙を握りしめ、賞金を受け取りに行くと言い張る父ウディ（ブルース・ダーン）に困る母（ジューン・スキッブ）。見かねた息子デイビッド（ウィル・フォーテ）は、父を連れ、ネブラスカまで"賞金旅行"に車で出かけることに…。ヒッチコック映画などの悪役などで知られるダーンにとって新鮮な父親役だが、74歳にしてカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞、チャーミングな演技で"老い"を魅せる。さらに複雑な息子の心境を絶妙なリズムで演じるコメディアンのフォーテ、毒舌だが可愛らしい母役スキッブら演技派を揃え、荒涼とした風景をバックにアレクサンダー・ペイン監督がモノクロで描く人間模様。なんとも心が温かくなる。

"出会った女性を次々にトリコにしていくモテ男"は魅惑の存在。束縛しない、されない。ヒトデナシなのに放っておけない。母性本能をくすぐり、女性はふんわりシアワセな気持ちになる。だけど持続しない。なんだろう、ユキヒコに漂う、このなんとも言えない浮遊感は…？　歴代彼女役の尾野真千子、成海璃子、木村文乃、本田翼、麻生久美子、阿川佐和子は、ますます脂が乗ってる竹野内豊と、悔しいくらいのイチャイチャぶりを魅せてくれる。長回しあり、アドリブあり、現場の空気感を大切に撮る井口奈己が監督し、井口作品には欠かせない鈴木明彦がカメラを回す。原作は川上弘美の同名小説。気をつけよう、うまい話とニシノユキヒコ。

1818年、ロンドン郊外のハムステッド村。針仕事が得意で、自ら手がけたドレスで装って出かけることが大好きなファニーは、隣家に間借りすることになった若き貧乏詩人ジョン・キーツに出会う。２人の恋は静かに燃え上がり、キーツは次々に作品を発表していくが……。初めて人を愛することを知った、２人の交感がなんともフレッシュで初々しい。イギリス特有の風光明媚なランドスケープ、布を通した柔らかな陽光や木漏れ日、ファニーお手製のデコラティブなコスチュームなど、ジェーン・カンピオン監督らしい美的なカットの数々が目を楽しませてくれる。

認知症の母と映画監督の娘の毎日をユーモラスに描く痛快ドキュメンタリー『毎アル』シリーズの第２弾。29年間暮らしたオーストラリアを離れ、母の介護に奮闘する関口祐加監督。独特の楽しい語り口で、家族を温かく鋭く見つめつつ、人生初遭遇の"アルツハイマー"という病気の正体を追いかけ、英国ノーリッチへ。英国高齢者サービスの国家基準となっている「パーソナル・センタード・ケア（P.C.C）」とは何？　人柄や人生などを含め、その人自身を尊重する新しいケアの考え方なのだと…。関口が体当たりで紹介する最新医療は、いままさに認知症と向き合う人や将来漠然とした不安を抱く予備軍世代にも、きっと明るいヒントになるはず。

池澤夏樹個人編集の「日本文学全集」の刊行がこの11月から始まる！　前回「世界文学全集」でもそのラインナップに存分に楽しませてもらったが、今回はそれ以上と言ってもいいほどの充実ぶり。ざっと眺めてみても川上弘美新訳の『伊勢物語』、堀江敏幸新訳の『土佐日記』、いとうせいこう新訳の『曽根崎心中』、さらに『女殺油地獄』なんか桜庭一樹！　が担当してる。岡田利規の『能・狂言』なんてものまである。中世・近世の充実ぶりに比べて明治期以降はちょっと物足りない気がしないでもないが、川上未映子新訳による『たけくらべ』などはもう今からゾクゾクするし、南方熊楠や宮本常一など民俗学ものがラインナップされてるのもうれしい。しかし、よくもこれだけ各々の古典に見事に世界観がマッチした、人気作家陣を訳者として起用できたものである。気鋭の作家たちが往昔の名著をどう現代に甦らせるのか、この挑戦の軌跡を追うのも読み進める歓びのひとつとなるだろう。後世に残る名訳を期待して、しばらくは毎月の刊行が待ち遠しくて仕方なくなりそうだ。

「ごくありふれた普通の人たちの『スケベ心』を描いた作品です。『エロ』でも『グロ』でもありません」と、三浦大輔監督がツイッターに書かれていましたが、したくてしたくて、しょうがない人が、その目的で、集まった。お互いが合意だったら、性欲と愛情を別にしたっていいじゃない?! 　割り切った乱交パーティーのはずなのに、女同士のけん制、ダメージの与え合い、その場のヒエラルキー構築、身体が触れ合ったら、湧いてしまう感情。そんな人間くささがむんむんと繰り広げられますが、会場となっているマンションの一室もオシャレ、映画『結び目』で私を虜にした早坂伸さまのカメラが、セックスからムダ話まで、ガラスのような輝きで映しだすので、まるで「月９」を見ているよう！　そこで起こっている愚かしさ、愛らしさを楽しむのみならず、「私なら誰とヤるか」「恋人とはできないコトの補完」を重ねてちょっぴり脳内冒険するもよし、こういうときの人間模様を観察する好奇心を満たすもよし、男優、女優の身体を下世話に拝むもよし。ちなみに三浦監督は「この映画がきっかけで、少しでも乱交パーティーが流行ってくれたら嬉しい」と取材で言うようにしているそうです（ツイッターより）。この映画のあと、どう行動するかはさておき、疑似体験として心の準備をするも、他人事として彼らのさまざまな状況を笑っちゃうのも自由です。とにもかくにも映画館の扉を開いて、その世界、のぞいてみよう！

1945年、敗戦後のドイツ。ナチ幹部の父と母が拘束され、残された14歳の長女ローレは弟妹を伴い、赤ん坊を抱えて、900km離れた祖母の家を目指す……。原作はレイチェル・シーファー著のベストセラー小説『暗闇のなかで』。ドイツ系ユダヤ人の夫を持つオーストラリアのケイト・ショートランド監督が、全編ドイツ語で作り上げた。ごく自然に「ハイルヒトラー」と挨拶し、正統なナチ教育を受けてきたローレは、拠り所としてきたすべてを失い、おぞましい真実を目の当たりにして苦しみながらも力強くサバイブしていく。多感な少女の繊細に揺れ動く心のひだを、丁寧に掬い取った監督の力量にうなる。

中島京子の小説が原作の、山田洋次監督82本目にして冒険的な新作。モダンな家の赤い屋根の下に隠されたある"秘密"を描く。健史（妻夫木聡）が祖母タキ（倍賞千恵子）の遺品を整理しているときに見つけた一冊のノート、そこにはタキが若い頃（黒木華）、女中奉公していた平凡な中流家庭で見た小さな事件のことが綴られていた。昭和初期の華やいだ時代から次第に戦争の影が濃くなり変わっていく日常、そのなかで、会社員の妻の時子（松たか子）と夫の後輩青年、板倉（吉岡秀隆）との間で密かに進行していく"想い"…。平成と昭和を交差させながら、切なくて優しい、心の奥の微妙な揺れを捉える、松の香り立つ色気とベテラン監督の初々しい感覚に胸が騒ぐ。

映画『メリー・ポピンズ』の誕生には秘話があった。イギリスに住むオーストラリア人、原作者トラヴァースは気難し屋、脚本や演出に難癖をつけ、映画化を渋っていた。諦めきれないウォルト・ディズニーがロンドンの小さなトラヴァース家を訪ねるシーンがラブリー。トラヴァースが抱くトラウマ、ひとりの孤独な"女の子"の姿が浮び出る。トム・ハンクス、エマ・トンプソン、コリン・ファレルが好演、さらにポール・ジアマッティも甘いスパイスを効かせる。ディズニースタジオ全面協力の豊富な資料映像による説得力、子供の頃に胸踊らせた空飛ぶポピンズのモデルらしき人物も仄めかされ、驚きと納得と懐かしさで胸いっぱいになる。

高名な哲学者、そしてユダヤ系亡命者であるハンナ・アーレント。そのハンナが、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判レポートをザ・ニューヨーカー誌に掲載した。衝撃的なレポートの内容に、読者は困惑し、批判の眼差しを向ける。彼女の意図は、どこにあったのか。劇中では実際の裁判の映像が使用されるなど、数々の演出が当時の緊迫した雰囲気を静かに伝える。そして、ハンナの決意をきっかけに生じた友人との軋轢、結束……「家族は神から授かるが、友人は自分で選べる」と語るハンナ達による大人の友情映画でもある。思考とは？　勇気とは？　悪とは？　全編に渡ってちりばめられた金言。特にクライマックス、8分間におよぶスピーチは鳥肌もの。

1962年に36歳で夭逝してから半世紀。しかし、いまもなおハリウッド映画史上に燦然と煌めき、微笑み続ける永遠のアイコン、マリリン・モンロー。本作は、彼女が遺した私書をベースに、生前のインタビュー映像など多彩なフッテージを織り交ぜて、その実像に迫るドキュメンタリーだ。ユニークなのは、ユマ・サーマン、グレン・クローズ、リンジー･ローハンら10人の女優たちが交代でモンローを演じ、リアルな肉声を伝えていること。さらに、夫アーサー･ミラーや友人トルーマン･カポーティなど、彼女に関わった人々をエイドリアン・ブロディらが演じている。モンローの代表作を再び見直し、その孤独な魂に祈りを捧げよう。

引っ込み思案の中学１年生、克久（川崎航星）は、"うさぎ"に背中を押されるように吹奏楽部に入部、初めての楽器に取り組むことで日に日に逞しくなっていく。中沢けいの原作小説が提示する子ども世界の複雑さ、その場所で生きる喜びを活かし、鈴木卓爾は柔らかくあたたかく監督した。とりわけ不思議な世界と現実の融合には本領発揮、山田真歩うさぎは滑らかに日常に入り込む。ほとんど演技初経験の子どもたちと"花の木中吹奏楽部"を結成し、演奏会に向かって音楽を仕上げていくのは挑戦だったと鈴木は告白。川崎は天性の表現力で壊れやすくも芯のある息子を演じ、脇を支える宮崎将、井浦新、鈴木砂羽も新鮮な味を披露していて微笑ましい。

潔癖性で人付き合いを好まないヴァージルは、美術品の真贋を見極める天才的な眼を持った鑑定士にしてオークショニア。鑑定依頼の電話を受け、指定された屋敷を訪ねるが、依頼人は現れない。次第に彼はその依頼人に翻弄されて……。冷徹な初老の男が引きこもりの若い女に恋心を抱き、人間味のある人物になって人生を再スタートさせるお話かと思いきや、張り巡らされていた伏線がラスト10分でぱたぱたと回収され、すべてがひっくり返る。何が本物で、何が偽物なのか。名優ジェフリー・ラッシュが演じるヴァージルのように、観客も茫然自失になるはず。ジュゼッペ・トルナトーレ監督のミステリーの手腕に驚愕必至の傑作。

幼い頃に両親が離婚し、母と3人暮らしの葉月と呼春。長らく会っていない父が末期ガンだと母に知らされた姉妹は、「死にゆく父の顔を写真に撮る」ために出発するが……。若手クリエイター育成のための「SKIPシティDシネマプロジェクト」第3弾は、家族をテーマに自主映画を撮り続けてきた中野量太監督の長編デビュー作。それぞれが互いを思う心の機微がユーモアを交えて描かれ、温かなドラマに心が動かされる。娘たちを女手で育て上げたシングルマザーを渡辺真起子が演じ、アジア太平洋映画祭で最優秀助演女優賞受賞！　凛としたタフな母親はイメージぴったりで、脚本から参加していると聞いて納得。

犯罪組織ゴールド・ムーンに潜入して8年の警察官ジャソンは、同じ中国系韓国人でNo.２のチョン・チョンに弟分として可愛がられ、組織内に立場を確立。会長亡き後に勃発した後継者争いに便乗し、ジャソンの上司カンが作戦「新世界」で組織潰しを目論むが……。3人の名優たちのこってりした演技対決が見どころの韓国ノワール。イ・ジョンジェ演じるクールなジャソンと、ファン・ジョンミン演じる暑苦しいチョン・チョンのコントラストが鮮やかに描かれ、笑いあり、涙あり、アクションありと、飽きさせない。「新世界」を経て、文字通り新しき世界に踏み出すジャソンの、その後の物語も見てみたいと思った。

岩手県陸前高田に住む77歳のきこり、佐藤直志さん。津波で長男を亡くし、家は壊れてしまった。それでも頑として避難所に行かず、仮設住宅にも移らない。そんな夫に呆れる妻と、身体を気遣う嫁。７年前にがんを宣告され「もう時間がない」と、自分で伐採した木で家を建てることを決心。壊滅し意気消沈する地域で、毎日を元気に、自分を曲げず、そして優しく周囲を巻き込む姿、なんとも言えない愛らしい笑顔に引き込まれていく。「仕事をしないと人間ダメになってしまう」、つぶやく言葉一つひとつがジンと響く。池谷薫監督が惚れ込んだひとりの老人の「人間力」、なんと50回も通い詰め、ユーモアたっぷりに撮り尽くした。

自閉症と知的障害を持つ妹、そして母を約１年にわたって捉えたドキュメンタリー。立教大学映像身体学科の卒業制作として手掛けた赤﨑正和監督は、妹のことをどう説明していいかわからないからカメラを向け始めたが、ドキュメンタリー作家で指導教授の池谷薫からは、「普通の家族にしか見えない。差別しているのはお前だ」と言われたそう。お茶目でキュートな妹、あっけらかんと明るいお母さん、口論やとっくみあいも真正面から映し出されるが、父が他界している３人家族の日常は愛情にあふれ、優しい時間が流れる。卒業後、都内の知的障害者施設で働く監督の次作にも大いに期待。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナで貧しくとも幸せに暮らすロマの夫婦。３人目の子供を妊娠中の妻セナダが流産するが、保険証を持たない彼らは高額な手術費が工面できず……。実際の事件に忠実に、ダニス・タノヴィッチ監督が当事者夫婦に再現してもらって９日間で撮り上げたドキュドラマ。ほかのキャストも当事者で、金がないなら手術はできないと言った医師ら数名だけ別の人が演じている。差別や貧困、格差など、監督の想いが詰まった74分間は見応え十分。その後無事に生まれた子供が監督の名前をとり「ダニス」と名付けられたこと、夫ナジフがベルリンで銀熊賞を受賞したことはうれしいニュースだ。

篠原有司男81歳。篠原乃り子60歳。波瀾万丈の40年を共にしてきたふたりは、NY在住の美術家カップルだ。雨漏りする家の賃料が払えないというリアルな会話など、彼らの赤裸々な日常に迫ったのは、孫ほど若いアメリカ人のザッカリー・ハイザーリング監督。「私はアシスタントじゃない」「夫だからね」「情けないからよ」「凡才は天才を支えないと」、そんなやりとりの中に、自身も画家でありながら、夫のサポート役に甘んじる妻の辛酸がにじみ出る。なのに「たくさんの辛いことが私をつくった」だなんて…（涙）。心を揺さぶる清水靖晃の楽曲にも耳を澄まして。

アルモドバル作品のシリアス実力派スターたちがまったく別の顔で"搭乗"するブラックジョーク満載のコメディ。マドリッドからメキシコシティへ向かった旅客機にトラブル発生、空中旋回を続けることに。ところが機内は何やらおかしい。エコノミーの乗客は怪しいカクテルで眠り、ビジネスではオネエCAが踊る。あちこち不思議なラブが発生し、無事着陸できるのか…？　監督がリスペクトするコメディ映画へのオマージュ、社会風刺、マリスカルデザインの航空機、ビビッドな色合い、加えてハビエル・カマラのキュートなオネエっぷり、もうソー・エキサイテッド！　冒頭クルスとバンデラスのミニコント（？）に大事な鍵があるので見逃さないよう、シートベルトをしっかりしめて、いざ。

資産家たちがパーティーに明け暮れる1931年の上海。美貌の実業家ジユは恋人に振られた腹いせに、かつて恋仲だったイーファンに賭けを持ちかける。貞淑な未亡人フェンユーを落とせたら、再び彼のものになると……。もう何度も映画化されているコデルロス・ド・ラクロの小説に、切ない恋愛映画の名手ホ・ジノ監督が挑んだ。しかし舞台は韓国ではなく中国。キャストにはチャン・ツィイー、チャン・ドンゴン、セシリア・チャンという中韓トップスターが顔を揃え、中国語で孤独なプレイボーイを演じきったドンゴンが中年の色香ムンムンで新境地を見せる。ゴージャスな衣装や美術、チョ・ソンウの音楽にもうっとり。

セレブ豪邸へ次々と侵入し、ブランド服やジュエリーを"ショッピング感覚で"盗んでいた窃盗団ブリングリング（キラキラしたやつら）とはなんと10代の少年少女たち。SNS、リアリティ番組、ゴシップメディア、自己啓発本、そんな現代カルチャーに酔い、バーチャルとリアル、自分とセレブの境界がなくなり、盗むことに罪の意識が起きない…。雑誌記事「容疑者たちはルブタンを履いていた」に書かれた、LA郊外の高級住宅地で起きた実際の事件に興味を抱いたソフィア・コッポラ監督、クライシスを痛烈に示唆しつつ、そこに善悪の判断を下さない。パリス・ヒルトンの豪邸、ファッション、音楽、カメラワーク、エマ・ワトソン、どれもコッポラブランドのキラキラアイテムだ。