夫が服役中で不在の家庭。妻と幼い４人の子どもは毎日を懸命に生き、大事な人の帰りを待ち侘びる…。本当の４人兄妹をキャスティングし、刑期の５年と同じ年月をかけて撮影。マイケル・ウィンターボトム監督は日々の小さな出来事を愛おしむように積み上げる。次男役のショーン（４歳）が決まり、家を訪ねると３人の兄妹（８歳、６歳、３歳）がいてそのまま起用することになったのだと！　彼らの自宅や学校でロケをしているのだが、それにしても役者の父母を相手に"演技"していることに驚く。細やかな感情のうねり、夫婦の、男と女としての葛藤も嘘がなく、叙情詩のようなマイケル・ナイマンの音楽は憂鬱なイギリスの空に響く。

温暖化を阻止するために散布された化学薬品で、地球が氷河期に突入。生き残った人類は、雪と氷に覆われた地上を高速で走り続ける列車に乗り込むが、そこは完全なヒエラルキーに支配されていた……。原作のBD（フランスのコミック）に惚れ込み、映画化を熱望していたポン・ジュノ監督による近未来SF大作。クリス・エヴァンス、ティルダ・スウィントン、ジョン・ハートらに、『グエムル－漢江の怪物－』で父娘を演じたソン・ガンホとコ・アソンが加わったキャスティングが魅力的。閉塞的で単調な空間を、光と闇を駆使してドラマチックな映像に仕立て上げた、ホン・ギョンピョ撮影監督のマジカルなカメラワークにも感動。

「その時が来たら動く、少なくとも今じゃない」と、大学卒業しても就活せず、甲府の実家に戻って毎日だらだらしているタマ子、23歳。演じる前田敦子とは『苦役列車』に続いて２度目、さらに脚本の向井康介とは『松ヶ根乱射事件』から６年ぶりのタッグとなる山下敦弘が監督。秋冬編を芦澤明子、春夏編は池内義浩が、その季節の「ダラダラしたあっちゃん」をひたすら、1年かけて撮っている。実在する「甲府スポーツ店」も味があり、父（康すおん）との掛け合い、唯一の友達の中学生、仁（伊東清矢）とのズレた間合いも絶妙。タマ子の姿は「まるで自分」と言う感想も巷で聴こえてくるくらいに共感を呼ぶダラダラっぷりもいい。さてタマ子（あなた）はどうなる？

デトロイト在住のアダムは謎のミュージシャン。ある夜、タンジールに暮らす恋人イヴが飛行機を乗り継いでやってくる。ふたりは何世紀も血を吸って生き続ける吸血鬼だが、イヴの妹の出現で穏やかな時間が乱されて……。ジム・ジャームッシュ監督の4年ぶりの新作は、現代に生きるユウウツな吸血鬼のユーモアとウィットに満ちたロマンス。闇の中で行動する彼らの日常は、しんと静かで、なんともけだるく、ゆったりした空気が充満している。人間離れしたティルダ・スウィントンの気品が際立ち、トム・ヒドルストンと21歳も年齢差があるなんてびっくりの美しさ。ジョゼフ・ヴァン・ヴィセムの音楽がまた素晴らしい。

最愛の妻を交通事故で亡くしたロベルト（ヘルナン・メンドーサ）は娘アレハンドラ（テッサ・イア）とふたりの生活を始めたが、悲しみの底から抜け出すことができない。そんな父を気遣う娘は学校でのイジメを打ち明けず、問題は闇に潜り、陰湿さを極めていく。主演イアとクラスメートたち（イアの実際の友人たち）が作る緊迫感はおぞましいほどリアル。物事の真相に誰も関心を持とうとしない現実を、淡々と再現していくメキシコ新鋭マイケル・フランコ監督。驚きの結末、被害者と加害者の境界線が消え、父のあっぱれな決断に息を吞む。しかし解決はしない…。メキシコも日本と同様、そうとう闇が深いのだ。

同棲中のコウジとトモコの部屋に仲間たちが集う。コウジの友人にトモコの友人を紹介する名目のコンパだったが、現れたのは期待はずれの女。部屋コン終了後、居合わせた男5人女4人の関係が入り乱れて……。『モテキ』『まほろ駅前番外地』の大根仁監督が、山本政志監督率いる「シネマ☆インパクト」で、低予算＆4日間で撮った自主映画。原作と脚本は三浦大輔で、ポツドール作品では4部屋を同時進行で見せる演出がユニークだった。映画でも4部屋を舞台に、閉塞的でせま過ぎる、膠着した男女関係の駆け引きが描かれる。それがやけにリアルで、誰にも移入できないのにぐいぐいと引き付けられ、2時間超の長尺ながら飽きさせない。

17歳のユベール（グザヴィエ・ドラン）は、母シャンタル（アンヌ・ドルヴァル）の言動、振る舞い、すべてが気に障る。母は変わってしまった息子を嘆くが、自身も感情を抑えることができない。衝突は幾度となく繰り返され、ユベールは母を「殺した」。今秋公開の『わたしはロランス』が話題のドランが、19歳の時に監督・脚本などを務めた初の長編作。強烈な反抗心と愛情の狭間で揺れ動くふたりからは痛々しいほどの寂寞感とリアリティが漂い、しばし登場する幸せな映像は、真実か、夢見た過去か。劇中に登場するクリムト絵画が、まるでユベールの願望をあらわしてるかのよう。

マック赤坂。政見放送を初めて見たときの動揺、何とも言えない微妙な空気を忘れない。落ちるとわかっているのになぜ何度も立候補するのか…、恐らく全国民が「？」を抱いていたはず。それどころか存在を無視しようとしていたような気さえする。だけど、そこに何かが潜んでいると食いついた新鋭、藤岡利充監督。ほかにも羽柴秀吉、外山恒一など「泡沫候補」と呼ばれる選挙の常連に果敢に取材を挑み、彼らの謎の選挙活動と素顔を映し出す。すると、彼らの本音のみならず、日本の政治の歪みが浮かび上がる。なんという映画だろう！　でもそれは映画の魔法ではなく、これが日本の現実なのだ。目を開けなければ、という気持ちになる。

アメリカ片田舎のハイスクールに通う、これと言って目立つこともなく、冴えない16歳のチャーリー（ローガン・ラーマン）は、型破りで自由人のパトリック（エズラ・ミラー）とその義妹の愛らしいサム（エマ・ワトソン）と出逢い、少しずつ大人の階段をのぼり始める…。原作はスティーブン・チョボスキーの自伝的アメリカベストセラー小説、数多の映画化オファーを断り続け、満を持して原作者自ら脚色・監督、ジョン・マルコヴィッチも製作に参加する意欲作。演技力が冴えるラーマン、華のあるワトソン、ミラーのアンサンブルは好感触、80年代UKロックも手伝って心の奥底の古い痛みをツンと刺激する、ビビッドな青春映画の出来上がりだ。

19世紀印象派を代表する画家ルノワール。その晩年の姿が曾孫の原作をもとに映画化された。物語は、ひとりの美しい女性アンドレが、絵画モデルのためルノワールの邸宅を訪れる場面から始まる。ルノワールの病、美しい絵画、戦争、緑に囲まれたアトリエ、息子達の問題、アンドレの恋……。光と影が入れ替わりながら物語は展開していく。撮影は『花様年華』や『ノルウェイの森』などで知られるリー・ピンビン。「絵画は明るく、美しく元気を与えるものであるべきだ」と自分の絵画から徹底して黒色を排除したルノワールの絵画をそのまま映像にしたような、胸がつまるような幸福な色を放っている。

国際的に活躍する美術家にして中国当局と命がけで闘う活動家、艾未未を追ったドキュメンタリー。北京五輪を批判してマークされ、四川大地震で犠牲になった児童数を隠蔽したい政府に対抗し、現地調査に乗り出したことで監視の対象に。警察に暴行を受け、スタジオを壊され、ついに不当逮捕＆81日間の拘留……。こんなことがまかり通る中国ってとんでもない国だと思うが、特定秘密保護法案が成立しそうな日本だって危ないだろう。愛する母国を憂い、よりよくしたいと行動する人が危険分子とみなされるのは何処も同じ。だとしても、FUCK! と言い続けること。闘うことを止めたらおしまいだ。公権力に立ち向かい、批判精神とユーモアに満ちた作品を生み出し続ける彼がそう教えてくれる。

ビートルズの無名時代から解散2年後まで公式ファンクラブ業務を切り盛りしたフリーダ・ケリーのドキュメンタリー。当時彼女はわずか17歳。自分もファンだったからこそ会員の気持ちを理解し、あらゆる頼みごとにできるだけ応えていたという逸話は感動的だ。ビートルズは公式ファンクラブも第一級だったのだ（余談ながら、現在日本に『公式ファンクラブ』を名乗る団体があるが、実際はこの英国の公式ファンクラブが72年に閉鎖して以来、ビートルズには公式ファンクラブなど存在しない）。この映画から伝わる彼女のビートルズへの忠誠心は、人として大切なことは何かを呈示して観客の背筋を伸ばしてくれる。さすがイギリス、「秘書」「執事」といった職業の持つ歴史の重みが違うのだ。そんな彼女が初めて口を開いた理由は、初孫の存在だった。60年代、自分たちの発言力で社会がどんどん変わっていったベビー・ブーマー世代（＝ビートルズ世代）がこうして60代となり、「自分が輝いていたあの時期の思い出を振り返り、刻んでおきたい」という思いに一斉にかられている大きな潮流を感じる。大人になってからの10年がいかに早いかを知っている50代、40代の世代にとっても他人事ではない。そういう意味でも本作は普遍性を獲得している。日本にとって2013年はリンゴとポールが来日公演を行なった年であるばかりか、『ビートルズと私』『愛しのフリーダ』という名作ドキュメンタリーが続けて公開された年にもなった。このあたり試験にも出るので（笑）セットで憶えておきたい。

クリスマスシーズンのスコットランド。華やぐ街の片隅で日本人留学生が殺害され、刑事ブルースが捜査に乗り出す。同僚たちを無能よばわりする彼もまた酒と女とドラッグに溺れる"クズ（FILTH）"。トラウマがあり、幻視と妄想に苛まれ……。原作は『トレインスポッティング』のアーヴィン・ウェルシュ。公開中のダニー・ボイル監督『トランス』でも主演のジェームズ・マカヴォイが、いけ好かないイカれ刑事を過激に演じる。前半はブラックユーモア満載のコメディだが、物語が進むにつれてシリアス度が増し、ラストは衝撃的。取り扱い注意の作品なので、ひとりで観賞することをおすすめします。

在ドイツのトルコ移民のファティ・アキン監督が、祖父母の故郷のトルコ黒海沿岸チャンプルヌ村に起きている"ゴミ騒動"の一部始終を、５年に渡って撮影したドキュメンタリー。『そして、私たちは愛に帰る』（'07）のロケ地にもなった美しい村にゴミ処理施設建設計画があることを知りショックを受け、デモを組織したり、TVクルーを連れて来たり、村のために奮闘した。そのパーソナルな記録でもあり、引いては地球環境への警告でもある。村の写真家の協力も得て、決定的な瞬間を逃さず捉えている。ズサンな計画、責任逃れ、中央優先の論理、地元住民に起こる悲劇…。そのまま日本に起きているあの問題に重なる？　いや～まったく他人事じゃない！

1万5000人超の命と穏やかな日常を奪い去った東日本大震災。しかし、被災したのは人間だけじゃない。ペットの犬や猫、酪農家が育てていた家畜など、正確な数が把握できないながら無数の動物たちも命を落とし、家族を失った。09年に公開された『犬と猫と人間と』の監督・飯田基晴がプロデューサーを務め、宮城県出身の映像作家・宍戸大裕が監督を務めたドキュメンタリーには、被災地の動物たちと保護活動に奔走する人々が映し出される。非常時に動物のことなんてと思う人もいるかもしれないが、とりわけ放置され餓死した牛たちの姿を見るにつけ、人間がしでかしたことの重大さを感じずにいられない。

家を追い出され、愛する幼い息子と引き裂かれた今日子は、上京して男と暮らしている。一方、少年刑務所を出所した修一は、都内の町工場に住み込みで働き始める。そしてあの日、東京で地震に遭遇したふたりは、それぞれの思いを胸に故郷の南三陸町を訪ねる……。今日子と修一、ワケあって故郷を離れたふたりの物語が並行して進むが、3.11後の被災地でわずかに交錯するだけで、深く関わり合うことはない。日本映画界に欠かせない実力派、安藤サクラと柄本佑がそろって力量を存分に発揮し、どちらのパートも見応え十分。娘とその夫を主演に（さらに妻と長女もスタッフとして参加）こんな作品が撮れるなんて、奥田瑛二監督は幸せ者だ。

旧ソ連の貧しい村で、物乞いや盗みをしながら暮らす孤児の兄弟、6歳のペチャと10歳のヴァーシャ。同じ境遇の11歳の少年リャパに出会い、3人は国境を越えてポーランドへ向かうが……。『木洩れ日の家で』のドロタ・ケンジェジャフスカが監督と脚本を担当し、夫のアルトゥル・ラインハルトが製作と撮影を担当。よく考えれば悲惨な物語だが、軽快な音楽に乗せ、新天地を目指すやんちゃ坊主たちの大冒険がポジティブに描かれている。子供たちの、とりわけペチャを演じるオレグ・ルィバのナチュラルな演技に注目。揺らめく光を捉えた瑞々しい映像も魅惑的で、鮮やかなカメラワークにうっとり。

野心家の自動車ディーラー、アル（ラファエル・ペルソナーズ）は社長令嬢との結婚を目前に、高級車でひき逃げ事故を起こしてしまう。それを偶然目撃していたジュリエット（クロチルド・エム）は被害者のヴェラ（アルタ・ドブロシ）を助けたことから、モルドバ不法移民の複雑な事情に巻き込まれ、一方で加害者のアルとも複雑な仲に…。共同脚本も担うコルシニ監督、往年のフレンチノワール感を大事に、欧州の社会問題も果敢に絡ませたスリリングなストーリー展開で惹き付ける。危うく切ない影を漂わせる主演俳優は"アラン・ドロンの再来"との噂だけど、中盤に起こる意外なロマンスを納得させるだけの器量かどうか…、いずれにしても華のあるニューカマーに期待は高まる。

160年前に初演されたヴェルディのオペラは、時を超えて、シンプルなセット、シンプルな衣装で新しい生命を吹き込まれ、現代に息づく。舞台撮影経験が豊富なフィリップ・ベジア監督は、南仏で上演された「椿姫」（2011）のリハーサル密着ドキュメンタリーを制作。90時間分もの撮影フィルムから凝縮された中身は、ひとつの"オペラ"を作り上げていく綿密な過程、小柄な歌姫デセイがエネルギッシュに、全身全霊ヴィオレッタになっていく姿、気鋭の演出家、シヴァディエが愛嬌たっぷり、しかし鋭くオリジナリティを追求する演出を映す。満足感と共に生の舞台が観たい飢餓感も湧きつつ、ひとまず映画で予習して、ヴェルディ生誕200年を祝おう。

韓国女子卓球界のエース、ヒョン・ジョンファは今日も中国に勝てず、銀メダルに終わった。日本で開催される世界大会に向け、南北統一チームが結成されると知った彼女は、周りの反対を押し切って参加を決意。しかし、考え方の相違でチームは紛糾、北の好敵手リ・プニとの軋轢も強まり……。宿命のライバルの闘いあり、壁を超えた恋愛あり、笑いも涙もあり。スポーツ、そして南北分断の悲劇という感動必至のモチーフを巧みに使い、魅力的なキャストで作り上げた実話ベースのドラマ。統一チームの発案は、国際競技連盟会長だった荻村伊智朗氏によるもの。ドラマの舞台が日本の千葉であることにも注目したい。

3月1日のいわき市を皮切りに、5月5日まで全国ツアー中の蓮沼執太フィル。少し紹介が遅れたが、1月15日にリリースされた本アルバムは、蓮沼フィル・ファン待望のファースト・フル・アルバムだ。ともすれば音楽、そしてアートに対するインテレクチュアリティで勝負している感の強い蓮沼だが、このアルバム、そしてライブから感じ取れるのは、仲間の演奏家たちとまるで戯れるように音を"遊ぶ"少年のような蓮沼の姿勢だ。あまり聴いたことのない楽器編成によるユニークな音色もさることながら、フィルの奏でる演奏は意外にもグルーヴィーでダンサブルでもある。水彩の色鮮やかなジャケットも買い！

イタリアの浜辺にある古い小さな教会の取り壊しが決まり、老司祭（マイケル・ロンズデール）は悲嘆に暮れる。そんななか故郷を追われたアフリカ人が次々と教会に逃げ込み、教会堂の中にさながら小さな"段ボールの村"（原題）が出現する。その村にはイスラム原理主義のテロリスト、子ども、男、女が身を寄せ、さらに新しい命も誕生した。宗教を越えて、司祭はさまよう不法入国者たちを護ることに…。巨匠エルマンノ・オルミ監督がラスト作品を公言した後に作られた新作は、息子ファビオのカメラでシンプルな舞台劇のように撮られ、「他者との生存」というテーマを静かに熱く、様々な根源的な問いかけの中に未来の光を見つけ出そうとしている。

アドリア海を臨み、静かなラグーンが広がる港町キオッジャ。小さなオステリアに男たちが夜な夜な集い、中国からやってきたシュン・リーが拙いイタリア語で応対している。詩を愛する彼女と"詩人"と呼ばれる常連客ベーピが出会い、異邦人同士で親しくなるが……。社会学者でもあり、これまで移民をテーマに「参加型ドキュメンタリー」を手がけてきたアンドレア・セグレ監督による初の劇映画。ドキュメンタリストとして培われたセンスが大いに発揮され、決して声高ではないが、アイデンティティを剥奪された「移民」という存在に深い内面性を与えたかったという、彼の想いがしっかりと伝わる。

弱冠24歳にしてカンヌ国際映画祭の常連となったグザヴィエ・ドラン監督。その3作目が満を持して日本で公開となる。舞台はモントリオール。30歳の誕生日を迎えた国語教師のロランスが、恋人フレッドに「僕は女になりたい」と打ち明けることから、2人の葛藤の日々が始まる。ひとりの人間のありのままを、愛をもって受け入れる勇気と壮絶さが168分にわたって描かれ、エンドロールを迎えるころには10年に及ぶ2人の軌道を追体験したような濃密な感情に気づくだろう。ナン・ゴールディンやクリムトに影響を受けたというスタイリッシュで強度のある映像や音楽、そして老成した視点に、アンファンテリブルな監督の手腕を感じずにはいられない。

音も、酸素も、気圧もない、無重力空間とはどんな感触だろうか？　それを味わうには宇宙飛行士になるしかないが、この映画で91分間だけ体験できるかもしれない。襲いかかるスペースデブリ（宇宙塵）によって危機に陥るふたりの宇宙飛行士をサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーが絶妙な掛け合いで演じ、過酷な宇宙に親近感を湧かせる。NASAの情報提供や宇宙飛行士のアドバイス、革新的な技術を駆使し、４年半かけて制作された驚異的な宇宙のリアル。３D効果も抜群で、優れた没入感を体感できる。とりわけ音響が秀逸で、音が消えた瞬間、身体は宇宙空間に浮かんでいる。孤独と闘うことの意味を問う究極のロードムービー、恐るべしアルフォンソ・キュアロン監督。

エリート街道をひた走ってきた野々宮良多。ある日、小学校入学を控えた息子が出生時に取り違えられたことが発覚する。実子との「交換」に向け、群馬の電気屋家族と交流を始めるが……。親子をつなぐものは血か、それとも時間によって培われた情か。昭和40年代に頻発していたという「取り違え」がモチーフ。良多自身の家族のエピソードなどを織り交ぜ、変化していくクールな父親を軸に、翻弄されて気持ちが引き裂かれる家族のジレンマを是枝裕和監督が丁寧に描く。対照的な父親役の福山雅治とリリー・フランキーがそろって好演。親子とは、家族とは、子供が人として成長する過程に必要なものとは？　改めて考えさせられる。

実話がベースのオーストリア・ハンガリー帝国皇太子と男爵令嬢マリーとの悲恋小説「うたかたの恋」が原作。アメリカの人気テレビシリーズ「プロデューサーズ・ショーケース」の企画で製作され、1957年に１日限りの放映後、劇場公開もビデオ化もされず眠っていたキネコフィルム。ようやく最新デジタル技術によってモノクロ復元されたが、こんな贅沢なドラマが生放送されたとは驚くしかない！　破格の製作費を費やした作品を監督したのは名匠アナトール・リトヴァク。長い年月を経て初公開された華麗なオードリーの見事な演技にうっとり。新婚２年目の夫メル・ファーラーとの共演や、贅沢なセット、豪華な衣装も見どころ。オードリーファンならずとも見逃せない。

高校教師ジェルマン（ファブリス・ルキーニ）は、生徒クロード（エルンスト・ウンハウワー）の作文の才能に目を留め、個人指導を始め、いや、指導というよりも、「続く…」と締められる作文の続きが読みたくて、妻と共に夢中になる。怪しい魅力を放つ孤独な美少年クロードは、数学を教えるからと凡庸な友人の家に入り込み、中流家庭内部を観察記録のように書き綴る。その記録はどこまでフィクションで、どこから現実なのか、境界線が消失していく…ように見えるのはフランソワ・オゾンの巧みな仕掛け。クロードの目的は何…？　原作の戯曲を再構築したサスペンスたっぷりのオゾンの新作にジェルマンもろとも没入し、あはや自分を見失わないよう…。

死刑囚の須藤から雑誌の編集部に手紙が届く。面会に出かけた記者の藤井は、余罪を告げられて取材を開始。次第にのめり込んでいくが……。新潮45編集部編のノンフィクション『凶悪　-ある死刑囚の告発-』をベースに、若松孝二監督に師事した白石和彌監督が映画化。リリー・フランキー＆ピエール滝が怪演する殺人犯にはゾッとさせられるが、借金苦のあまり、老いた父を彼らに引き渡す電気屋一家、アルツハイマーの母を看る藤井の妻から義母への虐待など、ごく一般的な人々の心の深奥に潜む、身近な誰かの死を願う気持ちが怖い。この社会の闇をリアリティたっぷりに見せてくれた白石監督の力量にひたすら驚嘆。

ボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』は過去に映画化されており、岡崎京子によって漫画化すら為されている。この小説に惹きつけられて止まない人はそれほどまでに多く存在するようだ。ミシェル・ゴンドリーという監督、『グリーン・ホーネット』のリメイクなど撮るずっと以前から、『エターナル・サンシャイン』や『恋愛睡眠のすすめ』で漫画チックなマシンを登場させていただけに、この小説の奇妙なマシン達にも心惹かれたに違いない。前半のポップな世界から次第にすさんでいく物語は好き嫌いが分かれるだろうが、とにかく原作を視覚化することを楽しんでいるのが伝わってくる映画だ。余談ながらこの映画のサウンドトラックにはサー・ポール・マッカートニーがいちベーシストとして参加している。ポールの『ダンス・トゥナイト』（07年）のPVを監督した縁から、ダメ元でポールに依頼してみたところ来てくれたのだそうで、ついでにポールは劇中の奇妙な効果音もいろいろ造っている。この贅沢な関与、明確に判別できるものでもないが、知っておけば重層的に楽しめるだろう。