雲南地方の村に暮らす三姉妹（10、6、4歳）。母は家を出て行き、父は出稼ぎ中、祖父や伯母は近くにいるものの、長女インインは小さい妹や家畜の世話、畑仕事に明け暮れる。ある日、出稼ぎから若い父が帰ってきたが……。標高3200メートルの高地で高山病にかかりながら20日間で撮った王兵（ワン・ビン）監督、絶妙の距離感、長回し、湿度や寒さも写し込む自然光を活かす映像で心を鷲掴む。中国でも最貧と言われる地域の現状、食、教育、衛生状態、どれをとっても子どもが暮らすには厳しすぎること、さらに"ひとりっ子政策"の歪みも見えてくる。長女の孤独と、しかしそれを跳ね返すような強さ、中国の子どもの生命力に恐れ入ってしまう。

2007年、メキシコで発見された３つの箱。中にはスペイン内戦に従軍していた写真家ロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、デヴィッド・シーモア"シム"が撮った126本のロールフィルム（4500枚のネガ）があった。戦争の混乱で行方知れずになり、70年の時を経て姿を現した写真が語る"物語"とは…？　メキシコ在住のキュレーターでもあるトリーシャ・ジフ監督が追いかける壮絶でミステリアスな"箱"の旅。「旅を語りながら、写真についてだけでなく、歴史的な状況や人々の心の奥底にある物語まで掘り下げて描きたい」というジフの使命感が籠る。それにしてもなぜメキシコで発見されたのか？　その謎を含め、写真はたくさんの物語を饒舌に語り出す。

ポルトガルの古都ギマランイスを舞台に、4人の巨匠が作品を生み出した。街でバーを営む孤独な男の姿を哀愁をとともに見つめる、アキ・カウリスマキ『バーテンダー』。クーデターの最中気を失った男が病院のエレベーターで兵士と出会う、ペドロ・コスタ『スウィート・エクソシスト』。現在は廃墟となった紡績工場で関係者が思い出を語る、ビクトル・エリセ『割れたガラス』、広場で観光客が引き起こす「事件」を描いた、マノエル・ド・オリヴェイラ『征服者、征服さる』。各監督の個性的で重厚な眼差しがひとつの街の多様な顔を照射する。4篇のラストを飾る『征服者、征服さる』は、世界最高齢の監督作とは思えない若やかなユーモアに意表を突かれる。

父を亡くして意気消沈のサルだったが、破天荒な男ディーンの登場で新たな人生が幕を開ける。東海岸からヒッチハイクでデンバー、西海岸へ。ルイジアナ、そしてメキシコへ……。北米大陸を縦横無尽に駆け巡った日々をジャック・ケルアックが一気に綴ったビート文学の金字塔を、『モーターサイクル・ダイアリーズ』のウォルター・サレス監督が映画化。主人公はケルアックの分身で、ジャズピアノを弾くようにタイプライターを叩く姿が心に残る。ギンズバーグやバロウズがモデルの人物も登場。1957年に発表されて以来、数多のミュージシャンやアーティストらに影響を与えた小説だが、一陣の風が吹き抜けるような疾走感、熱や匂いは原作そのままだ。

タイピング以外はまったく無能な"ノロマなカメ"のフランスの田舎娘、ローズ（デボラ・フランソワ）と、その上司で鬼コーチのルイ（ロマン・デュリス）が「タイプライター早打ち世界大会」に挑む、なんともお色気たっぷり"スポ根"ドラマが誕生した。タイプライターの歴史を調査して、実話をもとに作ったという新鋭レジス・ロワンサル監督、かなりのシネフィルらしくワイルダー、サーク、ドゥミなどの巨匠へオマージュたっぷり、ローズの髪型はオードリーのポニーテールと、隅々まで凝りに凝っている。デボラ・フランソワが熱演、なんといっても国民的タイピングアイドルを産み出すという驚きのタイプ大会シーンは圧巻だ。

妻子持ちの慎吾と暮らす知子の前に、かつて恋仲だった涼太が現れる。夫と子供を置いて駆け落ちした、激しい恋の記憶が蘇り、知子はふたりの男の間で揺らぎ始める……。原作は、御年91歳の作家・瀬戸内寂聴が40歳のときに書き（当時は瀬戸内晴美）、「自分の作品の中で最も好きなもの」と語る私小説。満島ひかり、綾野剛、小林薫というチャーミングなキャストを迎え、昭和30年代を舞台に熊切和嘉監督がしっとりした情緒あふれる大人のドラマを作り出した。近藤龍人の流麗なカメラワーク、ジム・オルークの音楽も特筆もの。30代半ばの自立した女性を演じる満島の、匂い立つような色気を堪能して。

コミックを実写で撮ったかのような爽快感。沖縄の風景、いい顔立ちの人々、方言の魅力といったものを巧みに活写する郷土愛も含め、全編通してピュアな好感に満ちている。そもそもこんな映画をみんなでわいわい撮ろうと考えたこと自体が自主8ミリ的・河崎実的・映画秘宝的であり、脚本に見られるちょっとした会話にはナイロン100℃的・三木聡的・クドカン的なるものが香る。こういったテイストがもはやサブカルではなく、王道になりつつある事実が感慨深い。主人公を演じる丞威（ジョーイ）は実際にLAダンスバトルのチャンピオンかつLA空手トーナメント優勝者で、そのうえ甘いマスクを持ち、演技もなかなかの逸材。好敵手を演じた八木明人も実際に沖縄空手の館長でありながら、渋い2枚目からコミカルな演技まで見せてくれる。今後、この2人は更に注目されていくはずだ。ちなみにこの物語の根底に流れる「踊りがうまい男は空手も強い」「水の如く在れ」といったものはブルース・リーに通じるコンセプトであり、（黄色と黒のヌンチャクの登場を含め）リーという存在の大きさをあらためて実感させられる。

旧ユーゴスラビアの民族紛争を背景に描く壮大で壮絶なラブストーリー。イタリア人ジェンマ（ペネロペ・クルス）は留学先のサラエボでカメラマンのディエゴ（エミール・ハーシュ）と恋に落ち、ローマで新婚生活を始める。しかし紛争が始まり、再びサラエボへ向かったふたりを待ち受けていた残酷な未来とは…。母としてのジェンマの究極の選択。憎しみを越えて誕生する真実に希望を託す。ミステリアスでロマンチックな本作は、俳優でもあるセルジオ・カステリットが監督、原作は妻のマッツァンティーニ、さらにキーマンとなる息子役に彼らの実の息子が出演と、まさに壮大なファミリープロジェクトだ。展開がドラマチックになりすぎているところはやや気になるが…。

ヤクザの組長、武藤（國村隼）はワケあって娘（二階堂ふみ）を主演に映画製作をもくろむが、肝心の映画作りのことがわからない。娘の恋人と誤解された男（星野源）を映画監督だと紹介されて雇うがすぐに逃げられ、代わりに現れた映画オタクな監督志望の平田（長谷川博己）に任せることに。いよいよ一世一代の"真剣"撮影が始まったが…。このハチャメチャなストーリーは園子温監督の実経験が下敷きというから驚き。偽の映画監督の男も、悪戦苦闘する監督志望の平田も園の分身、すべて園の映画史なのだ。自身、監督志望だったという映画マニアの長谷川は水を得た魚のようにハマり役。それはそうと園監督、芸人めざしてるって本当？

3.11東北大震災による原発事故後、放射能への不安が蔓延していった東京近郊の話。夫に突然離婚話を切り出されたサエコ（杉野希妃）は幼い娘をひとりで育てることに。放射能への幼稚園の対応は鈍く、ママ友たちと対立していく。同じマンションに住むフリーライターのユカコ（篠原友希子）はインターネットで調べた情報から放射能への危機感を募らせる…。冒頭の緊急地震速報のけたたましい音で当時の記憶がまざまざと蘇った。確かに放射能は怖い。情報も大事だ。しかし緊急時にはコミュニケーション力を最大に発揮して協力し合う姿勢を持たないと状況はさらに悪化する。問題はそこにあるのではないか…と思った。

昭和の終わり、下関の川のある小さな街が舞台。セックスのときに女を殴る父親（光石研）と同じ血が流れる「自身」に戸惑い、葛藤する17歳の遠馬（菅田将暉）、ついにガールフレンドの千種（木下美咲）に乱暴してしまう。祭の日、事件が起き、魚屋を営む母（田中裕子）はある行動に…。原作は田中慎弥の芥川賞受賞小説。小説の中に"同じ匂い"を感じて強く惹かれたという青山真治監督は、地域特有のドライな空気や、生物の生命力を映像の中に宿らせ、後半には女性が担う未来を追加。ギターが胸に響く、原作者も納得の新しい「共喰い」を作り上げた。光石や田中、若い菅田と木下、さらに篠原有希子が体当たり演技で新境地を開いている。

1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ。ムスリム系ボスニア人の画家アイラは、子供を生んだばかりの姉と暮らしている。警官の恋人ダニエルはセルビア系ボスニア人。彼とバーで落ち合い、ダンスに興じる最中に爆発が発生し……。戦後最悪と言われる内戦がモチーフ。紛争勃発により引き裂かれる恋人たちを軸に、相も変わらず繰り返される争いの普遍的な虚しさを描く。これが長編監督・脚本デビューというアンジェリーナ・ジョリーの力量に驚かされるが、女性ならではの目線をベースにした物語と繊細な演出に、UNHCR親善大使を務め、人道的な活動に長年従事してきた彼女の思いが詰まっているよう。

2011年10月、56歳の若さでこの世を去ったアップル社前CEO、スティーブ・ジョブズ。アメリカだけなく世界中に信奉者の多いカリスマが、40歳のときにテレビ番組で語った貴重な映像がDVDに。実際のオンエアは数分のみで、テープの所在が不明になっていたという70分間の「失われたインタビュー」は、ファン必見。この10年前にアップル社を追われ、新会社を設立していたジョブズが、自身の子供時代のこと、ウェブの可能性、マイクロソフト社への苦言、追放された経緯など情熱的に語りまくる。この翌年にはアップル社に復帰し、新たな地平を切り拓いた彼の哲学を満喫して。

広島で自身も被爆し、以来、被爆者の治療と救済に命を捧げてきたエネルギッシュな89歳（現在95歳）の医師、肥田舜太郎を追う。とりわけ長い間実体がわからなかった低線量被爆、内部被爆について粘り強く取り組んできた。その貴重な研究の著書に出会ったフランスのマーク・プティジャン監督は、実際に肥田に会い、人柄や体験談に感銘を受け、彼の言葉を後世に残さなければという強い使命感でカメラを向けた。「アメリカと日本の政府はなぜ結託して嘘をついたのか？」2006年制作のドキュメンタリーに、今回染谷将太のナレーションを加え、原発事故後の世界にさらに深く大きな疑問を投げかける。

南大東島（別名ボロジノ島）には高校がない。だから沖縄本島などの高校に進学する子供たちは15歳で家族と離れ、旅立つことになる。島で父とふたり暮らしの優奈（三吉彩花）もあと１年で、本島に住む母（大竹しのぶ）のもとへ行くことに。だが父（小林薫）をひとり残していくことが心配になる優しい娘だった…。吉田康弘監督が、島民の協力を得て撮影した島ならではの生活感のなか、北大東島の青年との素朴な恋や離島の現実、家族の絆を、古風ながらもシュアに描く。自分の将来と島への想いとの板挟みで揺れる優奈をリアル15歳の三吉が体当たりで表現、美しい島を舞台に貴重な瞬間を鮮やかに焼きつけている。

イザベル・ユペールを主演に迎えたホン・サンス作品。彼女が演じるのは映画監督、韓国人の愛人と密会する人妻、離婚したばかりの女という"3人のアンヌ"。韓国の海辺で3つの物語がシンクロし、人々が行き交い、言葉と気持ちが通じているような、いないような、不思議なコミュニケーションの様相がユーモラスに綴られる。撮影当日の朝、その日撮る分のシナリオが渡され、俳優の演技を見ながらテイクを重ねていくそう。すべての物語に登場するおとぼけライフガード役のユ・ジュンサンを始め、ムン・ソングン、ムン・ソリ、チョン・ユミなど、監督の手法を熟知しているキャストたちによるアンサンブルが爽快だ。

ニーナは独身女性。声楽レッスンの講師を続けながら、バカンス・シーズンの静かなローマで、留守宅のペットの世話を住み込みで引き受けることになった。彼女は「自分探し」の真っ最中。本当にしたいことに出会える日を待ちながら、帰宅途中にケーキ6人分を買って過食する日々。「奇跡のようにぴったりの男性」に出会い、頑張って思いを伝えてはみたものの、彼がニーナに恋した途端、彼女のほうから音信不通にしてしまう。恋愛に対して臆病なのではなく「ごく普通の人生を選択すること」に対して臆病なのだと自己分析する彼女。近所の少年が言う。「普通のどこが悪いのさ。君はどのみち特別な存在なのに」。ちなみにこの少年は、明らかに「ニーナの心の声」の象徴である。更に言えば、彼女の書道の先生は「高次からの啓示」の象徴だ。そんな周辺人物たちとの不思議なイメージ映像が時折り挿入されるのは、彼女の見た夢、つまり深層心理にほかならない。（この女性監督のプロフィールに『好きな監督』としてDリンチとFフェリーニを挙げていることで深く確信できる。）この構造さえ見えてくれば、この映画は「彼女の内面がひと夏で描いた軌跡を、神の眼として眺める体験」なのだと理解できるだろう。価値判断はない。ただ「眺める」体験。そして、ニーナは我々自身である。

人間を襲撃して食べるはずのゾンビ・Rが、チャーミングなジュリーにひと目惚れ。やがて彼女も優しいRの気持ちに応え、ふたりの気持ちが寄り添っていく。Rの冷たいハートに再び温かな血が通うが……。『50/50　フィフティ・フィフティ』のジョナサン・レヴィンが脚本と監督を手掛けた、ゾンビと人間の異種恋愛を描くラブコメ。ゾンビというだけで食指が動かない女子も多いでしょうが、数多あるゾンビ映画とはまったく別もの。主役を演じるニコラス・ホルトのかわいらしさ、ガンズ・アンド・ローゼズ、スコーピオンズなどの豊かな楽曲、生きていることと死んでいることについて問う視点も魅力的。

クラウド・ファンディングで集めた17,500ドルをベースに、タランティーノ、コーエン兄弟らの支援を得て超低予算で製作されたL.A.ミュージックシーンの映画。長年一緒に作品を撮り続けてきたアリソン・アンダースとカート・ヴォスが、今回も共同で監督・脚本・製作を務めた。プロットはバンドのボーカルの青年が彼女にふられ、メンバー脱退でバンドも崩壊危機という馴染み深いもの。モノクロームで捉えられたL.A.の光と、ユーモアのきらめきが溶け合う。終盤、奇妙な友情で繋がった三人組が砂漠のツアーに出かけて、人工／自然／自分の遺物と会話するとぼけた味わいもいい。実際のミュージシャンたちが出演し、いつもやっていることを映画の中で「演じた」のと同様に、アンダースも現実そのままではなく日常から少し浮かせた感じで、自身の過酷な体験を、複雑な人生を登場人物たちに織り込んでいる。8つの章に分かれた物語を紡ぐ音楽はガレージ・ロック、カントリー、バッハ、J.マスシスによるスコアなど多彩で、映画全体が8つの組曲のよう。きわめて音楽的な傑作。

プロローグにカラックス自身が登場し、ドリーミーな旅へと観客を誘う。主人公オスカー（ドニ・ラヴァン）は、白いストレッチリムジンに乗り、変装し、複数の人格を生きる不思議な男。銀行家、物乞いの女、殺人者、瀕死の老人、等々、命がけの仕事をしているようだ。昔の恋人ジーン（カイリー・ミノーグ）がポンヌフ袂、今は廃墟のサマリテーヌ百貨店の屋上で歌う歌、「わたしたちは誰だったのか」はカラックスの作詞。アーティスティックな映像はキャロリーヌ・シャンプティエのデジタル撮影。様々なオマージュが仕掛けられ、ラストの共演者（生き物？）に至るまでサプライズ、目が離せない。仕事を終えて帰るリムジンになごむ…。

エストニアで結婚、離婚、子育て、母の看病もやり終え、人生ちょっと一段落した中年のアンヌ（ライネ・マギ）は、家政婦の仕事を得て憧れのパリへ"上京"した。同じくエストニア人の、天涯孤独な富豪未亡人フリーダ（ジャンヌ・モロー）は、クロワッサンひとつにも拘る気位高いパリジェンヌ。彼女のためにアンヌを雇ったステファン（パトリック・ピノー）とは愛人関係にあり…。エストニア出身のラーグ監督が母親の体験をもとに、年齢差のある恋愛や友情、人生終盤の哀愁を描く。老いてますますエレガント、自前のシャネルに身を包んだモローの品格、マギの秘めた芯の強さ、ピノーの柔らかさ、経験豊かな"大人の"アンサンブルは見応えがある。

トレードマークはブルーの作業着と自転車。NYストリートスナップを撮る84歳のファッションフォトグラファーを追う。乗り気じゃなかったというビルを粘り強く説得、通算10年をかけて撮ったリチャード・プレス監督の初長編作品。最少限のスタッフでビルのストイックな仕事ぶりに密着、カメラはついにカーネギーホール上階の（バストイレ共同の）ビルの自宅アパートに上がり込み、ベールに包まれたプライベートにもタッチする。アナ・ウインターやトム・ウルフらもリスペクトするビルとは何者？　「私のしていることは仕事ではなく喜び」ほか、数々のビル語録がクール！　ビルが愛するニューヨークにまたまた恋してしまう。

同性の恋人と暮らす家の食卓に何も知らぬ兄を招いた弟、夫の留守中、昔の恋人を自宅での昼食に招く女、現れない恋人のために料理を作る男……、複数の物語が交錯しながら、食事を通じて人と人が出会い、語り合い、愛し合う。舞台はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ。この街で暮らすホルヘ・コイラがメガホンを取り、軸となるストリートミュージシャンを演じたルイス・トサルが製作と音楽も手掛ける。会話がないながらも高齢夫婦の黙々とした簡素な食事とシンプルなキッチンのカットが印象的だ。笑いも涙もある人生の悲喜こもごも、「みんな愛が必要だ」というテーマがじんわり伝わる愛おしい作品。

奇才キム・ギドク監督18作目の本作は、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した話題作。無機質な部屋に一人暮らす男ガンドは、債務者に重傷を負わせ、保険金で借金を返済させるという非道な取立て屋を生業としている。天涯孤独に生きてきたガンドの前に、自らを母親と名乗る女ミソンが突如現れたことにより、ガンドの運命は思いもよらない局面へと導かれる。「ピエタ」とはキリストの亡骸を抱く母マリアの像であり、その言葉が暗示するように、劇中では様々な母性が描かれる。そして、対比的に現れる殺風景な工場や暴力の映像は、痛ましくも哀しい。ミソンがガンドに与えたものは、赦しなのか？　罰なのか？　解釈はさまざまだろう。

『髪結いの亭主』などの作品で知られるパトリス・ルコントが、ベストセラー小説『自殺用品専門店（Le Magasin des Suicides）』をアニメーション映画化。老舗自殺用品専門店を営むネガティブで厭世的なトゥヴァシュ一家のもとに、ある日明るく無邪気な末っ子アランが誕生してしまったことで、家族とお店に混乱と変化が訪れる…。ミュージカルシーン満載の本作は、ブラックな題材とは対照的な不思議に陽気な雰囲気が充満する。物語中盤のコミカルながら色気漂う一場面は、アニメーションの中にもパトリス・ルコント節が光る。原作とは異なるというラストシーンにも注目。

1982年の釜山。スケープゴートとして解雇の危機に直面した税関職員イクヒョンは、裏社会を牛耳るヒョンベが遠い親戚であると知り、あらゆるコネを駆使してのし上がろうとする。ふたりは釜山を掌握していくが、90年に政府が「犯罪との戦争」を宣言して……。ノ・テウ政権下で実際に発表された宣言をモチーフに、チェ・ミンシク＋ハ・ジョンウという名優の初共演で描く男たちのドラマ。79年生まれのユン・ジョンビン監督は、警察勤務だった亡き父の時代を描きたかったと語る。単純な悪人ではない、複雑なキャラクターを演じきったミンシクの圧倒的な存在感に引き付けられる。2012年の韓国で数多くの賞を受賞。

遊園地のバイクショーで活躍するライダーのルーク。別れた恋人ロミーナが自分の子供を生んだと知り、ふたりを養うために銀行強盗を繰り返す。バイクで逃走するが、ある日ついに追い詰められ、若い警官エイヴリーに撃たれた彼は……。『ブルーバレンタイン』のデレク・シアンフランス監督がライアン・ゴズリング、ブラッドリー・クーパー、エヴァ・メンデスを主演に撮った新作は、二世代にわたる因縁の関係をドラマチックに描いた群像劇。腐りきった警察の有様にムカムカさせられ、血がつながらない親子関係にしんみりさせられ、傍流のエピソードに至るまで、観る者の感情をくすぐる丁寧な演出が光る。