「リュミエールに捧ぐ。日記、記録とスケッチ、またの名を『ウォールデン』」というテロップで幕を開ける本作。『リトアニアへの旅の追憶』で知られるインディペンデント映画の巨匠、ジョナス・メカスによる1969年作品がDVD2枚＋ブックレットのBOXで発売に。64年から69年に撮影された無数のフッテージが連なる中にアンディ・ウォーホルとファクトリーの仲間たち、アレン・ギンズバーグ、ヨーコ＆ジョンらも登場し、60年代NYのアートシーンが生き生きと映し出される。かと思えば、幼い子供たちと若かりしメカス本人の姿も。誰かの結婚式のシーンがあったりして、幸福感に満ちたホームビデオのようでもある。確かにメカスはそこにいて、カメラを通して見ていた。そのエキサイティングな光景を追体験し、時代の息づかいを感じよう。

「ばくろう」と読み、馬の売買等を生業にする人を指す。シアター・イメージフォーラムで上映中の『祭の馬』（ドバイ国際映画祭2013 アジア・アフリカ・ドキュメンタリー部門グランプリ受賞）の松林要樹監督による著書。編集で削���落とされた映像の切片が文字となり、映画にも負けず強く訴えかけてくる筆力に圧倒される。嫌がらせ、罵倒、土下座、疑心暗鬼、無念……、そんな苦渋の中に見える映像作家としての矜持。『相馬看花』2作品が撮られた裏側に、かくも深い物語があったとは。たくさんのことを見聞きしていたのに、あえて映画には取り込まなかった潔さにも感服。うーん、もう一度『祭の馬』を観にいかなくては。

徳島県上勝町という山間の美しい町で起きた、日本料理に添えられる"つまもの"葉っぱの生産販売で大成功をした実話がベースになっている。ひとりの農協職員（平岡祐太）が思いついたアイデアをもとに、花恵さん（富司純子）、薫さん（吉行和子）、路子さん（中尾ミエ）を中心に主に高齢の女性の力を結集、紆余曲折しながら本物のビジネスに盛り上げていく。それぞれの人生をしみじみと描き、映像の彩りにいっそうの深みを加える。とりわけに中尾演じる屈折の人生は切ない。ふとスイスの『マルタのやさしい刺繍』のパワフルおばあちゃんが目に浮かぶ。国境を越えておばあちゃんたちの元気が素晴らしい！

少女時代を同じ孤児院で過ごしたヴォイキツァを訪ねて、ルーマニアの修道院を訪れたアリーナ。修道女として生きる彼女を連れ出そうとするが、やがてそこで精神を病み、司祭と修道女たちによって「悪魔憑き」とされてしまう……。つい8年前に実際に起きた事件がモチーフ。修道女の黒い衣装と白い雪、色の乏しいモノトーンの世界で展開される悲惨な出来事は、いかなる閉ざされた場所でも起こりうる狂気を孕み、ゾクゾクさせられる。監督は前作『4ヶ月、3週と2日』でパルムドールを受賞したクリスティアン・ムンジウ。ダルデンヌ兄弟が共同プロデューサーとして名を連ね、カンヌで女優賞と脚本賞を受賞した。

劇作家「平田オリザ」を追った観察映画第３・４弾を同時発表した想田和弘監督。『１』では稽古や舞台裏に密着、文節化されたセリフを細かくコントロールして表現する役者の"身体性"を写し出し、観客は平田演劇をたっぷり体感する。続く『２』は、政治家と交流する平田、フランス公演での平田、ロボット相手に演出する平田、そのマルチな活躍の場にカメラが活き活きと入り込み、次々と現れる興味深い出来事に恐らくニヤリとしている想田とシンクロしながらトータル５時間42分の長尺が痛快に過ぎていく。だけど居眠りするオリザさん、やっぱり演じてるのだろうか…。

2001年、フィリピンのパラワン島で、イスラム系過激派アブ・サヤフがリゾートホテルに滞在中の観光客21人を誘拐。ボートに押し込まれてミンダナオ島へ運ばれた彼らは、1年以上拘束され、ジャングルの中1600kmを移動させられて……。犯人が捕まっていない未解決の事件を、フィリピン人のブリランテ・メンドーサが映画化。75%が真実と監督は語り、人質救出と言いつつ無差別に発砲する国軍と犯人の癒着など、社会のタブーに切り込む。監督がカンヌで監督賞を受賞した際、審査委員長を務めたイザベル・ユペールが虚構の役柄であるフランス人ソーシャルワーカーを演じ、ドラマに深みを与えている。

誰もがしあわせになりたいと願っている。しかし、しあわせとは何か。どうしたらなれるのか。16ヶ国を巡り、各国の人々の暮らしを取材する中で、曖昧で漠然とした「しあわせ」の実体を科学的に検証し、幸福度の謎を明らかにしていく。日本の映像もあるが、それは朝の満員電車、疲れきった人々、過労死した人の遺族。「最新データによると、日本は先進国で最も不幸せな国」――わかっちゃいたけど、言い切られるとやはり悲しいものがある。どうすれば幸福度アップにつながるか、それはほぼ当たり前のように私たちがやっていることばかりだが、心が満たされない人が見たら目からウロコが落ちまくるかも。

建築家チャールズ・イームズと画家を志すレイ・カイザーは1941年に結婚のち「イームズ���オフィス」を立ち上げ、かの有名なイームズ・チェアに代表される家具を筆頭に、映像、建築、多種多様な作品を世に送り出す。そんな40年に渡るふたりの軌道を、共に過ごしたスタッフや家族の証言と貴重な資料映像を織り交ぜて描くドキュメンタリー。 当時の様子を膨大なイメージとともにリズミカルに描写する一方で、デザイン＝おもてなしというイームズ流「食後のデザート」やチャールズの女性関係、病床でのレイの言葉など、周辺人物のみが語ることのできる逸話が一人間としてのふたりの側面を色彩豊かに浮かび上がらせてくれる。

木下恵介監督生誕100年のメモリアルに、木下を敬愛するアニメ界の原恵一監督が実写映画に初挑戦。終戦目前の昭和20年、『陸軍』製作をめぐり失意にあった木下が、寝たきりの母をリヤカーに乗せて疎開させたというエピソードをハートフルに描く。原ならではの繊細な映像マジックでリアル世界がなんとも幻想的になるから不思議だ。木下役の加瀬亮、母の田中裕子、兄のユースケ・サンタマリア、便利屋の濱田岳など、それぞれのキャラクターからにじみ出る人間味も味わい深い。エンディングの木下作品集は「これをやりたくて引き受けた」という原が精魂込めて編集している。数々の名ドラマを生んだ巨匠の原点に触れてみよう。

江戸時代、「くさや汁」を浴びた死人がなぜかゾンビとして蘇り、人に噛み付いてどんどん増殖。ゾンビを働かせる人材派遣業を思いついた半助は注文殺到で大もうけするが、失業した人間たちとハケンゾンビの闘いが勃発?!　昨年12月に上演された「歌舞伎座さよなら公演」をダイナミックに映像化。染五郎、七之助、勘太郎、勘三郎、橋之助、獅童とキャストも豪華だが、三味線をロックにした向井秀徳の楽曲、しりあがり寿の書き割りなど、歌舞伎をクドカン色に染めた宮藤官九郎の力業に驚愕。映像ならではの遊びも加えられているので、舞台を観た人もぜひ。

1930年代の中国で北の宗師（グランドマスター）が引退、最強の者に座を譲り、南北統一の使命を託すことに。一番弟子と南の宗師イップ・マン、娘ルオメイが名乗りを上げるが、弟子が師を殺害、ルオメイは父の仇討ちを心に決める……。ブルース・リーの師イップ・マンを主人公に、武術を極めた者たちの闘いを華やかに描いたウォン・カーウァイ監督の最新作。雨や雪を巧みにあしらい、スローモーションやクロースアップを多用した流麗な映像が彼らしい。ルオメイ役のチャン・ツィイー、イップ・マンの妻役のソン・ヘギョ、中韓女優の美の競演も見どころだが、主演トニー・レオンのかっこよさに悶絶必至。

孤独な青年ジャコブ（ピエール・クレマンティ）が生息する宇宙。友人の男を撃ち殺し、上司の教授の娘クララ（ステファニア・サンドレッリ）に恋をし、パーティから追い出され、自分の分身と同居する…。ドストエフスキー原作によるベルトルッチ初のオールカラー作品。衝撃のストーリーを斬新に描く映像の奇抜さと自由さに度肝を抜かれ、分裂青年演じるクレマンティに目は釘付け、モリコーネの音楽もロックに尖る。さらに長編監督デビュー50周年記念企画として『ベルトルッチ 初期傑作選、3枚組BOX（初回限定生産）』も同時発売。これで巨匠監督の原点を心ゆくまで堪能できる。

18歳の誕生日に愛する父親が謎の死を遂げ、悲しみに暮れるインディア。葬儀の日に行方不明だった父の弟が現れ、心が通い合わない母は、夫を亡くした直後に義弟と戯れる。魅力的な叔父にインディアも惹かれていくが……。パク・チャヌク監督がハリウッドのラブコールに応えた最新作。『プリズン・ブレイク』主演のウェントワース・ミラーが8年を費やした脚本の、ストイックな世界観に魅了された監督だが、手を加えてしっかり独自の美学を貫いた。温度や湿度、匂いが伝わる瑞々しい映像、主演ミア・ワシコウスカの見たことのない官能……、恐ろしくも美しいチャヌク・ワールドのエレガンスに酔いしれて。

お笑い���出身の新鋭監督、市井昌秀がユーモラスに描くのは、なかなか深刻な現代若者の恋愛事情だ。35歳独身、市役所勤務13年、両親と同居、異性と交際経験なし、趣味はゲーム、ペットはカエル。将来に不安しか見えないひとり息子、健太郎（星野源）を憂う両親は"代理見合い"で婚活に乗り出す。一方で健太郎は、雨の日に盲目の美女（夏帆）と出逢う。ロマンチックと同じくらい恋のハードルを次々と飛び越え、強くなっていくふたり。初々しくも激しい恋を高田漣と細野晴臣の音楽が涼しく収める。（実は監督が苦手な）カエルを含めすべてのキャスト、とりわけ星野はピッタリ！　吉野家デート、バルコニーのラブシーンは後々スイートな伝説になるかも…？

14歳のロレンツォ（ヤコポ・オルモ・アンティノーリ）はスキー合宿に行くと母に偽って、地下室に１週間こもる"冒険"を計画したが、そこへ自由奔放な異母姉オリヴィア（テア・ファルコ）が転がりこみ、想定外の隠れ家共同生活が始まる…。ベルトルッチ10年ぶりの新作はアンマニーティの同名小説を映画化、監督デビュー50周年、イタリア語で撮るのは30年ぶりと、節目づくし。病気から復帰し車椅子でメガホンをとる決意をした70歳の監督、個性的な新人俳優のふたりも、音楽、美術もすべてゴージャスで、思春期の初々しい密室愛を描く演出は魅力に満ちて超パワフル。ラストは小説とは違うのだそう。

クラスの人気者スタンリーは、とある事情で学校にお弁当を持参できない。それを知ったクラスメイトはお弁当をおすそわけするが、食い意地の張った教師・ヴァルマーはそれが気に入らず、スタンリーを激しく責める。近年のインド映画といえば、いわゆるボリウッドの台頭が著しいが、本作はそれらとは一線を画す。ワークショップ形式で行われたという撮影は子どもたちの自然でみずみずしい表情を引き出し、無垢な描写は背景にあるインドの厳しい現実にも光を射す。なお、お弁当の調理シーンは、スパイスの香りがスクリーンから漂ってきそうなほどのシズル感。鑑賞後にはインド料理が食べたくなること請け合いだ。

ミュージシャンとして一旗揚げようと、単身アメリカから台湾にやってきたジョー。ギター泥棒だと勘違いされ、男たちに追いかけられるが、彼らはロックバンドのメンバーだった。ジョーも加わり、5人で活動をスタートするが……。ジョーを演じるジミー・ハンが脚本、音楽、編集を手掛け、父親のサモ・ハン・キンポーがエグゼクティブ・プロデューサーとしてバックアップ。物語は予想がつく展開だが、ヴァネス・ウー、ディーン・フジオカ、エリック・トゥー、クリス・ルンとキャストが魅力的。脚本やオリジナル楽曲にメンバーが参加するなど、気心知れた仲間で作り上げた達成感がにじみ出ている。

スタジオでひとりレッスンに励む。仲間たちと乾杯する。ベジャールの指導を受ける。子供たちに振り付けをする……。第一線で活躍するダンサー、首藤康之の様々な表情を捉えたドキュメンタリー。『時の庭』『空白に落ちた男』『アポクリフ』など公演の映像も織り込まれ、本人や周囲の人々へのインタビューで人物像が浮かび上がる。本人を含めたほぼ全員が彼を「不器用な人」と語るが、真摯なひたむきさゆえだろう。椎名林檎が音楽を手掛けたダンス作品『Between Today and Tomorrow』が圧巻。踊ることが好きでたまらない！　そんな真っすぐな情熱が彼の身体から迸り、すっかり虜に。

短い春休みを満喫しようとフロリダ海岸にやってきた４人の浮かれた女子大生（セレーナ・ゴメス、ヴァネッサ・ハジェンス、アシュレイ・ベンソン、レイチェル・コリン）は、エイリアンと呼ばれる麻薬ディーラー（ジェームズ・フランコ）に誘われ、際どい仕事に手を染めていく…。「銃を持ったビキニの女の子たち」のイメージが浮かんだというハーモニー・コリンのポップなアートワールド、エレクトロアーティストSKRILLEXの音楽に頭をシャッフルされ、光と闇のぶっ飛びの映像美に陶酔していく。撮影は『エンター・ザ・ボイド』のブノワ・デビエ。そういえば、日本にも"セーラー服で機関銃を持った"勇敢な女子学生がいましたね…。

猫のパウパウをシェルターから引き取るまでの期限は30日。35歳のカップル、ソフィーとジェイソンはこの時間を「未来」への準備（猶予）期間とすることを決意する。まずは仕事を辞め、インターネットを解約。それからソフィーは30日で30ダンスの創作、ジェイソンは環境保護活動に勤しむ。しかし、何が変わるのだろう…？　年をとることへの漠然とした不安、死の意識もある日突然現れる。アーティスト、作家としても才能溢れ、いまもチャーミングなミランダ・ジュライも悩みに悩む、がそれを知ってなんだか心強くなる。自身の映画の２作目というより、展示『廊下』の次作品と位置づけているそう。いろんな数字がキーワードだ。

舞台はとある国の戦地。４人の兵士たちが敵地の森を彷徨う中、川で洗濯をしている女を発見。彼女を木に縛り付け、見張りとして二等兵のシドニーをその場に残し、３人は去っていく。シドニーは女の気を引こうと躍起になるが、彼女が逃走してしまい……。スタンリー・キューブリック監督の劇場デビュー作。「これは普遍的な戦争の話」というイントロダクションで幕を開け、男たちの顔のクローズアップ、黒く光る川面、森に白く立ちこめる靄などをモノクロームの映像で捉え、人間が人間でなくなっていく戦争の狂気を綴る。監督本人が「アマチュアの仕事」と封印してしまった幻の作品をお見逃しなく。

乳がん治療が一段落し、帰宅したイーダは夫の浮気現場に遭遇。ショックを受けるが気を取り直し、娘の結婚式に出席するため空港へ。慌てて車をぶつけてしまった相手は花婿の父フィリップだった……。デンマークのスサンネ・ビア監督がソレントを主な舞台に撮った新作は、ほんとに彼女の作品!?　というコミカルなテイスト。治療で抜け落ちた髪をウィッグでごまかしていたイーダが、それを脱ぎ捨てるラストがいい。ショートヘアで生まれ変わった彼女は地中海にも負けずキラキラと輝き、思わずその幸せを願わずにいられない。風光明媚でダイナミックな南イタリアのランドスケープにもうっとり。

実弟ロバートの製作総指揮・監修で、ブルース・リーの「出生からアメリカに行くまで」が文芸調の重厚な色調やカット割りで描かれていく。リーの子役時代の出演作や家族写真を再現するその忠実度はファンであるほど唸ってしまうだろう。物語本編の描写ではリー映画へのオマージュも盛り込まれるし、過去の武夾映画の撮影風景では後のブルース・リー映画のルーツとなっているであろうシーンをさりげなくセレクトしているのが渋い（他の道場のいやがらせに戦う正義の道場、少林寺の師匠から『仇討の為の下山を許すがそのかわり正義のために働け』と命じられる主人公etc.）。ただアメリカに行くきっかけが「阿片窟のヤクザを壊滅させたから」というのは「身内が初めて明かす真実」というよりフィクションの可能性が高く、全体の信憑性さえ損ねてしまいかねないのがもったいない。それにしても幼少期・青春期と年齢に合わせて、似た顔の役者を揃えられる香港映画界の層の厚さよ。

ブロンクスを走る路線バス。学期を終えて帰宅する高校生たちは、楽しい夏休みを前に大はしゃぎ。仲間の他愛ないうわさ話で盛り上がったり、ほかの乗客にちょっかいを出したり、タバコを吸って運転手に咎められたり……。ミシェル・ゴンドリー監督の最新作は、ほぼ全編NYのバスの中で撮られた青春ムービー。仲間とつるんで大騒ぎの時間を経て、１人降り、２人降り、やがて静寂が訪れる夕刻、残った生徒たちの個性が見える。監督自らの高校時代の体験をベースに、３年にわたってアメリカの学生たちへのヒアリングを行い、アマチュアの学生たちを起用してリアルな物語を作り上げた。

涼しい顔で地球環境や人間にやさしいと謳う企業の裏側。問題点をひとつひとつ、インターネットで入手可能な情報を辿り検証（告訴を避けるため）、さらに10カ国でインタビューを実施した。その内容が明らかになるにつれ、「いま食べているものは大丈夫だろうか」という小さな不安はやがて捕らえどころのない恐怖へと変わっていく。アグロバイオ企業モンサント社の「遺伝子組み換え作物」グローバルビジネス、その最終目的とは何なのだろう？　フランス人ジャーナリストのロバン監督は、「世界を食料支配すること」の危機的状況に気づかないと人類は手遅れになると訴える。それにしてもラストに知る事実におののく…。

人口約450人、地中海に浮かぶ小さな島。20歳のフィリッポは２年前に父を海で亡くし、70歳の祖父と漁に出る。バカンス客でにぎわう夏、ふたりはエチオピア難民を乗せたボートと遭遇、妊娠中の女性と子供を助けるが……。南イタリアに位置するリノーサ島、飛沫がまぶしい紺碧の海と、そこで暮らす家族。漁業が衰退して苦しい生活だが、「溺れる者は助ける」という海の掟を貫き、法に背こうとする祖父。漁業に未来はないと観光業を営む叔父。息子と共に島を出て新生活を始めたい母。難民騒動が契機となり、変化が訪れた家族の中で繊細に揺れ動く青年の夏は、イタリアの陽光にも負けずキラキラと輝く。

出版社の営業部から辞書編集部に送り込まれた馬締光也。ちょっぴり変わり者の彼を乗せ、舟は荒波に漕ぎ出す。言葉を集め、選定し、語釈を書き、こつこつと作業を続ける中、馬締は大切な人に出会い、月日が流れて……。三浦しをんのベストセラー小説を石井裕也監督が映画化。辞書編集という地味な素材だが、松田龍平が演じる主人公を始めキャラクターがユニークで、あふれる言葉の海に溺れかけたり、時代が移り変わり、新しく生まれる言葉の波に乗ってみたりと、十数年に及ぶ彼らの航海は実にドラマチック。人と人がつながり、わかり合う、その媒介となる言葉の重みがずっしり伝わり、新しい辞書が欲しくなる。

深刻な失業問題を抱えるイギリス、ケン・ローチはとりわけ貧困や環境によって落ちこぼれる若者たちを憂う。ロビー（ポール・ブラニガン）の人生は悪いことだけじゃない、恋人もいるし、子供も生まれる、でもなかなか社会に認めてもらえない。変えたのは、服役の代わりに命じられた社会奉仕活動で、ウィスキー愛好家の指導者のハリーとの運命の出会い。人生が動き出す。さて一発逆転の仰天計画とは…。初演技とは思えないブラニガンの怪物ぶり、やはりローチの采配はミラクルだ。蒸留所ロケやスコッチ達人の蘊蓄、スコットランドの魅力もたっぷりで、今回の応援歌はやけに楽しくスリリング。ラスト、タイトルになるほど～と。

オレオレ詐欺から始まる「俺」の増殖、という現代の不気味現象のからくりを解析するような星野智幸の同名小説を奇才三木聡が映画化した。複雑なレイヤー構造とCGによって33人の「俺」の同時出演が成功、なんともシュールな世界がポップに展開する。もはや増えすぎた俺同士が削除し合うカオス状態になっていくが、果たして収拾はつくのか…？　俺は本当に俺なのか？　亀梨和也の33役という難行苦行への挑戦、三木おなじみのトリビアネタ、かわいいサプライズ出演（？）もあり、お楽しみ満載だ。給水塔のある郊外のロケーションや音楽も可笑しく、電気屋店員の加瀬亮はとにかくキレキレ。テンポよく進んでいくので何度も観てネタを点検しよう。

セレステとジェシーは誰もが認めるお似合いのふたり。しかし、一見完璧に見えるこのカップルは、永遠に親友でいるために離婚を選択した夫婦だった。夫ジェシーが新しい生活を歩み始めたとき、妻セレステは…？　脚本と製作総指揮をつとめるラシダ・ジョーンズ演じるセレステはキャリア志向の自立した女性だが、そんな彼女がとある事件をきっかけに陥った途方もなく自堕落な生活の描写がどこか新鮮で笑いを誘う。そして、満身創痍のセレステが葛藤と様々な出来事を経たあとに見せるラストシーンでの行動が微笑ましい。物語中盤に登場する友人代表スピーチ「結婚のおきて」は、このストーリーが実体験に基づいているからこそのリアリティ！

盟友アンドリュー・ブラウンズバーグが、スイスの自宅で軟禁中のポランスキーを訪ねて幕を開けるドキュメンタリー作品。戦争とユダヤ人迫害、妊婦だった母の連行など幼少時の記憶に始まり、俳優活動、アンジェイ・ワイダ監督との出会い、殺害された愛妻シャロン・テート、あのスキャンダルのこと、仲間たち、愛する家族……、ドラマチックな半生のエピソードを、ときには涙しながら語り尽くす。『戦場のピアニスト』『オリバーツイスト』『テス』など、作品の映像も随所に織り込まれ、実体験が作品に生かされているのだと知る。マス���ミには変人扱いされてきた人だが、彼自身と彼の作品を愛さずにいられない。

ブルース・リーはビートルズと似ている。「登場以前」と「以降」で世界を一変させたこと、圧倒的な個性ゆえ当初はゲテ物扱いされたこと、無数の亜流を産んだこと…そして最も重要なのは、その魅力が「わかる」か「わからない」かしかなく中間が存在しないことである。単なるアクション・スターではなく真の武術家でありダンスの名手でもあるリーの殺陣はどの瞬間も息をのむ甘美さに満ちている。いや、殺陣以前に、例えばヌンチャクを袋から出す仕草だけで観る者をときめかせるその理由は、彼が「武術とは自身を表現するアート」だと捉えていたからである。関係者・研究者の談話で構成されるこの映画は、そんなことも深く理解させてくれる。リー本人（出演作やインタヴュー映像）が絶妙なエディットで登場して文脈に突っ込みを入れるその編集センスは何ともクールだ。「中国の男性だってセクシーでホットで魅力的な存在になれると世界中に知らしめたのも彼」という発言も登場する。あまり語られることがないが、これは重要な事実だ。白人からも黒人からも「かっこいい」とリスペクトされた黄色人種のスターは今なお彼だけであり、この一点だけでも彼の成し遂げたことの凄さがわかろうというものだ。

沖縄国際映画祭「地域発信型プロジェクト」製作、気鋭の３監督がアジアの各地で撮ったオムニバス。富田克也監督の「チェンライの娘」はタイ人女性２人と日本人男のコミカルな珍道中。冨永昌敬監督の「ニュースラウンジ25時」は、現地特派員の恋人に別れを切り出され、慌てて東京からマニラに日参するキャスターをムーディ勝山が演じ、憎めないダメっぷりで魅せる。売れっ子芸人時代には想像しなかった、役者としての資質を見出した監督の手腕にホレボレ。真利子哲也監督の「FUN FAIR」は、マレーシアが舞台のおとぎ話のような愛すべき傑作。三者三様の作品から現地の温度と湿度、臭いが漂ってくる。

成功の頂点から転落していく虚無感あふれる男、エリック・パッカー（ロバート・パティンソン）の24時間を描く。現代を予言しているような10年前のドン・デリーロの小説を映画化したクローネンバーグ、心酔したというセリフは小説のまま使った。"リムジンを拠点とする男の話"と言えばカラックス最新作とのシンクロに驚くが、関連性はない模様。リムジンを「過去の未来形のおもちゃ」と捉えるカラックスと、「リムジンの中はエリックの頭の中」だと語るクローネンバーグ、それぞれの行き先は明暗分かれる…。パティンソンはこれまでの甘いイメージを一新、ビノシュ、アマルリック、ジアマッティら豪華共演者とのそれぞれの絡みで変貌するのもおもしろい。

本年、各地で上映されるやドキュメンタリー映画であるにもかかわらず、異例の話題を巻き起こした本作、待望のDVD化。シンガーソングライターのロドリゲスは、デトロイトで大物プロデューサーに見いだされ70年にデビュー。しかし、全米で売れたのがたった6枚!?　という惨憺たる結果を残し、音楽シーンから抹殺されてしまう。ところがそれから数年、遠く離れた南アフリカで反アパルトヘイト革命のシンボルとして、彼の残した作品が突然の大ヒット。かの地では、ディランやストーンズよりも愛されることとなる。なぜ？　どうして??　自殺したとも伝えられる、彼のその後の消息をたどる本作は、その回答とともに"音楽"の持つ奇跡の力を解き明かしてくれるに違いない。

園児に慕われる先生ルーカス。クララも彼が大好きだが、想いを拒まれて傷心、ルーカスに虐待されたかのような作り話をする。子供は嘘をつかないと妄信した町民から、容赦ない差別と暴力が彼に襲いかかる……。マッツ・ミケルセンの抑制された演技が秀逸な、トマス・ヴィンターベア監督の新作。疑心暗鬼に駆られた町民たちの狂騒ぶりが凄まじいが、彼の無実を知っている観客はゾッとした直後、自分はどうなんだと思わずにいられない。秋が深まりクリスマスへ、季節が移ろう森の描写が息を呑むほど美しく、ざわつく心が束の間安らぐものの、原題『The Hunt』が端的に表すエンディングは実に不穏だ。

デンマークの有名な史実の初の映画化。監督はデンマーク人のニコライ・アーセル、製作総指揮にラース・フォン・トリアーが名を連ねる。18世紀後半、ドイツ人医師のストルーエンセは精神を病むデンマーク国王クリスチャン７世をたまたま治療したことで侍医として迎えられ、国王のよき理解者となる。さらに英国からデンマーク王室に嫁いだ若い王妃カロリーネの孤独を知り親密に、また平民視点で政治にも深くのめり込む。大胆な不倫愛や、革命的な政治への傾倒も、マッツ・ミケルセンの知性と色気溢れる演技で説得力十分！　ミケル・ボー・フォルスガードのマッドキング熱演も印象深い。

"サスペンスの神"の知られざる素顔。レベロ著『ヒッチコック＆メイキング・オブ・サイコ』をもとにスリリングかつコミカルに描くのは、監督として過渡期にあった時期、あえて挑戦的に世間を驚かせた問題作の製作秘話と、言わずもがな妻アルマの存在。ときに編集者、ときに脚本家、夫の苦悩を分かち合うパートナーとして常に"ヒッチ"に寄り添った彼女なくして数々の名作は生まれなかったかもしれない。（本作までも！）アカデミー賞には嫌われ続けたが、観客を最大限に楽しませた映画作りは紛れもない巨匠の証。夫妻演じるアンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレンのイギリス人独特の会話がたまらない。しかしそんなおしどり夫婦にも危機が…！

李氏朝鮮時代、陰謀が渦巻く宮廷で毒殺を恐れた王は、自分に似た男を影武者にすることを命じる。白羽の矢が立った妓生宿の道化ハソンが、秘密裏に王の代役を務めるが……。40代になり、脂が乗ってきたイ・ビョンホンの魅力を堪能できる本作は、彼にとって初めての時代劇。冷徹な暴君と人間味あふれるおどけものを見事に演じ分け、次第に風格と人望を備えて真の為政者となっていくハソンのキャラクターに魅了される。権力よりも民だと説く、王としての熱いセリフに感動。こんなリーダーがいまの日本にも欲しい。コミカルなシーンも多々あり、ワルツをベースにした豊穣な音楽が物語に彩りを添えている。